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マフィンの不思議で不可思議な物語  作者: キョナ
season3 怪物だけの新たな運命
30/30

ようこそ、不思議で不可思議な物語へ。

今回は最終話前なのでなかなか多いですよびっくり

マフィンの不思議で不可思議な物語


きょな


鳥が鳴く声が聞こえて俺は無理矢理目を覚ました。視界いっぱいには青い蒼い空。

俺は無言でその空に手を伸ばす。届くかな、と一瞬思ったが届くはずなんてなかった。

もし届くなら、そのままずっと遠くへ行きたい。遥か彼方の世界で、一人でのんびり過ごしていたい。

そう思うことはほぼ毎日あったが、それが叶うことは一度もなかった。

そんなのは、分かってる。この世界から、この世界の鎖から俺は逃れることは出来ないさ。

馬鹿みたいに動きを拘束されて、俺は馬鹿みたいに生きるんだ。

腐って色が変色したパンを、黴の生えた牛乳を、毎日食べながら、飲みながら。

俺は空を仰ぐことも出来ずに生きて行くのだろうか。

そうなら、神は残酷だと思う。

俺が怪物に生まれたのだって、別に神にとったら意味を持たないのだろう。俺はただのそこらの住人に過ぎない、ただ罪を犯した人間。そう思っているのだろう。

そんな神を、神と言っていいのだろうか。

そりゃあ人間どもは神を崇めるだろう。崇めさえすれば、利が舞ってくるのだから。

なら、どうして怪物はいくら崇めても利が舞って来ないのだろう。

馬鹿な話、そんなのは決まってる。

神が幻想に過ぎないからだ。

神が、人間が作り出した幻想だから、神は人間の毒である俺達怪物を助けない。馬鹿な話だよ、少し語って見ればさ。

なら二度と怪物に幸せは来ないのかというと、それもそうじゃないさ。

怪物は、とある一点だけ他の人間どもに勝っている部分があるから。

それは単純で、力だ。

力なら、人間達に負けるはずがない。

しかしここで重用なのは、怪物は人間より力が勝るだけであって戦争に勝てるというわけではないということだった。

全裸で人間のごつい奴と殴り合いしたら百戦百勝する自信はあるが、戦争は別だ。まとめた話、いかに俺達が飛んで行ったり恐ろしい力を見せ付けながら突っ込んで行ったりしたとしても、人間が作った機関銃などに一撃で昇天させられるということだ。

発達した武器に俺達は勝てない。

それはもう決まり事だった。

俺はそこで空腹に立ち上がり、カップヌードルを作ろうとお湯を探しに行った。ドラクエみたいにお湯を手に入れた!ちゃらら~とかなるはずもなく、結局は自分の魔力で水を温めるのだが、それでも水は必要だろう。俺はもっとも近い湖に歩こうとした。

そんな時、俺の約200メートル先の草が故意的に動き出した。俺は眉間を押さえながら鋭い声で言う。

「誰だ」

「…!」

草から出てきたのは、俺より若いような女の子だった。花の形の髪留めでツインテールをくくっているのが目立っている、そこらに居そうな普通の女の子であった。

「…女子か」

少女は俺が何をしているのか覗いていた様で、別段害を加える気はない様だった。俺はそう気づくと水を組んでとっとと無視して帰って行こうとする。

「ま、待って!」

少女が俺を呼び止めた。俺は顔だけそちらに向ける。いくら害がないとはいえ、少女は人間だ。下手に近づいてきたら追い払おうと俺は思いながら彼女を睨んだ。彼女は指を自分の頬に当てて考えながら言う。

「この森の、番人さん?」

どうやら俺はいつの間にか人間の中で有名になっているようだった。ハンターが俺の森に住む動物を狩っていた為、注意するつもりで腕の骨を折ったらこんなにも有名になってしまった。しかも勝手に森の番人と名付けられていることはツイッターで知っていた。

「そんな大層な物じゃないよ」

俺は首の向きを戻して小さくこう言った。

「この森には必要のない、そして捨てることのできないただの粗大ごみさ」

「え、でも動物を守ったんじゃないの」

俺は近づいてくる少女にため息をつきながら言った。

「守ってなんかいない。そいつらがいなくなると俺が淋しくなる。だから俺を守ったに過ぎないんだよ」

「他人を守るのが、気に食わなかったりするの?」

「あ?」

俺が少女を見ると、少女は頷きながら言った。

「だって、それってどう聞いても君が動物を守ったに代わりはないじゃない。それを、まるで認めないとでも言うよう」

「馬鹿な事を言うな。そして君は何故ついて来るんだ、帰れ」

「へへへ、駄目かな?」

彼女の笑顔を俺は切り捨てた。

「駄目だ、とっとと帰れ」

「でも、私もう帰る場所ないわ」

俺は彼女を睨みながら言った。

「家が爆破したりしたのか」

「してないよ、所謂、家出って奴」

彼女が自慢げに言うので、俺は阿保らしくなって帰ろうとした。しかし勿論彼女が呼び止める。

「どうして帰るのよ」

「ならなおさら帰れ。そういう時程、親は子供を心配するんだ。それにしてもここまで来るのに何時間かけたんだ?ここは森の奥の世界。かかっただろう」

「15時間は歩いたかな」

「15時間!?馬鹿かお前は!2時間以内には誰でも来れるぞ!」

彼女は嬉しそうに頭を掻きながら言った。

「なんだ、ちゃんと話せるじゃん」

「?」

「てっきり、機械的なお話しか出来ないのかと思ったよ。ただでさえ不気味な存在だしね」

「悪いな、不気味で」

俺がそう言うと、彼女は首を横に振った。

「全然いいよ。なら今日から一緒に住んでもいい?」

「すまん流れの意味がわからん」

「あのね、私の両親はもう死んだのよ」

少女が平然そうに言う。俺はそれに小さな疑問を感じて聞き返した。

「でも、さっき家出って言ってなかったか?」

「家出だよ。長い長い死ぬまでの家出。お母さんとお父さんが迎えにくるまでの、辛抱だよ」

俺は言葉を失った。ただの馬鹿なのだろうか。それとも両親の死からの現実逃避だろうか。

「せっかく俺と会えたんだ。飯、食ってくか」

「え?何々美味しい食べ物を食べさせてくれるの?」

「カップヌードルだ」

森の奥でカップヌードル過ごしってと笑う少女を強く睨んだ。少女はそんなのを気にする様子もなくお腹を摩っていた。言わば15時間なにも食べていなかったのだろう。

俺は持っているクーラーボックスの中から小さめの美味しそうな生きのいい魚を取り出し、喉に棒を貫通させて二本とも少女に渡した。

少女はその棒を見て狼狽えながら言う。

「さすがに私は生は食べられないかな、しかもでかいし!刺身にしてよ」

「焼く。もっとけ」

「山火事は嫌だよ!?」

「それは俺も困るぜ。しかし火は制御する。燃え移る可能性は0だ」

「それなら良かった…って制御?」

俺は火を吹いて落ち葉を適度に燃やした。人間業ではない。逃げるかなと横目で確認していると、少女は目をキラキラさせながら言った。

「すごい、すごいね!」

「…?」

「番人さん、ドラゴンみたいに口から火を吹けるんだね。すごい、すごいや!」

「あ、そう」

対する俺の返事は情けない。この芸を見せて追っ払おうと思ったのだが、まさか感動されるとは思っていなかった。

この人間の度肝が座っているのかそれとも単に馬鹿なのか。どうやら後者の方が優勢のようだった。

「私も吹けないかなあ…」

彼女は自分でイメージトレーニングをしながら口元に手を当てて空気を吹き出した。どうやら根っこからのアホらしい。俺は頭に手を当てて「焼け」と平然そうに言った。彼女は俺の指示にしたがって焼き始める。

