プロローグ 創られた存在
心とは、いったいどこに宿るのだろうか。
彼らはそんなことなど気にも留めず、ただ目の前に広がる機械へと意識の全てを注いでいた。
大小様々な機械と数台のパソコン、上に下にと部屋中に張り巡らされたケーブルなどどこに繋がっているのか、もはや一目では理解できない。
オイルやら黒いゴム汚れやらにまみれたツナギを身にまとった作業員たちは、それらのケーブルを慣れた手つきで外しては別の機械に繋げ、また機械から外してはそれらを工具を使っていじり始める。
あちこちで作業員が金属を叩く音や工具の機械音を鳴り響かせる中、白衣姿の科学者たちは目の前のデータに集中していた。画面の中を下から上に数字や文字列が流れていくのを真剣な眼差しで見送っていく。それはデータが正常である、という事なのであろう。
本来正常であることは良いことだが、今この場では納得のできる結果ではないようだった。
「ふむ……情報処理機能をもう少し早くできないだろうか」
白髭を蓄えた老人が呟くように口を開くと、周りにいた科学者は食い入るように見つめていた画面の向こう側へと急ぎ足で向かっていく。
「もう一度データの取り直しからだ」「記憶装置も見直そう」「電力は足りるか? ケーブルを増やせ」
彼らの中央、そして部屋の中心部でもあるそこに、ボーリング玉くらいの楕円球が置かれている。
しかし鉄や銅で作られたそれはただの球ではない。
限りなく人の頭部に近い形をしていた。
頭蓋から顎、首、肩。それより下は脊髄が存在する位置に太い金属の棒が伸び、それ以外はあの部屋中に広がる大量のケーブルが繋げられているだけだった。
まだ名前の無い一台のロボット。
この研究所の全員がすべての技術を、知識を、情熱を捧げた最高傑作だ。
このマルティナ国にとって――否、世界にとって大きな一歩となるだろう。
プロジェクトに関わった全ての人間がそう信じている。
徐々に慌ただしさが増していくにつれ、ロボットの見た目もしっかりとしたものに変わっていく。
「仮皮膚を取り付けろ」
皮膚と呼ぶにはいささかのっぺりとした印象を受けるが鉄色ではなくなっただけでも十分人間らしさを感じさせる。
「眼球は問題ないな」
まだ瞼はしっかりと閉じられ、目覚めの時を静かに待っていた。
「言語機能はマルディー語とナトリア語、どちらを優先させますか?」
いずれこのロボットは言葉を、世界を繋ぎ合わせていくだろう。
「機能に問題は無いな。仮ケーブルを撤去だ」
一本、また一本と身体に繋げられていたケーブルが抜かれていく。数本だけ、まさに生命線と呼べる機能を保つための数本だけが残される。
そのケーブルを辿った先には、ガラスケースに入れられた機械の心臓が置かれていた。心臓には小さなケーブルが何本か刺さっている。鼓動のかわりに聞こえるのは機械らしいモーター音のようなものがかすかに聞こえるだけだった。
「動かすぞ」
老科学者はゆっくりとした手つきでキーボードを一回だけ押し込む。
同時に部屋中の機械からは激しくファンの回る音が聞こえ、モニターに映る数列は正常値を示すが目で追うのがやっとの速さで流れていく。
心臓のモーター音も勢いを増していたが少しずつ回転数は下がり、それにつられる様にファンの音も収まっていく。
やがて室内は静寂に包まれ結果は失敗に終わったかのように思われた。
しかし――
ウィーン……、ウィーン……。
心臓のモーターが定期的な回転音を微かに鳴らしている。
それはまるで鼓動のようだった。
「成功だ……」
ぽつりと誰かが漏らすように発したその言葉を皮切りに、他の者も次々に目の前の事実を確かめるように言葉にしていく。
夢などではない。これは現実である。
またも心臓の微かなモーター音だけが部屋に響いた時、みんなが目を合わせる。
「ついに完成だ!」
「やったぞ、俺たちが作り上げたんだ!」
「これは大きな第一歩だ!」
研究員も作業員も、その場の全員が喜び互いに祝福し合った。
今ここに、人類は大きな最初の一歩目を踏み出した。
人間の生活を支え、共に生き、より豊かな世界を作り上げるための一歩であると信じて。
誰もが盛大に騒いでいる中、それはゆっくりと目覚めた。
まだ名前の無い、後に『原初の人造人間』と呼ばれる彼はその口から静かに言葉を産み落とした。




