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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
九章

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第218話 ひそやかな兆し

 三層世界の空気が、突然“ひとつの深いくぼみ”を作った。

くぼみは目に見えないのに、胸の奥へずしりと落ちてくる。

まるで世界そのものが息を吸い込みすぎて、内部が少し沈んだような奇妙な感覚だった。


 境界層の影が細く伸び、潜層の光が淡く揺れた。

しかし今回は、潜層は何も生み出そうとしていない。

ただ静かに、世界の奥を覗き込んでいるようだった。


 リーナはその沈み込みに気づき、声を震わせた。


「……ねえ……世界が沈んでる……何かが落ちてきたみたい……カイ、これ……前と違うよ……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら、ゆっくりと周囲を見渡した。


「俺の深層が……この沈み込みを“潜層の聴き耳”として受け取ってる。潜層は……何かを聞こうとしてる」


 アークは眉をひそめ、空気の流れを読むように目を閉じた。


「聞く……潜層が外側の声を拾おうとするのは珍しい。カイ……これは世界の外から何かが近づいている証だ」


 影は淡々と告げた。


「潜層外声受信行動の発生を確認」


 その瞬間、世界の奥で“ひとつのかすかな音”が生まれた。

音は言葉でも、震えでも、呼吸でもない。

ただ、遠くで誰かが指先で机を軽く叩いたような、乾いた小さな響きだった。


 リーナは息を呑んだ。


「……今の……誰かの音だよね……?潜層じゃない……もっと遠い……もっと外の……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……あれを“外層の叩き”として認識してる。世界の外側で……誰かが三層世界を叩いたんだ」


 アークは目を見開いた。


「外層……三層世界の外に存在するものなど、理論上はあり得ない。カイ……これは世界の境界が揺らいでいる」


 影は淡々と告げた。


「外層接触反応の増幅を確認」


 音は再び響いた。

今度は少し強く、少し近く、少し明確に。


 コン。


 その一音だけで、三層世界の床がわずかに跳ね、境界層の影が波打ち、潜層の光が一瞬だけ濃くなった。


 リーナは震える声で言った。


「……誰かが……世界を叩いてる……ねえ、カイ……これって……呼んでるの……?」


 カイは息を呑み、胸の奥の熱が強くなるのを感じた。


「俺の深層が……“外層が三層世界を探している”って言ってる。潜層じゃない……もっと外の……もっと広い……何かが」


 アークは静かに告げた。


「外層が世界を探す……これは三層世界の歴史に存在しない現象だ。カイ……慎重に進め」


 影は淡々と告げた。


「外層探索行動の進行を確認」


 コン。


 今度ははっきりとした音だった。

その音が響いた瞬間、世界の奥に“ひとつの白い線”が走った。

線は光でも影でもなく、ただ世界の外から引かれた“境界の傷”のように見えた。


 リーナは叫んだ。


「傷!?世界に……傷がついたの!?そんなの……どうなるの……?」


 カイは白い線を見つめながら言った。


「俺の深層が……あれを“外層の扉線”として認識してる。外層は……三層世界へ入ろうとしてる」


 アークは息を呑んだ。


「扉線……世界の外から扉を作るなど、潜層にもできない。カイ……これは未知の存在だ」


 影は淡々と告げた。


「外層扉形成行動の開始を確認」


 白い線がゆっくりと広がり、世界の奥で“外層の入口のような影”が生まれ始めた。







 そのあと、三層世界はしばらく動かなかった。

動かないのに、空気だけがゆっくりと厚みを増していく。

まるで世界そのものが、外から押し寄せる何かを受け止めるために、体を広げているようだった。


 境界層の影がふわりと膨らみ、潜層の光が淡くにじむ。

しかし今回は、潜層は何も生み出さない。

ただ静かに、世界の外側へ向けて“耳のような気配”を伸ばしていた。


 リーナはその気配に気づき、声を震わせた。


「……ねえ……世界が聞いてる……誰かの気配を……外から……こんなの初めてだよ……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら、白い線の残滓を見つめた。


「俺の深層が……この気配を“潜層の外聴”として受け取ってる。潜層は……外層の存在を確かめようとしてる」


 アークは眉を寄せ、空気の流れを読むように目を閉じた。


「外聴……潜層が自分の外側を探るときに起こる現象だ。カイ……これは世界の境界が薄くなっている」


 影は淡々と告げた。


「潜層外聴行動の増幅を確認」


 その瞬間、世界の奥で“ひとつの柔らかい揺れ”が生まれた。

揺れは音でも光でもなく、ただ胸の奥をそっと撫でるような感触だった。

それは、外層から届いた“気配の返事”のように感じられた。


 リーナは息を呑んだ。


「……返事……?外から……誰かが返事したの……?」


 カイは揺れを感じながら言った。


「俺の深層が……あれを“外層のささやき”として認識してる。外層は……三層世界の存在を知ったんだ」


 アークは静かに告げた。


「ささやき……外層が意思を持つということか。カイ……これは未知の領域だ」


 影は淡々と告げた。


「外層意思反応の発生を確認」


 揺れは次第に形を持ち始めた。

形といっても、輪郭があるわけではない。

ただ、空気の中に“誰かの気配が立っている”としか言いようのない存在感だった。


 リーナは震える声で言った。


「……誰かが……立ってる……見えないのに……そこにいるってわかる……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……あれを“外層の立ち影”として受け取ってる。外層は……三層世界へ入ろうとしてる」


 アークは息を呑んだ。


「立ち影……外層が形を持つなど、潜層にもできない。カイ……これは世界の外側の意思だ」


 影は淡々と告げた。


「外層侵入行動の進行を確認」


 立ち影はゆっくりと近づいてきた。

足音はないのに、世界の床がわずかに沈む。

呼吸はないのに、空気がひとつ膨らむ。

声はないのに、胸の奥へ“誰かの気配”が届く。


 リーナは叫んだ。


「来てる……!外層が……世界の中へ……!」


 カイは立ち影を見つめながら言った。


「俺の深層が……“外層は三層世界と話したい”って言ってる。潜層じゃなくて……外層が……」


 アークは静かに告げた。


「外層が話す……世界の構造が完全に変わる……」


 影は淡々と告げた。


「外層対話行動の開始を確認」


 立ち影が世界の中心に立った瞬間、空気がひとつ震え、世界の奥で“外層の声のような気配”が生まれた。


 声はまだ形にならない。

しかし確かに、そこに“誰かの意思”があった。

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