「でも、番人さんはお友達がいないんだね」

彼女が淋しそうに言うので、俺は首を傾けて聞いてやった。

「なんだそれ?」

「え、知らないの?お友達っていうのはね、仲いい二人の事だよ」

俺は魚の焼き加減を見ながら言った。

「ならいないね、ここにきてからずっと。俺は人間にはずっと会っていないから」

「森から出ようとは思わなかったの?」

俺は半笑いで言った。

「とんでもないな。この森が俺の今の住家だからな。わざわざ汚い空気を吸いに行く必要がどこにあるっていうんだよ」

彼女は笑った。

「ここの空気は美味しいもんね、いいなあ独り占め。私だってここにいたい」

「ここには猛獣がいるぞ。俺は同志だから許してくれるが、お前は血肉になるだろう。なら俺が美味しく頂くことにしよう」

「それで、番人さんは嬉しい?」

俺はジョークで言ったことが真面目に受け止められて少し顔をしかめる。それでも彼女は笑っていた。

「もう私の最期は近いから、誰かの役に立ちたいの。私を覚えていてほしい。ずっとずっと、来世まで、私を覚えてくれる人がいてほしい」

「覚えてもらって、どうするんだよ」

「え?」

こいつ、本当に馬鹿だな。

俺は魚についた煤を取り除きながら言う。

「お前の伝説でも作ってもらうのか?お前教でも作んのかよ。そんな馬鹿な事考えてるなら今すぐ止めろ。温い考えには吐き気がする」

「そんな事考えてない。私はただ単純に…」

「ああ、分かった。なら俺が覚えといてやる。なら、今すぐ死ねるのか?」

「死ねるよ」

少女はポケットから短剣を取り出し、自分の喉元に向けた。そして笑って言った。

「こんな命、落としても悔いはないもの。だから、ちゃんと覚えていてくれる?」

そう言う彼女の瞳は真実を語っていた。俺はその短剣を弾く。彼女が驚いた表情を見せる中、短剣は軽い音を立てて地面を転がった。

「私を助けるの?」

「あー自惚れるな。誰が目の前で自分より若い女子が死ぬのを見たいんだよ。死ぬなら俺の視界外で死ね」

「むぐぎゅー…!」

頬を膨らませながら彼女は謎の悲鳴を出す。俺は笑って彼女を見た。心から笑ったのは何年ぶりだろうか。思い出せないほど昔だった気がする。

俺はそう思うと、今度は自虐気味に笑って見せた。

彼女はそんな俺に気づく様子もなく俺に焦って言う。

「番人さん、焼けすぎてる、焼けすぎてるってば!」

俺が確認した頃には真っ黒な魚が出来上がっていた。

ドラクエ的に俺は真っ黒の魚を手に入れた。ちゃらら~ってか。


「少し苦い部分もあるけど、案外いけちゃうね。肉厚が太いからかな」

「かもしれねえな。だが毒には気をつけろよ。俺は番人だから堪えれるがお前は即死の毒だってあるだろうからな。まず俺が味見する」

「番人さんは無敵なんだね!かっこいい!」

俺は自分に笑ってしまった。まさか自分の事を番人と呼ぶときが来るとは。本当にアホなのは俺だな。

「まあ無敵ってわけじゃないんだけどな。死ぬときは死ぬだろうし」

「私なんてきっとコロンと死んじゃうから少し羨ましいや。ところで番人さんのお名前は何?」

俺は少女を見つめて言った。

「俺は、常人ほど自分の名前を大切にしないんだ」

「どういうこと?」

「だから、思い出すのに時間がかかるってことさ」

俺はそう言って自虐気味に笑った。彼女も微笑む。

「じゃあ私から名乗ろうかな」

俺が頷くと彼女はまるで忠告するような喋り方で人差し指を回しながら呟いた。


「私の名は、エクレア・フォロン。元政府代表の専属メイドよ」


「メイド?」

俺が首を傾けると彼女は頷いて言った。

「ええ、スカートフリフリのメイドさんだよ」

「どこが?」

「あら失礼しちゃう。今は動きやすい恰好なの。このバックの中に入ってるよ」

俺はそれでも信じられずに言った。

「なら着替えてみてくれないか」

「え、ここ…ここで?」

「いや、どこでもいい。俺の家以外ならな」

「えー連れてってよー!」

彼女があまりにも駄々をこねる様に言うので俺は少し笑ってしまった。

それに彼女は首を傾げる。

「何年振りに、人間とこうやって話しただろうね」

俺がそう呟くと、彼女は僕に申し訳なさそうに聞いた。

「ずっと、ここにいたの?ずっとずっと?」

俺は頷いて言う。

「なんど月日が経っただろうか、季節が巡っただろうか」

「淋しく、なかったの?」

俺は魚を噛み締めて言った。

「淋しくなんかなかったさ。俺はそう、孤独を普通だと思ってたから」

少女は小さな声で言った。

「番人さん、名前は?」

俺は急な質問に少し驚いたが、冷静に答えた。この名を他人に言ったのは、何時以来だろう。


「セリヤ。ただのセリヤだよ」


「…セリヤ」

少女はそう言うと、何度も何度も嬉しそうに復唱した。本当に嬉しそうである。そんな彼女を見て俺は過去を懐かしく思った。

この子になら、自分の正体を話せる気がした。

孤独という虚空に埋まってしまった自分自身を助けてくれる気だってした。

だけど、そんな事を考えている自分を馬鹿にする自分が俺の中にはいた。

何故これほど容易に人間を信じる?

あれ程自分勝手な生き物を、どうして信じる気になったんだい?

心の中の俺は、そう聞いてきた。

そして、それに頷くことしか出来なかった自分がいて。

俺はいつもこうだった。

こんな人生を繰り返しても、定めだからという逃げ言葉とともに過去を振り返らない。でも、そんなの間違ってる。

確かに犯した罪からは逃げられない。だからといって、復讐する必要はないじゃないか。やり直すんだ、彼女と過ごした日々を。

「…マカロン」

「誰それ?彼女?」

エクレアが無邪気な笑顔を浮かべながら俺に聞いてきた。どうやら、独り言を漏らしてしまった見たいだった。ちょっと恥ずかしいなと思っていると、彼女はさらに繰り返した。

「ずっと会っていない彼女がいるの?」

「僕の彼女とは、季節の変わる境目に丁度会うさ」

「どうして毎日会わないの?もしかして、浮気とか?」

笑う彼女に「馬鹿か」と笑いかけ、俺はぽつりと呟いた。


「病気なんだよ」


エクレアの表情からすっと笑みが消えた。俺は下を向きながら言う。

こんな事、人間に相談したことなんてなかったのに。

「あいつ、なんか超次元的な能力を持つ代わりに副作用として病気を持っているんだよ。一日以上あいつのいる場所から離れると、狂っちまうんだってよ。俺だってあいつが狂ったところを見たことはないけど、やっぱり彼女が狂うってのは見たくねえな」

「そうやって現実を幻想に絡ませて今まで生きてきたの?」

俺の心臓の鼓動が速くなる、荒くなる。俺は彼女を見ながら言った。

「…え?」

「現実から目を反らして生まれるのは幻想だけ。その子に、何の意味もない幻想よ。そんなの、無駄じゃない」

エクレアは笑って言った。

「今から、会いに行きましょう!その子に、私だって会いたいわ」

俺は首を横に振って言った。

「その必要はないよ」

「どうして、必ず何か生まれるわ。私、生ませて見せる」

「そう言って、俺の近くにいたいだけだろ」

エクレアはばれたかと言うように体をのけ反らせ、すぐに笑顔で出かける準備を始めた。そんな彼女を見て、俺は言い放った。

表面は冷静に、内面は息が止まりそうになりながら。


「マカロンは、死んだよ。自殺した、病に堪えれなかったみたいだ」


エクレアが黙り込む。そこで俺はそれに感情を持っていないように言った。

「あいつは、結局俺の事をどう思っていたんだろうな」

「もう一度会えるなら、会いたい?」

俺は顔を上げた。エクレアが真剣な瞳で俺を見ている。俺は敢えて頷かずに言った。

「会いたくないな。彼女と過ごした人生を過去に戻ってもう一度楽しむのなら良いかもしれないけど、今彼女にもう一度あった所で俺はきっと何も出来ないだろうから」

彼女は悲しんでいるような表情になって言った。

「その子は、一体自殺する直前に何を考えていたのかな」

「それはあいつにしか分からないだろ」

俺が声を少し荒げると、彼女はさらに悲しそうに言った。

「セリヤは、彼女を守ろうとはしなかったの?」

俺は何も答えられなかった。守ることが出来なかったのかもしれないけど、実際俺は彼女が死ぬまでまさか自殺するなんて思ったこともなかった。それほど苦しんでいた彼女に気づいてあげられなかったのは他の誰でもない俺自身なのだが。

「守れることができるなら、もしもう一度過去に戻ることができるなら、俺は戻りたい。あいつと馬鹿みたいに笑って生きて行きたい」

「未練たっぷりなのね」

エクレアは急に満足そうに言った。俺は目を細めたが彼女は笑っていた。

「なら、やり直そうよ。この世界から出よう」

「…は?」

「マカロンちゃんに会いに行かなきゃ」

俺はさらに首を傾げて言った。

「やり直せるのか?過去を」

「それはセリヤ次第だね。だけど、やり直したいと思う気持ちが薄れない限り、セリヤは諦めないでしょう。叶うよ、必ず。夢のような世界がセリヤを待ってる」

そう言うエクレアは笑っていた。




俺は森から久しぶりに出た。別にエクレアなどに言われて出たわけでは決してない。自分から、出たいと思ったのだ。

空気がまずい。空気が汚い。

俺は自然的に目を薄めると、視界いっぱいに蛍光灯が光った。

これが…街?

