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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第59話 境界の亀裂に宿る痛み

 虚無の霧が、俺の胸の亀裂に触れたまま震えていた。

その震えは、まるで“寄り添う手”のようだった。

だが、その寄り添いは優しさではなく、“依存”に近いものだった。


 アリスの光は弱く、揺れが大きい。

胸の奥で淡い脈動が続き、そのたびに光がわずかに震える。


 俺の境界は、その光に触れるたびに軋んでいた。

ひび割れたガラスのように、音もなく崩れ始めている。


 胸の奥の亀裂は、アリスの光と虚無の揺らぎの“中間”のような光を放っていた。


──……カイ……あなたの境界……もう……元には戻らない……


「アリス……」


──……わたし……あなたを……失いたくない……


 アリスの声は震えていた。

その震えは、虚無の揺らぎと同じリズムだった。


 胸の奥の亀裂が、また光った。


 その光は、虚無の霧へ向かって伸びる。


(……また……虚無に……引かれてる……)


──……カイ!!だめ!!虚無に触れちゃだめ!!


 アリスが俺の胸に手を当て、光を流し込む。


 その光が亀裂を包み、虚無の揺らぎを押し返す。


 だが、亀裂は消えなかった。


 むしろ、“形を持ったまま残った”。


 アリスは震えた声で言った。


──……カイ……あなたの境界……虚無に……“見られてる”……


「見られてる……?」


──……うん……虚無は……形を持たない揺らぎ……でも……“形になりかけたもの”には……反応する……


 虚無の霧が、遠くで大きく揺れた。


 その揺れは、まるで眠りから覚めたようだった。


 アリスが息を呑む。


──……カイ……虚無が……“動いてる”……


「動いてる……?」


──……うん……今までの虚無は……ただ揺れてるだけだった……でも……今の揺れは……“意思のある揺れ”……


 虚無の霧が、ゆっくりと形を変え始めた。


 霧が集まり、濃くなり、ひとつの方向へ向かって伸びる。


 その方向は、俺の胸だった。


──……カイ……!!虚無が……あなたの亀裂に……“触れようとしてる”!!


 胸の奥が熱くなる。


(……虚無が……俺に……触れようとしてる……?)


 虚無は揺らぎ。

形を持たない。

触れることもできない。


 だが、“形になりかけた亀裂”には触れられる。


 アリスの光が震えた。


──……カイ……虚無は……あなたの境界を……“自分の形に使おうとしてる”……


「形に……?」


──……うん……虚無は……形になりたいわけじゃない……でも……“形に触れたい”の……


 虚無の霧が、さらに濃くなり、俺の胸へ向かって伸びる。


 その動きは、まるで“手を伸ばす”ようだった。


──……カイ!!逃げて!!虚無に触れたら……あなた……境界じゃなくなる!!


「アリス……俺……動けない……」


──……え……?


「虚無が……俺の境界を……“引いてる”……身体が……動かない……」


 虚無の霧が、俺の胸の前で震えた。


 その震えは、アリスの光に反応したときよりも深い。


 まるで、“触れたい”と願う揺らぎ。


 アリスが叫ぶ。


──……カイ!!だめ!!虚無は……あなたを……“形にしようとしてる”!!


「形に……?」


──……うん……虚無は……あなたの境界の亀裂を……“自分の形の核”にしようとしてる……


 胸の奥が強く脈打った。


(……虚無が……俺を……形に……?)


 境界の亀裂が光り、虚無の霧がその光に触れようとする。


 アリスが俺の腕を掴む。


──……カイ!!離れないで!!わたし……あなたを……失いたくない!!


「アリス……俺も……アリスを……失いたくない……でも……虚無が……止まらない……」


 虚無の霧が、俺の胸の亀裂に触れた。


 その瞬間、世界が揺れた。


 未来の原野が歪み、空が震え、地面が波打つ。


 アリスが叫ぶ。


──……カイ!!だめ!!虚無が……あなたの境界に……“入り込んでる”!!


