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14 屋上では青春する

     ○


 休み時間、創汰は画面を隠しながら、正義ノ味方管理アプリを開く。


 ――やっぱり倒したことにはならないか。


 創汰がわずかに期待した、ギター演奏で晴人を倒したことによる善行点は加算されていなかった。でも当然だ。精神的敗北を味わったのはむしろ自分な気さえする。


――さっきは恥ずかしいことをしてしまった。


 時が過ぎて冷静になり、朝の風景を客観的に振り返ったとき、そこには光速タッピングをする絶望的に空気が読めていない自分がいた。


 ――やはりあの場はしゃしゃり出て「クレイジートレイン」なんかを弾くべきじゃなかった。


 創汰は反省する。

 頭に血がのぼり冷静な判断を欠いていた。

 同じオジーでも「グッバイトゥロマンス」をチョイスすべきだったのだ。

 あれはバラードだから女子受けもしただろう。


 天井を仰ぎ反省の方向を誤る創汰の視界に、席に戻るスズメの姿が映った。

 そこに女子がそそくさ集まってくる。

 創汰はその雰囲気が少し気になった。

「ねえねえ、スズメ。今なに言われてたの!?」

「……うん」

 スズメが言い惑う。

 女子連はやけに深刻にしている。

「後で……、屋上で二人だけで話がしたいって」

 瞬時に創汰のチート聴力が全開になった。

「えー、やばい。それ絶対呼び出しじゃん!」

 女子の声が鼓膜を突き、創汰の脳を殴る。視界がぐわんと歪む。

「ちょっとスズメ、私たちも一緒に行こうか?」

「ううん。怒らせちゃうとヤだから一人で行くよ。大丈夫」

 創汰の聴覚がぶつりとショートする。

 創汰の耳には、サアアアアアと音ならぬ音だけが聞こえていた。



「いきなり呼び出してごめん」

「別に……大丈夫だけど。何?」

 昼休みはにぎわう屋上も、わずか一〇分の休み時間には誰も来ないらしく、フロアに人影は二つしかなかった。

 秋晴れの空。隠れるように二人が貯水層の陰にいるのは、万が一誰かが来ても大丈夫なように、という二重のセキュリティなのだろう。屋上で人目から逃れられる場所はここしかない。


 二人の間には緊張が漂っている。


 そして、貯水棟のてっぺんにへばりつき、その光景を見下ろす創汰にも緊張が漂っていた。


 ――どうなってんだこれ……。


 おもてたんと違う、と思った。

 眼下で展開する光景がおもてたんと違う。


(――晴人は屋上で勝負を決めるつもりに違いない)

 高い役を揃えた晴人が、屋上でコール(上がり)という名の告白をしようとしている。

 それが先の休み時間の会話から、創汰が導いた予想だった。

 何かに突き動かされた、というしかなかった。ただならぬ不安に躰が支配され、気づいたときには屋上に先回りする自分がいた。来たところでどうするつもりなのかはわからない。わからないけど石は握っている。とりあえず貯水層の陰に潜むことにしたものの、同じ場所を選んだらしいスズメが歩み寄ってきたから、この箱形のてっぺんに追い立てられることになった。


「あのさ、余計なお世話かもだけど、あそこで晴人くんといちゃいちゃするのはやめた方がいいと思うの」

「別にいちゃいちゃしてるつもりなんかないけど……」

「はたから見るとそう見えるんだよ」

「じゃあ見えたとして、どうしてあなたにそんなことを言われなくちゃいけないの?」


 眼下で進行するのは修羅場だった。女の修羅場の類だった。


 ――スズメにつっかかっている女子の姿。

 ――屋上への呼び出し。


 その二つを鑑みながら先ほどの女子たちの会話を思い出したとき、創汰はようやく自分の勘違いに気がついた。

「どうして……って、ほら晴人くんのこと好きな子っていっぱいいるから、天乃さんのためにも良くないかなって」

「ご忠告は嬉しいけど、光城さんの言い回しはずるいんじゃないかな」

「ずるい……って?」

 光城陽奈は教室にいることが少ない。

 他校の不良と喧嘩した、三年の先輩をシメた、そんな物騒な噂(というか事実を視認したけれど)がつきまとうから、女子の中では浮きもする。女子のノリが苦手という陽奈の性格もその浮きあがりを手伝う。朝の食堂よろしく話せば明るいし、嫌われているとか、無視されているとかではないけれど、特定の友達がいる気配はない。