変わったな、見ないうちに。これがIT革命という奴だろうか。


物語は唐突だった。


俺が一歩足を踏み入れると、物影から一人の少女が姿を現したのだ。

俺は何気ない動作で彼女の脇をすり抜けようとしたが、彼女は俺を呼び止めた。

「…セリヤ」

俺は振り返る。しばらく現世に街に来ていなかったから友達なんていないはずだ。声をかけてきた少女だって知らなかった。

「君は?」

俺が声をかけると、彼女は麦藁帽子を取り外して俺に近づいてきた。お嬢様のような歩き方である。

「私、私だよ」

「人違いでは?」

俺が半笑いを浮かべると彼女は言った。

「私、変わっちゃったかな。でも、セリヤは全然変わってない。昔のままだね」

「昔の…?」

「やっぱり、怪物って良いね。ずっと元気じゃない」

俺は耳を疑った。一目で俺を怪物とわかる人間がいたとは。相手も怪物だろうかと目を凝らしたが、どう見ても人間のようだった。

「名前は?」

俺がそう聞くと彼女は笑ってこう言った。


「マカロン・ソベンシア。勿論覚えてくれているよね?」


息が止まるかと思った。目の前のお嬢様のような身なりの少女がマカロン?しかもマカロンは死んだはずだ。燃えて行くところを俺はこの目で確かに見た。狼狽える俺を見て、マカロンと名乗った少女は笑って言った。

「セリヤ、今何で生き返ったんだって思ってるでしょ。それはね、私が新たな世界を作ったからだよ」

新たな世界を作った?彼女が突然現れたという衝撃に頭が動かなかった。それでもマカロンは嬉しそうに言う。

「だから、その世界で私と過ごそう。私、こんな世界嫌だった。だからずっとセリヤと過ごす世界を造りたかったの。夢は叶ったわ、後は貴方と幸せな家庭を築くだけ」

「待ってくれ、俺はまだこの世界に心残りが…」

「そんなの、必要ないじゃない。私は貴方と入れたら幸福よ」

「これは君の問題じゃあない」

俺は少しマカロンと離れて言った。しかしマカロンは俺の体にずっと体を押し付けて来ている。そこで俺はマカロンを押し放った。

「マカロン、君と会えたことは嬉しく思うよ。だけど君は俺にとってこの世の住人じゃあないんだ。だから、この世界では俺から離れていてくれ」

「…何を言っているの?」

マカロンは俺が何を言っているのか分かっていないという様子だった。俺はそこで自分の気持ちをはっきりと口にした。

時が止まったような気さえした。


「だから、僕の前から消えてくれ」


「せ、セリヤ。どうして?」

マカロンの震える声が俺に向いていた。俺はエクレアから貰った桜色のミサンガを見ながら言った。

「俺は今君と会ってはいけないと思うんだ。君と会って確かに幸せな生活を送れるかもしれない。君の世界で、ね。だけど俺はそんなばら色の生活を望んじゃいないんだよ。俺が望むのは、ただただ人間の全滅だ。例外を除いた、な」

俺がそう言ってマカロンを見ると、彼女は悲痛そうな表情を浮かべて俺を見ていた。俺は心が痛むが仕方ない。そのための俺なのだから。

「馬鹿、そんなの、幻よ。有り得ない、有り得ないわ…!」

マカロンはそう言い残すと俺を置いて走ってどこかに逃げて行ってしまった。いつかもしマカロンに会えたら渡そうと思っていた物も結局渡せず、後には彼女と会ったという幻のような記憶が残ってしまった。

「…マカロン」

声に出して呼んでみるが彼女はこの場にはいない。しかし、この世界に存在していたということが、ひどく恥ずかしくかつ嬉しかった。

俺の先程マカロンを支えていた上半身がほんのりと温かい気がした。




それからぶらぶらと街を歩いてみると、大きな大きな会場を見つけた。野球場のように大きいが、きっと野球場ではないのだろう。俺はとっさに刑務所だと悟った。

怪物ならこれ程大きな刑務所にしまっていなければならないという理屈だって通る。

そこで何かのイベントをやっているようなので、俺はそれを見物することにした。

俺が無断で中に入ろうとすると、入口の前で立っている少女を見つけた。俺は何をしているのだろうかと見ていると、少女は突然俺を見て言った。

「貴方、人間じゃあないわね」

よく見ればその子は怪物であった。怪物にしか分からない、怪物の判別の仕方だ。だけど、そこらの怪物とは違う。そんな気がした。俺は彼女の問いに頷いて言う。

「君も、そのようだね」

彼女はツインテールを揺らしながら言った。

「まあね、君もこのイベントを見に来たの?」

俺が頷くと、彼女は意地悪そうに笑って言った。

「なら下手に職務質問されたくなかったら、離れていたほうがいいよ。イベントが、始まってしまう前にね」

「…どうして」

俺が聞くが、彼女は理由を述べなかった。その代わり、俺の手を取って言った。

「やっぱり折角だから見て行きましょう。二度と忘れられない物を、見てしまうかもしれないのだけど」

彼女は全て知っているという風に話していた。なんだか未来から来たとでも言いそうだ。

しかし俺はめげずに言った。

「分かった、見るよ」

彼女はそこで小さく微笑んで俺を手招きした。俺は素直について行く。

彼女は一体何を見せてくれるのだろうか。

刑務所でのイベント、と言えばあれしか思い出すことは出来ない。

「席は取っておいたわ。貴方が来るということはわかっていたから」

「え?」

「見て」

大きなドームのような刑務所の中央には目隠しされた少女が座っていた。抵抗もしないような態度で座る少女に四方八方から銃を持った人間が銃口を彼女に向けている。

「な、なんだよこれ」

「怪物の、末路とでも言うべきでしょうか」

彼女は平然と言った。

「これから、どうなると思う?」

「こんな少女が、怪物なのか?」

俺の質問に彼女は頷く。

「怪物に年齢や性別は関係ないわ。実際大人に怪物はいないという説が出たこともあったけど、それも嘘だしね」

「嘘だしって…じゃあ君は」

「そう、怪物よ。純潔の怪物と言った方が分かりやすいかしら」

「…馬鹿な」

彼女は手摺りに体を預けながら言った。

「さあ、始まるわよ。怪物の死刑が」

「…」

俺が何か言おうとすると、爆音が俺を遮った。

特大の銃声。男達の唸り越えが聞こえた。少女の行方を目で追うと、そこにはもう肉塊しか残っていなかった。

「…そんな」

「なにか、いい経験になったかしら。なら、もう帰りましょう…」

突如正面から青年の叫び声が聞こえた。俺はそちらを向く。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」


「馬鹿な!」

少年がいたのは三階。つまり少年は三階から飛んだことになる。目を疑っていると少年は見事に地面に着地して死んだ少女の元に走っていって少女の灯の消えた体を抱いた。

サヤ、サヤ、と少女の名を呼ぶ涙混じりの青年の声が聞こえた。俺はそのまま下を向いた。

これだから、怪物は…。


「殺してやる…殺してやるぞお前らァァッッ!一人残らず、オーディエンスまで皆殺しだァァァァッ!」


青年はそう叫ぶとともに体を黒く光らせた。少年を狙った政府の弾丸は少年から溢れ出す無限の悪夢によって起動を反らされ、少年の背後のガラスを粉砕する。

観客の悲鳴とその圧力で、ドームは埋め尽くされた。

そんな時、一つの弾丸が青年を貫いた。


「…え」

俺は小さな声を漏らした。青年から溢れていた黒いオーラのような物がまた青年の体の中に戻って行く。そして、ゆっくりとした動作で青年は膝から崩れていった。

「…そんな」

「大丈夫、大丈夫よ。シャースがいるもの」

彼女は俺を見て笑った。そしてまた知らない単語を吐く。

シャース?

「でも、彼が…」

「死にはしないよ、お兄ちゃんはやたら丈夫だからね」

俺は彼女を見ながら呟く。

「彼は、君のお兄さんなのか」

「うん、カッコイイでしょ」

彼女はへへと自慢する子供のように笑う。しかし俺は疑問に思った。

「君は、お兄さんが好きか?」

「え?そりゃあ…ね。結婚式を上げたい…とは思うぐらいだけどね」

どんだけ好きなんだよと内心ツッコミながら僕は言った。

「なら、君はどうして彼を助けないんだ?」

「敢えて言うならば、その必要がないからかな」

「?」

「たしかに、私は貴方とは違う」

彼女は微笑む。

「貴方は普通の怪物だもの。それに比べ私は純潔の怪物という属性で普通の怪物の何十倍も強い」

「じゃあ…」

「でも、未来を変える力はないわ」

「…え?」

彼女はもう一度景色を眺めながら言った。

「所詮私は運命という物の手の平で転がされる駒に違いないのよ。私は運命を自分の物にしようと生きて来たけど、やはり無理だった。これはきっと、これからにも言えることだね」

「運命は、誰にも変えられないじゃないか」

「まあ、現実世界の運命は確かに変えられないね」

彼女はそう言って「でも」と付け加えた。

「この不思議で不可思議な世界の運命は変えれる人がいるわ」

彼女は短髪を耳の後ろに掛けた。

「この世界の創始者、マカロン・ソベンシア。怪物の先祖、シャース・キルミット。初代機械的怪物のサヤ・リボルニナ。そして私のお兄ちゃん、怪物の先祖の息子であり終焉の怪物であるマフィン・キルミット」

「彼等は、一体?」

「さあ、私には手の届かない世界に違いないわね。でも、今殺されたのは先程言ったサヤという女の子よ。そして今打たれたのがマフィン」

俺がそちらを見ると、いつの間にかスーツを着た男がマフィンと言われる少年の前に立っていた。そして政府の人間となにかを話し合っている。

「そして、この男がシャースよ。今から起こる現実と、彼等の名前を貴方の胸にしっかりと刻み付けなさい」

隣の少女はそう言って微笑み、前を向いた。俺もそれに釣られてそちらを向く。

すると、突然激しい光とともに砂ぼこりが舞いだした。

「…え?」

俺が唖然としているとすぐに巨大な怪物が、姿を現した。有り得ない、有り得ない怪物だ。

隆起した筋肉。

十五メートルを越えるであろう巨体。

そして真っ赤に光った瞳。

これが、怪物の先祖?

