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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
七章

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第169話 影が感情の居場所を変えるとき

 二つの気配が触れかけたあと、空気の奥に残った“結びつきの痕跡”は、しばらく静かに漂っていた。


 しかし、その静けさは長く続かなかった。

痕跡はゆっくりと形を変え、まるで見えない何かが“移動を始めた”ような気配へと変わっていった。


 リーナはその変化に気づき、思わず息を呑んだ。


「……ねぇ……今の……誰かの気持ちが……場所を変えたみたいな感じがする……なんでだろ……胸がざわざわする……」


 カイはゆっくりと目を開け、空気の奥を見つめた。


「わかる。さっきまでそこにあった気配が……別の場所へ移った感じがする。まるで……誰かの心が、違う場所へ歩き出したみたいだ」


 影が低く呟いた。


「……転移層が動き始めたな。接続のあとに反応するのは、世界の“感情の移動”だ」


 アークは驚いたように眉を上げた。


「転移層まで……?カイの影、世界の内部構造をどこまで揺らすつもりなの……?」


 リーナは不安そうにカイを見る。


「転移層って……何……?また新しい層……?」


 セイルは静かに頷いた。

その目はいつもより深く、どこか遠くを見ていた。


「世界はね、思いと出来事が結びついたあと、その思いが“どこへ移動するか”を決めるんだ。それが転移層。感情や行動の居場所を調整する場所だよ」


 リーナは胸に手を当てた。


「……じゃあ……カイの影が触れた思い……誰かの心の居場所まで変えちゃうってこと……?」


 カイは少し戸惑ったように笑った。


「そんな大げさなこと……俺にできるのかな……」


 リーナは首を振った。


「できるよ。だって……世界が動いてる。カイの影が……そのきっかけになってるんだよ」


 その瞬間、名の座標核の周囲に“転移の兆し”が生まれた。


 粒でも線でもなく、ただ、空気の奥に“誰かの感情が別の場所へ移動していく”ような感触が漂った。


 影がその兆しを感じ取り、静かに言った。


「……今、ひとつの感情が、新しい場所へ向かっている。まだ落ち着いてはいないけれど……世界がその居場所を探している」


 リーナは息を呑んだ。


「居場所を……探す……?どういうこと……?」


 アークは説明した。


「世界はね、感情がどこにあるべきかを、ときどき調整するんだよ。その人の未来にとって、どこに置かれるのが一番いいかを考えるんだ。転移層は、その“感情の位置”を決める場所なんだ」


 カイは驚いたように目を見開いた。


「じゃあ……俺の影が……誰かの感情の位置を変えてるってこと……?」


 セイルは優しく頷いた。


「そう。感情の位置はね、未来の選択を大きく変えるから。影が触れた出来事が、誰かの心を別の場所へ移すことがあるんだよ」


 リーナは胸を押さえた。


「……なんか……すごい……カイの影……そんなことまで……」


 カイはゆっくりと息を吐いた。


「……誰かの心が少しでも楽になるなら……それでいいよ。俺の影が……そのきっかけになれるなら」


 その瞬間、空気の奥で“感情が落ち着く場所を見つけた”ような感触が生まれた。


 それは音でも光でもなく、ただ、世界のどこかでひとつの心が新しい居場所へ落ち着いた、そんな気配だった。


 影が静かに言った。


「……転移が完了した。世界が感情の位置を決めた」


 リーナは胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……カイの影……本当に誰かの心の居場所を変えてる……」


