5..次なるおっさん 3 スタイリング
どんどん固まってきておりますが、ぶれないようになるべくしております。
書いていくうちにキャラクターって固まっていくもんですよね。
あれだけドタバタしたゴロツキ撃退劇から、数日が過ぎた。
村は相変わらず平和そのものである。あの乱入事件によって、私とミックスの【果たし合い】はうやむやのまま中断されてしまったが、お互いに不満はなかった。拳と技を交わし、さらには背中を預けて共闘したことで、私たちの間には言葉以上の【格闘家同士の連帯感】のようなものが芽生えていたからだ。
まあ、相変わらずミックスは無表情で無口だが。
そんな穏やかな小春日和の午後。我が家に、トコトコと可愛らしい足音を響かせて一人の訪問者がやってきた。
『ルーシー……いる?』
声がする玄関を開けると、そこには前髪が目元をすっかり覆い隠してしまうほど伸び放題になっているミックスが立っていた。いつも通り感情の読めないポーカーフェイスだ。
『やあミックス、いらっしゃい。……ん? どうしたのその前髪。いつも上げてたのに今日はまるで目隠し修行でも始めるみたいに?』
『……ちがう。カチューシャが壊れてあげれなくなった。それで今は前が見えなくなって、パルクールしてたら木に激突した』
『それは大変危険だな!? 気を付けてね。んじゃね』
パタン、とドアを閉めようとしたが——
『ちょっと待って! なぜ閉める。だから、髪を切る』
ミックスは素早く足をドアの隙間に挟み込んで阻止すると、小さな手に握りしめていた【木製の櫛】と【裁縫用の小さなハサミ】を差し出してきた。
なるほど。事情を聴くと彼女の家は両親が忙しく留留守がちだ。だからといって自分で前髪を切ろうとして事故を起こすか、姉のステフは不器用だから信用できないと。そこで私に白羽の矢が立ち、カットを頼みに来たということらしい。
『ふむ……つまり、私に君の【スタイリング】を委ねたいと?』
『ルーシー、器用だから。……お礼に、この前拾った綺麗な青い石あげる』
『交渉成立だ。よし、庭の切り株にお座りなさい。私の神業カットを見せてあげよう!』
せっかく褒めてくれたんだ、石ぐらいもらっておいてやろう。
こうして、平和な午後の【ミックス断髪式】が始まった。
庭に出ると、私はミックスを丸太の椅子に座らせ、首元に汚れてもいい布を巻きつけた。手に取るのはハサミと櫛。
(フフフ……こう見えて前世の知識と指先の精密動作性はあるのだ。これに失敗して今後なめられては困る。それに幼子とはいえ女の子だ。失敗してガタガタのオンザ眉毛にでもしたら、一生のトラウマになりかねない)
私はさらに集中力を高め、三節棍を扱う時のように指先へ微細な感覚を集中させ、ミックスのつむじから毛先の流れを魔力で観察する。そうすることによって一本一本の流れ方が手に取るようにわかるのだ。ミックスの頭部の形と髪の生え際に合う形をイメージで掴み、構えをとる。
『ミックス、動かないでね。ここはこうして伸ばして、こっちは短くしたら似合うと思うんだけどどうかな?』
『……ん、任せる』
少し濡らして結ってから、チョキ、チョキ、と心地よい金属音が庭に響く。ミックスは大人しく目を閉じ、されるがままになっている。耳元で聞こえる刃物の音にも一切怯まないのは、この前も思ったが流石の度胸というべきか。
徐々に視界が開けていき、彼女の透き通るような肌と、凛とした眉毛が露わになっていく。
(……うん、我ながら完璧なシースルーバング……いや、動きやすさを重視したショートボブのラインだ。可愛い顔立ちが引き立つじゃないか)
『よし、前髪と左側はバッチリだ。あとは全体を……ん?』
最後の一仕上げをしようとハサミを持ち替えた、その時だった。
『カッチャーン……』
私の指先から、小さく軽やかな音が落ちた。ハサミの刃を支えていた中央の小さなネジ(支柱ピン)が使用に耐えかねたのかポンッと抜け落ち、石に当たって草むらの中へと消えてしまった。
バラバラになるハサミ。
『……あ』
『……あ』
私とミックスは、同時に声を漏らした。
『や、やってしまった……! 道具のチェックを怠るとは、不覚!』
『ルーシー……ハサミ、壊れた?』
『じゃ、そういうことだから』
何もなかったようにミックスを残し立ち去ろうとしたが、彼女は見たこともない速さで目の前に立ち塞がり、無言のプレッシャーをかけてくる。
『……』
『だ、大丈夫だミックス! ネジが飛んだだけだから、それさえ見つかれば直せると思う!……というか、見つからないと君の髪が右だけ長いという奇抜なアシンメトリースタイルで固定されるだけだけどどうかな?』
『それは、いや』
『だ、だろうね!? よし、捜索開始だ!……ちなみに、ネジはわかるよね?』
ちらりと、一応女の子だからお伺いを立ててみる。
『叩いて、刺すやつ?』
ミックスは左手を前に差し出し、右手を振りかざして身振り手振りで答えた。
『それは、釘だ』
首を左右に振り、否定する。
『お店の人がしてるやつ?』
次は頭を小鳥のように傾げかわいかった。
『それはレジ! 店番ね』
ミックスさんはどうやら、クールな外見に反して重度の天然さんだったらしい。
『とりあえず、ミックスは丸いのを探してくれたらいいよ』
ここから、私たちの【平穏な探し物タスク】が開始された。
ターゲットは、直径3ミリほどの小さな金属のネジ。相手は、青々とした庭の雑草群。
難易度は……やっぱり高い!
