第13話 家庭的な25%のギャル
ズビッ——小森さんが涙ぐみながら鼻をかんだ。
一箱使い切る勢いで、ベッドの上には丸められたティッシュの山が築かれていた。
「な、なによこれ、すっごく悲しいんだけど……。みおちゃん、このまま死んじゃうの?」
「まあ、そうだな」
「ふええん、可哀想すぎるよ!せっかく一番好きな男の子と付き合えて婚約までしたのに、こんな風に病気で死んじゃうなんて!」
「リアタイの時はちょっと唐突に感じたけど、見返してみると意外と伏線があったんだな」
「冷静に分析しないでよ!まだ余韻に浸っていたいのに!」
俺が選んだのは、現代を舞台にした複雑すぎない世界観で、適度にオタク要素を含みつつ、ストーリーの評価が高い泣けるアニメだった。
小森さんの反応は、俺の想像をはるかに上回っていた。
タブレットのスリープボタンを押しながら尋ねた。
「それで、どうだった?オタクに対する抵抗感は少し減った?」
「それはよく分からないけど、なんでアニメや漫画が好きなのかは、少し理解できたかも」
「なら良かった」
窓の外を見ると、そろそろ日が沈みかけていた。
今日はこれくらいにしておけば、小森さんも満足だろう。
「そろそろ帰らなくていいの?」
「え? あ、そうね。もうこんな時間」
小森さんは散らばったティッシュをかき集め、ゴミ箱に押し込んだ。
そして、床に置いてあった鞄を手に取った。
(ここからが一番重要だ)
そもそも、今日と明日、小森さんの登下校に付き合っているのは、あの交通事故の『悪夢』を回避するためだ。
確証はないが、夢で見た光景からすると、登校時よりも下校時に起こる可能性が高い。
だから、俺は緊張せずにはいられなかった。
「深川、今日見たみたいな、ちょっとオタクっぽいけど面白いアニメ、もっと教えてくれる?」
「まあ、それくらい難しくはないけど。配信サービス、登録するの?」
「なんか面白さが分かってきたのに、このまま終わっちゃうのはもったいないから。家に帰って続きを見ようと思って」
「分かった。じゃあラインで送っとくよ」
さっき見た作品のように、キャラはオタク寄りでも、ストーリー評価の高い作品を中心に選べばいいだろう。
いっそ泣けるアニメだけで固めて送ってやろうか。
そんなことを考えながら家を出た。
「でも深川、今日見せてくれたアニメって、あんたの一番のお気に入りってわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そりゃあな」
「あんたが一番好きなアニメは何?」
「なんで?見るつもりか?」
「まあ……ちょっとは興味あるかも?」
小森さんが横の髪を指先でくるくると弄った。
「友達同士で面白いもの共有して、感想を言い合ったりするじゃない?だから、その……」
大体何が言いたいのかは分かった。
今日みたいに、単に一人で見て終わるんじゃなく、一緒にその作品について語り合いたいらしいのだ。
「でも、俺が一番好きなのはちょっとエッチだぞ?」
「え? そうなの?」
「おまけにハーレム物だしな。男の主人公を複数のヒロインが好きになるやつ。ヒロインたちのお色気シーンも過激でさ」
「ええ……。深川、なんでそんなのが一番好きなのよ?」
「そういうのが趣味だからな」
正直、俺はシリアスなストーリーはあんまり好きじゃない。
軽くて日常的な作品のほうがよっぽど性に合ってる。
どんなに悲しくて残酷な物語でも、俺が実際に『悪夢』で見たものに比べたら到底及ばないから、どうしても感情移入しづらいんだよな。
「だから小森さんには特におすすめしないよ」
初心者、それも女の子にはなおさらだ。
いわゆる、男の妄想を煮詰めたような作品だからな。
だからこそ、俺は好んで見ているわけだが。
「そんなこと言われたら、余計に見たくなるじゃない。私、ダメって言われるとやりたくなるタイプだから」
「本当に面倒な性格してるな。分かった、じゃあラインにそれも入れて送っとくよ」
その後は歩きながら、いつの間にかオタクトークに花を咲かせていた。
俺以外の男子の前でフリーズする癖さえ直れば、あの顔立ちなら、大人しいオタクの彼氏を作るくらい造作もないだろう。
もちろん、それがオタクに優しいギャルとしてなのか、ただのオタクギャルとしてなのかは分からないが。
