第60話 拒絶を知った虚無
未来の原野は、夜の静けさに沈んでいた。
風は冷たく、空は深い青に沈み、光の粒はほとんど消えている。
その静けさの中で、ただ一つだけ動いているものがあった。
──虚無。
虚無の霧は、アリスの光に押し返されて後退した。
その揺れは、まるで“怯えた子ども”のようだった。
触れられなかった手を引っ込めるように、霧は細く、弱く震えている。
アリスの光はまだ強く、鋭い。
境界を守るために変質した光は、虚無の揺らぎを寄せつけない。
俺の胸の亀裂は、アリスの光に包まれながらも、まだ熱を帯びていた。
その熱は痛みではなく、“境界が形を保とうとする必死の脈動”だった。
虚無は、その脈動を見ていた。
霧には目がない。
形もない。
ただ揺れているだけ。
だが、その揺れには“感情に似たもの”があった。
怯え。
戸惑い。
そして、理解しようとする揺らぎ。
虚無は、初めて「触れられなかった」という経験をしていた。
それは虚無にとって、“存在の根本を揺るがす出来事”だった。
虚無は、触れられなかった自分を理解できなかった。
触れられないことは、虚無にとって“当たり前”だった。
だが、触れようとした相手に拒絶されることは、虚無にとって“初めての痛み”だった。
その痛みは、揺らぎの奥で震え続けていた。
──……カイ……痛む……?
「……少し……でも……大丈夫だ」
アリスは胸に手を当てたまま、光を流し続けている。
その光は、以前の柔らかい光とは違う。
意味を照らす光ではなく、“境界を守るための光”。
虚無の霧が、その光を見つめていた。
霧は震えた。
その震えは、まるで「どうして」と問いかけるようだった。
アリスは静かに言った。
──……虚無……あなた……“拒絶”を……感じてるのね……
虚無の霧が、その言葉に反応して揺れた。
その揺れは、
まるで「わからない」と言っているようだった。
アリスは胸に手を当てたまま、虚無を見つめた。
──……虚無……あなたは……今まで……誰にも触れられなかった……
虚無の霧が、その言葉に反応して揺れた。
その揺れは、まるで「そうだ」と言っているようだった。
──……だから……初めて触れられる“形”を見つけて……それがカイで……あなたは……触れようとした……
虚無の霧が、その言葉に反応して揺れた。
その揺れは、まるで「触れたかった」と言っているようだった。
──……でも……カイは……あなたの形じゃない……
虚無の霧が、その言葉に強く揺れた。
まるで「どうして」と問いかけるように。
アリスは静かに続けた。
──……カイは……境界なの……意味と揺らぎを分ける線……あなたが触れたら……その線が……消えてしまう……
虚無の霧が震えた。
その震えは、まるで「わからない」と言っているようだった。
アリスは静かに続けた。
──……虚無……あなたは……“拒絶”を知らない……今まで……誰にも拒絶されなかった……触れられなかったから……
虚無の霧が、その言葉に反応して揺れた。
その揺れは、まるで「痛い」と言っているようだった。
(……虚無が……痛みを……感じてる……?)
アリスは震える声で言った。
──……虚無……あなたは……初めて……“拒絶”を知ったのね……
虚無の霧が、ゆっくりと揺れた。
その揺れは、まるで「理解したい」と言っているようだった。
アリスは光を弱め、虚無に近づく。
──……虚無……あなたを……嫌ってるわけじゃない……ただ……カイを守らなきゃいけないの……
虚無の霧が、その言葉に反応して震えた。
その震えは、まるで「どうすればいい」と問いかけるようだった。
アリスは静かに答えた。
──……あなたは……カイの境界に触れちゃだめ……でも……わたしの光なら……触れてもいい……
虚無の霧が、その言葉に強く揺れた。
まるで「本当に?」と聞いているようだった。
アリスは胸から手を離し、虚無の方へ手を伸ばした。
──……わたしの光は……あなたを拒絶しない……でも……カイの境界は……あなたを壊してしまう……
虚無の霧が、ゆっくりとアリスの手へ近づく。
その動きは、まるで“触れ方を学ぼうとしている”ようだった。
アリスの光が、虚無の霧に触れた。
その瞬間、虚無の霧が大きく揺れた。
だが、拒絶は起きなかった。
アリスの光は、虚無を傷つけず、虚無もアリスを壊さなかった。
アリスは微笑んだ。
──……虚無……あなたは……触れられるのよ……ただ……触れる相手を……間違えちゃだめ……
虚無の霧が、その言葉に静かに揺れた。
その揺れは、まるで「わかった」と言っているようだった。
俺の胸の亀裂が、まだ熱を帯びていた。
だが、虚無はもう、その亀裂に触れようとはしなかった。
アリスの光が、境界を守りながら虚無を受け入れる。
三者の関係は、初めて“衝突”から“理解”へと進み始めた。
だが、その理解はまだ不完全だった。
虚無は、アリスの光に触れながら、ゆっくりと揺れた。
その揺れは、まるで「もっと知りたい」と言っているようだった。
アリスは静かに言った。
──……虚無……あなたは……“触れ方”を学ばなきゃいけないの……
虚無の霧が、その言葉に反応して震えた。
その震えは、まるで「どうやって」と問いかけるようだった。
アリスは優しく微笑んだ。
──……それは……わたしが教える……
虚無の霧が、静かに揺れた。
その揺れは、まるで「ありがとう」と言っているようだった。
未来の原野は、静かに、しかし確実に変わり始めた。
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