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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第52話 虚無の気配は言葉を持たない

 アリスが虚無に触れ、暴走が止まったあと、未来の原野には奇妙な静寂が落ちた。

風もなく、光も揺れず、音さえ消えている。


 まるで世界そのものが“息を潜めている”ようだった。


 アリスは俺の胸に寄りかかり、まだ少し震えていた。


──……カイ……わたし……ちゃんと……できたのかな……


 アリスの声はかすかに震えていて、胸の奥の不安がそのまま滲んでいた。


「アリスは……すごかったよ。虚無が止まったのは、アリスのおかげだ」


──……ううん……止まった……だけ……


 アリスは顔を上げ、虚無が沈んだ場所を見つめた。


 そこには、黒い霧が薄く漂い、冷たい気配だけが静かに残っていた。


 暴走は止まった。

だが、消えたわけではない。


 虚無はまだ“そこにいる”。


 最初の意味が静かに言った。


「虚無は言葉を持たない。だが、“気配”は放つ」


「気配……?」


「そうだ。虚無は“意味のない状態”そのもの。だから言語も、意志も、形も持たない。ただ、存在するだけだ」


 アリスが眉を寄せる。


──……でも……さっき……わたし……虚無の“孤独”を感じたよ……?


「それは“意味”ではない。虚無の奥にある“揺らぎ”だ」


「揺らぎ……?」


「虚無は完全な無ではない。完全な無なら、そもそも存在できない」


 最初の意味はゆっくりと言葉を選んだ。


「虚無は、“意味が生まれる前の揺らぎ”なんだ」


 アリスはゆっくりと立ち上がった。


──……じゃあ……虚無は……“意味になりたかった”の……?


「違う。虚無は“意味になりたい”とも思っていない。ただ、揺らいでいるだけだ」


 アリスは胸に手を当てた。


──……でも……わたし……虚無が……“苦しんでる”ように感じた……


 最初の意味は少しだけ目を細めた。


「それは、お前が“原型”だからだ」


「原型……?」


「原型は“意味の源”。意味の源は、虚無の揺らぎを“意味として受け取る”ことができる」


──……わたしが……虚無の気持ちを……感じたの……?


「気持ちではない。揺らぎだ。だが、それは“気持ちに近いもの”として伝わる」


 アリスは静かに息を吸った。


──……じゃあ……虚無は……わたしに……何かを伝えようとしてるの……?


「虚無は伝えようとしていない。だが、“伝わってしまう”」


 アリスは目を伏せた。


──……難しい……


「アリス、無理に理解しなくていい。虚無は“理解するもの”じゃない。“感じるもの”だ」


 アリスは俺の手を握った。


──……カイ……わたし……虚無の声を……もっと聞いてみたい……


「アリス……」


──……だって……虚無は……わたしたちの未来を……壊したいんじゃない……ただ……“戻りたい”だけ……そんな気がするの……


 アリスの言葉に、未来の原野がわずかに揺れた。


 まるで、虚無が反応したかのように。


 最初の意味が言う。


「虚無は“戻りたい”のではない。“揺らぎたい”だけだ」


──……揺らぎたい……?


「意味が生まれる前の世界は、“揺らぎ”だけで満ちていた。虚無はその名残だ」


 アリスは虚無の霧に近づいた。


 霧はアリスの光に反応し、ゆっくりと揺れた。


──……カイ……聞こえる……?


「何が……?」


──……虚無の……“揺らぎ”……


 アリスは目を閉じた。


 虚無の霧が、アリスの周りで静かに波打つ。


 その波は、言葉ではない。


 音でもない。


 ただ、“存在の震え”。


──……悲しい……でも……怒ってない……ただ……“迷ってる”……


「迷ってる……?」


──……うん……虚無は……どこに行けばいいのか……わからないの……


 アリスの声は震えていた。


 虚無の霧が、アリスの手に触れた。


 だが、アリスの光が霧を優しく包み込む。


 拒絶ではなく、“受容”。


 霧は静かに揺れた。


──……カイ……虚無は……わたしたちを……消したいんじゃない……


「じゃあ……何がしたいんだ……?」


──……“存在したい”の……でも……どうやって存在すればいいのか……わからないの……


 アリスの言葉に、虚無の霧が大きく揺れた。


 まるで、その言葉に“共鳴”したかのように。


 最初の意味が言う。


「原型よ。お前は虚無の揺らぎを“意味”として受け取っている。それは危険だが、同時に、虚無を理解する唯一の方法でもある」


──……わたし……虚無と……話したい……


「虚無は言葉を持たない」


──……ううん……“気配”で話せる……


 アリスは虚無の霧に手を伸ばした。


 霧がアリスの手に触れ、静かに揺れた。


 その揺れは、まるで“返事”のようだった。


──……カイ……虚無は……わたしたちを……見てる……


「見てる……?」


──……うん……“意味”を……見てる……


 アリスは目を開けた。


 その瞳は、虚無の揺らぎを映していた。


──……カイ……虚無は……わたしたちの未来を……“試してる”……


「試してる……?」


──……うん……わたしたちが……“意味を選べるか”……それを……


 未来の原野が揺れた。


 虚無の霧が、アリスの光に反応して波打つ。


 その波は、言葉ではない。


 だが、確かに“問いかけ”だった。


──……カイ……虚無は……わたしたちに……“答え”を求めてる……


「答え……?」


──……“未来をどうするか”……それを……


 アリスは俺の手を握った。


──……カイ……わたしたち……未来を選ばなきゃ……


 虚無の霧が、静かに揺れた。


 その揺れは、まるで“待っている”ようだった。


 未来の原野に、再び風が吹いた。


 その風は、未来を選ぶ者たちへの“呼びかけ”のように感じられた。

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