43.魔王の過去編⑥
長年、魔物相手にしかギラフは剣を振るってこなかった。若かりし頃、その剣技は国の騎士団にいても不思議ではないと周囲には言われていたのだ。冒険者を続け、いつの間にか歳をとった。自分より強い者もいた。生命のやり取りは数え切れない。しかし、それは楽しくはなかった。
己の剣技の全てをぶつけて跳ね返してくる相手が目の前に、いる。強過ぎず、かといって弱くもない。自分の剣技を跳ね返してくれる相手に巡り会えたのは幸せだろう。ギラフは抑えきれない気持ちを剣に込め振るった。思い切り剣を叩きつけ、薙ぎ、突く……あまり感情を面に出さないタイプだとギラフは、自分でも思う。しかし、今、ギラフの顔から窺えるのは、歓喜であった。何度目かの応酬のあと、ふと、訊きたくなった。
「……やりますね、私は、ギラフ。冒険者です。剣は聖十字流。貴殿、名は。」
「俺はサイラス、ただの吸血鬼だ。そして、俺は『夜霧』」
サイラスと名乗った吸血鬼がニヤリと口の端を上げた。
「分かってます。殺さずのあなた方は、殺せなかったわけじゃ、ない」
「冒険者ギルドから俺たちを貶める依頼でも出ていたのではないのか?いや、違うな。お前は、違う……盗賊なぞ元々、退屈しのぎにはじめたことだ。ましてや、殺して奪うなど簡単なことだ」
「サイラスよ。『夜霧の党』との関係は?」
「何もないさ。誰かが騙ってるだけだ」
「やはり……」
ギラフの顔が歪んだ。大体想像がついている。『夜霧』のメンバーに何とかも押し付けてしまおうとしている者は、此方側にいる。そして、商船とレト伯爵邸で人族をの大量殺人を行った者も我々人族側にいるのだろう。
「この件に絡みたがっているのは、他に国か貴族か……それか、『夜霧の党』だろう。ギラフよ、それでも俺と闘うか」
サイラスの問いに、今度はギラフがニヤリと微笑み返した。瞬間、サイラスの爪が襲ってきたが、剣で受け、ギラフとサイラスは交差し、互いの位置を交換した。しばらくはこの悦びに身を委ねていたい……、ギラフは再び剣を構えなおした。
◇
グリバートは驚いていた、目の前の吸血鬼ではなく、自分にだ。長い間の冒険者生活で錆びついたと思っていた技が、自分の中に眠っていた力が目覚めるのをグリバートは感じた。ヘソの下から練り上げた魔力を棒に通わせる。
「ふんっ」
掛け声と共に右から左からグリバートの棒がアモンを襲った。時間と共にグリバートの強さが増してきてるような不思議な感覚にアモンは戸惑った。魔法を絡めるか、アモンは己の速さを上げる魔法を唱えると同時に水属性と火属性を組み合わせた幻影魔法で己の分身を4体作り出した。
分身体から炎が飛ぶ。被弾するのは間違いないと思っていたが、グリバートは棒を地面に突き立てるようにして宙に浮いた。棒に炎が4つぶつかり弾け、炎を躱したグリバートがひらりと地に立つのをアモンは見た。その間に準備した中級魔法を飛ばす。炎の弾がギラフを襲ったが、器用に棒をくるりと回すと炎も巻き取るようにして横に払い無効化する。
見かけと違い、器用な男だとアモンは苦笑した。目の前で使った棒術は達人の域にあり、アモンもお目に掛かったことはない。
グリバートは戦闘魔法が使えない。しかし、魔法攻撃に対する技量はかなり高い。だから、アモンはグリバートを魔法で倒すイメージが作れなくなっている。魔法はイメージが大切だ。今、目の前で見せたグリバートの技で、アモンの魔法は無効化されるだろう。互角に戦うことはできても打ち勝つのは困難だとアモンは理解しはじめている。
◇
再び対峙する2人の間に矢が飛んできた。グリバートの目玉がギョロリと睨む。2列に並んだ20人ほどの部隊がこちらに矢を放つ。魔力が込められた矢は霧になって躱すこともできない。アモンは大きく飛んで距離をとったつもりだった。左脚に痛みを感じた。1本矢が刺さっている。矢を抜いて折る。傷口は見る間に塞がる。夜になり、アモンの回復力が上昇している。グリバートが部隊を睨みながら呟く、
「ルンゲ=クロプト……」
アモンも聴き覚えがある。サイラスの言っていた、王の射手の隊長だったか。従えてるのは王の射手の隊員だろう。夜の闇に紛れていたとはいえ、この距離まで気づかれずに近づいてくるとは……アモンは素直に感心している。これだから人族は侮れない。
