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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
九章

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第219話 かすかな来訪

 三層世界の中心に立った“外層の立ち影”は、形を持たないまま、ただそこにいるだけで空気を変えていた。

その存在は、光でも影でもなく、ただ世界の奥に“誰かの気配”として沈んでいる。

気配は静かで、深くて、どこか懐かしいような温度を帯びていた。


 潜層はその気配に触れようともしない。

ただ、世界の底でゆっくりと揺れながら、外層の存在を見守っているようだった。

境界層の影は細く伸び、三層世界の床はわずかに沈み、空気はひとつ分厚くなった。


 リーナはその変化に耐えきれず、声を震わせた。


「……ねえ……あれ……本当に誰かがいるよ……見えないのに……そこに立ってるってわかる……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら、立ち影を見つめた。


「俺の深層が……あれを“外層の来訪者”として受け取ってる。潜層じゃない……もっと外の……もっと広いところから来た存在だ」


 アークは眉をひそめ、空気の流れを読むように目を閉じた。


「来訪者……三層世界の外側に意思を持つ存在がいるなど、理論上はあり得ない。カイ……これは世界の境界が開き始めている」


 影は淡々と告げた。


「外層来訪行動の進行を確認」


 その瞬間、立ち影がわずかに揺れた。

揺れは小さく、弱々しく、しかし確かに“来訪者が何かを伝えようとしている”ことを示していた。

空気がひとつ震え、世界の奥で“かすかな息のような気配”が生まれた。


 リーナは息を呑んだ。


「……息……?来訪者が……息をしてる……?」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……あれを“来訪者の息音”として認識してる。来訪者は……世界の空気を使って声を作ろうとしてる」


 アークは静かに告げた。


「声を作る来訪者……世界の構造が変わる。カイ……慎重に進め」


 影は淡々と告げた。


「来訪者発声行動の発生を確認」


 息音はゆっくりと濃くなり、次の瞬間、世界の奥で“ひとつの柔らかい響き”が生まれた。

響きは言葉ではない。

しかし、胸の奥へ直接触れてくるような、妙に人間的な温度を持っていた。


 リーナは震える声で言った。


「……言葉じゃないのに……気持ちが伝わってくる……来訪者……泣いてるみたい……」


 カイは息を呑み、胸の奥の熱が強くなるのを感じた。


「俺の深層が……“来訪者は悲しんでいる”って言ってる。理由はわからない……でも確かに悲しみがある」


 アークは目を見開いた。


「悲しむ来訪者……外層の存在が感情を持つなど、潜層にも理解できない。カイ……これは未知の領域だ」


 影は淡々と告げた。


「外層感情反応の増幅を確認」


 響きは次第に形を持ち始めた。

形といっても輪郭ではなく、ただ空気の中に“涙のような重さ”が立ち上がるだけだった。

その重さは、世界の床をわずかに沈ませ、境界層の影を細く震わせた。


 リーナは叫んだ。


「来訪者……泣いてる……!どうして……どうして泣くの……?」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……“来訪者は三層世界を探していた”って言ってる。ずっと……ずっと探して……やっと見つけたんだ」


