第10話 元カノの友達④
まだ小森さんが交通事故に遭う未来を、回避できていないのか……。
五月が終わるまで、あと二日しかない。
つまり、明日か明後日――あの『悪夢』が現実になる可能性が高い。
「い、いつまで握ってんのよ!」
考え込む俺の手を振りほどくように、小森さんは弾かれたように腕を引っ込めた。
俺は立ち尽くしたまま、どう切り抜けるかを必死に考えていた。
さすがに、このまま見殺しにはできない。
不本意だが、一度とはいえ弁当を一緒に食べた仲だ。
「小森さん、ちょっと話そう。真面目な話だ」
「え? あ……。確かに私も、話したいことがあったし……」
小森さんが結月の方へ顔を向けた。
「ごめん! 深川とちょっと話してくる!」
「う、うん……。あの、二人ってどういう関係……?」
結月が恐る恐る尋ねてきた。
突然の手握りもあり、何かと誤解しているようだが。
誤解されようがされまいが、今さらどうでもよかった。
俺が代わりに答えた。
「ただの友達だよ」
「え? 友達? 私と深川が?」
ところが、小森さんからは素っ頓狂な声が返ってきた。
……客観的に見れば、俺の一人相撲というか、ただのイタい黒歴史にしか見えないのだが。
だが、よく考えてみれば、小森さんにとって結月は初めての友達だったはずだ。
典型的なぼっちの感覚だろう。
明確に友達と宣言されない限り、相手を友達だと認識できないタイプらしい。
「一緒にご飯も食べたし、俺の家にも来た。これが友達じゃなかったら何なんだよ?」
「あ……。そ、そう言われてみればそうね?」
小森さんが片方の口角を少し上げて、ぎこちない笑みを浮かべた。
「へへ、へへへ……。友達がもう一人増えちゃった」
高校デビューは果たしたが、陰キャ気質はまだ抜けきっていないようだ。
見た目はもう立派な陽キャなのに、なんなんだこのギャップ。
俺の趣味がおかしいのかもしれないが、少し可愛くも思えてくる。
(今はそれどころじゃない)
小森さんの手首を掴み、踊り場へと連れ出した。
結月がずっと俺と小森さんの様子を交互に見つめていたが、気にしている余裕なんてなかった。
俺はひとまず深く深呼吸をし、考えを整理した。
最優先すべきは、小森さんの命だ。
そう胸に刻んで、口を開こうとした時――
「ごめん!」
小森さんが唐突に頭を下げた。
なんで急に謝るんだ?
そんな疑問に答えるように、彼女が言葉を続けた。
「私には説得するの、無理みたい!」
ああ、写真部を辞めさせると豪語していた件か。
危うくたった一人の友達を失いかけたのだから、また説得するのが怖いのだろう。
「それはもういいよ。どうせ期待なんてしてなかったし」
「え!? そ、そうなの!?」
そもそも俺と結月は幼稚園の頃からの仲だ。
彼女は一度決めたことなら、よっぽどのことがない限り曲げない。
その頑固さを、まだ出会って二ヶ月も経たない小森さんが簡単に折れるわけがない。
「じゃあ、なんで私をここに呼んだの? 結月の件じゃないの?」
「違う。小森さんに大事な話があるんだ」
「え? 私に?」
頷いた。
ところが、彼女が突然財布を取り出した。
「その……友達になったからって友達料払えってこと?いくらならいいの? 私、お小遣いそんなに多くないから――」
「いやいや、何言ってんだよ」
現実で同級生に友達料を払おうとする奴が本当にいるとは思わなかった。
俺は小森さんの両肩に手を置き、その目を見つめた。
「よく聞いてくれ。信じられないかもしれないけど……。小森さんは、明日か明後日、交通事故に遭う可能性が高いんだ」
「……は?」
「騙されたと思って一度だけ聞いてくれ。このままだと、小森さん……車に轢かれて死ぬぞ」
「それって……。もしかして新興宗教か何か……?」
「違うっての」
ああ、やっぱり信じてもらえない。
目からビームが出るような、誰が見てもすぐ分かるような能力じゃないから、こういう時は厄介だ。
(こうなったら、俺が能動的に介入するしかない)
バタフライエフェクトを狙って、最小限の接触で済ませようと思っていたけど……甘かった。
確たる根拠はない。
だが、このまま手をこまねいていれば、俺は絶対に後悔する。
俺はスマホを取り出し、地図アプリを開いた。
「小森さん、ここの三叉路分かる?」
夢で見た、サツキが満開のあの三叉路を指差した。
すると、彼女はすぐにコクリと頷いた。
「当然知ってるけど……。なんで?」
「ここ、よく通るの?」
「よくっていうか、毎日なんだけど……?」
「え? 毎日? なんで?」
「なんでって、そりゃあ私の家、その三叉路を通らないと着かないし」
後頭部をガツンと殴られた気がした。
ということは、小森さんはほとんど自宅のすぐ前で事故に遭うのか。
「頼む。明日と明後日の二日間だけでも、少し遠回りして帰れないか? その三叉路を通らないルートで」
「無理よ。迂回路なんてないもの。その三叉路を通らなきゃ、家にたどり着けないし」
「じゃあ、この二日間だけ誰かの家に泊めてもらえないか? 北山さんの家とか。俺の家は――いや、さすがにマズイよな」
「と、友達の家にお泊まり!? や、やってみたい!」
途端に小森さんの目がキラキラと輝き出した。
「自分から言いづらいなら俺が口利きしてやるよ」
「ほ、本当に?」
正直、結月とはもう顔を合わせて話したくないが、今は小森さんの命がかかっている。
自分の感情よりも優先すべきだ。
「でもちょっと難しいかも……」
「なんで? 緊張するから?」
「ううん、そうじゃなくて……。うち、両親の帰りが遅いの。それに妹がまだ小さいから、一人で留守番させるわけにはいかなくて……」
またしても厄介な問題が出てきた。
「じゃあ、その妹も一緒に北山さんの家に泊まらせてもらえよ」
結月は案外、子ども好きな方だし。
子どもをテーマに何度も写真を撮っているくらいだから。
「妹も、その……。少し人見知りな性格で……」
陰キャも遺伝なのかよ。
内心イラついたが、それを押し殺して別の策を練った。
「なら、二日間だけホテルに泊まれ。妹も一緒に」
「ホ、ホテル? 高くない……?」
「金は俺が出すから」
「それならいいけど……でも、お父さんが許してくれるか分からない。友達の家でもないのに、妹連れての外泊でしょ?ちょっと過保護なところがあるから」
ああもう、本当に。
なんでこんなに難易度が高いんだよ。
まさか、小森さんも『運命』なんてことはないよな?