ギラフが怒りを滲ませ叫ぶ、
「我らの一騎討ちを邪魔するかっ!」
こちらへ近づきながらルンゲが返す、
「グリバート殿、お楽しみの所申し訳ないが、これは掃討作戦です。街の害虫を駆除するのが目的です。作戦の邪魔をしないでもらおう」
ルンゲが右手を上げると、アモンに矢が殺到した。何なく躱す……遅れて一本の矢が目の前に矢が迫ってきていた。アモンは左手でそれを掴んだ。隊士に射らせた後、注意が隊士の矢に向く瞬間にルンゲが自ら放った矢である。
「ほう、凄いな。ただの盗賊風情とは、思えんな」
ルンゲは思わず、呟いた。ルンゲの弓は特別製で、風の精霊の祝福を受けている。目標に対してある程度の追尾機能を持っているのだが、放った矢を手で掴み取られたのは初めてだった。
アモンは細かく初級魔法を連発した。ルンゲ率いる部隊の後方10人が弓を構えた前列10人と入れ替わる、炎の散弾がタワーシールドを構えた隊員に阻止される、背後に引いた10人が矢を放つ。繰り返しやられると、何本か躱しきれず、身体をかすった。
「ルンゲ殿ぉ、狩りか何かと勘違いしてないかっ」
グリバートが親の仇を見るような目をして叫ぶ。
「ギラフ殿、これは、狩りなのです。あなた1人では、埒が開あかない」
「何んだとっ!」
ルンゲの言葉にグリバートの怒気が空気を震わせた。並の魔物なら一目散に逃げ出すだろう。
「時間切れです。グリバート殿、夜の吸血鬼を相手に足止めできたのは、貴方の功だ。しかし、夜はこれからだ。真夜中は此奴らの時間、手段など構ってはいられない。ここからは私達の仕事です」
正論だった。目的は『夜霧』を捕縛し、壊滅させること。ギラフは棒を下げた。
◇
グリバートが引いたことで、魔法を絡めれば王の射手の連中の方がやりやすいとアモンは考えた。魔法戦で大切なのは、イメージだ。先程の手並みを見てしまった以上、どんな魔法でも無効化されるのではないか……そう、想像してしまう。そういう意味では、アモンにとってグリバートほどやりにくい相手はいないだろう。
目眩しの初級魔法をアモンは使った。周囲を霧が包む、ターゲットはギラフでもルンゲでもなく、王の射手に対してだ。
「む、各自、隣の者と離れるな。」
ルンゲは声をかけたが、王の射手のメンバーは比較的密集隊形をとっていた。己の隣に同じ隊服姿に化けたアモンが現れた。アモンが1人を攻撃すると、剣撃の音が鳴る。周りはアモンの魔法により極端に視界が悪い。近い位置にいたのが逆に仇となり同士討ちが始まる。アモンは紛れて1人、2人を倒した。残りは互いに打ち消し合い、霧の魔法の効果が晴れた頃、王の射手は、残り8人となっていた。
「小癪な真似を……」
ルンゲが矢を放つ、一度に放たれたのは3本だった。しかもそれぞれが頭、胸、脚に向かってくる。アモンは、脚に矢が突き刺さるのを感じた。続けて残りの王の射手の隊員が矢を放つ、アモンは建物の陰に逃げた。木戸の周囲は明るいが、少し離れれば、普段と同じ暗さ。夜の闇を味方につけたのだ。
ルンゲ達は追わざるをえない。夜の闇に溶けた吸血鬼は容易に残りの隊員を始末した。これで、アモンを追うのはルンゲだけとなった。ルンゲは今まで王の直轄部隊長として、数々の汚れ役をこなしてきた。夜の闇を味方にしてきたのはアモンだけではない事を見せつけてやりたいところだが、この街の隅々まで知っているアモンに惑わされ、ルンゲは後手に回っていた。ルンゲが焦り始めた時に不意に頭の中に声が聞こえてきた。
「既にこの区域の住民の避難は終わっている。街ごと破壊する……」
声の主は、クロス=プリースト。魔術師団の中でも随一と呼ばれる男。魔力の収束を感じたルンゲは思わず隣の区画に飛び出るようにして、逃げた。砲弾のような魔力の塊が渦巻きながら今までルンゲが背にしていた建物を1列薙ぎ倒して瓦礫に変えてしまった。言葉通りに建物ごと倒せたか、ルンゲがそう思った時、目の前に残った建物の上から笑い声と共にアモンの言葉が降ってきた。
「今夜は愉快な夜だ。グリバートにルンゲ……まだ、いたか」
アモンはじっとクロスを見ている。




