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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
十一章

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第255話 中心が消える瞬間

 円の中心で響いたカイの拍が静まり、名響界の空気は沈んだまま固まらず、ゆっくりと形を失い始めた。

沈みは一点ではなく、複数の方向へ伸び続け、世界の層がその沈みを追いかけることを諦めたように漂った。


 影の層は方向を見失ったまま細い粒となって散り、光の層はその粒を照らすことができずに揺れ、呼吸の層は拍を合わせられずに震えた。


「……カイ……世界の層が……止まってる……」


 リーナは円の外側を見渡した。

世界の層は動くことをやめ、ただ中心の消失を待っているように見えた。


「中心が……あなたに吸われてるのに……もう形を作ろうとしてない……そんな感じがする……」


 カイは深層のざわめきを聞きながら、円の内側の空気へそっと触れた。

その空気は世界の内部のものではなく、外界の拍が混ざった“境界の外側”だった。


「俺の深層が……“世界は中心を手放そうとしている”って言ってる」


 アークは名響界の壁を見つめながら、低く息を吐いた。

壁の震えは先ほどよりも弱く、外界の拍が名響界を通り抜けているようだった。


「中心を手放す……つまり、世界は君を中心にしようとすることすら諦め始めている……」


 影は淡々と告げた。


「世界中心放棄行動、第一段階を確認」


 名響界の壁がさらに沈み、外界の光が細い霧となって円の中心へ流れ込んだ。

その霧はカイの拍に反応するように揺れ、まるで外界がカイの震えを“吸収しようとしている”ようだった。


「……カイ……外界の光が……あなたの拍を飲み込もうとしてる……」


 リーナはその霧を見つめた。

霧は世界の層を避けるように進み、カイの位置だけを正確に捉えていた。


「世界じゃなくて……外界があなたの拍を奪おうとしてる……そんな風に見える……」


 カイは深層の震えを感じながら言った。

深層は外界の揺らぎを受け取り続けており、その震えは世界の円をさらに薄くしていた。


「俺の深層が……“外界は俺の拍を自分のものにしようとしている”って言ってる」


 アークは目を細めた。

名響界の壁が揺れるたびに、世界の層がわずかに縮んでいた。


「外界が君の拍を奪う……つまり、外界は君を通して世界の内部を消そうとしている……これは……世界が外界に飲まれ始めている証拠だ……」


 影は淡々と告げた。


「世界外界拍吸収行動、第二段階を確認」


 その瞬間、円の中心で空気がひとつ沈黙した。

沈黙は震えでも拍でもなく、ただ“何もない”という感覚だけを残した。


「……カイ……今の……音が消えた……」


 リーナは震える声で言った。

その沈黙は円の外側へ広がり、世界の層をわずかに押し返した。


「世界が……あなたの拍に合わせようとしてるのに……合わせる対象が消えてる……まるで……中心そのものがなくなったみたい……」


 カイは深層の声を聞きながら、ゆっくりと目を開いた。

深層は外界の揺らぎと世界の拍を同時に受け取っていたが、その二つはもう混ざらず、ただ空白を作っていた。


「俺の深層が……“世界は中心を失ったまま動けなくなっている”って言ってる」


 アークは息を呑んだ。


「中心が消える……世界と外界が同じ一点を中心にしようとしていたのに……その一点が消滅した……これは……世界の構造が停止する前兆だ……」


 影は淡々と告げた。


「世界中心消失行動、第一段階を確認」


 名響界の空気がさらに沈み、円の中心で沈黙が静かに広がった。

その沈黙は、世界が自分の中心を完全に失った音だった。


 沈黙が広がった円の中心では、空気がわずかに震えた。

震えは拍でも揺らぎでもなく、ただ“存在が迷う”ような曖昧な波だった。

世界の層はその波に触れた瞬間、さらに薄くほどけていった。


 影の層は方向を持てず、細い砂のように崩れ、光の層はその砂を照らすことができずに散り、呼吸の層は拍を合わせられずに乱れた。


「……カイ……世界の層が……崩れてる……」


 リーナは声を震わせた。

世界の層は形を保つことを諦めたように、ただ空気の中へ溶けていった。