結月に続いて二連続で?
「いっそ二日間、家から一歩も出ないのは?」
「え? 無断欠席じゃん」
「二日くらい平気だろ」
「内申点下がるじゃない! それに私、皆勤賞狙ってるし!」
命がかかってるのに、皆勤賞がなんの役に立つんだよ。
あの世で皆勤でもするつもりか。
そんな言葉が喉元まで出かかったが、辛うじて堪えた。
「じゃあ、登下校の時はタクシー――」
俺は言いかけて口をつぐんだ。
小森さんの事故は、結月や災害のような『運命』クラスでなくとも、因果律が極めて強い未来なのだろう。
だからこそ、俺がこうして迂回的な手段を取ろうとするたびに、ことごとく邪魔されるような気がした。
ならば、残された方法はたった一つ。
「二日間だけ、登下校を俺と一緒にしよう」
「え!? ふ、深川と!?」
「ああ。俺が朝迎えに行く。その代わり、下校した後は一歩も家から出ないでくれ」
「いや、でも……。深川と二人きりで登下校、だなんて……」
小森さんが斜め下に俯いた。
いや、こんなところで無駄に恥じらわないでくれよ。
ただのボディガードくらいに思ってくれればいいのに。
(あ、逆に友達がいないことを利用してみるか)
案外、小森さんは友達絡みのことになると、扱いやすかったりするからな。
俺は頭に浮かんだことをすぐさま口にした。
「友達なら、一緒に登下校するものだろ?」
「え? あ、そういうの見たことあるような……?」
「それに、一緒に家に帰る時、どこかに寄り道して遊んだりもしてさ」
「そ、それ、私のバケットリストに入ってるやつ! や、やってみたい!」
……バケットリストにまで入ってるのかよ。
なんだか不憫に思えてきた。
「北山さんは写真部で忙しいだろ。同じ帰宅部の俺とする方が、都合いいんじゃないか?」
「確かに……! 深川、あんた天才ね!」
「お、おう。サンキュー」
「じゃあ、二日間よろしくね!」
こんなに簡単にいくのか?
良かったといえば良かったが、正直ちょっと拍子抜けした。
いっそ、友達同士でホテルに泊まろうって提案してみればよかったか。
いや、さすがにそれは断られるか。
小森さんが指をもじもじさせながら呟いた。
「へへ……。友達と一緒に登下校……」
こんなに喜んでいる姿を見ていると、悪くない気分になってくる。
……肝心の俺は、この二日間、ずっと車に神経を尖らせ続けることになるんだがな。
◇
翌朝。
小森さんを迎えに行くため、普段より二時間も早く起きた。
住所は昨日ラインで送ってもらったから、あとは向かうだけだ。
(それにしても、昨日のライン交換も大騒ぎだったな)
彼女はしばらくの間、自分のスマホのラインの友達リストを食い入るように見つめていた。
「じ、人生で二番目の、家族以外のラインの友達!」とか言いながら。
俺以上のぼっちだなんて、経験上かなり珍しいんだが。
学校とは反対方向だから、学校に行くときより時間がかかる。
念のため、小森さんにラインを送った。
「今向かってる。30〜40分くらいかかりそう」
スマホの画面を消し、ポケットに突っ込もうとした――その瞬間だった。
「男子に人生初の自分からライン!」
「あ、今のちょっとキモかった? ごめんなさい(泣)」
「私はもう準備完了」
「あー、めっちゃ緊張してる……」
「そういえば朝ごはん食べた? 食べてないならサンドイッチでも作ろうか?」
「今日、学校終わったら寄り道するんだよね? クレープとかタピオカとか、超楽しみ!!」
通知が次々と飛び込んできて、画面を埋め尽くしていく。
ほとんどが、どうでもいい雑談ばかりだ。
おかげで俺は、歩きスマホを半ば強制的にさせられる羽目になった。
適当に返そうとした矢先、またメッセージが飛び込んできた。
「ねえ、読んでるよね? 既読ってついたら読んでるってことでしょ?なんで返事しないの?」
「もしかして、もう私に愛想尽かしたの?」
「深川? 私たち友達だよね? 友達ならこういう風にラインするってことで合ってるよね? 私、何か間違ってる?」
「お願いだから、返事して」
……重い。




