第76話 元カノの本質
愛理から具体的な話を聞いた。
どうやら、俺と和花がラブホに行っていた間に、結月が愛理に接触してきたらしい。
「どうするかは、蓮くんの自由よ」
「……愛理はどう思う?」
「そうね。正直、私はまだ北山さんを完全には信じ切れてないわ。わざわざ蓮くんがヨリを戻すほどの相手だとは思えないの」
愛理は理路整然と、その理由を挙げていった。
自分の夢のためとはいえ彼氏をないがしろにしていた点。
幼馴染でありながら、肝心なところにはほとんど気づけていなかった点。
そのくせ嫉妬や独占欲だけは人一倍強いという点。
何より——俺を裏切る気質の持ち主であるという点。
「随分と辛辣だな……」
「でもね。私の立場からすると、北山さんに感謝してる部分もあるの」
「感謝してる部分?」
「もしずっと二人がラブラブだったとしたら、私が入り込む隙なんてあったかしら? 全くなかったはずよ」
確かに、もし結月のあんな予知を見ていなければ、俺は彼女と付き合い続けていただろう。
どれだけ愛理が可愛く、俺を誘惑してきたとしても、結月という彼女がいる以上、よそ見などするはずがなかった。
そもそも、してはならないことだ。
和花がぽつりと口を開いた。
「その点では、私も結月に負い目があるのよね」
「そうね、特に和花さんは結果的に友達の彼氏を奪った形になっちゃったわけだし」
「うっ……」
今の状況だけを見れば、寝取られたのは俺じゃなく、むしろ結月のほうだということになるのか。
「まあ、私が言うことじゃないかもしれないけど、蓮くんと一度別れたことは、北山さんにとっても結果的に良かったんじゃないかと思うの」
「どうして?」
「ずっとそばにいすぎて、蓮くんがいることを当たり前だと思っちゃってたのよ。むしろ蓮くんに振られたことで、自分を見つめ直すきっかけにはなったんじゃないかしら」
思い返せば、旅行先で再会した結月の姿は、父親が家を出ていったあの頃の彼女と重なっていた。
あの時の彼女は、片時も俺から離れたくないとでもいうように、ずっとくっついていた。
俺はそんな彼女を不憫に思って、小学生なりに励まそうとして、誕生日にカメラをプレゼントしたりもした。
「……じゃあ、あの件は本当に回避できたのか?」
「今のところはそうだと思うわ。もちろん、確信はできないけど」
「俺としては本当に皮肉な話だよ。繋ぎ止めたくて、できる限りの手は尽くした。なのに結局うまくいかず、別れることになったんだから」
振ることであの最悪の未来を回避できたなんて。
そもそも恋人同士でなくなってしまえば、長澤先輩にとっても寝取りにはならない、ということなのだろうか。
本当に因果律ってやつはクソみたいな代物だな。
「これは推測だけど、もう一つ重要な条件があったはずよ」
「振る以外に?」
「うん。蓮くんの周りに他の女の子がいること。北山さんの性格からして、あの子はライバルがいてこそ燃え上がるタイプみたいだし」
「じゃあ、俺がどんな手を打っても回避できなかったのは……」
「そう。あの気味の悪い男の周りに、すでに複数の女がいたことが大きかったのよ」
つまり、長澤先輩の女たちを出し抜くためだけに、俺にあんな仕打ちをするというのか。
デート中の呼び出しに応じることも、ハーレムに加わることも、俺にはしてくれなかったことをあの男には許すことも。
挙げ句の果てに、妊娠の責任を俺へ押しつけようとすることさえ。
「北山さんはね、蓮くん。安心の中じゃなく、不安の中で愛情を確認するタイプなのよ」
「……!」
そういえば、付き合い始めたばかりの頃に結月が話してくれたことがあった。
俺を異性として意識し始めたのは、父親が家を出ていってからだった、と。
つまり、ショックでひどく心が不安定になっていたところに、たまたまそばにいた俺を好きになってしまったのだ。
「え? じゃあ結月は、むしろ相手が浮気したほうが執着するようになるってこと?」
和花が、俺の代わりに目を丸くして尋ねた。
「たぶんね。ほら、いるじゃない。浮気性の彼氏にずっとしがみついてる女って」
「あ、確かに……」
俺は愛理の推測を、頭の中で一つずつ整理していった。
そして、とんでもない結論に行き着いた。
「……俺が他の女の子と一緒にいたほうが、むしろ北山さんは浮気をしなくなる、ってことか」
「そうなるわね。つまり蓮くんが北山さんだけを好きでいると、逆に北山さんが裏切ることになるのよ。安心しすぎたあまりにね」
あまりに呆れて、気が遠くなりそうだった。
俺の周りには、本当に普通の女の子なんて一人もいなかったんだな。
たとえ長澤先輩の一件を回避できたとしても、結月とだけ付き合い続けていたら、同じような事態が第二、第三と起きていたかもしれない。
「まあ、本人はその自覚がないみたいだけど」
「蓮、それでどうするつもり? 結月を、その……メイドにするの?」
「なんでよりによってメイドなのかは分からないけど……」
和花の問いに、俺は腕を組んでじっくりと考え込んだ。
結局、核心は――今の結月を、俺がどう思っているかだ。
全く未練がないと言えるだろうか?