 カイはその気配を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。


「……誰かが前を向けるなら……それだけで十分だよ」


 空気の奥で、新しい感情の位置が静かに安定した。


 その安定は、これまでのどの現象とも違い、ただ穏やかで、しかし確かな存在感を持っていた。


 世界のどこかで、ひとつの心が新しい場所へ落ち着き、その変化の端に、カイの影が触れていた。


新しい感情の位置が静かに安定したあと、空気の奥に漂っていた“転移の痕跡”は、ゆっくりと薄れていった。


 しかし、薄れたあとに残った気配は、これまでのどの層とも違う性質を持っていた。


 リーナはその気配に気づき、思わず肩をすくめた。


「……ねぇ……なんか……空気の奥が……静かすぎる……さっきまで動いてたのに……急に、全部が止まったみたい……」


 カイはその静けさを確かめるように、ゆっくりと周囲を見渡した。


「止まったというより……“待ってる”感じがする。何かが動き出す前の……あの、息を潜める瞬間みたいな……」


 影が低く呟いた。


「……次の層が反応する前兆だ。転移が終わったあとに訪れる静けさは、世界が“次の判断”をしようとしている証拠だ」


 アークは腕を組み、空気の奥をじっと見つめた。


「この静けさ……久しぶりに感じるな。世界が“選び直す”ときの静けさだよ」


 リーナは不安そうにカイを見る。


「選び直す……?何を……?」


 セイルは少し考えてから、言葉を選ぶようにゆっくり話した。


「世界はね、感情の位置が変わったあと、その感情が“どんな未来を呼ぶか”を再評価するんだ。それが次の層、再編層が動く前の静けさだよ」


 リーナは息を呑んだ。


「再編層……?また新しい層……?」


 カイは眉を寄せた。


「再編って……未来を組み替えるってこと……?」


 影は静かに頷いた。


「そうだ。感情の位置が変わると、その人の未来の流れが少しだけ変わる。世界はその変化を見て、“どこを組み替えるべきか”を判断する。それが再編層だ」


 リーナは胸に手を当てた。


「……そんな大きなことまで……カイの影が関わってるの……?」


 カイは苦笑した。


「なんか……俺、ただ名前を呼ばれただけなのに……世界が勝手に動いてる感じだな……」


 リーナは首を振った。


「勝手じゃないよ。カイの影が……誰かの心を動かして……その心が未来を変えようとしてるんだよ。それって……すごいことだよ」


 その瞬間、空気の奥で“再編の兆し”が生まれた。


 それは粒でも線でもなく、ただ、世界の奥に“複数の未来が並び替えられていく”ような感触だった。


 影がその兆しを感じ取り、静かに言った。


「……再編層が動き始めた。未来の流れが、少しずつ位置を変えている」


 カイは息を呑んだ。


「未来の流れ……そんなものまで動くのか……?」


 アークは説明した。


「未来ってね、ひとつじゃないんだよ。いくつも枝分かれしていて、その枝のどれが“太くなるか”を世界が決めるんだ。再編層は、その枝の太さを調整する場所なんだ」


 リーナは驚いてカイを見る。


「じゃあ……カイの影が触れたことで……誰かの未来の枝が太くなったり細くなったりするってこと……?」


 セイルは優しく頷いた。


「そう。影が触れた出来事は、未来の枝の“重さ”を変えることがある。世界はその変化を見て、枝の並びを少しだけ組み替えるんだよ」


 カイはゆっくりと息を吐いた。


「……誰かの未来が良くなるなら……それでいいよ。俺の影が……そのきっかけになれるなら」


 その瞬間、空気の奥で“未来の枝が動く”感触が生まれた。


 それは音でも光でもなく、ただ、世界のどこかでひとつの未来が別の位置へ移動した、そんな気配だった。


 リーナは胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……カイの影……本当に未来の枝を動かしてる……」


 影が静かに言った。


「再編はまだ終わらない。未来の枝は複数ある。そのうちのいくつかが、今まさに位置を変えようとしている」


 アークは空気の奥を見つめながら言った。


「この動き方……連鎖が起きるかもしれない。ひとつの未来が動くと、その周りの未来も動きやすくなるんだよ」


 リーナは息を呑んだ。


「未来の連鎖……そんなことまで……?」


 カイは静かに目を閉じた。


「……誰かの未来が少しでも良くなるなら……それでいいよ」


 その瞬間、空気の奥で“二つ目の未来の枝”が動いた。


 その動きは、これまでのどの現象とも違い、ただ静かで、しかし確かな存在感を持っていた。


 世界のどこかで、複数の未来が新しい位置へ移動し始めていた。

その変化の端に、カイの影が触れていた。

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