『くっ、まさかこの前のゴロツキ三人衆よりも、この小さなネジ一粒の方が手強いとはな……!』
私は地べたに網膜を凝らし、目を皿のようにして草の隙間を覗き込む。
ミックスもまた、短くなった前髪を揺らしながら、四つん這いになって草をかき分けていた。
『ルーシー……これ?』
ミックスが何かを見つけたようで声がした。振り返ると、そこには小さなダンゴムシをつまみ上げている姿があった。
『惜しい! それはダンゴムシだね、ミックス。丸いけれどそれはネジではないんだ』
『ん。……じゃあ、これ?』
次に提示されたのは、小さな丸い小石。
『なんか惜しい! 形状は近いが素材がストーンだ! 私たちが探しているのはメタルだよ!』
『むぅ……』
ミックスは少しだけ悔しそうな顔をして、再び地面と睨めっこを始めた。普段のバトルスタイルで見せる冷徹な身のこなしとは裏腹に、お尻を高く突き出して草むらをガサゴソと探す姿は、どう見てもただの愛くるしい6歳児である。
(くそっ、可愛いな……! いや、見とれている場合ではない!)
私は集中力を研ぎ澄ませた。目視だけに頼るから見つからないのだ。
手のひらを地面に当て、先ほどとは違うごく微量の魔力を地面の表面に波紋のように広げた。
(索敵魔術——【ソナー・パルス】!)
朧げな前世の知識と発想を組み合わせた、魔力の探知波。
草や土の有機的な反応の中に、一つだけ【固い金属の反応】が弾き返ってくる。
(——捉えたッ! 左前三センチ、草の根元!)
『見つけたぞ、ミックス!』
私は箸でハエを捉えるような動きで指先を滑らせ、見事に小さなネジを摘み上げた!
『すごい、ルーシー』
ミックスがパッと目を輝かせる。
私はドヤ顔で鼻を鳴らしつつ、ハサミの軸にネジを差し込み、魔力で少し締め直して固定する。
『フフン、この程度造作もないさ! さあ、仕上げといこう!』
その後、トラブルもなく無事にカットは完了した。
水溜まりの鏡を覗き込んだミックスは、すっきりと整った自分の髪を指先で撫で、満足そうに小さく頷いた。
『ルーシー、ありがとう。軽くなった……これで、もっと速く走れる』
『髪型でエアロダイナミクス【空気抵抗】を追求するなよ。だが、うん……すごく似合っているよ、ミックス』
『……ん』
ミックスは照れくさそうに視線を泳がせると、ポケットから【綺麗に磨かれた青い石】を取り出し、私の手に押し付けてきた。
そして、一瞬だけ嬉しそうな顔を見せると、軽やかなステップで
『じゃあね』
と走り去っていった。
手の中に残された、冷たくて青い光を放つ石。
『やれやれ……今日もいい仕事をしたな』
田んぼ仕事を終えたおじさんのようなセリフを吐きながら、青い石をポケットにしまい、ハサミを片付けながら大きく伸びをした。
(……あ、しまった。このハサミ返し忘れてるな)
そんな事を考えながら空を見上げた空はいつの間にか、美しい茜色に染まり始めている。
——だが、その時の私はまだ知らなかった。
この平穏な日常のすぐ裏側で、運命の歯車が静かに音を立てて回り始めていたことを。
村の外れ。夕暮れの光が長々と影を落とす、めったに誰も立ち入らない森の入口。
カサリ、と落ち葉を踏みしめる重厚な足音が響いた。
そこに立っていたのは、二人組の影だった。
男の方は着古したくたびれた旅装束。髪はボサボサで、あごには不精髭。一見すると、どこにでもいるただの【おっさん】である。
女の方は身の丈ほどもある大きな袋を背負っている。
しかし——その男が纏う雰囲気は、タダ者ではなかった。
男は立ち止まると、ゆっくりと腰の酒瓶をあおり、ぐびりと一口飲んだ。
そして、鋭い眼光で村の方角を見つめる。
『……ふむ』
男は鼻を鳴らし、空気を深く吸い込んだ。
『ここらの風には、妙な『揺らぎ』が混ざっているな……。ほんとうに幼子か、粗削りだが尖りきった魔力の残滓。……それに、あの妙な打撃の軌跡』
男の脳裏に浮かんでいたのは、数日前にこの村から命からがら逃げ出してきたというゴロツキたちが、街の酒場で恐怖に震えながら語っていた【化け物なガキ】の噂だった。
『麻紐の三節棍に、パルクールの身のこなし、か……』
男はフッと口元を歪め、可笑しそうにニヤリと笑った。その瞬間、おっさんの瞳の奥に、底知れない威圧感が垣間見える。
『退屈しのぎに立ち寄ってみたが……案外、あの時の子供かもしれんな』
『……』
女は無言で背中の袋を担ぎ直し、二人は静かな足取りで村の広場へ向かって歩き出した。
この男こそが——後に、ルシファルの『無茶苦茶な師匠』となり、規格外な戦闘センスをさらに凶悪な次元へと叩き上げることになる、運命の男であった。
そうとは知らず、当の本人は家の中で、
『今日の晩御飯は何かなー♪』
などと呑気に鼻歌を歌っていたのである。
加筆しすぎてこの回は4000文字超えました。長いと思った方はごめんなさい。
あれも、これもってよみかえして、これはこうだ!ってしたら、なが!!ってなりました .
それにしてもミックスが実は登場時はカチューシャしてて無言で口を開けば天然キャラになるなんて。。。 オッフ




