クラリッサ日記⑤《12月》
「ヴァレリアナがノインのあの若い騎士の組手をかぶりつきで見てたんだ」
レナートが不満げな顔で言う。
「だって彼はまだ21歳だそうよ。それであの槍さばき!凄いわ!」
対して姉はキラッキラの目をして感激している。
今日は裏庭の隅で、三人でランチだ。
午前中は従卒たちで槍の模擬戦をしたらしいのだが、それに急きょ、ノインの騎士が参加したという。
その騎士については、使用人の女性の間でも話題になっている。腕前が確かで若くて美男、しかも騎士としての礼儀作法もばっちり。
古参の使用人たちは、数年前のアルトゥーロも初々しさと美男とが相まって素敵だったと褒めるが、ただ口を揃えるのが、所詮庶民出よね、と、無愛想すぎるのよね、だ。
その点、ノインの騎士は完璧なんだそうだ。元王女の私から見ても、そう思う。
それにしてもヴァレリアナ、だ。そういえば昔、ダニエレについてよくこんな顔で語っていたっけ。
「好きになってしまったのかしら?」そう尋ねると、
「ええ?」姉は驚いた顔をしてから、笑った。「騎士としては憧れる。それだけよ」
「本当に?」
「もちろん」
レナートがため息をつく。
「ヴァレリアナは分かっていない。君の好きはいつだって騎士としての素晴らしさに直結している」
「つまり彼女の好みが、格好いい騎士ってこと?」
頷くレナート。
「そんなことないわ」とヴァレリアナ。
「いいや、そんなことあるね」
またため息をつくレナート。
「まあ、あのノインの騎士の槍術は俺でも見惚れた」
「それほど凄いの?」
「兄貴より上かも」
「アルトゥーロよりは?」
「アルトゥーロ様のほうが強いわ」
姉が即、返した。
レナートがこっそりと、何度めか分からないため息をついている。
「主かもしれないが、敵であることを忘れるな」
「だけどリーノだってカルミネ様と楽しそうじゃない。それに私は今、アルトゥーロ様のほうが強いという話をしているのよ」
ヴァレリアナがむきになっている。
「……まあ、それはそうかもな。あいつの鍛練への姿勢は、尊敬できる」
「でしょう!」
ヴァレリアナは嬉しそうだ。
まあ、そのことも、使用人の間では有名なことのようだ。全精力をそちらに回しているから、表情に気が回らないのだ、とまで言われている。
「だけど騎士レベルはノインの騎士と兄貴が上」
ヴァレリアナが口をへの字にする。
レナートは意地悪だ。分かっていて、そう言っているのだろう。
それにしてもヴァレリアナは、ダニエレよりもアルトゥーロの肩を持つようになってしまったらしい。
その割には先日、アルトゥーロ様は全然分かってくれていないと怒っていたけれど。
いや、ヴァレリアナの思い入れが深すぎる故の怒りかもしれない。
あの男に、一人前の従卒として扱われないと腹を立てるのだから。
はぁっ、と私もため息をついて、すっかり男装に馴染んでいる姉をみつめた。