「君が今思っている事を当ててあげようか」

彼女は前を見たまま言う。

「こんなに巨大な怪物がいるのか、だよね」

「あ…ああ」

「滅多にいないかな。十メートルを越える怪物はきっと怪物の先祖と終焉の怪物だけだろうね」

彼女は微笑む。

「私と君はきっと疑翼の力だったよね」

「疑翼?」

「通常怪物化の能力上昇に含めて他の能力を出すことを疑翼というんだ。ちなみに私の疑翼は架空の世界に他人を連れていくこと」

俺が首を傾げると、彼女は笑った。綺麗な笑顔だな、と思った。

「貴方の疑翼は何だろうね。見た感じ、単純に怪物化じゃあないよね」

「僕の、もう一つの能力…」

「素敵な技は十分に素敵。でも酷い能力は十分に酷いよ。私のはどちらかといえば素敵な分類に入るんではないかしら」

彼女は前髪を横にずらしながら言う。

「まあ、そんなのどうでもいいといえばどうでもいいわね。そろそろ行くわよ」

「え?行くってどこに?」

彼女は眉間に皺を作る。

「決まってるじゃない。お兄ちゃんの元よ」

「そんなの前にいる怪物に俺達は殺されちゃうじゃないか」

「大丈夫。私の疑翼で見えなくするからさ。私だってこんなところで死ぬのはごめんだわ」

彼女はそう言って僕を向き、瞳を紅色に光らせた。血の色の瞳の奥には、何が埋まっているかなんて全く分からない。

「さあ、ダンシングタイムね」

彼女の怪物化。

またとかげみたいな怪物が現れるのだろうと思っていたので舞う砂ぼこりの中を半目で見つめていたのだが、そこから現れたのは予想外の結果だった。

「君、は?」

そこには、清楚な碧色のドレスを着た彼女自身が立っていた。それはまるで美しい顔立ちをした人間の様だった。

「自己紹介がまだだったかしら。私の名は美空。美しい空と書くわ。そう、まるで今日のようにね」

彼女はそう言って笑う。

「貴方は、セリヤ…だったかしら」

俺は名乗ってもいないのに名前を当てられたことに違和感を多少感じながら小さく頷く。すると彼女は満足そうに続けた。

「素敵な名前ね。その少ない三文字の名前には、どんな思いが込められているのか分からないわね」

「俺の名前に思いが?そんなはずはないさ。僕はセリヤ。ただのセリヤなのさ」

「実際にそうかしら」

彼女は小さく笑って言う。

「名前は、一生影のように私たちに付き纏うものよね。それゆえに大切な物よ」

「…」

「だから、貴方の親御さんはきっと深い思いで貴方の名前を決めたんじゃないかと思うのよ」

「俺の母さんと父さんを知らないのによくそんな事…」

「勿論知らないわ。でも、名前はきっと何かの思いを込められている物なんだって私は知ってるの。それがどんな些細な思いでも、それがどんなくだらない思いでも、名前は貴方の親御さんが一番初めに貴方に送った――ことばなのだから」

俺は唖然とした。こんな小さな女の子に諭されている自分も情けなかったが、それより彼女の言う事は俺が目を反らしていた現実をずばりと当てて見せたからだった。

「君は、まるで俺の過去でも見てきたかのようだ」

彼女は微笑む。しかし何も言わなかった。

沈黙が俺達の間に訪れた後、彼女はすぐに手元に置いてあった傘を広げた。ゆっくりと、冷静に広げる姿の後ろには悍ましい怪物に人間が虐殺される姿があるのだが、それは俺の視界には背景にしか見えなかった。

「私、そろそろ行こうと思うの」

「なら俺も…」

彼女は無言で俺を制止した。

「駄目よ。貴方はまだこの世界に来ちゃ駄目。貴方が本当に必要になるまで、貴方は純粋な怪物でいて」

「…」

「彼は、この後約一ヶ月後に、空洞の落下石というスポットを通るわ。知ってるかしら?」

俺は頷く。すると彼女は俺の肩に手を当てて言った。

「なら、そこを貴方の住家にしていてちょうだい。彼がそこを通ったら、彼を庇護してあげて。そして、そのまま過ごしていてほしいの」

「?それなら君がやればいいじゃないか」

「いえ?私はこの世界にずっといる訳には行かない。私の存在は他人に害を与えるのよ」

俺は首を傾げる。すると、彼女は黙って自分の左手首を見せた。

そこには真っ黒な呪印が書かれていた。

「私は、言った通り普通の怪物より多大で強烈な力を持ってるの。そしてそれは私のこの小さな体では持ち運べないほどのね」

彼女は微笑む。

「利益に代償は必ずつくわ。その代償を私は周りの人の被害と選んだの」

「…被害」

「そうよ。私の周りにいる人間は全員何かしらの異常を感じる。それは頭痛や腹痛といった軽度の物であったり、嘔吐や心臓麻痺のような重度な物であったり。不思議よね、そういう感染症のような能力は」

「じゃあ一体彼は何の代償を払ったの?」

彼女は分からないといったポーズを取って言った。

「さあ?何を捨てたかなんて分からないわ。実際、代償を払わず力を持っているような亜種なのかもしれないしね」

「…そんなッ」

「でも安心して?お兄ちゃんは必ず賠償を払ってる。だからこそ、彼はこんな見苦しい現実の中にいるのよ」

彼女は微笑む。その笑みはどこから来たものだろうか。

きっと、この深い深い暗闇の中の現実からだろう。

俺はそう思った。


「お兄ちゃんは、物語を捨てたのよ。彼自身の、『不思議で不可思議な物語』をね」





「どうした?セリヤ、何か見つけたか?」

俺の隣で遠くを見つめていたマフィンが突如俺の方を向いて呟いた。俺は首を横に振る。

「何にもないよ。見えるのは、ただただ暗い闇だけだね」

「…?」

「君には分からないだろうね、でも俺には分かるよ。その闇が、すごく近くまで来てしまっているんだって」

俺はこの場にマフィンしかいない事を確認して叫んだ。

「怖いよ、怖いよ…ッ!また無の世界に戻らなければならない未来が。このみんながいる、エクレアがいるという温かさを味わってしまった俺には、もうきっと堪えられない」

「…セリヤ」

「怖いんだ。もしこの戦争に負けたらって思うと。みんな死刑だ、今は一つの幻となっちゃうんだから」

俺は溢れてくる涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で隠しながら叫ぶ。

なんでも相談できるもう一人の相棒に向けて。

「それに勝ったとしても、それだけで俺達の夢は叶わない。非現実のような夢はきっと叶わない。あるのは、怪物達が繰り出す共食いなんだよ」

「…僕らは、怪物として生まれてきたよね」

マフィンは震える俺の手を取って言った。

「怪物に生まれてきたのは、確かに残念な事だ。人間に生まれてたら、僕は今頃平凡に何もない世界で生きてたんだと思う。くだらない夢を抱いて、幻のような妄想をして。そしてきっと今を生きるんだ。そこには今の美空はいなくて、サヤもエクレアもマカロンちゃんも四階層の住人もいない。勿論セリヤ、君だって。そんな平凡な毎日になんの意味があるだろうか?」

マフィンは座り込んで俺に拳を見せた。

「いや、ないッ!僕は怪物に生まれたことを悔やむけれど、後悔はしていない。もし怪物に生まれなければ、僕はサヤにも会えず本当の愛を知ることはなかった。それに君達にも会えず本当の友情も知ることはなかったさ。サヤや君達と会えたことは、この怪物に生まれたという現実の延長線上だって気づいたんだ」

マフィンは泣きじゃくる俺を前に微笑んだ。

「戦おう。僕たちにはそうする道しかないのさ。死んだサヤのためにも、僕はがむしゃらに足掻く。手を切り落とされれば、蹴り殺す。脚を切り落とされたら噛み殺す。歯を抜かれれば、視線で殺す。目を潰されれば、血液を敵の目に流し込んででも戦うんだ。この世界は、まだ濁ってるんだから」

マフィンは言った。


「僕たちが、この世界をしっかりと塗り替えてあげないとならない」


「…あ」

「だよね?マカロンちゃん。君はそう思わないかい」

マフィンは突如右を向いて言った。俺はそっちを向いて驚愕した。

マカロン・ソベンシア。

何故ここに?

