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18 創汰A

     ○


 走り去る陽奈の後ろ姿を見送った創汰は、混沌とする校庭に立ち尽くしていた。

 陽菜は学祭前日の悲劇に責任を感じ、スズメを取り戻しに行ったに違いなかった。

 北西高校の旧校舎が連中の巣窟だとは、この辺りの高校生なら誰でも知っていることだった。


 ――陽奈なら連中に勝てるだろうか。


 五人程度なら楽勝だとは、夕日の河川敷が証明している。

 だが旧校舎となれば奴らの本拠ホームだ。相手は一〇人や二○人では済まない。陽奈ならば、とも思うけれど、やはり多勢に無勢で、力尽き取り囲まれた陽奈はいったいどうなってしまうのだろうか。

 そしてスズメだ。

 陽奈が救出に失敗すれば、スズメの運命も連鎖する。

 あるいはスズメはもう手遅れなのかもしれない。


 耳の奥がシーンと鳴り、創汰の感覚は妙に研ぎ澄まされていた。

 チート聴力が勝手に発動し、校舎の陰でぐずぐずしている教師たちの会話が流れ込んでくる。

「やはり警察を呼ぶべきでは?」

「警察沙汰となると明日の学園祭にも影響しますよ」

「これは北西高校の教師に対処させるべき問題でしょう」

「連れ去られた生徒は誰なんです?」

「一年一組の天乃雀です」

「一年一組の天乃……あー、うー、もう少し様子を見てみましょう」

「いいんですか? 校長」

 腰の重い教育現場を目の当たりにして、創汰は首を振った。


 ――晴人は何をしている?


「晴人君血が出てる!」

「保健室いこ」

「立てる?」

 膝を抱えた晴人は、みんなに心配されながら意気消沈していた。

 なにやってんだよ、と創汰は思う。

 お前はこんなとき真っ先に動くべきキャラだろうが。

 チャラいことを言って、晴人くんステキーみたいな視線を集めながら、スズメを助けに行くべきキャラだろうが。

 なのになにやってんだよ。


 ――チートの力があれば、戦えるかもしれない。


 創汰は考えるけれど、足が動かない。

 チートでも痛いものは痛いのだ。

 さっきも暴虐の限りを尽くす不良たちを前にして何もできなかった。

 不良と喧嘩になるようなことは極力避けてこの道一六年、長谷川創汰の足は震える。


 ――そもそもスズメも陽奈も、晴人が助けに行くべきなのだ。


 二人が好きなのはどうせ晴人だ。俺がチートの能力を発揮して、危険を冒して助けたとしても、その視線の先には清掃部晴人がいるんだ。俺が助けたとしても、二人は「これが晴人君なら良かったのになぁ」と心の中で思うんだ。


 ――知ったことか。


 創汰は校庭のブロック塀に背を預けて、しゃがみ込む。


 ――こんなことでいいのだろうか。


 俺はいったいどうしたいのだろうか。これが俺の本心なのだろうか。

 自分の気持ちがよくわからない。


 ――実際に、創汰の頭の中で開催される全創汰進審会議でも意見が分かれていた。

 議場のスクリーンに映し出される円グラフはいま、「1.助けに行く/二九%」「2.助けに行かない/三四%」「3.どちらでもない/三七%」となっており、創汰会議らしいラチのあかない票の割れかたをしていた。

「まず安全面を考慮すべきだ」

「ここはいったん装備を整えてだな」

「腹ごしらえも必要ではないか」

 優柔不断な会議にひとり、ぐつぐつと怒りを煮込む創汰がいた。


 ――創汰Aだ。


 議長たる創汰Aは、強行採決の権限を持っている。

 例えば、就寝前なのに、無性にカップラーメンが食べたくなったとき。

 例えば、テストが翌日に迫っているのに、どうにも布団が恋しくなったとき。

 そんなときに創汰Aは、全創汰の反対を押し切って「食え」「寝ろ」と強権を発動することができた。

 ――先の事など知るか。

 Aの暴走は止めなければならない。Aの欲望に身をゆだねれば、破滅の道をたどることは目に見えている。だからAの暴走を防ぐために他の創汰たちがいるといっても過言ではないのだけれど、僕たちはどこかで期待している。Aが暴走することでいっそ欲望の虜になってしまいたいと、心のどこかで期待している。


 がんがんがんがんがんがんがんがん!


 Aが一心不乱にハンマーを叩きはじめた。Aがとうとうキレたのだ。なぜか身体がむくむくと大きくなり始めている。ため込んだ怒りが膨張しているせいに違いなかった。

「静粛に! 静粛に!」

Aの声が会議室に響く。

「もうね。1番の『助けにいく』で決定!」

 議長の唐突でなげやりな乱心に、七九九万九九九九の創汰が色めき立った。


「横暴すぎる!」

「議会無視の政治!」

「議会の私物化!」


 むくむく。


予算たいりょくの無駄遣いではないか!」

「使途を明確にすべき!」

「法的措置も辞さない構え!」


 むくむく。


「ちゃんと統計を取ったのか!」

「受傷時の補償はどうなってんの!」

「その後五年間のプランを聞かせてください!」


 むくむくむくむく。


「一票の重みが無視されています!」

「2番じゃ駄目なんでしょうか!」

「いま若者の安全が脅かされようとしている!」


 むくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむくむく――


 それらの質疑に対する、巨大化した創汰Aの回答は一言だけだった。






「うるせえ、黙れ。」

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