 そんな光城陽奈が、天乃雀を屋上へ呼び出した。

 となれば、おのずと答えが導かれる。

 創汰は万が一の事態に備える。

「ずるいと思う。まるで私やみんなのためだからーみたいな言い方は」

「え、違う。わたしはただ」

「素直になればいいのに。晴人くんのことを好きな子はいっぱいいるんでしょ?」

 スズメが不敵に笑う。

「違うって! 変な誤解しないで」

 陽奈の語気が強まる。

「光城さんも、晴人くんのこと好きなんでしょう?」

 妙に落ち着いた声のトーンがスズメらしくない。けれど普段のうわずった声より、不思議と自然に感じるのはなぜだろう。

「違うって言ってるのに!」

 陽奈が足を踏み出す。

「暴力でどうこうするつもりなら、私は屈しない」

 スズメが後ずさる。

「だから違うって。しつこいな!」

 陽奈の腕がスズメに伸びる。

 ――はっし、とその手を掴んだのは、貯水槽から飛び降りた創汰だった。

 右手で掴み、左手をポケットに突っ込み、斜に構えている。


 一瞬、屋上の時間が止まった。

 漂うのはクエスチョン模様の沈黙。


「暴力はいけない」

 創汰は自ら沈黙を破るしかなかった。


 ――お二方とも疑問はおありでしょうが。


 それは創汰とてわかっている。

 だが今重要なのは、なぜここに長谷川創汰がいるのか、ということではなく、なぜか長谷川創汰がここにいてくれたおかげで喧嘩が収まったということなのだ。

「陽奈、暴力はいけない」

スズメをシメようとする陽奈を、長谷川創汰が止めたという事実が重要なのだ。

「陽奈が暴力振るうとこ、見たくないな」

 本音だ。どんな噂があろうと、そしてそれがたとえ事実であろうと、一緒に朝食を食べる陽奈から暴力性を感じたことはなかった。これからもずっとそうあってほしいと思う。そしてできることならば暴力などから足を洗ってほしいと思う。

「いでっ!」

 暴力の足が創汰に炸裂する。


 ――速っ!?


 チートの反射神経をもってしても、陽奈の鋭いローキックはかわせなかった。

 続いてびちびちと平手が繰り出される。

 上半身をスウェーさせ避けるようとする創汰の頭に全て的確にヒットする。


「創汰のばかすけー!」

 ひととおり叩き終えた陽奈は、叫びながら屋上を走り去った。

「創汰くん……最低」

 言い残して、スズメも屋上から去っていく。


 期待していた「助けてくれてありがとう」はもらえなかった。

 仕方がない気はする。軽蔑の言葉が飛び出す可能性はあり得た。

 だが上手くいったあかつきには「創汰が言うなら」と陽奈は矛を収め、「助けてくれてありがとう」とスズメは感謝し、長谷川創汰が再評価されるはずだった。


 ――どうしてこうなった。


 理想とかけ離れた構図に、創汰は立ち尽くす。


 ――仲裁したのが自分じゃなくて、晴人ならどうだったんだろう。


創汰が卑屈に比較してしまうのは、スズメの言葉を思い出したからだった。


『光城さんも、晴人くんのこと――』


 ――あの陽奈でさえ晴人が好きなのか……。

 陽奈も晴人が好き。

 そして、チートの力でも避けられなかった陽奈の攻撃は、喧嘩慣れしているからという理由だけで片づけても良いのだろうか。


 ――うーむ。


 浮かび上がる可能性。

 そもそも陽奈は、なぜ不良をどついて回る必要があったのだろうか。

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