157.空蝉14 あなたに夢中
「……」
「……わ、わかった、ゆいな、あ、あなたの秘密が」
哲也はゆいなに向かって話しかけて、そして黙った。隣で泣く鈴子を見て、少し迷い、その頭を撫でてやってから静かに口を開く。
「鈴子ちゃんが……持って来てくれたんだ。情報。ふ、不思議な女性がいるって。本人はイタコではないけど、イタコの血筋だという、ごく普通の女性。……若い頃、突然」
ゆいなは初めて鈴子と会った時に、彼女が哲也に渡していた紙切れを思い出した。
「若い頃に突然、家を出て……ゆ、行方がわからなくなって、長い時間がたって……そして今は病院にいる、と。老いた姿で。……その病院の患者が、鈴子ちゃんの昔の……客と知り合いで、教えてくれたんだ。痣だらけで、眠り続ける女性……老婆がいるって」
若い頃に姿を消してからは施設にいたんですね、と言われて頷く。
真っ赤に目を腫らした鈴子が顔を上げた。
「ヘビに巻かれた人は、本来は、痣はできないんです。あ、あたしも、哲也さんも、そうだった」
へえ、とゆいなは感心した。鈴子ちゃんもてっちゃんもかあ。
なるほど、ヘビって本当にランダムなんだ。
「いつのまにか透明になって剥がれ落ちて終わる、はずなんです。ヘビに巻かれたら」
そして長短はあれ、いつかは自然に剥がれるんだ。
ゆいなは自分の一族の特異性を再認識したような気分になった。
一族のヘビたちは、女が生まれるたびに巻き付いて、そして最後の最期までついて回る。
ほんと、しつこい呪いだ。
哲也がゆいなに、「見える人、という者がいるんです」とささやいた。
「痣は、見える人だけなんです。死者を見聞きする見える人だけが、痣を、つまり直接体に害を受けるんです。本来は。……なのに、病院で眠るその女性は見える人ではないはずで、でも全身が痣だらけ。そして眠っている。その情報で、」
「私と同じかなって哲也くんは考えたんだね。なるほど、それで調べてたんだ」
継いだのは、沙貴だった。
へえ。
「ほら、私、これ……いやいやいや重い重い」
手首の痣をゆいなに見せようとして、しかし沙貴は功成に潰されてソファに沈んだ。
「ぐっ、昔なら……昔なら、このまま掴んでぽーいと出来たのにっ。図体ばかり大きくなって、ふぐぐぐっ……なんていいリハビリ……っ」
白い顎を右腕だけで持ち上げようと唸っている。呆れた顔の恒彦が立ち上がって、後ろから功成の襟をひょいと掴んだ。
「邪魔ばっかしてるとお前マジでうざがられて嫌われるぞ」
「……」
持ち上げられた功成は、無表情で抵抗もしない。そのまま沙貴の隣に落とされた。ごそごそとまた沙貴の肩に寄って行く。
その様子を見ながらゆいなは聞いた。
「恒彦さんや功成くんもヘビタイプ?」
「性格診断みたいに言うな、俺は違えよ。巻かれたことねえ」
「恒彦さんは違うの?じゃあ功成くんはヘビ巻かれ系なんだ」
「まあヘビぽいっちゃあヘビっぽいな」
気質が、と加えて、恒彦も座り直す。ゆいなはうーんと悩んだ。
「やっぱ一番は恒彦さんかなあ、あとは問題ありすぎ。恒彦さん彼女いる?」
「久々に世の中の正しいモテ基準が確認できてありがてえが、俺は年離れてんのは勘弁で年上は苦手で年下も無理だ」
「生意気言ってんじゃないよ選べる立場かヒヨッコの小僧が」
「ヒコちゃんは私に喧嘩売ってんの?」
「ヒコ先輩年齢で決めるなんて最低です」
「おい一斉攻撃はやめろ」
「ふっ」
「……はは」
一瞬の間があいて功成以外みんなが笑う。空気が弛緩して、沙貴がこちらに微笑んだ。
「ありがと。あなたはいつも、雰囲気を和ませるのがうまいんだね」
よいしょと功成の腕を自分の後ろに回させる。
「不用意に私、私と同じかな、なんて言っちゃったから。みんな一瞬固まったもんね。みんなごめんね、気遣いさせちゃった。……ずっとこんな風に、周りを盛り上げたり和ませて過ごしてきたの?」
「別に」
屈託のない感謝と笑みに少し照れる。
「こんなおしゃべり上手で人を見抜く力が抜群にあるんだから、住んでた施設でも人気者だったでしょうね」
「……うふ、まあね。新人はまずあたしがお世話するの、元気づけて励まして、それから」
そう、逃げ込み寺には最適な能力。
あたしはそれを持っていた。
「先を見通してね、予想図や計画を話してあげるとみんな顔が明るくなるのよ。こんな道があるんだよ、あなたの先にはいくつも道があるんだよって話してあげるだけでいいのよ。選択肢があるだけで、人は心が持ち直す」
前を力強く指し示す、それにわずかでも説得力があれば人は踏ん張る。
「あとは、……追いかけてくる暴力男や妻を支配しようとするクズ、逃げた女をどこまでも追い詰める下衆を、罠にはめたり」
力を別方向にも使った。
「第三者のいるところで罪を犯させることだってできるの。導けばね」
来るだろうなあとゆいなが思ったら絶対来るから、罠にかけるのだ。こうしたら相手はこうする、と計画する。相手をその通りに、『思い通りに』動かす。警察の目の前で凶行に及ぶ、そんな普通に考えたら無理であろうこともゆいなが計画したら可能だった。だから女を追って来た下衆どもを、逆に追い詰めて追い詰めて破滅させてやった。つまり、導いてやった。地獄に。
操ってやった。
「好き放題やってやったのよ」
胸を張ってにっこりする。
「……体は。体は、辛かったでしょう。痛かったでしょう」
気遣う言葉は沙貴だ。その優しい目を見て、その頬に手を添えた。
「あなたは、痛かった?」
「……覚えてないかな」
優しい嘘は、腰に縋りつく男のためだろう。
「あたしもそう」
長く自分だけかと思っていた痛みと辛さを分かち合える人間がいることに、また胸が躍った。頬を撫でる。
「同じ。おんなじねえ。あなたと同じよ、あたしも覚えてない。平気よあんなもの。どんな痛みも辛さも、あたしを害することはできないの。屈服なんてするもんか。誰も何もあたしの膝を折ることはできない」
鼻筋も撫でて顎をくすぐると、沙貴は瞬きをした後嬉しそうに首をすくめた。
それから笑った表情のまま、少しだけ鼻声で言った。
「ゆいなさん、あなたのヘビは『剥奪』だったんだね」
先見の力(先見の明)……詳しくは93話からの「side裏の言霊」にちょっとコワイ人とともに説明あります。




