第49話 意外な提案
俺は結月の母親——あゆみさんの大胆な提案に耳を疑った。
長澤先輩を、結月の手で葬るというのか?
(そうなれば確かに、寝取られる展開は回避できるだろうが……)
果たしてそれが可能なのか。
写真部を辞めさせるだけならまだしも、生徒一人を合法的に退学に追い込むなんて、そう簡単なことじゃない。
できるなら、俺がとっくにやっていた。
「蓮くんも、今のままじゃ新しく彼女を作っても不安じゃない?」
「それは……」
痛いところを突かれ、俺は言葉に詰まった。
愛理から告白されている今、俺がその気になりさえすれば、すぐにでも新しい彼女ができる。
だが、また結月の時と同じことが繰り返されるのではないかという恐怖が拭えない。
同じ学校にいる限り、長澤先輩と全く顔を合わせないとは言い切れないから。
「蓮くんはただ黙っていればいいの。結月が自分でやるのを見守っててあげて」
「……俺としては、特に反対する理由もないですけどね」
もし結月が本当に長澤先輩を追い出せるなら、不安の種は消える。
俺にとっては願ってもない話だ。
仮に失敗し、長澤先輩が予定通り結月を手に入れたとしても、それは『悪夢』通りに事が進んだ証になる。
そう思えば、別の意味で安心もできる。
あゆみさんは、そこまで見越した上で俺を呼び出したのだろうか。
昔から底知れない人だとは思っていたが、今日その確信はさらに深まった。
「それにしても、あなたのお父さんも昔はよくモテたけど、そういうのも遺伝なのかしらね」
「あ、あはは……。どうですかね。うちの父さん、地元じゃ有名だったんですか?」
「有名だったわよ〜」
その後しばらく、あゆみさんは親父が若い頃どれだけ女の子たちをはべらせていたかを、楽しそうに語ってくれた。
◇
翌朝。
俺はベッドの中でゆっくり目を覚ました。
ひとつ伸びをして、身を起こしかけたそのとき——
「あ、あわわ……っ」
すぐ耳元で、変な声がした。
まさか。
俺は布団をめくり、声のしたほうへ目を向けた。
「和花、こんなところで何してんだよ」
「あ、いや、これはその……っ!」
顔を真っ赤に染めた和花が、布団に潜り込んだまま俺のすぐ隣で縮こまっていた。
寝てる隙に入り込んできたのか?
愛理もたまにこういうことをするが、まさか和花まで。
「無防備に男の布団に潜り込むなんて、危ないぞ?」
「ふ、ふん! あんたが危ないっていったって、たかが知れてるわよ!」
「ほう、そう来るか」
ふと、悪戯心が頭をもたげた。
今後こんな不用意な真似をしないよう、この機会に思い知らせてやろうか。
俺は再び枕に頭を預け、和花をぐいと抱き寄せた。
「こうやって抱き枕にする手もあるんだぞ?」
「そ、そう? ふ、ふーん……」
平気なふりをしているが、声は微かに震えているし、密着した肌からじわじわと熱が伝わってくる。
それでも、俺を突き飛ばして逃げようとはしなかった。
おかしいな。古典的なツンデレなら、「こ、この、変態!」って叫びながらベシッと俺をぶっ叩くはずじゃないのか?
