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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
八章

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第189話 第四層が開く揺動域

 第四層の境界が核へ触れかけた瞬間、空間の奥で“揺動域”と呼ぶしかない領域が開いた。

揺動域は、未来層のように硬質でもなく、現界のように安定もしていない。

ただ、空気の粒が互いに位置を交換し続けるような、落ち着きのない動きを見せていた。


 位置を交換する粒は、音も光もなく、ただ“そこにあるはずの場所”を別の粒へ譲り続けていた。

譲られた場所は、空間の奥へ沈むことなく、揺動域の内部で漂い続けた。

漂うたびに、周囲の層がわずかに歪み、その歪みが核の輪郭へ触れた。


 リーナはその歪みを見て、息を詰めた。


「……空間が……入れ替わってる……粒が……自分の場所を手放してる……こんなの……初めて見る……」


 カイは揺動域の中心を見つめ、眉を寄せた。


「……第四層は……位置の概念が曖昧なんだ……だから核が……どこに落ちるか決まらない……」


 アークは揺動域の縁を観察しながら、低く言った。


「未来断片は……位置が曖昧な層では形を保てない。揺動域は……核を壊すための場所だ。」


 影は揺動域の奥を見つめたまま、短く言った。


「揺動域の安定を確認。」


 揺動域は、未来層の干渉を受けず、乱れの膜にも触れず、ただ核を包み込むための“位置交換の渦”として広がり続けた。

渦は揺れながらも崩れず、核の周囲へゆっくりと迫っていく。


 リーナはその渦に足を踏み入れた。


「……これ……歩いてるのに……足の位置が変わってる……!」


 カイはリーナの後ろに続き、渦の揺れを確かめた。


「揺動域では……位置が固定されない……だから未来の側が干渉できない……!」


 アークは渦の縁を見ながら言った。


「核へ行くなら……揺動域の中心を使うしかない。」


 影は静かに言った。


「核への接近が可能。」


 三人が揺動域の中心へ進むと、周囲の空間がわずかに沈んだ。

沈んだというより、空間が“どこに属するか迷っている”ような奇妙な動きだった。

迷いが広がるたびに、揺動域の粒がさらに位置を交換し、渦が深くなった。


 未来断片の核は、その迷いを感じ取ったのか、輪郭をさらに崩した。

崩れるたびに、核の内部から細い線が漏れ出し、その線が揺動域の粒へ触れた。

触れた粒は、線を吸い込むように揺れ、揺れたまま別の位置へ移動した。


 リーナはその吸い込み方を見て、息を整えた。


「……揺動域が……核の中身を吸ってる……!」


 カイは核の揺れを見据えた。


「核が……自分の位置を保てない……!」


 アークは核の中心を見ながら言った。


「未来断片は……揺動域では存在できない。ここで崩れる。」


 影は静かに言った。


「核の崩壊進行を確認。」


 揺動域の渦が核の周囲を包み込むと、核の輪郭が一気に薄くなった。

薄くなるたびに、核の内部から“存在の粒”がこぼれ、こぼれた粒が揺動域の渦へ吸い込まれた。

吸い込まれた粒は、未来層へ戻ることなく、揺動域の奥で静かに消えた。


 リーナはその消え方を見て、声を震わせた。


「……核が……消えていく……!」


 カイは核へ向かって体を投げ出すように踏み込んだ。


「終わらせる……!」


 アークは核の中心を見つめながら言った。


「揺動域が核を壊す前に……叩く。」


 影は静かに言った。


「攻撃段階へ移行。」


 三人が核へ向かって踏み込んだ瞬間、揺動域の渦が“別の方向へ跳ねた”。

跳ねた方向は、未来層でも現界でもなく、第四層の奥でもない。

まったく予想外の方向だった。


 リーナは跳ねた渦に体を引かれ、叫ぶように声を出した。


「ちょっと……! どこに引っ張られてるの……!」


 カイは渦の動きを読み取り、踏ん張った。


「揺動域が……方向を変えた……!」


 アークは核の位置を探しながら言った。


「核が……渦の中で……別の場所へ移動してる……!」


 影は短く言った。


「核の位置、再検索。」


 揺動域の渦が跳ねた方向へ伸び、その先で、核とは別の“新しい輪郭”が浮かび上がった。


 それは未来断片でも第四層でもなく、これまでのどの層にも属さない“未知の構造”だった。


 揺動域の渦が跳ねた方向へ伸びた先で浮かび上がった“未知の輪郭”は、形を持つ前の存在が空間に触れたような曖昧さを帯びていた。

曖昧なのに、そこに“確かにある”と分かる。