「気づいていたのね、化け物」

「言われ飽きたよ、悪夢の創始者さん?ところで、こんな所まで追って来て、君は一体何をしたいというんだい」

マカロンは馬鹿にするように笑って自分の後ろを向いた。俺から見てちょうど死角の部分だ。

「そんなの、この人達に聞いてくれないかしら」

マカロンがその場をどくと、そこには四人の少年少女が立っていた。

マフィンの表情が固まるのが目に見えて分かった。

「追ってきたのかい」

するとイデアは微笑んで呟く。

「私の能力で、追うのは簡単よ。それにしても私たちが来たことがそんなにも予想外だったかしら」

マフィンは半笑いで言った。

「いやはや、僕に殺されに来たという事実に驚愕さ」

「君に、その覚悟があるかい?」

点滴は腕を組みながら言った。マフィンは躊躇なく頷くと、まるで最高の劇にありついたような笑い声を上げる。

「不思議だ。君はあの時から全てが変わったように見えて、全てが変わっていない。君は不思議で不可思議な世界にたどり着いた時から無変化なんだ」

「…」

「ただ自身の力を見つけて、自分には力がある、だから誰でも殺すことが出来る。そう思い込んでいるだけさ」

点滴は俺達の前に出て来て言った。

「君は友人を、家族を、恋人をいけにえに捧げて君の夢を叶えることは出来ない、非現実主義者だったんだよ」

「僕は、いざとなれば殺すさ。友人も、家族も、サヤも、そしてここにいる自分だって」

「いや。それは出来ないね。君は、愛を知ってしまった少年なのだから」

すると傍にいたミズキが点滴を遮って話を続けた。

「愛は、まるで捨てられたガムのようなの。一度踏み付ければ、関係を持ってしまえばなかなか断ち切ることが出来ない。友情を、愛情を知ってしまえば、貴方はきっとそれを拭うことは出来ないのよ」

「…愛情?友情?笑わしてくれるねッ!僕はそんなものを知らない。ただ僕が知ってしまったのは、友といる安心感だけだ。そんな物、容易に拭い取ってやるさ。この終焉の前に、僕は全てを凪ぎ払うッ!」

「なら、サヤは何だったんだよ」

紅蓮が後ろでぼそりと呟いた。

「マフィンの野郎の本名だったんだよな、サヤっていうのは。じゃあサヤは何だったんだよ?人形か?置物か?お前のために、愛するお前のために尽くした彼女の愛を、お前は自分勝手に愛情じゃないと決めることができんのかよ!」

「…」

「俺らは見捨ててもいい。そこにいる奴らも、お前自身も見捨ててもいい。だけどよ、お前を愛し尽くしたサヤ・リボルニナは見捨てんな。いくら現実がお前を痛め付けてきても、いくら世界がお前を嫌っても、お前はサヤを愛せよ。それが、あいつの為の最期の礼儀だろ」

紅蓮はそこで小さく頷いて言った。

「純粋だったお前が懐かしく感じるぜ」

俺がマフィンを見ると、マフィンは俯いたまま立ち尽くしていた。

そしてその目は――――。


――――――笑っていた。


「…マフィン」

俺が声をかけるとマフィンは笑い声を上げた。

「そうだね…僕にも無邪気な時期は確かにあった」

目の前の漆黒の闇に取り囲まれた少年は続ける。

「そしてそんな僕を今のような中途半端な存在にしたのは、この世界だったんだ」

少年はゆっくりと続けた。

「だからさ、僕が終焉をつけてみせるさ」

怪物は、笑っていた。

「サヤが安心するような世界を作るんだった。忘れてたよ、自分の事に精一杯だった」

終焉の怪物の周りに、黒い霧のようなものが現れた。

少年の笑みは自虐的であった。


「だから、サヤ以外。僕自身でさえも全て、きっと僕の捨て駒だったんだよ」


マフィンの周りが曇る曇る曇る。

彼自身を漆黒の世界に連れていこうとする様に、曇る。

そんな時、俺達の横を一人の少女が駆け抜けた。

短髪で、優しそうな表情。

その奥には、淋しそうな表情を浮かべる少女。


「マフィン。君は孤独なんだね」


少女は言う。

それと同時にマフィンは少女を見て唖然としたような表情を浮かべた。

マフィンは無意識に少女に手を伸ばした。


「…サ……ヤ」

少女は笑う。優しい笑顔で。

しかしマフィンが手を伸ばす先にいたのは、彼が言うサヤではなく――。

――――オリガであった。

しかしオリガは表情を変えずに微笑む。

まるで、自分自身がマフィンの最も愛する少女であるかごとく。

「私が死んでから、一人…だったのね」

オリガがそう言う。俺が止めに行こうとすると、点滴という少年がそれを遮った。

「でも、もう一人じゃないでしょ。私がいるもの」

しかしマフィンはオリガの放つ温かい優しさの光を拒絶し、自分の闇を増幅させた。

彼自身が、黒い闇の卵の中に入って出てこれなくなるようだった。

「違う、違う…!君はもういないんだ。終焉の世界の歯車に、絡まってしまったんだろ…ッッ!」

オリガはまるでサヤのように顎に人差し指を当て考える仕種をした。

俺の頭の中で、何かが繋ぎ合う音がした。

「正直、私はもういないかな。この世界に、そしてどの世界にも。終焉の世界にもいない」

オリガは微笑む。

その微笑みは、サヤそのものだった。

「私も、中途半端だったのよ。終焉の世界から抜け出そうとしても、こえは勿論の事だけど抜け出すことなんて出来なかった。ただ、心だけがこの不思議で不可思議な世界をさまよっていたのね」

マフィンはそれでも自分に向かって広がってくる温かい光を凪ぎ払った。

「心はいても、君はいないんだ。サヤはもう、いないんだよ…。僕の傍から、消えて行ってしまったんだ」

「心だけじゃ不満足?」

「違う、違うんだ。僕はただ、一人が怖いんだ。このまま人間との戦争を始めて、みんな死んで、僕だけ生き残るのが怖い。そして新たな仲間を見つけて新たな恋をして、暗い過去に平気で蓋をしてしまうような自分が怖いんだよ」

オリガは頷いて、真っ暗な闇に囲まれたマフィンの手を取ろうとする。

しかしその手は幾千もの漆黒の刃によって貫かれ、届くことはなかった。

「みんな、僕の傍に来るんだ。初めは安心できなくても、いつかは僕だって安心するときがやってくる。すると、君達がいないと僕はまるで生きることを許されていないような気分になるんだ。君達が、死んだときが、何より怖いんだ」

「…マフィン」

「だから、それ位ならもう誰にも近づかないでいようって思う。サヤ以外、僕は特別な関係を他人に持たないようにしたいんだ」

マフィンはさらに自分を取り巻く影を増幅させた。さすがにオリガも目を細めて時を待つ。

紅い世界の中で、俺達は作られた沈黙に浮かんでいた。

沈黙というなの雲に、浮かんでいた。

そしてその沈黙を破ったのは、他の誰でもないオリガだった。

「マフィン、こっちを見て?」

「僕は…僕は…ッ!」

「マフィン、私を見て?」

「…オリガ?君は……」

マフィンは顔を上げて唖然そうに呟いた。


「サヤなのか?」

そこにいるのはオリガではなくサヤだった。

優しそうな垂れ目の奥に隠された人を貫くような凍える瞳も。

先が軽く巻かれた彼女の短髪も。

そして彼女の怪物の気配も。

あの時処刑台に座らされていたサヤ・リボルニナ、そのままだった。

俺が無意識に踏み出そうとすると、いつから来ていたのか美空が僕を阻止した。僕は退けようとするが彼女は引かない。

「どけ、どくんだ災厄の少女ッ!」

「駄目よ、彼等に近づくことは出来ないわ」

美空は俺を睨みつけた。

「俺は…」

「私だって行きたいわ。でも、近づいちゃ駄目なの。ここで近づいたら、今までの私達の努力が無駄になってしまう」

俺は目の前で俺を遮る彼女を見つめて呟いた。

「美空ちゃん、君はずっとそんな役割を勤めてきたのか?」

「そうだよ、だってそれがお兄ちゃんの一番のためになるもの」

「君は、ずっとお兄ちゃんばかりだ」

美空はそこでむっと俺を睨んだ。

「何か悪い?」

「悪いことはないけど、そんな損な役割を背負っていつまでもいるつもりなのかい?」

「…。でも私はお兄ちゃんの傍にいたいから」

「馬鹿だねえ君は」

俺はぼんやりと俯いたままの美空の頭に手をのせた。すると美空は俺を向く。

そんな美空は泣いていた。

小さな少女は大きな涙をぼろぼろと零していた。

大きな意志を持った少女は、俺の前で大粒の涙を零していた。

「私はお兄ちゃんとずっといたい。でも、お兄ちゃんはもう駄目なの…。私にはなんとなく分かる。私かお兄ちゃん、どちらかが死んじゃう」

「…美空」

「死にたくない、死にたくないよッ!どうして私達は死ななきゃならないの?私達が一体何をしたの?だんだん恐怖で震えてお箸も握れなくなってきているの…!死にたくない!どうして?怖いよ、私怖いよ…!」