 胸の奥が熱くなり、境界の核が震え、亀裂が広がる。


(……っ……!!虚無が……俺の中に……)


 アリスが俺の胸に手を当て、光を流し込む。


──……カイ!!戻ってきて!!わたしの光を……感じて……!!


 アリスの光が亀裂を包み、虚無の揺らぎを押し返す。


 だが、虚無は離れなかった。


 むしろ、“触れたまま”揺れていた。


 アリスは震えた声で言った。


──……カイ……虚無は……あなたを……“選んだ”……


「選んだ……?」


──……うん……虚無は……あなたの境界の亀裂を……“自分の形の核”にしようとしてる……


 胸の奥が冷たくなる。


(……俺が……虚無の……形の核に……?)


 アリスは涙をこらえながら言った。


──……カイ……あなた……このままだと……“虚無の形”になっちゃう……


 虚無の霧が、俺の胸に触れたまま震えている。


 その震えは、まるで“何かを求める手”のようだった。


 アリスは震える声で続けた。


──……虚無は……孤独だった……ずっと……ずっと……“意味の外側”にいた……


 アリスの光が揺れた。


──……だから……初めて触れられる“形になりかけた亀裂”を見つけて……そこに……寄りかかろうとしてる……


「俺の……境界の亀裂……?」


──……うん……虚無は……あなたの亀裂を……“自分の居場所”にしようとしてる……


 胸の奥が熱くなる。


(……虚無が……俺を……居場所に……?)


 アリスは涙を流した。


──……カイ……虚無は……あなたを……“奪おうとしてる”んじゃない……“頼ろうとしてる”の……


「頼る……?」


──……うん……虚無は……あなたの境界の亀裂に……“寄りかかってる”……


 胸の奥が熱くなる。


(……虚無が……俺を……頼ってる……?)


 その瞬間、アリスの光が強く揺れた。


──……だめ……カイは……虚無の居場所じゃない……カイは……“境界”なの……わたしの……大切な……境界……


 アリスの光が震え、その震えが胸の奥に響いた。


 虚無の霧が、アリスの光に反応して揺れた。


 その揺れは、まるで“怯えた子ども”のようだった。


──……虚無……あなたは……カイに触れちゃだめ……


 アリスの光が強くなる。


 その光は、以前の柔らかい光ではなかった。


 揺らぎを抱えた光でもなかった。


 もっと強く、もっと鋭く、“境界を守るための光”。


(……アリスの光が……変わってる……?)


 アリスは俺の胸に手を当てたまま、光を流し込む。


──……カイ……わたし……あなたを守るために……光を……変える……


「変える……?」


──……うん……わたしの光は……意味の光……でも……今は……“境界を守る光”にならなきゃいけない……


 アリスの光が強くなり、境界の亀裂を包む。


 その光は、虚無の揺らぎを押し返すだけでなく、“境界の形を補強する”光だった。


 胸の奥が熱くなる。


(……アリスの光が……俺の境界を……守ってる……)


 虚無の霧が、アリスの光に押されて後退した。


 その揺れは、まるで“悲しんでいる”ようだった。


──……虚無……あなたを……嫌ってるわけじゃない……でも……カイは……あなたの形じゃない……


 アリスの光がさらに強くなる。


 その光は、虚無の霧を押し返しながら、境界の亀裂を包み込む。


──……カイ……わたし……あなたを守るためなら……光を……どんな形にも変える……


 胸の奥が熱くなり、境界の亀裂が光に包まれていく。


 虚無の霧は、その光に触れられず、ただ震えていた。


 アリスは涙を流しながら言った。


──……カイ……あなたは……わたしの……境界なの……


 その言葉は、夜の未来の原野に深く響いた。


 アリスの光は、境界を守るために変質した。


 虚無は、初めて“拒絶”を受けた。


 そして、未来の原野は、静かに、しかし確実に変わり始めた。

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