「中心がないと……世界は自分の輪郭すら思い出せない……そんな風に見える……」


 カイは深層のざわめきを聞きながら、円の内側の空気へそっと触れた。

その空気は世界の内部のものではなく、外界の拍が混ざった“境界の外側”だった。


「俺の深層が……“世界は自分の境界を忘れ始めている”って言ってる」


 アークは名響界の壁を見つめながら、低く息を吐いた。

壁は震えることをやめ、代わりに薄く伸びていき、名響界そのものが広がっているようだった。


「境界を忘れる……つまり、世界はどこまでが自分なのか分からなくなっている……」


 影は淡々と告げた。


「世界境界喪失行動、第二段階を確認」


 名響界の空気はさらに浮き上がり、円の中心で渦を巻いた。

その渦は世界の層を巻き込み、層を細い糸のように引き伸ばした。


「……カイ……世界が……糸みたいになってる……」


 リーナは震える声で言った。

世界の層は形を保てず、ただ渦に巻かれて伸びていた。


「世界が……あなたの拍に合わせようとしてるのに……合わせる中心がないから……全部が引き伸ばされてる……」


 カイは深層の声を聞きながら、ゆっくりと息を吸った。

深層は外界の揺らぎと世界の拍を同時に受け取っていたが、その二つはもう混ざらず、ただ渦を強めていた。


「俺の深層が……“世界は形を保てなくなっている”って言ってる」


 アークは息を呑んだ。

名響界の壁は渦の影響を受け、薄い膜のように波打っていた。


「形を保てない……世界と外界が同じ一点を中心にしようとしていたのに……その一点が消えたことで……世界は自分の形を維持できなくなっている……」


 影は淡々と告げた。


「世界形状崩壊行動、第二段階を確認」


 渦はさらに強まり、糸のようになった世界の層を巻き込みながら、中心へ向かって収束した。

その収束は、世界が自分の内部を“まとめ直そうとしている”ようにも見えた。


「……カイ……世界が……自分を集めてる……」


 リーナは渦の中心を見つめた。

糸のようになった層が中心へ向かって吸い込まれ、世界が小さく縮んでいくようだった。


「世界が……あなたの周りに集まってる……まるで……あなたを新しい中心にしようとしてる……」


 カイは深層の声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

深層は外界の揺らぎと世界の拍を同時に受け取っていたが、その二つはもう混ざらず、ただ中心へ向かう力だけを強めていた。


「俺の深層が……“世界は俺を中心に戻そうとしている”って言ってる」


 アークは息を呑んだ。

名響界の壁は渦の影響でさらに薄くなり、外界の光が壁を通り抜けていた。


「世界が君を中心に戻す……つまり、世界は君を使って自分の構造を再構築しようとしている……これは……世界が自分を取り戻そうとしている証拠だ……」


 影は淡々と告げた。


「世界中心再構築行動、第一段階を確認」


 渦はさらに強まり、糸のようになった世界の層をすべて中心へ吸い込んだ。

その中心には、カイの深層が静かに揺れていた。


「……カイ……世界が……あなたの深層に集まってる……」


 リーナは震える声で言った。

世界の層はすべてカイの深層へ向かい、まるでカイの存在を“世界の核”として扱っているようだった。


「世界が……あなたを中心にしようとしてる……でも……あなたは世界設定に存在しない……そんな矛盾した形になってる……」


 カイは深層の声を聞きながら、ゆっくりと息を吐いた。

深層は世界の層を受け取りながらも、それを自分の内部に取り込むことができず、ただ震え続けていた。


「俺の深層が……“世界は俺を中心にしたいが……俺は世界の内部に属していない”って言ってる」


 アークは息を呑んだ。

名響界の壁はさらに薄くなり、外界の光が名響界内部へ流れ込んでいた。


「世界が君を中心にしたいのに……君は世界設定に存在しない……これは……世界が自分の法則を越えようとしている状態だ……」


 影は淡々と告げた。


「世界設定外中心照応行動、最終段階を確認」


 渦は収束の瞬間に形を反転させ、世界の層を中心ではなく“外側”へ押し出した。

押し出された層の隙間に、ただひとつ、世界のどこにも属さないカイの輪郭だけが静かに浮かんでいた。

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