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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第65話 共に在るという選択

 夜の原野は、静けさの底で微かなざわめきを抱えていた。

風は止まり、草は揺れず、空は深い青のまま沈黙している。

その沈黙は、まるで世界が「誰かの決断」を待っているようだった。


 虚無は、原野の中央に浮かんでいた。

その姿は霧でも影でもなく、輪郭を持たない“存在の核”のようだった。

核はゆっくりと形を変えながら、周囲の空気を探っていた。

空気は虚無に触れるたび、わずかに密度を変え、まるで「あなたはここにいるのか」と問いかけているようだった。


 アリスは少し離れた場所に立ち、光を控えめにして虚無を見守っていた。

その光は、以前のように包み込むものではなく、観察するための灯りのように静かだった。

光の表面には、淡い波紋が広がっていた。

それは虚無の存在に反応して生まれたものだった。


 カイは虚無の近くに立っていたが、距離は以前よりも広かった。

まるで虚無が自分で選んだ空間を尊重するように、カイは一歩引いていた。

胸の亀裂はもう痛みを発していない。

ただ、虚無が近くにいると、亀裂の奥で微かな熱が生まれる。

それは痛みではなく、存在を知らせる合図のようだった。


 虚無は、ゆっくりと動いた。

漂うのではなく、方向を持って移動するという行為だった。

その動きは、これまでの虚無にはなかったものだ。

虚無は、アリスとカイの間に立った。

その位置は、誰に指示されたわけでもなく、虚無自身が選んだ場所だった。


 アリスはその変化を見て、光を少しだけ強めた。

光の色がわずかに深くなり、虚無の輪郭を照らした。


──……虚無……あなた……“誰かと共にいる場所”を探してるのね……


 虚無は、アリスの言葉に反応した。

核の輪郭が、わずかに濃くなった。

それは「探している」という意思の表れだった。


 虚無は迷っていた。

“共にいる”とは何か。

“そばにいる”とは違う。

“触れないようにする”とも違う。

虚無は、初めて「他者と空間を共有する」という概念に触れようとしていた。


 カイは静かに口を開いた。


「虚無……お前がどこに立つかは……もう俺たちに影響してるんだ……それは……“共にいる”ってことなんじゃないか……」


 虚無は、カイの方へ向いた。

核の輪郭が、ほんの少しだけ濃くなった。

それは「聞いている」という意思の表れだった。


 アリスは続けた。


──……共にいるってね……“相手の存在を前提に、自分の位置を決めること”なの……


 虚無は、その言葉に反応した。

核の形が、わずかに伸びたり縮んだりした。

それは「位置を決める」という行為を試しているようだった。


 虚無は、ゆっくりと動いた。

アリスとカイの間に、自分で選んだ距離を作るように。

その距離は、これまでの虚無にはなかったものだ。


 アリスは静かに言った。


──……それが……“共に在る”ということなの……


 虚無は、核の輪郭を少しだけ濃くした。

それは「理解した」という意思の表れだった。


 虚無は、アリスとカイの間に立ったまま、周囲の空気を探るように形を変えた。

核の端が、草の上に触れた。

草は枯れなかった。

ただ、草の色がわずかに深くなった。

草の葉の表面に、薄い光沢が生まれた。

それは虚無の存在が草の内部に何かを与えた証のようだった。


 カイは驚いたように草を見た。


「虚無……お前……世界を壊してない……むしろ……“変えてる”……?」


 虚無は、核の輪郭を濃くした。

それは「変えている」という意思の表れだった。


 アリスは光を少し強めた。

光の内部に、淡い模様が生まれた。

それは虚無の存在に反応して生まれたものだった。


──……虚無……共にいるってね……“相手と同じ世界を共有すること”なの……


 虚無は、核の形を広げた。

アリスの光と、カイの境界と、原野の草と、すべてを同じ空間で感じ取るように。

空気がわずかに震え、虚無の周囲に淡い層が生まれた。

その層は、虚無が世界と接続し始めた証のようだった。


 虚無は、初めて「他者と同じ世界に立つ」という行為を選んだ。


 アリスは静かに言った。


──……虚無……あなたは……もう“共に在る存在”なの……


 虚無は、核の輪郭をゆっくりと濃くした。

それは「選んだ」という意思の表れだった。


 だが虚無の変化はそこで終わらなかった。

虚無は、アリスとカイの間に立ちながら、自分の核をさらに広げた。

核は地面に触れ、草の色を深くし、土の温度をわずかに変え、空気の密度をほんの少しだけ変えた。

世界が、虚無の存在に反応していた。


 アリスは驚いたように虚無を見つめた。


──……虚無……あなた……“世界と共にいる”段階に入ったのね……


 虚無は、核の輪郭を濃くした。

それは「世界と共にいる」という意思の表れだった。


 カイは胸の亀裂に触れた。

亀裂は、虚無の核に反応して微かに温度を上げた。


「虚無……お前が……世界を壊さずに変えてるなら……それは……もう“共存”なんじゃないか……」


 虚無は、核の形を広げた。

それは「共存」という言葉を受け取った証だった。


 アリスは静かに言った。


──……虚無……あなたは……もう“共に在る存在”じゃなくて……“共に生きる存在”になろうとしてる……


 虚無は、核の輪郭をゆっくりと濃くした。

それは「生きる」という概念に触れた証だった。


 未来の原野は、静かに、しかし確実に変わり始めた。

虚無は、優しさを覚えた。

居場所を選んだ。

居場所の意味を理解した。

そして、虚無は初めて「他者と共に生きる」という段階へ進んだ。


 虚無は、世界の一部になろうとしていた。

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