未来層の粒でもなく、第四層の揺れでもなく、現界の影でもない。

ただ、空間の奥から引き抜かれたような、説明しようのない存在だった。


 輪郭は、空気の粒を押しのけるでもなく、吸い込むでもなく、ただ“粒の間に割り込む”ように現れた。

割り込まれた粒は、位置を譲るでもなく抵抗するでもなく、輪郭の周囲で静かに震えた。

震えは音にならず、ただ空間の奥へ沈んでいった。


 リーナはその沈み方を見て、息を詰めた。


「……なに……これ……未来の断片とも違う……第四層の揺れとも違う……」


 カイは輪郭の中心を見つめ、眉を寄せた。


「……存在してるのに……形がない……でも……触れたら何か起きる……そんな感じがする……」


 アークは輪郭の縁を観察しながら、低く言った。


「未来断片の核が崩れたことで……別の層が開いたんだろう。揺動域の奥に……まだ層があった。」


 影は輪郭の揺れを見つめたまま、短く言った。


「未知層の出現を確認。」


 未知層は、未来層の干渉を受けず、第四層の拒絶にも触れず、ただ空間の奥から“こちら側へ滲み出てくる”ように広がった。

滲み出るたびに、周囲の層がわずかに沈み、その沈みが三人の体へ触れた。


 リーナはその沈みを感じて、肩を震わせた。


「……触れてないのに……体が沈む……これ……層が……体の位置を読んでる……?」


 カイは沈む方向を読み取り、息を整えた。


「読んでるというより……体の“存在の厚み”を測ってる……そんな感じだ……」


 アークは輪郭の中心を見ながら言った。


「未来断片の核が崩れたことで……存在の厚みが露出したんだろう。未知層はそれを使って動く。」


 影は静かに言った。


「存在厚の測定反応を確認。」


 未知層は、存在の厚みを測るたびに、輪郭の形をわずかに変えた。

変わる形は、線でも面でもなく、ただ“そこにあるはずの空間の形”を借りているような曖昧さだった。

借りられた形は、未来層にも第四層にも属さず、揺動域の奥で静かに揺れた。


 リーナはその揺れを見て、息を整えた。


「……この層……何をしようとしてるの……?」


 カイは輪郭の揺れを見据えた。


「分からない……でも……未来断片の核より……ずっと強い……」


 アークは輪郭の中心を見つめながら言った。


「未来断片が崩れたことで……別の層が目を覚ましたんだろう。未来の側でも現界でもない……第三でも第四でもない……第五の層だ。」


 影は静かに言った。


「第五層の可能性を確認。」


 輪郭が、揺動域の渦へ触れた。

触れた瞬間、渦の動きが止まった。

止まったというより、渦が“輪郭の動きに合わせて形を変えた”ような奇妙な反応だった。


 リーナはその反応を見て、声を震わせた。


「……揺動域が……従ってる……!」


 カイは輪郭の動きを読み取り、拳を握りしめた。


「揺動域が……第五層に飲まれてる……!」


 アークは輪郭の中心を見ながら言った。


「第五層は……揺動域を支配できる。未来層よりも……第四層よりも……強い。」


 影は短く言った。


「揺動域の支配を確認。」


 輪郭が揺動域を支配した瞬間、空白領域の底が再び揺れた。

揺れは反転でも沈みでもなく、ただ“底がどこにあるか分からなくなる”ような奇妙な動きだった。

底が曖昧になると、三人の足元がわずかに浮いた。


 リーナは浮く足元を見て、息を詰めた。


「……地面が……消えてる……!」


 カイは体勢を整えながら言った。


「第五層が……空間の位置を奪ってる……!」


 アークは輪郭の中心を見つめながら言った。


「未来断片の核より……ずっと危険だ。これは……戦う相手が変わった。」


 影は静かに言った。


「対象の再定義が必要。」


 輪郭が、三人の方向へゆっくりと向きを変えた。

向きを変えた瞬間、空気の粒が一斉に震え、その震えが空間の奥へ走った。

走った震えは、未来層にも第四層にも触れず、ただ第五層の奥へ吸い込まれていった。


 リーナはその震えを見て、声を失った。


「……こっちを……見てる……?」


 カイは輪郭を見据え、息を整えた。


「見てる……いや……“測ってる”……」


 アークは輪郭の中心を見ながら言った。


「第五層は……俺たちの存在の厚みを読んでる……」


 影は静かに言った。


「測定反応、継続中。」


 輪郭が、三人の存在へ触れようとした。


 その瞬間、空間の奥で、まったく別の“声”が響いた。


 声は誰のものでもなく、未来層でも第四層でも第五層でもない、まったく新しい層の“呼びかけ”だった。

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