(……昔ほど好きじゃないのは確かなんだけど)
今の俺が、誰とデートしてキスしたいかと聞かれたら、答えは当然、和花と愛理だ。
結月じゃない。
俺のそばから離れていく姿を想像しただけで胸が苦しくなるのは、今では和花と愛理だけだった。
決して結月じゃない。
(だからといって、そのまま放っておくわけにもいかないし)
もし本当に結月のNTRルートが回避されたのなら、このまま俺が彼女を無視し続けるのは、あまりにも理不尽だろう。
彼女のほうから俺に愛想を尽かし、自分から離れていってくれるのが最善だ。
だが、現状はまったく逆の方向へ向かっている。
それに愛理の推測が正しいなら、事態が自然に好転する気配もない。
いくら考えても答えは出ず、俺は深いため息をついた。
すると和花が、恐る恐る口を開いた。
「あのね、蓮。今でも、どうしても結月に会えないってほどじゃないなら……とりあえず一度、結月の提案に乗ってみるのはどう?」
「でも和花も北山さんと大喧嘩したじゃないか。一緒にいたら気まずくないか? 林間学校の時みたいに」
「気まずくないって言ったら嘘になるけど……でも、初めてできた友達だから。このままじゃ可哀想だとも思うし、仲直りもしたいし……」
自分で言っていたとおり、和花は結月にかなりの負い目を感じているようだった。
今後のためにも、どんな形であれ、二人の関係にはけりをつけなければならないだろう。
結月の問題は、結局俺だけの問題ではないのだ。
「分かった。俺も和花も、これを機に北山さんとのことにケリをつけよう」
「うん」
真面目な話をしていたはずなのに、愛理がくすっと笑い声を漏らした。
「蓮くん、やっぱり和花さんの押しに弱いわね」
「え? そうか?」
「チューも、今日ラブホでしたご奉仕も、和花さんが先にしたじゃない?」
「あ、そ、それは……」
「別に嫉妬してるわけじゃないわ。ただ——」
愛理は勢いよく立ち上がったかと思うと、次の瞬間には服をすべて脱ぎ捨てていた。
下着の代わりに、マイクロビキニを身につけていたのだ。
白いストッキングを穿き、犬耳のカチューシャをつけ、最後に赤い革の首輪を自分で嵌めた。
「和花さんがしたんだから、今度は私の番ね」
◇
結局その日は、三人で俺の家に泊まることになった。
……正確に言えば、俺のベッドで。
和花も家に「今日は友達の家に泊まってきます」と連絡を入れたようだ。
(近いうちに本当に和花のご両親に挨拶に行かないとな)
最後まではしていないとはいえ、もう厳密には一線を越えている。
当然、俺が責任を取らなければならない。
和花のご両親の説得も、決して簡単ではないだろうが、俺がどうにかしなければ。
両脇でぴったりとくっついて眠る二人の頭を、そっと撫でた。
(今度こそ失敗しないようにしよう)
俺自身のためだけじゃない。この子たちのためにも。
そう改めて心に誓い、目を閉じた。
だが、俺はこの時まったく予想していなかった。
まさかその夜、心愛さんの三度目の『悪夢』を見ることになるなんて——。




