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エピローグ 群像 川沿明日子

「……異常気象なわけないじゃない」

 午後のワイドショーを眺めながら緑茶をすすり、そう呟いたのはコーポ川沿大家の川沿明日子だった。

 テレビには、先日の北西高校の暴風雨の様子が映し出されている。スタジオでは天気の専門家が気象図を使いながら解説を試みていたが、結局のところ「急速に発達した局地的積乱雲の影響?」という曖昧な結論に落ち着いただけだった。

「きっと、あの子たちの仕業よね」

 明日子は、隣に行儀良く座るカピバラに語りかける。

「あんなことできるのは能力者しかいないもの」

 カピバラが頷く。


 結婚により『正義ノ味方』を円満引退した明日子は今、『正義ノ味方管理協会・地球日本支部』のエージェントとして、後方支援の役割を担っていた。仕事を具体的に言えば、それは採用・管理業務だった。明日子は本部から送られてくる『正義ノ味方採用候補者(地球日本支部管轄)』の資料を元に、二、三年かけて候補者の身辺を調査する。一定の調査を終えると、『可・適・不適・不可』の四段階評価に丸をつけ、「是非欲しい人材」「本人に問題ないが親族に悪の要素あり」といったコメントを四行ほど添えて、資料を本部に送り返す。すると本部では、その資料を参考に今年度の正義ノ味方採用者を決定し、業務提携先の『宇宙運命の糸紡績工房』に、採用者の運命操作を依頼する。そして運命を操作された採用者はやがて運命的に南西学園を受験することとなり、コーポ川沿にも入寮するという仕組みだった。もちろん南西学園校長もグルである。彼は協会の地球日本支部長だ。


 ――みんな、いいこ。


 明日子は、正義ノ味方の素質を見抜く目に、絶対の自信を持っている。

 例えば今年の採用者たち。長谷川創汰は轢かれた猫に涙してしまうような少年だし、光城陽奈はおばあちゃん思いの優しい子だ。ファルリン・アルハマーズは今時の若いムスリムにしては珍しい敬虔な信仰の持ち主。天乃雀も誰だって持っているような自分の醜さを真剣に責めてしまうような子だし、七福あんこは絵がうまい。


「……間違ったかな」


 あんこの部屋に食事を運ぶにつけ、明日子は自信を失ったりもするけれど、あんこだって調査時は中学生らしからぬ漫画を書く少女だったのだ。あんこの漫画には、少年漫画から影響を受けたらしい硬派な善が、スポーツを通して描かれていた。だがあんこがコーポ川沿にやってきたとき、その漫画は少年たちの友情を過剰に描くことに重点が移っていた。善を描くどころかスポーツさえしなくなっていた。


 ――作風激変しすぎよね。


 けれど思春期とはそういうものかもしれない。思春期の嗜好はとてもブレやすい。そしてその嗜好は、漫画誌のアンケート結果のように書き手に大きな影響を与えてしまう。

 テレビのワイドショーは続けて暴風雨による被害を伝えていた。暴風雨の中心地である北西学園では旧校舎の一部が倒壊し、打撲傷がある生徒数名と、激しい車酔い様の症状を訴える生徒が一名発見されたが、いずれも命に別状はないらしかった。

 停電や断水の直接の原因は大量発生した虫のせい、とのことだった。けれど、それがいったい何の虫なのか、どこからなんのために発生し、どのようにして断水させたのかが一切伝えられず、明日子の不信感を強くした。何かが隠蔽されている気がしてならない。現地の録画映像に、所々小さなモザイクが舞うのもなんなのか。ライブ映像が一切なかったのもなぜなのか。

 若い女性局アナが「現在、虫の影響は一切ありませんのでご安心ください」とだけ言って、虫の話題は不自然に打ち切られる。


「つまんな」


 明日子はテレビを離れ、緑茶とせんべいを手に縁側に向かう。

 縁に腰かけると、カピバラが追ってきて明日子に擦り寄った。抱き寄せて頭を撫でる。良い天気だけれど、忙しなく流れる雲がどこか切ない。寂しい匂いがする風に枯れ葉が舞って、明日子の足下に数枚たどり着く。


 ――と、地面を走る一匹の虫と目があった。


 秋の情緒とかいったものとは、ほど遠い虫だった。

 縁の下に潜り込もうとしていたらしく、「見つかってしまった」とでもいうように虫はじっと動かない。

「あんた、それなにさ」

 羽根の間にお子様ランチのような旗が挾まっていておかしい。

 酷く弱っているように見えるのは気のせいだろうか。

 どこか憎めないけれど、アパートの大家としては見過ごせない虫だった。

 殺虫剤どこだっけな、と夏以来使った覚えのないその記憶を辿ってみて、明日子はふう、とため息をつく。


「……まあ、ゆっくりしてったら」


 ――一匹くらいならいっか。


 虫の一匹や二匹住まわせてやれなくて何がアパートの大家だろうと、むしろ胸を張る。

 だからけして殺虫剤を探すのが面倒だったわけじゃないのよ、と心の中でひとりごつ。

 虫はぺこりと二本の触角を下げると、しゅるしゅると縁の下に消えていった。


 ――言葉わかったのかしら。


と、明日子の頭に電気が走った。


 ――大量発生した虫って、まさかこれのこと?


 モザイクの意味を理解して明日子は可笑しくなる。確かにこれは放送できない。


 ――もしかして虫を大量発生させたのも、あの子たちなのかしら。


 でも。


 ――『蟲使い』の能力者なんていないしな……。


 できそうなのは『神』のファルリンだろうか。

 いや、『P(プロデューサー)』の三本木矢夜也(さんぼんぎややや)が、「悪事の代償はきっちり払ってもらうわよ!」とお得意の決め台詞を叫んで、虫を演出(プロデュース)する光景も目に浮かぶ。 

 それとも……


「いったい誰の仕業かしらね」


 コーポ川沿には一二人が住んでいる。


(了)




【参考書籍】

『イラン人は面白すぎる!』エマミ・シュン・サラミ/(光文社新書)

『コーランを知っていますか』阿刀田高/(新潮文庫)

『イスラームの常識がわかる小辞典』鈴木紘司/(PHP新書)

『ゾロアスター教』青木健/(講談社選書メチエ)

『ゴキブリ大全』デヴィッド・ジョージ・ゴードン著 松浦俊輔訳/(青土社)

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