35.カッツ、隠れ里を訪れる
隠れ里
次の朝、俺達は街道を逸れて北へ向かって歩いた。街道と違って、細くかなり頼りない道である。この世界にも紅葉があるのか、遠くに衣替えをした山々が見える。不思議と寒さは感じない。温度変化に強くなっているのか、気温の低下は感じるが、平気なのだ。
魔物の数は少なく、襲ってきた魔物もジョリが殆ど蹴散らしている。突撃してきたブラウンボアを棍棒の一撃で倒した時は格好良かった。もっとも、ジョリは俺を介して魔王の血、竜の血を受けているのだ。もうコボルトの枠には収まっていないのかもしれない。
◇
森を抜け、見晴らしの良い丘の上で野営の準備をし、ブラウンボアの肉を焼いた。スパイスと塩を振って焼いただけだが、肉は高級豚肉のように臭みがなく、脂が甘い。エルはスパイスや塩のついたものは食べないので、素焼きの前脚を炙ってあげた。この頃のエルは俺達の真似をしているのか同じものを食べたがる。それでいて好みが激しいから中々手がかかるのだ。
「ガリッ……ゴリガリッ……」
「エルは骨まで噛み砕いて食べるんだな。」
俺はボアの肉肋骨をしゃぶりながら言った。元いた世界のバーベキューよりも、かなりワイルドな食べ方だろう。
ジョリは未だエルの食事風景を怖がっている。子供の頃から聞かされた山猫の伝説は中々払拭できないのであろう。ジョリには俺の血を通して、エルや伝説の素になったバルナ、魔王や竜の血まで入っているのに。そう考えると、おかしな奴である。俺は隣でボアの脛にかぶりついているコボルトの顔が何処かで見たことがあるある気がした。良く考えると、それは先程見た脚骨を噛み砕くエルの顔だった。
◇
元いた世界と違い、物品の流通がこの世界では限られている。旅が終わって島に帰ったら村の整備に目処をつけ、世界の食材や調味料を集めるのも面白いかもしれない。スパイスだけでなく、醤油や味噌、昆布や鰹節、……この世界にもあるかどうか分からないけど、急にそんな事を考えた。
なぜなら、ブラウンボアを食べいて、東京で仕事をしていた頃に会社の近くにあった食堂を思い出したからだ。豚の生姜焼き定食。俺はマヨネーズで食べる付け合わせのキャベツが好きだった。生姜焼きのタレがしみたキャベツにマヨネーズのハーモニー。もう食べれないのだろうか。元の世界から持ってこれた作物に生姜はない。残念なことだ。
幾つかの街を訪れたが、あんなに物に溢れ世界中の食べ物が集まっている所は、この世界にはないと思う。でも、食べたい!
この世界では、豊かな食材を集めること自体、苦労しそうだ。魔物だけでなく、治安も悪いから流通網の整備はかなり難しいだろう。俺は旅の日記に思った事を書き込んだ。思考の整理に日記は役にたつ。子供の頃は続かなかった日記。まさか異世界で書き始めるとはおもわなかった。
◇
翌朝、再び森に潜るようにして歩き、昼過ぎに森を抜けると里が見えてきた。里全体がひっそりと息をしているように静かだ。ネクロスさんはここを何度か訪れたことがあるらしい。
「里長はいるかの?」
第一里人発見。獣人の男の子に声をかけると、彼は里長のところまで案内してくれた。小さな畑に里長はいた。里長は獣人ではなく、ただの人族だった。汗をかきながら、緑色の少し大き目の唐辛子のような野菜を収穫している。この季節が旬だという。里長がご馳走してくれるというので、塩を振って焼いたのを齧ると、ほんのりとした爽やかな甘さとほろ苦さが舌に残る。
「うまい…」
つい、声に出た。日本酒とか白ワインとかが合うのだろうか、目の前にあるのは里で作られたにごり酒だ。ほのかに甘く後味はすっきりしている。
里長を相手にネクロスさんは酒を飲んでいる。エルは子猫の姿になって先程の獣人の子供の膝の上でご満悦だ。大人の姿だとやはり怖がられるのかな。
「カッツ様、その鉈を見せていただけませんか」
里長が言うので俺は見せてあげた。目を細めて見た後に礼を言われた。
「ありがとうございます。鉈を得物として使う方は珍しかったものですから」
「私も自分以外で使っているのは前の持ち主しか知りませんね。譲り受けた後、一度打ち直していますから今は武器としてしか使ってません」
「里長よ、此処に寄ったのはこの鉈を見せたかったからじゃ」
里長は意味を図りかねている。ネクロスさんは、俺がこの世界に来るまでの経緯を話した。里長は話しを聴いてるうちに感極まって涙を流しはじめた。何故、泣くのか俺には検討もつかなかった。里長が俺に向き直り話はじめる。
「カッツ様、100年程前、此処より南方、街道沿いには街がありました。この里に連れてこられる前に私はそこにおりました」
里長の住んでいたのはミレディアに滅ぼされた、あの廃墟だろう。
「竜の災厄が起こり、私は焼け落ちた瓦礫の中から救われました。ダマという魔族が命がけで助けてくれたのです」
「ダマはその時の火傷で亡くなりました。私はそれからこの里で生きてきたのです。ダマの得物は鉈でした。孫のアスマという魔族が私が来てから数年おりましたが、その鉈を持って里を出て行ったきり……まさか、異世界で……」
巡り巡って鉈はこの里へ帰ってきたことになる。里長はダマの墓を守ってきたらしい。アスマが帰って来ないと知ると自分の役目は終わったと話した。長生きしてきたのもアスマにまた会って報告する日が来ると思っていたからだ。代わりに、鉈を受け継いだ俺が聴く。アスマとは縁がある。アスマがいなければ、エルとも出会わなかったし、この世界に来ることもなかっただろう。
◇
獣人の子供が、里長の墓は自分が守ると言い出して皆んなで笑った。夕飯は里で採れた山菜料理と、ネクロスさんの鞄からボアのレバーを取り出し塩とニンニクで炒めた。獣人の子は初めて食べるボア肉に感動していたし、里長はこれで寿命が伸びたと上機嫌だった。
翌朝、里を出発する前にダマの墓を拝みに行った。村外れの滝の側、墓の周囲は花で囲まれていた。年中様々な花が咲くらしい。墓が大切に管理されてきたのが分かった。別れ際に里長が小さな皮袋を握らせてきた。
「カッツ様、これを……」
中身は種だった。
「昨日召し上がっていただいた唐辛子の種でございます。暖かくなってから蒔いてくだされ。土が乾いたら水を朝晩たっぷりと」
里長に礼を言って、また来ると約束した。ノトク商会の者にもちょこちょこ寄らせよう。俺達はトリス山地の更に奥を目指して歩き出した。