小さな体に特大の恐怖が埋まっていた。

今までそんな事に気づいたことはなかった。

兄弟でよく似ているな、と俺は思った。

「じゃあ誰が死にたいと願うと思う?」

「…え?」

俺は美空の頬を指でなぞりながら言う。

「誰も死にたくないんだよ。誰も戦争なんてしたくないんだよ。みんな、平和に過ごしていたいんだよ。でも、戦争は俺達の求める平和に必ずついて来るものなんだ」

俺は遠くを見ながら続けた。

「平和の反対が戦争なら、戦争の反対は平和だよね?でも、戦争と平和は周期的にやってくる。まるで振り子が周期を刻むように、必ず。そしてその振り子が止まった時は、俺達か人間が終焉にたどり着いた時なんだ」

「…終焉って何?」

「それは誰にも分からない。終焉は見つけてみないと、誰にも分からないんだ。見つけてしまえば、それで終わりだ。次はない」

美空が俺から離れて俺を睨みつけた。

「結局セリヤは何が言いたいの?私とお兄ちゃんの関係に文句があるみたいだけど」

美空が何を言われるのを待っているのか分からなかったが、俺は小さく呟いた。

「言いたい事は、美空とマフィンを離さないようにするのが俺の使命だって事だよ。たとえこの身を犠牲にしても、俺はお前ら純潔の怪物を守るっつー事だ」

俺は少し恥ずかしくなり右側を向く。しかし美空はそんな俺の頬を両手で包み込んだ。

「どうして私を守るの?いくら純血の怪物だといえ、一番大切なのは自分の命にかわりはないでしょ」

「俺はそうじゃないんだよ、お前ら純血の怪物を守ることに使命を感じるからな」

「ねえ、教えて?セリヤ」

美空は自分の顔を俺の顔に近づけて言った。


「セリヤは、死にたいんじゃないの?」


俺は微笑む。そして美空を振り払った。

美空はそれでも俺を睨みつづけた。

俺はそんな美空に膝まづいて言った。

「この命、俺は君に捧げるよ。クイーン」

美空は何も言わなかった。ただ、彼女はもう涙ぐんではいなかった。

「さあ、お兄ちゃんの元に行きな。俺は、マカロンに話がある」

「ま、待って!」

立ち去ろうとする俺の右腕を美空は掴んだ。

「お願い、死なないで。私はセリヤが嫌いよ?でも死んじゃ駄目。同じ怪物同士だもの。死ななくても良いじゃない」

俺は半笑いで答える。

「俺は、死ななければならない」

立ち止まる少女を置いて、俺は微笑んだ。

「俺の終焉は死ぬことだ。これはもう、誰にも変えることの出来ない終焉さ」

そう言い残して立ち去ろうとすると、また俺は右腕を捕まれる。またか、と思いながら振り返ると、飛んで来たのは言葉ではなく、彼女の口づけだった。

小さな真っ赤な顔が、俺の前にあった。

先に顔を放したのは、美空本人だった。

「じょ、女王命令よ。死なないで。貴方は必須の戦力なのだから」

「…美空」

「ああ、もう!私の馬鹿!あーもう!」

美空は恥ずかしそうに震えた後、猛スピードで明後日の方向へ走っていった。そちらには海しかないのだが、それを注意するほど俺の意識は明白としていなかった。

「…そうだ、マフィン、マフィンが…」

俺は急に力が抜け、その場に崩れ落ちた。

視界は燃えるような草木に包まれたまま、俺は静かに意識を手放した。

甘い甘い懐かしい香りが、倒れる直前俺を包み込んでいた。




「サヤ、帰って来てくれたのか?待ってた、ずっと僕は君に会えることを望んでいたよ」

サヤはマフィンの前で満面の笑みを浮かべた。その表情の後ろには、薄く背景が映っている。

「私も、会いたかったんだ。ごめんね?先に逝っちゃって」

「君に会えたら、僕はもういいよ。いろいろ思い出したんだ。僕の過去も、怪物についても。君が死んでから僕はずっと君を求めていたんだ」

「頑張ったんだね、マフィン」

サヤは微笑む。するとマフィンの頬に一筋の水滴が伝った。

「さあ、帰ろうよ。君の世界に、僕を連れてってくれないか」

サヤは首を横に振る。

「駄目だよ、マフィン。まだこの物語の終焉を見つけていないじゃない。私は、この物語の終焉をマフィンに知ってほしいの」

「終焉なんて僕は興味ないよ」

「貴方が興味なくても私はマフィンにこの物語の本当の終焉を知ってほしい。もし知ったら、貴方はかならず得をするだろうから」

「…得?」

「うん、貴方なりの、私なりの得ね。それは一体どこから来て、どこに行くのかなんて誰も知らない」

マフィンは何か嫌な予感がしてサヤの左腕を掴む。

その腕は、まるでドライアイスのような冷たさで、マフィンは悲鳴を上げて手を放した。

「サヤ…君は…?」

「…今日は寒いね」

マフィンを置いて、サヤは立ち上がる。

「今日だけじゃなくていつも寒いんだけどね」

「今日は夏だよ?」

「最期の世界は寒いよ。いくらコートを着込んでも、いくらマフラーを巻いても凍えるように寒いよ」

マフィンにはサヤが何を言っているのか分からなかった。何を自分に伝えたいのかも、全て。まるでサヤが自分から遠く離れた世界の存在に本当になってしまったように思えた。

「サヤ、君は本当に死んでしまったの?」

サヤは何も言わない。ただただ微笑むのみである。

「僕はずっとずっと君に会いたかったんだ。この歪んだ世界の中で、僕はサヤをずっと愛してきた。でも、せっかく会えたのに君がこんなにも凍えているなんて知らなかった」

サヤは小さな口を開いて言う。

「マフィンはずっと私の事を忘れないでいてくれたんだね」

「も、勿論さ」

「なら、もう私の事は覚えておかなくていいよ」

マフィンの時が止まる。

「は?」

「私の存在はマフィンの邪魔になる。貴方が自分を棄てるための邪魔になってしまうの」

サヤは微笑む。

「僕が、僕を棄てる?」

「本当の終焉の怪物に目覚めるためには、貴方は自分自身も棄てなければならない。私はようやく最期の世界でそれに気づいたの」

「最期の世界…はどんなとこなんだ?」

サヤはマフィンをちらりと覗いて言った。

「どんなところ…か。なんて言ったら良いのかな。寒い、とにかく寒いよ」

サヤは自分を抱く。

「辺りには誰もいない。何も感じない。でも声が聞こえるの。助けて助けてって。それはすごく怖くて幽霊のようなんだけど、それは私の声だって私は気づくのよ」

小さな声で続ける。

「淋しそうな声。まるで死体から搾り出されたような、そんな悍ましい声なんだけど、心のどこかでそれは私の声だってわかるのよ。私の声とはいくら思いたくなくても、思ってしまう」

マフィンはそこで割り込んだ。

「僕を、最期の世界に連れてってくれないか。それならサヤも淋しくない」

「そんな事、出来ないわ」

サヤは首を横に振って否定した。

「最期の世界は孤独な世界なの。貴方が最期の世界に来たら、貴方はきっと私と隔離されて今の私の気持ちを味わうことになると思う」

「…どうして」

「人間が考えた天国や地獄はかならず大勢でいるよね。人間はそれらを考えながら知っていたのよ。地獄で行われるどんな罰よりも、辛いのは孤独になる事だって」

サヤは短髪を軽く揺らした。

「だから、最期の世界は最も淋しい。孤独で、周りには誰もいないの。私は何度もその孤独に打ちのめされた」

「じゃあ僕はどうしたらサヤともう一度笑って過ごせるんだよ」

サヤは悲しそうに首を振る。マフィンの表情が凍結した。

「もう二度と、貴方とは過ごすことは出来ない。奇跡を頼ってももう二度と叶わないと思う」

「そんなの、ありかよ…」

マフィンはその場に崩れ落ちた。その背中をサヤが撫でる。しかしそのサヤの瞳はなぜか無機物を見るかのように冷酷であった。

「もう、二度と貴方と同じ世界で過ごすことは叶わないのよね」

「…そんなの、そんなのおかしいよ」


「何もおかしくなんてない。これがこの残酷な世界の掟なのだから」


マフィンはサヤを見る。しかしサヤは笑っていた。心から、無邪気に。

マフィンはそんなサヤが最も怖かった。

「だから、私はマフィンにこの物語の終焉を知ってほしいの。そしたら、私たちは他の世界で幸せに過ごせるかもしれない。まあこれはあくまで仮定の話なんだけど、この不思議で不可思議な世界じゃないどこかで」