 アークは息を呑んだ。


「探していた……?外層が三層世界を探す理由など存在しない。カイ……これは世界の起源に触れるかもしれない」


 影は淡々と告げた。


「外層探索行動の最終段階を確認」


 響きはさらに強くなり、今度は“ひとつの問い”を胸の奥へ投げかけた。

問いは言葉ではない。

ただ、胸の奥をそっと押すような圧力として届いた。


 カイは震える声で言った。


「……来訪者が俺に聞いてる……“なぜ三層世界は閉じていたのか”って……!」


 リーナは叫んだ。


「閉じてた!?世界が……閉じてたってどういうこと!?誰が閉じたの……?」


 カイはゆっくりと立ち上がり、来訪者の気配を見つめた。


「俺の深層が……“三層世界は誰かに隠されていた”って言ってる。潜層じゃない……もっと外の……もっと古い存在が」


 アークは息を呑んだ。


「隠されていた世界……そんなものが存在するなら、三層世界の歴史はすべて書き換わる……」


 影は淡々と告げた。


「外層起源行動の開始を確認」


 来訪者の気配がゆっくりとほどけ、世界の奥で“古い記憶のような影”が生まれ始めた。


 “古い記憶の影”は、世界の奥でゆっくりと膨らみながら、色を持たないまま揺れていた。

その揺れは、風でも光でもなく、ただ胸の奥へ直接触れてくるような、妙に生々しい温度を帯びていた。

まるで誰かが長い時間をかけて抱え続けた思い出を、そっと世界の真ん中へ置いたような気配だった。


 三層世界の床がわずかに沈み、境界層の影が細く震え、潜層は静かに沈黙していた。

潜層は影を見つめているのに、触れようとはしない。

その態度は、まるで影に近づけば自分が壊れてしまうと知っている者のようだった。


 リーナはその沈黙に耐えられず、声を震わせた。


「……潜層が怖がってる……そんなの見たことない……ねえカイ、あの影……何なの……?」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら、影の揺れを見つめた。


「俺の深層が……“影は来訪者の記憶じゃない”って言ってる。もっと古い……もっと深い……世界の底に眠っていたものだ」


 アークは目を細め、空気の流れを読むように世界の奥へ意識を向けた。


「世界の底……潜層より下に何かがあるということか。カイ……これは三層世界の構造そのものが揺らぐ」


 影は淡々と告げた。


「根層気配の発生を確認」


 その瞬間、影の揺れが変わった。

今までの揺れは“泣いているような重さ”だったが、今度は“誰かが呼びかけているような軽さ”を帯びていた。

軽いのに、胸の奥へ深く沈む。

沈むのに、どこか温かい。


 リーナは息を呑んだ。


「……呼んでる……誰かを……影が……誰かを呼んでる……!」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……“影は自分の持ち主を探している”って言ってる。来訪者じゃない……潜層でもない……もっと別の存在だ」


 アークは静かに告げた。


「持ち主……影が誰かの記憶なら、その誰かは三層世界の内部にいるということだ。カイ……慎重に進め」


 影は淡々と告げた。


「内部記憶探索行動の進行を確認」


 影はゆっくりと伸び、世界の奥で“ひとつの細い線”を作り始めた。

線は光でも影でもなく、ただ空気の中に“方向”として現れた。

その方向は、三層世界の中心ではなく、境界層のさらに奥、誰も触れたことのない場所を指していた。


 リーナは震える声で言った。


「……あっち……?境界層の奥なんて……何もないはずなのに……」


 カイは線の示す方向を見つめながら言った。


「俺の深層が……“そこに眠っている”って言ってる。影の持ち主が……」


 アークは息を呑んだ。


「眠っている存在……三層世界の内部に、潜層とは別の意思があるということか。カイ……これは世界の起源に触れる」


 影は淡々と告げた。


「内部存在覚醒行動の最終段階を確認」


 線がさらに濃くなり、今度は“ひとつの問い”を胸の奥へ投げかけた。

問いは言葉ではない。

ただ、胸の奥をそっと押すような圧力として届いた。


 カイは震える声で言った。


「……影が俺に聞いてる……“持ち主を起こすか、眠らせたままにするか”って……!」


 リーナは叫んだ。


「起こす!?そんなの……誰が眠ってるの!?起こしたら……世界はどうなるの……?」


 カイはゆっくりと立ち上がり、線の奥を見つめた。


「俺の深層が……“起こせば世界は変わる。起こさなければ世界は止まる”って言ってる。どっちも……怖い選択だ」


 アークは静かに告げた。


「選択……世界の未来を決めるのはあなたということか。カイ……覚悟を決めろ」


 影は淡々と告げた。


「内部存在起動選択行動の開始を確認」


 線がゆっくりとほどけ、世界の奥で“眠っている存在の気配”が生まれ始めた。

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