「た、たいしたことないじゃない! なによ、蓮。無駄にビビらせちゃって」
「そう来るわけだな? なら、もっと強めにいくぞ。文句言うなよ?」
「や、やってみなさいよ!」
抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
和花の体のあちこちが俺と密着する。
柔らかな感触と、ほんのり甘い匂い。
それに——どこか艶を帯びた吐息が、耳をくすぐる。
「はぁ、はぁ……。これ、なんかいいかも……」
「え?」
一瞬、ヤバい声が聞こえたような。
俺が驚いて目を丸くすると、和花はハッとして慌てて首を振った。
「ち、違うわよ! これはそういう意味じゃないから!!」
「じゃあどういう意味?」
「そ、それは……」
だが、全く言葉が続かなかった。
その時、ガチャリとドアが開く音がした。
ほどなくして、パタパタという足音が近づき、誰かがベッドに上がってくる気配がした。
「二人だけで楽しそうね。私も混ぜて」
その言葉と同時に、俺の背中に何かずっしりと柔らかいものが覆い被さってきた。
状況は、すぐに察しがついた。
「愛理、なんでお前まで」
「だって、仲間外れにされるのは嫌だもの」
「いや、でも……」
「どうして? 嫌?」
「嫌じゃないけど……」
何なんだ、この状況は。
朝からいきなり、前後から女の子二人に挟み込まれるなんて。
もはや贅沢すぎてバチが当たりそうだ。
「そもそも和花、なんでうちにいるんだ?」
「え? そ、それは! 先輩に料理を教えてあげようと思って……」
「いつもより早くないか?」
「ふふ、和花さん相変わらず素直じゃないわね。素直に蓮くんの顔を早く見たかったから、って言えばいいのに」
「ち、違いますから!? あ、いや、全く違うわけじゃないですけど!!」
「どっちだよ」
和花は俺の胸板に顔を埋めたまま、くぐもった声で言った。
「べ、別にいいじゃない。不用意に触られるのだって、私なら構わないし……」
「私も特に構わないわよ、蓮くん。それに和花さん、これはむしろ和花さんへのご褒美じゃない?」
「ち、違いますから!? わ、私はただ、蓮の胸って意外と温かいとか、やっぱり男の子だから少し硬くて広いとか、そんなこと全然考えてませんからね!!」
いや、それ完全に堪能してるじゃないか。
こっちまで、妙に恥ずかしくなってくる。
「あのさ、もうそろそろ離してくれないか」
「どうして?」
「……そろそろヤバいことになりそうだから」
「へえ、どこがヤバいことになっちゃうのかしら。当ててみようか。蓮くんの蓮くんでしょ?」
「れ、蓮の蓮!?」
ごくりと、和花が唾を飲み込む音が鮮明に聞こえた。
愛理は誘惑するように俺の耳元で囁いた。
「初めてが三人で、っていうのも悪くないかもね」
「……」
俺は愛理の囁きをなんとか無視して、無理やり上半身を起こした。
すると、どういうわけか和花が小さな声でぼそりと言った。
「……意気地なし」
理不尽すぎるだろ。
愛理がベッドから起き上がって言った。
「じゃあ和花さんと一緒にブランチ作るね」
「分かった。頼むよ」
「ご飯食べ終わったら、すぐにアレするから」
和花が首を傾げた。
「アレ?」
すると愛理が和花の耳元に口を寄せて、こそこそと囁いた。
俺には聞き取れないほど小さな声だった。
だが、たちまち真っ赤になった和花の顔を見れば、何を吹き込まれたのかはだいたい察しがついた。
「それで、和花さんも一緒にやる?」
「え、え!? わ、私もですか!?」
「まあ、嫌ならいいわ。私一人でやるだけだから」
「うぅ……」
和花がまだベッドに座った状態で、もじもじと指を絡ませた。
やがて俺の顔をチラッと見て、小さな声で続けた。
「……私もやる……」
「いや、本気か? 俺が何を要求するか分かってて?」
「な、仲間外れにされるのは嫌だもん!」
「いや、だからって……」
「とにかく決めたんだから、先輩にすること、わ、私にもちゃんとしなさいよ! 私がご飯も作ってあげるんだから!」
愛理が、
「あら、私も一緒に作るんだけど?」
とツッコミを入れた。
だが和花が愛理に冷たい視線を送った。
「中火を知らなかった先輩は黙っててください」
こと料理においてだけは、さすがの愛理も和花の気迫に押されているようだった。
◇
二人の手作りブランチを美味しくいただいた後、俺たちは再び自室へと戻った。
なぜか二人は、俺の部屋の床でちょこんと正座している。
……和花が初めて俺の部屋に来た時を思い出すな。
「今日は何を要求されるのかしら」
「な、なんかすごく緊張する」
正直、俺も少しためらっていた。
言い出しっぺの愛理はともかく、和花にまで?
そもそも、和花がこんなことを承諾した理由が、俺にはさっぱり分からない。
「……一応言っておくけど、ちょっとエッチなことだからな?」
「エ、エッチ!?」
「やめるなら今のうちだぞ?」
「や、やめないわよ!」
「なら覚悟はしておけよ」
「わ、分かったわよ!」
もしかして泣くんじゃないかと心配なんだが……。
本人がここまで頑ななら仕方ない。
部屋の隅にあった宅配便の段ボールを一つ開け、中身を取り出した。




