第1話 ニック・ロドムス
「痛ッ‼ またやった……」
お気に入りの青いオーバーオールに包まれた鈍痛の響く脛を抱え込むように、ニック・ロドムスはその場へとしゃがみ込んだ。
足元には先ほどまで積み重なっていた大小様々な金属の廃材が散らばっている。だがこれらはゴミではない。メカニックの仕事に使う大切な材料たちである。
「まったく……今月に入って何回目だ……」
ニックは廃材を拾い集めながら小さなため息を吐く。これでも部屋の片付けは日課として毎日行っているのだが、なぜかこういった事が度々起こる。
やはり作業を行う上で『安全で使いやすい作業場』は肉体的にも精神的にも心地よい。
そのため部屋中に立ち並ぶ金属ラックには細かいパーツたちがしっかりと種類ごとにあちこち置かれ、壁にはスペース確保のため工具が四方八方に掛けられている。
ニックは先ほど蹴とばした廃材を見事なセンスで不安定に積み重ねた後、その小さな塔をしばらく怪訝そうに眺めると「ああ、だからか」と再度ため息を吐いた。
「仕方がない、先に掃除を済ませよう」
他の人が見れば住居型ゴミ箱にしか見えないこの部屋に暮らし始め早二年、初めて知った掃除下手な自分にショックを受けつつも手始めに近場から片付け始める。
元々このタイタスシティにやってきた理由はメカニックとしての技術を身に付ける専門学校へと通うためであった。そこを卒業したのももう四年ほど昔の話、その後は二年間とある機械工場で働いていたが職人気質な性格の為か質より数を重視するやり方に納得できず退職。
今では貧民街のゴミ近五分な好立地で毎日を機械たちに捧げ生きている。ニックとしては正規のメカニックとして機械と関われなくてもいい、ただ自分の生き方は機械たちと共に在りたかっただけだ、と今のフリーとしてのメカニック生活に満足していた。
鈍く響いていた足の痛みもいつの間にか引いており、途中にしていた最後の作業を進めに作業台へと向かう。
台の上には一個の機械――ユニットがピカピカの状態で置かれている。
「あとは梱包するだけだね」
それは掌にすっぽりと収まる小さな金属板で中央には開閉できる仕掛けが施されている。一見何に使う物なのか見当もつかない。
例えばひき肉を作るのに使われるミートグラインダーのカットプレートの部分。例えばカメラで写真を撮る際の光量を調節するための絞り。
おそらく考え付く物の全てが不正解である。
街の雑貨店で『特別な依頼』として引き受けた際にはサビていてボロボロ、ニックが二日かけ新品同様まで修理し終え綺麗な布に今包まれようとしているこのユニットは『人工声帯』だ。
ただし人工心臓や人工網膜のような人間が使うものではない。
生身の人間ではなく機械の体を持つもの、機械として造られ機械として動く『人造人間』の物である。言い換えれば人造声帯だ。
元々メカニックとして人造人間用の各パーツを修理・製造していたニックであれば一日もあれば修理など容易かった。それでも二日もかかったわけは今回の品自体が特殊であったからだった。依頼を受けた際も店主は「いろいろと訳アリでな」と言ってはいたが、思っていたよりとても古い物の様にも感じられ、さらに市場に出回っているようなものとは全く違う、異質そのものなユニットであった。
おかげで時間が掛かったどころか必要以上に材料である廃材を使いすぎてしまっていた。
ニックは布で包んだ人工声帯をそっと小さな木箱にしまい、窓の外へ目を向ける。
「今日中に廃材を集めておかないとな」
五階から見下ろした先にはゴミ収集車が一台、広いゴミ廃棄場の前で止まっていた。車の横には作業員であろう男がふたり、荷台から鉄くずや何かの機械などを下ろしていく。
このテクナス廃棄場は不燃物の保管場所でトラックが五十台は停まれるほどの広さを持っている。
どこかの工場から出たであろう金属スクラップ、釘やネジなどの機械部品、冷蔵庫にコンピューター、果ては車やら巨大なクレーンまで金属をメインに様々な物が捨てられる。
タイタスシティでは町の中心部から離れた工業地区やニックの住む貧民街の住民には各廃棄場からのゴミの持ち出しを許可している。それどころかこの寂れたゴーストタウンのような貧民街では未就業者など条件に見合う人間は街への申請なしで自由な場所に暮らしてもよい、と条例がある。
ニックはもちろんそれに該当する人間であり、大いに助かっていた。
いったいなぜそんな条例が設けられているのか、答えは単純、『街との利害関係の一致』だ。
タイタスシティは元々世界有数の工業都市だった。もちろんそれに比例するように職人の重要性も増していた。
しかしながら人造人間の需要が高まるにつれ、次第に他の機械工場はシャッターを下ろし始めた。おかげで職人たちは職を失い、その技術力を持て余していった。
彼らの中には貧民街で静かに余生を過ごす者もいれば他国へと移りわたる者もいた。
その現状を打破すべく、今の市長ドミナ・マトローシュが特にメカニックなどの職人たちに向け手を差し伸べる代わりに、職人たちはタイタスシティへその技術力を提供していた。
この関係のお陰でニックは気ままなメカニック人生を歩めていた。
市長には感謝しなければならないし、もちろん廃材を運んできてくれる彼らにも同じだった。
「……あれ、あの人造人間の子、見たことないな……新人さんなのかな」
ニックの視線の先、作業員のひとりが扉の外れた大きな業務用冷蔵庫を荷台から地面へと降ろしていた。
その冷蔵庫は大人がふたり、すっぽりと入ってしまえそうな大きさでとてもひとりの力で持ち上げられるようなものではないように見える。
だがそんな大物をたったひとりの作業員の手によって軽々と広場の土の上へ降ろされている。
これが『人造人間』の力だった。
彼らは人間であり、人間でない。
外見上は誰がどう見ても普通の人間にしか見えない。男も女も子供も老人も、どんなタイプの人造人間も全て本物にしか見えない。
流暢に言葉を使い、自然な動きで手足を操る。
だが彼らには“心”が存在しなかった。
なぜなら彼らは『人造』――人の手によって造られた物でしかなかったからだ。
あらかじめインプットされた命令やパターンでしか動くことはできず、目の前で起きた問題も感情ではなく結果からしか判断ができない。命令に沿っているか、非効率的ではないか、これ以上問題が広がらないか、視覚情報で得られるもののみが指標であり“心”という不安定で不確かなものを彼らは窺い知ることができなかった。
科学者たちが故意に彼らの中に心を作らなかったのか、はたまた生み出せなかったのか、それは誰も知らないし考えようともしない。
現代において彼ら人造人間は『人間の生活を助ける道具』でしかなかったからだ。人間の命令に忠実に動く、それだけで充分だった。
「……『機械にも心は宿る』……そうだろう?」
廃棄場の彼を見つめながら小さく呟く。振り返れば部屋には山のようなガラクタ。
ニックにとってはあの新入りも修理を今か今かと待ちわびるこの廃棄物たちも同じ魂ある存在であった。
「さてと、そろそろアルタスさんのところにこの子を持って行かないとね」
先ほど人工声帯をしまった小さな木箱を手に、ニックは玄関のノブへと手をかけた。