「じゃあ、また明日な」
気がつけば、思いのほか早く小森さんの家の前に着いていた。
俺の周りにはオタクトークができる相手がいなかったせいか、つい夢中になって話してしまったようだ。
軽く手を振り、帰ろうとしたその時——
「ま、待って」
小森さんが俺を呼び止めた。
「その……。夕飯、食べていかない?」
「夕飯?」
「う、うん。お腹空いてない?」
「まあ、空いてるけど」
「今日、私のわがままに色々付き合ってくれたじゃない。強引に誘ったのに、ちゃんと来てくれたし」
自覚はあったのか。
「だから、お礼の意味も込めてご馳走したくて……」
もしかすると、小森さんは友達を家に呼んで一緒に夕飯を囲む——そんなささやかな光景に、ずっと憧れていたのかもしれない。
たとえそうじゃなくても、俺をもてなそうとしてくれたその気持ち自体が、素直に嬉しかった。
「杏奈ちゃんは大丈夫なの? 俺のこと、ちょっと怖がってないか?」
「あ、大丈夫。あの子、深川のこと結構気に入ってるみたいだから」
「そうなのか?」
俺にはとてもそうは思えなかったが、姉である小森さんの観察眼のほうが確かなのだろう。
確かに、本当に気に入らなかったら、俺と小森さんをくっつけようとするような真似もしなかっただろう。
「分かった、じゃあお言葉に甘えようかな」
小森さんに案内され、彼女の家に上がった。
ごく普通の家庭だが、少しアンティーク調の家具が特徴的だった。
先に帰宅していた杏奈ちゃんは、俺の姿を見るなり壁際にピタッと張り付いた。
「朝見たあのおじさんだ」
相変わらずおじさん扱いか。
この年頃なら高校生も大人に見えるから仕方ないのか。
それでも地味に傷つく。
「おじさんも一緒に夕飯食べていってもいいかな?」
「は、はい……。お姉ちゃん、他のことはともかく料理だけは得意なので、期待していいと思いますよ」
「……ん?」
小森さんが料理得意?
彼女の弁当を作るのは母親だとばかり思っていたから、夕飯も当然そうだろうと考えていた。
内心で首をかしげていると、小森さんはエプロンを身につけながら口を開いた。
「何か食べられないものとか嫌いなものある?」
「いや、特に好き嫌いはないけど……」
制服姿でエプロンを着けるなんて、実際にあったんだな。
これを見ると、本当にオタクに優しいギャルも現実にいる気がしてくる。
「っていうか、小森さんが自分で料理するの?」
「え? う、うん。言ったでしょ、うちは両親とも帰りが遅いって。だからうちのご飯はほとんど私が作ってるの。朝ご飯も、お昼のお弁当も、夕飯も」
ということは、あの非常階段で食べた美味しかった弁当も、小森さんの手作りだったのか。
恋人にすら一度も作ってもらったことのない女の子の手料理を、俺はとっくに味わっていたということだ。
それにしても、小森さんの料理の腕前は、うちの専業主婦の母より上だなんて……。
(あ、だから弁当が美味しいって言ったら喜んでたのか)
てっきり母親の腕前を自慢しているのかと思いきや、そうじゃなかった。
わざわざ黙っていたのは、ただ照れくさかっただけだろう。
手際よく包丁を走らせる小森さんの背中を見ながら、俺は言った。
「いっそ家庭的なギャル路線で行ってもいいんじゃないか?」
あの変なオタクに優しいギャルというコンセプトよりはマシな気がした。
「家庭的なギャル? 何よそれ」
「言葉のままだよ。ギャルなのに家庭的。なんかギャルっぽい子って家事しなさそうなイメージだろ?」
「でも、それって人気あるの?私的には、家事が得意っていうのはちょっと古臭いイメージって言うか……」
「女の子の間ではどうか知らないけど、男子は大抵好きだろ?だてに女子力なんて言葉があるわけじゃないし」
「ふーん……」
野菜の下ごしらえを終えた小森さんが、次は肉を取り出して切り始めた。
「深川はどうなの?」
「何が?」
「いや、だから……。深川はそういう女の子好き? 家事が得意で女子力が高い子」
「好きな方だな。まあ、俺は家事がほとんどできないから、あえて相手に求めたりはしないけど」
「そうなんだ。ふーん……」
なぜか、小森さんの口元が微かに緩んでいた。
友達と夕飯を囲むのが、それほど嬉しいのだろうか。
俺の方はと言えば——これから出てくる夕食に、ひそかな期待を膨らませていた。




