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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
八章

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第185話 未来断片の侵入層

 空間の表面が、静かに沈んだ。

沈んだというより、何かが裏側から押し上げてきて、表面がたわんだような奇妙な変形だった。

そのたわみは、心奥の現象とはまったく違う“外側の圧力”を帯びていた。


 たわんだ空間の中心に、細い線が走った。

線は光でも影でもなく、ただ存在だけが浮かび上がるような、説明しづらい質感を持っていた。

線が走るたびに、周囲の空気がわずかに震えた。


 リーナはその震えを感じた瞬間、胸の奥が跳ねた。


「……空間が……押されてる……未来の側から……何かが入ってこようとしてる……」


 カイはたわんだ空間を見つめながら、息を整えた。


「……心の奥じゃなくて……現実のほうが先に動くなんて……未来の圧力が強くなってる……」


 アークは線の中心を観察しながら言った。


「この押し方……内部からじゃない。未来の断片が“外側へ侵入してきてる”。」


 影は線の奥を見つめたまま、短く言った。


「未来断片の侵入を確認。」


 線の奥で、何かが形を求めて動いた。

動いたというより、存在の粒が空間の裏側を滑り、表面を押し破ろうとしているような、そんな奇妙な動きだった。


 リーナは思わず一歩後ろへ下がった。


「……形になる……これ……戦闘になるやつだよね……」


 カイは拳を握りしめた。


「未来の断片が……試験体として出てくるんだろうな……」


 アークは線の奥を見つめながら、静かに言った。


「試験体というより……“侵入層”だ。未来の側が、現実の層を使って動こうとしてる。」


 影は短く頷いた。


「侵入層の形成が進行中。」


 線の奥で、存在の粒が集まり始めた。

集まった粒は、形ではなく、圧力として空間に滲み出た。

圧力が滲むたびに、空間の表面が波のように揺れた。


 リーナは揺れる空間の中で、声を絞り出した。


「……これ……避けられない……来る……」


 カイはリーナの横に立ち、線の中心を見据えた。


「未来の断片が……現実に触れたら……反応しないと……世界のほうが勝手に形を決める。」


 アークは肩を回しながら言った。


「未来の側が侵入してきた以上……戦わないと、押し潰される。」


 影は線の奥を見つめたまま、静かに言った。


「侵入層の形状が確定する。」


 その瞬間、線の奥から“未来断片”が姿を現した。

姿といっても肉体ではない。

未来の側でまだ固まりきっていない構造が、空間の表面を押し破って形を作った。


 形は、光でも影でもなく、ただ“存在の圧力”だけが立体化したような奇妙なものだった。

圧力は揺れながら、ゆっくりとこちらへ向かってきた。


 リーナは息を飲んだ。


「……来る……!」


 カイは一歩前へ出た。


「未来の侵入層……相手になるなら……やるしかない。」


 アークは圧力の動きを見ながら、静かに構えた。


「未来の側が試すなら……こっちも応じる。」


 影は短く言った。


「戦闘段階へ移行。」


 圧力が空気を押し分けて近づいてくる。

押し分けられた空気が波のように揺れ、その揺れが周囲の空間を震わせた。

震えは心奥ではなく、現実そのものを揺らしていた。


 未来断片が、ついに距離を詰めた。


 侵入してきた未来断片は、形を持たないまま空間の表面を押し広げ続けた。

押し広げられた空間は、まるで薄い膜が引き延ばされているように波打ち、その波が周囲の現界へ伝わっていく。

現界は、心奥の揺れとは違い、直接的で、触れれば確実に影響を受ける“物理的な震え”を帯びていた。


 震えが走るたびに、空気の密度が変わった。

密度が変わると、呼吸の感触までわずかに変わる。

リーナはその変化を胸の奥で受け止め、息を整えた。


「……空気が……重くなってる……未来の断片が……現界を押してる……」


 カイは揺れる空間を見つめながら、肩の力を抜いた。


「……これ、ただの敵じゃないな……存在そのものが“押してくる”タイプだ……」


 アークは侵入層の中心を観察しながら、低く言った。


「未来の断片は形を持たない。だから、圧力で戦う。こっちの動きがどう反応するか……全部見られてる。」


 影は揺れる空間の奥を見つめたまま、短く言った。


「侵入層の圧力が増加。」


 圧力は、ただ強くなるだけではなかった。

強くなるたびに、空間の表面が“別の層”へと変質していく。

その層は、現界でも心奥でもない、未来の側が作った新しい層だった。


 リーナはその変質を見て、思わず声を漏らした。


「……空間が……未来の層に変わってる……ここ……もう普通の場所じゃない……」


 カイは拳を握りしめた。


「未来の層で戦うってことか……やりづらいな……」


 アークは変質した層の縁を見ながら言った。


「やりづらいどころじゃない。未来の層は、こっちの動きを“予測してくる”。」


 影は短く頷いた。


「未来層の予測機能を確認。」


 侵入層の奥で、圧力がひとつの方向へ集中した。

集中した圧力は、形を持たないまま、鋭い線となって空間を切り裂いた。

切り裂かれた空間から、未来断片の“攻撃”が放たれた。


 リーナは反射的に身を引いた。


「……来た……!」


 カイはその線を見て、すぐに動いた。


「避けるだけじゃダメだ……未来の層は動きを読んでくる……!」


 アークは線の軌道を見ながら、低く言った。


「読まれる前に動くしかない。」


 影は短く言った。


「攻撃パターンの変化を検知。」


 未来断片の攻撃は、形を持たないまま空間を切り裂き続けた。

切り裂かれた空間は、裂け目の縁が光るでも影を落とすでもなく、ただ“存在の圧力”だけを残して揺れていた。


 リーナは揺れる裂け目の前で、息を整えた。


「……これ……どうやって戦えばいいの……?」


 カイはリーナの横に立ち、未来層の揺れを見据えた。


「形がないなら……圧力の流れを読むしかない。」


 アークは未来層の奥を見つめながら言った。


「未来の断片は、こっちの反応を試してる。だから……反応そのものを変えればいい。」


 影は静かに言った。


「反応変化の必要性を確認。」


 未来層の奥で、圧力が再び集まり始めた。

集まった圧力は、今度は線ではなく、面として押し寄せてきた。

面は、空気を押し潰すように広がり、周囲の空間を歪ませた。


 リーナはその歪みを見て、声を震わせた。


「……これ……避けられない……!」


 カイは歪む空間の前で、拳を構えた。


「避けない。押し返す。」


 アークは未来層の面を見つめながら、静かに言った。


「未来の側が押すなら……こっちも押す。」


 影は短く言った。


「反応段階へ移行。」


 未来層の面が迫る。

迫るたびに、空間の密度が変わり、現界そのものが揺れた。

揺れは、心奥ではなく、現実の層を直接揺らしていた。


 未来断片の圧力が、ついに三人へ触れようとした。

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