「…終焉…か」

そんな時、サヤの体から蝶々が舞った。サヤはその蝶々を見つめてふっと微笑む。そしてマフィンに小さな声で言った。

「私はもう時間みたいね。じゃあマフィン、また会いましょう」

サヤは最期にマフィンの頬にキスをした。それはマフィンが描いていた過去とは異なっており、違和感がマフィンを埋め尽くしていた。

サヤから蝶々が舞って行く。サヤの体が欠け、幾千もの蝶々が生まれる。

マフィンは呆然としていた。

頬に先程までサヤがいたという感覚を残しながら、呆然と立ち尽くしていた。

マフィンの前には、蝶々が舞っていた。


蝶々が舞う。


マフィンは立ち尽くす。


蝶々は舞う。


マフィンは腕を伸ばす。


蝶々は笑う。


マフィンは手を握り締める。


蝶々は器用に避ける。


マフィンは叫ぶ。


蝶々は笑う。


マフィンは泣き叫ぶ。


蝶々は笑う。


マフィンは笑う。


蝶々も笑う。


マフィンは拳を開く。


不可思議が、蝶々と共に舞っていく。


マフィンは泣く。


蝶々は踊る。


マフィンは崩れ落ちる。


蝶々は踊る。


マフィンは笑う。

あははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっはははははははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっはははははははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっはははははははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっははははは。


蝶々も笑う。

ははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっはははははははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっはははははははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっはははははははっはははっはははっははははっはははははははははははははははははははっははっははははは。


マフィンの背中から溢れ出す憎悪の化身が彼自身を埋め尽くした。

黒い憎悪は彼を優しく包み込む。

そしてまるで人間のように声を掛けた。


「マフィン、ゲームオーバーはもう君の目と鼻の先だ」


マフィンは泣き叫んだ。

その度に、彼から黒い悪夢が飛び出す。

その手の形をした悪夢は、蝶々を握り潰した。

蝶々の羽が舞う。

こなごなこなごな。

粉々になって。

それでも蝶々は笑っていた。

潰されても、えぐられても笑っていた。


「暴れちまえよ、マフィン。この世界を、全てを終わらせてしまえば良い」


それはどう聞いてもマフィン自身の声だった。

マフィンは叫ぶ。


「それか、お前も死ぬか?死ぬのは悪くないぜ?孤独は案外幸せかもしれない」

「違う…違う…ッッ!」

マフィンがマフィンの背に乗っかってくる。

「お前から見て下らない世界なんて潰してしまえば良いじゃねえか。その有り余る力で、さ」

「やめろやめろやめろぉ…ッ!」

「いつまでも人間地味た夢を見てんじゃねえよ糞怪物が。お前は怪物なんだ。その上お前は怪物の中でも超越した力がある。それを使わない手なんて有り得ないだろ」

マフィンは手足をがむしゃらに動かして自分の中から聞こえてくるもう一つの自分の声から逃れようとする。しかしその声はマフィンを執拗に追いかけてきた。

「さあ、さあ、さあ!潰せ、潰すんだ。この不思議で不可思議な世界を。不思議で不可思議な物語を!」

「…嫌だ、嫌だッッ!」

「早く潰して楽になろうぜ?楽になったらサヤにも会えるかもしれない。サヤに合う為ならなんでもするんじゃなかったか?」

「でも、会えないかもしれないじゃないか」

「全ては可能性なんだぜ?賭けろよ、お前を」

もう一人のマフィンは笑う。

「さあマフィン。自分を捨てろ、世界を棄てろ。物語をお前の手で引きちぎるんだ。お前には出来る、それならこの力をくれてやる」

もう一人のマフィンの右手の周りを華麗に飛ぶ黒い蝶々。

羽根、胴体、触覚なにもかも真っ黒だ。

まるでマフィンの目の前の青年の瞳の奥のように。

「全てを壊す、そんな力だ。お前の過去も、存在も、夢も」

「…夢」

マフィンの夢。

マフィンはようやくもう一度心の中で考えた。

僕の夢はなんだ?

医師?違う。

サッカー選手?違う。

教師?違う。

大金持ち?違う。


人間になること?


違う違う。

きっと僕の夢は………。




「マフィン、マフィン…!」

僕を誰かが揺する。

その甘い声に僕は意識を曖昧にしながら起き上がった。

そして僕を呼ぶ少女を見つめた。

「…サヤ」

「私だけじゃない、みんなもいるよ」

サヤは笑う。その後ろには前髪をピンでくくった美空が恥ずかしそうに僕を見つめていた。

その横には、セリヤとエクレアとエスプレッソ。

その後ろにはマカロンに四階層の愉快な仲間達。

みんな笑って僕を見ていた。

僕の方を見つめてくれていた。


「君の夢は何?」


サヤは僕に問う。しかし僕は首を横に振った。

「僕には分からないんだ。自分の夢が。過去どんな夢を僕自身が描いていたかが」

サヤは首を横に傾ける。まるで僕が何を言っているのか分からないとでも言うようであった。

サヤは僕に近づいて来て言う。

「夢なんて覚えてなくたっていいじゃない」

「…え?」

サヤは自分の頬に人差し指を付けてウインクをした。

彼女らしい可愛い動作だ。

そこで彼女は可愛らしいが確かな声で言った。


「夢が無いなら、その場で作っちゃえばいいじゃない。この場で、貴方の夢を作ってしまう事に何も悪いことは存在しないでしょう」


サヤはよく斬新な事を言う。

これは、そのうちの一つであろう。

夢なんて今から作ってしまっても確かに良い。

わざわざ昔作った夢に執着する必要なんてどこにもないじゃないか。

「…ありがとう、サヤ」

「どういたしまして!」

彼女は黒い蝶々となる。彼女の背後にいたみんなも黒い蝶々となった。

僕はまた一人になる。

しかしもう怖くなかった。

僕は分かったから。

今、しなければならないことが。

僕がみんなのためにしなきゃならない事が。




「怪物化ッ!」

「…」

僕の周りは真っ赤な空気に帯びた。その空気はもう一人の僕を威嚇するように舞う。

「もう、君とは決着を付けよう。僕は僕の思うままに生きる。僕にだって指図される価値はない」

「…残念だ、俺の事を理解してくれるのはお前だけだと思っていたのに」

怪物と怪物の影は対面する。

「なら俺自身がこの物語をちぎってやらないとな。…怪物化」

怪物の周りに蝶々が廻り出す。色はカラフルなのにも関わらず、その瞳は真っ赤に光っていた。

「君は光と影がぶつかり合った時、どうなるか知っているかい」

僕がそう言うと彼は首を傾げた。

「相殺でもするというのかよ」

「違う、それまでに友を得た光が勝つのさ」

そんな時、怪物の左右から男女が高速で斬りかかった。金属音が鳴り響く。その内少女が斬りかかった方の肩から黒い血が溢れ出てきた。

「お兄ちゃん、私たち、やっぱりお兄ちゃんを信じていたい。お兄ちゃんの下部でもいい。だから私たちを連れてって」

「…美空」

「俺にはもうその道しか残っていなかったんだよな。お前について行かないこと以外には、もう行く場所がないんだ」

「…セリヤ」

セリヤの左目が真っ赤に光った。その左目からどんどんと紅い筋が顔に生まれて行く。連なる鎖のように、青年の頬を埋め尽くす。するとすぐにセリヤの背から羽根が生えた。

「俺の怪物化はこんなもんじゃない。これはいつかお前を出し抜こうと取っておいた力だ。だけどもう良いんだ、俺はお前に服従する」

セリヤの周囲を覆っていた黒い霧のような物が全て彼の中に入って行った。悪夢の霧が、彼の中にしまい込まれる。

「もう、戻れない…か」

セリヤはそう呟いて微笑んだ。

微笑んで、黒い空を眺める。

「エクレアは今頃何してるかな」

「…セリヤ?」

セリヤは僕を向いた。鋭い、でも落ち着いた瞳を僕に向けた。

「きっと、どっかで寝てんじゃないだろうか。ハハハ、でもそれはそれであいつらしいや」

「セリヤ、まさか君は…?」

「マフィン、俺はお前が嫌いだった。今も、その気持ちは変わっていない」

セリヤはそう言って一人笑った。

「だけど、お前が初めてだったよ。俺が心から嫌いになった人物は。そして、これほどまで心情が変わった人物は」

「…お前」

「俺はマカロンと別れてエクレアと出会うまでずっとずっと一人だった。何十年も一人で、ずっと森の中で風の音を聞いていた。風と動物は俺のその頃の唯一の友達だったんだ」

セリヤは微笑みを崩さない。

「俺はそんな生活に満足していた。満足して、馬鹿みたいに笑いながら寝た日もあった。だけど、その無理矢理埋め込んだみたいな幸せは、皆といたこの時に比べたら比較するだけ馬鹿みたいだった」

