第一話 『ある日高校生に戻ってしまった30歳』
30歳の会社員・橘 悠斗。
学生時代は極度のコミュ障で、友達も少なく、
恋愛も告白できずに終わった。
「もっと話しかけていれば。」
「もっと勇気があれば。」
そんな後悔を抱えながら社会人生活を
送っていたある日、事故をきっかけに目を覚ますと……
そこは高校2年生の春。
鏡を見ると17歳の自分。
体は高校生。
しかし中身は30歳。
営業で鍛えたコミュ力。
仕事で身につけた交渉術。
社会人として培った責任感。
あの頃とは違う。
もう、誰とも目を合わせられなかった僕じゃない。
今度こそ——
青春を、最高の形でやり直す。
第一話
『ある日高校生に戻ってしまった30歳』
~あの頃よりも、大人なボク。~
⸻
「失礼します。」
午後十一時。
今日最後の営業先から会社へ戻り、パソコンを閉じる。
「主任、お疲れ様です。」
部下が頭を下げる。
「明日の資料ありがとうございます。」
「いや、いいよ。」
自然にそう返す。
社会人八年目。
営業部主任。
三十歳。
昔の自分からは想像もできないくらい、
人と話す仕事が板についた。
初対面の相手とも笑って話せる。
商談も得意。
部下の相談にも乗る。
「人って変われるんだな。」
そう思うことは何度もあった。
でも。
会社を出た瞬間。
その笑顔は消える。
・・・
帰宅途中。
ふと最近のあった出来事が頭に浮かぶ・・・
コンビニで缶ビールを一本買う。
一人暮らしのワンルーム。
誰も「おかえり」と言わない部屋。
テレビをつける。
なんとなくスマホを開く。
高校時代のグループLINE。
『今度みんなで集まろう!』
画面いっぱいに並ぶ笑顔。
結婚式。
子ども。
旅行。
高校時代から仲の良い友達同士で集まっている写真。
「……いいな。」
指は動かない。
参加する勇気がないわけじゃない。
でも。
そこに入る資格がない気がした。
高校時代。
俺は空気だった。
昼休みは机でスマホもなく、本を読むふり。
体育祭では誰にも応援されず。
文化祭でも裏方。
女子とは三年間で数えるほどしか話していない。
「もっと話しかければよかった。」
「もっと笑えばよかった。」
「もっと青春したかった。」
社会人になってから何度思っただろう。
仕事では成功した。
だけど。
人生の一番楽しいはずだった時間だけが、
ぽっかり抜け落ちている。
・・・
夜風が冷たい。
「もし人生をやり直せるなら……。」
そんな独り言をつぶやきながら横断歩道を渡る。
その瞬間だった。
キィィィィィッ!!
耳をつんざくブレーキ音。
眩しいライト。
「危なっ——」
衝撃。
視界が真っ白になる。
・・・
「橘ー!」
遠くで誰かが呼んでいる。
「起きろって!」
身体を揺さぶられる。
(病院か……。)
そう思いながら目を開ける。
見えたのは。
白い天井ではなく。
蛍光灯。
黒板。
窓から差し込む朝日。
制服姿の生徒。
「……え?」
教室だった。
「橘、また寝てる。」
聞き覚えのある声。
前の席。
小林。
高校時代、一番よく話した……
いや、唯一まともに話せた友達だ。
「先生来るぞ。」
「……小林?」
「何その反応。」
嘘だろ。
教室を見渡す。
見覚えしかない。
あの席。
あの黒板。
あの時計。
全部。
高校二年二組。
俺の教室。
「夢……?」
ガラッ。
教室のドアが開く。
「席につけー。」
担任。
山口先生。
十年以上前に退職したはずの先生。
「……マジ?」
「橘、朝から変な顔してるぞ。」
クラス中が笑う。
俺は慌ててスマホを探した。
ない。
そうだ。
高校生だからだ。
代わりに制服のポケットにはガラケー。
震える手で日付を見る。
2013年4月15日
「……戻ってる。」
本当に。
高校二年生に。
・・・
授業は何も頭に入らなかった。
数学。
英語。
世界史。
全部、先生の声が遠く聞こえる。
「ありえない。」
何度頬をつねっても痛い。
夢じゃない。
・・・
昼休み。
俺はトイレへ駆け込んだ。
鏡を見る。
そこには。
十七歳の自分。
少し幼い顔。
寝ぐせ。
制服。
「あぁ……。」
高校生の俺だ。
思わず笑ってしまう。
「マジか。」
「人生ってこんなことある?」
鏡の前で笑っていると。
「あれ?」
後ろから声がした。
振り向く。
そこには。
朝比奈美月。
高校時代。
一度もまともに話せなかった女子。
クラスの人気者。
男子全員の憧れ。
「橘くん?」
「……え?」
「大丈夫?」
昔なら。
「だ、大丈夫。」
それだけで終わっていた。
でも。
今の俺は違う。
営業歴八年。
接客人数。
一万人以上。
「うん。ちょっと寝不足だっただけ。」
自然に笑う。
朝比奈は目を丸くした。
「え?」
「橘くんって……。」
「そんな笑う人だった?」
しまった。
未来の俺が出た。
高校時代の俺は。
こんな風に笑えなかった。
「いや、その……。」
「ふふ。」
朝比奈が笑う。
「今日なんか変。」
その笑顔を見て。
俺は思い出した。
高校時代。
この笑顔を見るだけで緊張していたことを。
今は違う。
可愛い。
でも。
必要以上に怖くない。
(三十歳になると女子高生より営業先の社長のほうが怖いな。)
そう思ってしまい。
少し笑った。
「本当に変。」
朝比奈も笑う。
その瞬間だった。
胸が熱くなる。
高校時代。
話しかけられることなんて、ほとんどなかった。
たった数分の会話。
それだけなのに。
「……青春って、こんな感じだったのか。」
知らなかった。
・・・
放課後。
校門を出る。
夕日に照らされた坂道。
制服姿の高校生。
自転車。
部活帰りの笑い声。
全部。
懐かしい。
いや。
今、ここにある現実だ。
立ち止まり。
空を見上げる。
「神様。」
「もしこれが奇跡なら。」
「今度は逃げません。」
「あの頃みたいに、自分から目を逸らしません。」
三十歳まで生きてきた。
失敗もした。
成功もした。
だから分かる。
人生は、勇気を出して一歩踏み出した人から変わっていく。
高校時代の俺は、その一歩が踏み出せなかった。
でも今は違う。
社会人として積み重ねた経験も、失敗も、人との向き合い方も全部持っている。
「今度こそ——。」
「最高の青春を、生きてみせる。」
そう誓った瞬間、夕焼けに染まる桜の花びらが一枚、風に乗って主人公の肩へ舞い降りた。
それはまるで、新しい物語の始まりを祝福しているかのようだった。
次回予告
第二話「30歳、自己紹介でクラスをざわつかせる。」
教室で迎えた自己紹介の時間。30歳の経験から自然体で話した主人公は、かつて「空気」のような存在だった自分とは違う印象をクラスメイトに与えてしまう。少しずつ変わり始める高校生活。しかし、未来を知る彼だからこそ直面する「変えてはいけない過去」と「変えたい未来」の間で葛藤が始まる――。




