9.抗戦
音もなく降りてきたのは細身の美男子だ。やはり、軽装で夏みたいな服装だ。最近流行りの隣国スターのような色白で引き締まった身体、顔も小さい。大男のような威圧感はないが、美男子からは、ネコ科の猛獣のような印象を受けた。内に秘めた闘志を感じる。
「何故だ!」
美男子の言葉も日本語ではない。だが、理解できた。
「イシュタール、来ると思っていた。」
大男はまともには答えなかった。イシュタールと呼ばれた美男子は少し顔を歪めたが、無言で大男へ右手をかざした。刹那、握り拳大の火の玉が飛んでゆく。大男は例の鉈を一閃。大きく逸れた火の玉が地面にぶつかると5メートル程の火柱があがった。俺も士郎さんも瑠璃子さんも言葉が出ない。瑠璃子さんは立ち上がれないようで、士郎さんが必死に物陰に移そうとしていた。
「イシュタール、どうでもいいではないか。」
「理由を訊いているのだ、アスマよ。」
イシュタールが飛び出した。背負った細身の剣をアスマに叩き込む。アスマも鉈で受け止めようとしたが、うまく体勢がとれなかったのか、力が入らないおかしな角度で斬撃を受けた。イシュタールの二撃目をアスマはまともに受けた。左腹部から血が流れ出ている。いつの間にかアスマの両脚は凍りついている。先程のイシュタールの炎の攻撃は陽動で、はじめからアスマの脚を狙ったのだ。アスマがバリバリッと氷を剥がす。小瓶を懐から出して傷に振りかけると腹部の傷が消えた。
「小癪な真似をする…。だが、浅いぞ、イシュタール。」
「これで倒せるとは思ってないさ。アスマよ、何も訊かん。子猫を返せ。」
「子猫を持っているのはその男だ。」
イシュタールが、俺に目を向けた時だった。今度はアスマが距離を詰め、鉈でイシュタールを殴った。左腕に鉈がめり込むのが見えた。さっき俺が食らったヤツだ。俺と違うのはイシュタールがすぐに立ち上がってきたところだ。美男子なのにタフ、イヤな野郎だ。だが、2人が敵だとすると逃げ切れる気がしない。できたらこのまま潰しあってくれるのが理想だ。イシュタールは先程のアスマと同じような小瓶を出して左腕に振りかける。何が回復薬のようなものらしい。残念ながら、2人とも蓄積ダメージはなさそうだ。
「子猫は俺が保護している。だが、お前らのような奴等にやれるかよ。」
言ってやった、日本語で。
「なら、奪うまでだ!」
2人が例の言語で言い切った。日本語、通じてんの?結局、俺にとって2人とも敵か。そんな事を思っていたら、子猫が俺のスエットから出てきた。俺の足元で2人に向かって威嚇のシャーをして、毛を逆立てて怒っている。俺を守ろうとしているのか。こんなの見たら余計にコイツ等にはやれん。
「アスマよ、私の任務は子猫を連れ帰るだけだ。貴様がこの世界で生きようが死のうが関係ない事だ。ここは、引け。」
「子猫などに恨みはないわ。だが、子猫を連れ去れば竜の姫に痛みを教えてやれる。イシュタール、貴様こそ、引け。」
2人で会話してるが、俺にも通じている。大男・アスマが子猫を攫ったらしい。そこで、美男子・イシュタールが取り返しに来たという事。竜の姫はよく分からないけど。どちらにせよ子猫は渡せない。何されるか分からん。
「竜の姫に関係があるのか?」
「竜の姫は俺の故郷を壊した。祖父も父も奪われたのだ。」
アスマから祖父に育てられたという話は聞いたことがある。既に死んだということも。竜の姫がその死に関係してるとはイシュタールは思ってもみなかった。ただ、竜と竜の姫では大きな違いがある。
「貴様は以前、竜に家族を奪われたと言っていたではないか!」
「……偶然、聴いてしまったのだ。祖父は竜の仕業と考えたようだが、そうではなかった。侍女達が話していた。今回のバルナの子は城内で大切に育てたいと。以前の子を失った竜の姫が、怒り、街を1つ消したのだと。」
イシュタールの中で全てが繋がった。
「それでは余計に連れ帰なければならん。」
「何?」
「また一つ街が消えたらどうする?」
「……最早、これまで。」
2人は物別れに終わったようだ。
◇
イシュタールの剣が炎を纏っている。漫画で見るような魔法剣だ。一方、アスマは鉈を地面と水平に構えた。ジリジリと近づく2人。リーチの差から先に攻撃したのはアスマだった。アスマの突きがイシュタールを襲う。イシュタールはアスマの鉈を巻き上げるようにして逸らし、体勢を低くして一気に間合いを詰めた。掠った鉈で左肩から出血している。低い位置からの斬り上げで魔法剣の炎がアスマを焦がした。嫌がったアスマが左腕を振るいイシュタールを突き放す。距離ができるとアスマは回復薬を使った。イシュタールは回復薬を使わずに回復魔法を使っているようだ。何度か同じような攻防を繰り返した後、アスマは母屋を越えて隣の畑まで跳んだ。
姿を消したアスマの代わりに、空を飛んで来たのは軽自動車だった。その軽自動車は随分前に動かなくなり、隣の畑に置いてあった。動かなくなったが、畑仕事の備品入れや雨宿りの場所として現役だった。隣のばあちゃんが雨の日に中でおにぎり食べてるのを見かけた時もある。アスマの狙いは俺と子猫だった。咄嗟に子猫を庇って避けたが、俺はバウンドした軽自動車の下敷きになった。RPGとかでも弱い敵から倒すのが基本だもんな。この中で1番弱いのは、俺だ。ダメ押しでアスマが軽自動車に飛び乗った。フットスタンプの容量で俺は押し潰され、身動きがとれなくなった。下敷きになった下半身が潰れたような音がした。
イシュタールはこの隙に子猫を奪取しようとした。が、子猫に触れようとしてあまりの熱さに手を引っ込めた。子猫は全身を震わせ、身体はかなりの熱をおびている。子猫の震えが止まった時、イシュタールはアスマが軽自動車ごと空中を飛ぶのを見た。そして、先程の死にかけたはずのこの世界の男が立ち上がっていた。