「駄目だよ、セリヤ。逝かないで、私、淋しくなるから…ッ!」

僕の後ろで美空が叫ぶ。セリヤは美空に目を向けて言った。

「俺は皆が好きだ。みんなと過ごした一日は、どれだけ退屈でもかけがえのない日々になったんだ。かけがえのない日々に、俺はいた。俺は間違いなくそこにいたんだよ」

セリヤは泣いていた。笑いながら、涙を零していた。

「ずっとずっと俺は皆に会いたかったんだ。子供の頃から、俺は誰かといたかったんだ。誰かにずっと便りにされたかった」

セリヤはマカロンを向く。マカロンはすぐ側まで大粒の涙を零しながら歩いて来ていた。

「ずっとずっと忘れてたよ。俺はマカロン・ソベンシアを…」




少年は雨に打たれていた。

風邪などの病に滅法強い少年は雨に打たれながら何かを探していた。

かつて落とした感情や、心をだった。

そんな少年に、一人の少女が近づいた。

少女の服は少年の穴の開いた絹衣とは異なり、お嬢様のような服である。

しかし、明らかに低俗のような少年に少女は躊躇いなく話しかけた。

「なにしてるの?」

少年は驚いたように肩をびくつかせ、少女を見て言った。

「君こそ、何の用さ。こんな所は何も無いだろう」

「いや、気になる物があってね」

「何さ」

「君だよ?」

少女はそう言って笑った。そして無言で傘を差し出す。

しかし少年はそんな物に興味が無いとでも言うようにまた地面を見て何かを探しはじめた。

「無視しないでよー」

「俺の作業の邪魔をするなら、どこかに行ってくれない?」

「じゃあ手伝ってあげる。一体何を探しているの?」

少女はそう言って少年の手元を覗き込んだ。少年の左手には輝くビーズが幾つも積まれている。

少女は気の毒そうに言う。

「ビーズ、落としたの?」

「違う。ずっと続いているんだ、ビーズが。それをずっと拾って来ているんだよ。馬鹿だって思うだろう」

少年は馬鹿にするように笑うと、少女は目を輝かせて言った。

「凄く、面白そう。私もやってもいい?」

「え?」

「私も探すの手伝うよ。次はどこらへん?」

少女があまりにも好奇心旺盛に聞くので、少年は無意識に指を差した。

少女は「ありがと」と言ってその場をすぐに探しはじめた。彼女が持っていた傘はもう放り投げ出されている。

もう雨に濡れた少女は、一層少年にとって輝いた存在となっていた。

「待って、俺も探すから」

それから、約二時間少年少女はビーズ探しに熱中した。感覚はちょうど五メートルずつ。まるで天使の涙のように、五メートル感覚でビーズが光っていた。

そして最後のビーズは、ある崖の上にあった。どこをどうやって来たかなんて覚えていなかった。二人とも真剣に探していたため、最後のビーズを取り終わるまではずっと地面を向いていたからだった。

でも、最後のビーズはすぐに分かった。

少年少女は最後のビーズを拾うとふと前を向いた。二人とも泥だらけで、少年のズボンは全て真っ黒になっていて、少女の長い髪の毛の先は黒い泥色に染まっていた。

しかし、二人の前には偉大な光景が広がっていたのだった。

「…素敵」

「…すげえ」

崖から見て、少年少女の前には特大の虹が世界を跨ぐように広がっていた。少年少女の前で七色の光を放っていた。

「…なんだよこれ」

「虹…だよ?」

「虹?」

「うん、君は虹も知らないんだね」

少女が笑うと、少年は恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「悪いかよ、俺は教育なんて受けたことが無いんでね」

「悪くないよ。ところで、君はなんて名前?」

「名前…ね。俺にゃあないよ、そんなの」

「名前ないの?びっくり、名前が無いなんて」

少年は不愉快そうに笑う。

「まず、呼ばれる相手がいないから、名前なんていらないんだよ。俺は俺でいいんだ」

「じゃあ君は、セリヤだ」

「はぁ?」

「君の名は、セリヤ。これからは、私が呼ぶことになるもの」

少年は唖然として少女を見ていた。

「君は、今日からセリヤ。名付け親は私。ふふふ」

「なんだよ、セリヤって」

「気に入らない?」

少女は上半身を少年に寄せて微笑んだ。

「別に気に入らないとは言ってないだろ」

「どうせなら私の苗字を貴方にあげたいのだけれど、それは私の家では出来ないの。だから貴方は永遠にただのセリヤでいて」

「ただの…セリヤ?」

少女は頷く。その瞳には虹が薄く映っていた。

「うん、貴方は何物でもないセリヤ。ずっとずっと空白の日々を過ごせばいいと思う」

「空白の日々ってお前…」

「空白の日々は何も無いと思う?」

少女は虹を見ていた。一匹の鳥が虹を背景に飛んでいる。

「空白は空っぽじゃあないよ。空白にだって確かに色がある。その色は君自身で決めればいい」

「…空白の色?俺はそんなの知らねえな」

「本当にセリヤは馬鹿だねえ」

「俺は誰にも教えられたりしたことがないんだよ。喋れてるだけでも褒めてくれ」

「よしよしセリヤ」

少年はそっぽを向く。後ろでクスリと笑う声がして少年はあせってそちらを向いた。

「なんだよ」

「ねえセリヤ…?」

「…?」

少女は恥ずかしそうにしながら少年に近づいた。少年は不審そうに言う。

「私たちって似たもの同士だと思わない?」

「は?」

「確かに私は貴方とは表面上違うところだらけ。でも内面私たちって凄く似ていると思うの」

少年は首を傾げた。

「どこがだよ。お嬢様と低俗民族が似てる所なんてあったかな?」

「何だろうね、凄く似てる気がするんだ。よく分からないけど、私もセリヤもいざとなったら平気で自分の命を捨ててしまう気がするよ」

「は?それが俺達の似てるところ?」

「わかんない。でもなんだかごめんね?変な話して」

少女はそう謝ってもう一度虹を眺めた。そして視線を変えないまま笑った。

「私、多分ずっと今日の日の事を忘れないと思う。貴方と出会えてこの景色を眺めれた事は、本当に奇跡みたいだから」

少女はそう言って後ろを向いて歩き出した。その後ろ姿は少年にとって幻のような物で触れてはならないように思えたけれど、そのまま去って行く少女に少年は手を伸ばした。

「ま、待って!」

少女がびくりと振り返る。少女は目を細めて言った。

「何?」

「俺はまだ君の名前、聞いてないよ」

少女は口を開けてぽかんとした後、口元に手をあてて笑った。少年は恥ずかしくなり「なんだよ」と呟く。

「自分の名前に興味を持ってなかった人が他人の名前を聞くなんて不思議な事だと思ってね」

「いや、流れ的に聞くだろ。普通さ」

「まあ何でもいいや。私の名前、教えてあげるから貴方はずっと私の事を忘れないでいてくれると誓って」

少年は怪訝そうに顔をしかめる。

「は?」

「だって考えてみたら私だけずっと今日の事を覚えているのって虚しくない?それ位なら貴方にも覚えてもらった方が光栄だなって思ってね」

「何の交換条件だよ、それ」

「いいじゃーん、それ位。駄目?」

少女は少年に顔を近づけてわざとらしく懇願した。少年は恥ずかしそうに目を逸らす。

「…まあいいよ、別に」

「やったぁ。私、嬉しいな」

少女は満面の笑みを浮かべて少年に近づく。そして少年の目と鼻の先に立って少年を見上げる恰好で微笑んだ。


「私の名はマカロン・ソベンシア。ソベンシア一家の令嬢よ」




「俺はマカロン・ソベンシアをずっとずっと愛していたんだ」

セリヤはマカロンの長髪を撫でるように解いた。同時にマカロンは擽ったそうに笑う。

「俺は君の為なら死ねる。ずっと自分の事しか考えていなかった人生は君やエクレア、美空、そんな素敵な女性達に出会えた事で大きな変化を齎したよ。俺は皆の為に命を捧げる気になれた」

「…セリヤ」

「俺は君がようやくあの時言ったことに気づいた。本当だ、俺は君と似ていたんだって」

「…遅いよ、セリヤ」

マカロンは大粒の涙を零してセリヤの胸にうずくまった。セリヤは両目に涙を浮かべたまま驚いたような表情になる。

マカロンの長髪から甘いシャンプーの匂いが舞った。

「私がいくらセリヤを見つめても知らんぷりだったのに、今になって私の心を手に入れようなんて、セリヤ、そんなの勝手過ぎるよ」

「…君の心を手に入れようなんてしてないさ。ただ、俺の心を君に伝えなければと思っただけさ」

「いや、もうセリヤは私のモノだよ。今日からセリヤは゛ただのセリヤ゛じゃない。セリヤ・ソベンシアとして生きてもらう」

セリヤは胸の中で無邪気に笑うマカロンに苦笑いをして小さな声で呟いた。

その声は、吹き荒れる風に打ち消されて誰にも聞こえることもなかったのだが。


「いいな、それ」




俺は負けることが許されない。


俺の後ろには守るべき笑顔がある。


俺の新たな妻や。


俺を孤独から救ってくれた友人や。


俺の事を自分の身のように理解してくれる少女や。


俺をこんな歪んだ世界に導いたキングがいる。


こんな歪んだ世界でも、俺には輝いて見えた。


だから、最期までこの歪んだ世界の為に。


この歪んだ世界で精一杯生きる奴らの為に。


かつて呼ばれた二つ名に恥じぬように戦い抜こう。


中二臭い呼び名で好きじゃあなかったけど。


『龍』という名に恥じぬように。

次でいつのまにか最後です。


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