Ⅴ
ようこそ、不思議で不可思議な世界へ。
「よくここまで来たな、マフィン」
僕の父親、シャースキルミットは身構える僕らを宥めるように言って見せた。久しぶりの再開である。というより、夢を除いたらお世話になるのは初めてだろうか。
そこで僕は不適な笑みを浮かべながら迷わず刃を取り出しシャースに襲い掛かろうとした。
が、後ろにいる美空に腰を支えられ僕は歯噛みしながら言い放つ。
「よくもまあそんなにも、のこのこと僕の前に面を出せたねシャース」
シャースはなんの悪びれる様子もなく僕に言った。
「まさか本当に貴様がここまで来れるなど、夢にも思わなかった。まずは貴様の努力を讃えよう」
「そんなものはいらないよ。ここまで来るのだって僕らは必死だったんだからね。そしてそれは君に全く関係ないことだろう」
「それはご苦労」
シャースは煙草を一本だして吸いはじめた。
「ここらへんで怪物が暴れている予感がしたから来てみてら、まさか貴様だとは思わなかったよ。どうだ、貴様の虐殺は美しかったか」
「美しいも綺麗もあるものか。この手を真っ赤な生き血で染めた時点で、美しいなんてあるはずが無い」
「随分と平穏に育ったのだな、マフィン」
シャースがそう言うと、ようやく美空が口を挟んだ。
「お兄ちゃんとは、お知り合いの方なのですか」
「お兄ちゃんだと?」
シャースは美空の言葉に首を傾げた。
「知り合いなどではない。私はシャースキルミット。正真正銘の怪物でありマフィンの父だ」
「シャースキルミット…」
美空は言葉をかみ砕き、笑った。その笑みは先程僕に見せた笑みとは全く違うものだった。
「私はお兄ちゃんの妹です。分かりませんか?私の事が」
「長男しか私は知らないのだが。まあいい、怪物なら自然繁殖もありえない事ではない」
「そんな言い方嫌ですわ、お父様。私は正真正銘貴方から生まれたんですよ」
シャースは美空に軽く笑ってもう一度僕を振り返った。
「ところで、貴様は何かを見つけることが出来たのか」
「え?」
「私は死んだ。貴様はそれから何を見つけた?それともここまで呑気に生きてきたのか?」
僕はシャースを睨みながら返答する。
「呑気に生きることが出来たらどれほど良かっただろうね。でも生憎僕は君と別れてからの人生は強烈かつ刺激的な物だったよ」
「それはスリリングで良かったじゃないか。どうだ、喫茶店で話でも」
「実際なら喫茶店に行って君の鼓膜が破裂するほど罵声を浴びせてあげたいんだけど僕には現在付き人がいてね。この子と少しでも早く遠くへ逃げて行きたいんだ」
「いかなる時も緊張感を持て。怪物の決め事をしっかりと守っているようだな」
僕は馬鹿にするようにけっと返事をする。
「だが君の面はしっかりと覚えたからね。次会ったときには首を狩っ斬らせてもらうよ」
「それは随分肩凝りに効きそうだな。ところで貴様はなら今からどうする予定なんだ」
「予定なんてあるはずが無いだろ。ただ、自分の思った方に進むだけだよ」
「それなら貴様はいつかきっと先の見えない日が来るだろう」
「それが来たとしても、僕は逃げないよ。いつまでも、永遠に先を見続ける」
シャースは僕の発言にくだらないと言う。それでも彼の瞳は笑っていた。
「それだからこそ、来てほしい場所があるんだ。私の友達の、狂った喫茶店だ」
僕はその言葉に惹かれる様にして気づいた時には頷いていた。
そこはシャースと出会った場所から三キロほど離れた場所にある喫茶店だった。
まるでお菓子の家のようなファンタジックな喫茶店で、僕と美空は思わず驚嘆の声を上げた。
しかしドアが開くと、そこにはごく普通の喫茶店があった。おかしいところと言えば、店内はファミレスのように広いにもかかわらず誰も客がいないというところだ。それに店員と思われる人物は見たところ一人しかいない。
店内に入ると同時にこちらに笑いかけて来たのは、真っ黒な髪を持つ美麗な青年だった。エプロン姿がよく似合っている。
「シャースおじさん、こんにちは」
青年の紳士的な呼び掛けにシャースは軽く手を上げて答える。すると、彼の視線は僕ら二人を向いた。
「君達は…シャースさんのお知り合い?」
「残念ながらシャースの知り合いのマフィンです。どうぞ、よろしく」
「み、美空です!よろしくおねがいします」
青年は僕らの自己紹介に頷いて美空の頭を軽く撫でる。その時美空が嬉しそうに笑っているのがなんだか少し腹ただしかった。
「ここも不思議で不可思議な世界の圏内なのかな?」
「そうだ、不思議で不可思議な世界自体もとからかなりの規模の世界である。お前はマカロンという女の子が作成した不思議で不可思議な世界に住んでいたようだが、ここはその隣の私自身が作成した不思議で不可思議な世界だ。マカロンほど私は力を持っていないから大きな世界を作ることは出来ないが、それでもこのサイズになったのだから十分だろう」
「この世界は君が作ったのかい?」
僕が話に食い入ると、横から美空がメニュー表を渡してきた。そんなにお腹が空いている訳ではなかったので軽いものを食べようとプリンを一つ注文した。
「勿論だけどこの世界も流通金貨はギルだよね」
「そうだ、しかし今日は私が奢ろう。だから美空ちゃんも貴様も食える限り食うといい」
「ありがとうございます、シャースお父様」
シャースは不気味に笑ってまた煙草に火を付けた。今度は僕から話しはじめる。
「シャース、君は死んだからこの世界に来たんだよね」
「貴様と最後に会ったのは、貴様の二つ目の世界であったか」
僕は首を傾げる。
「二つ目の世界?」
「まず一つ目の世界が貴様が母親に殺された世界だ。そして二つ目の世界が私が本当の怪物化を見せたあの世界。そして三つ目の世界がこの今だ」
「まあそう考えればそうなるね。だけどそれがどうかするのかい」
「だがきっとお前は知らないだろう。貴様の一つ目の世界と二つ目の世界で、大きな時空の空間があったということを」
美空がそこでどういう訳か急に話しに割り込んだ。
「なら私とお兄ちゃんが一度目に初めて会ったときはどの世界にいた時なんですか?」
「それは分からないな。だが、一つ目の世界はずっと私がこいつといたが君に会った覚えも無い。会ったとすれば、二つ目の世界だが、二つ目の世界でも私はすこしこいつの世界に顔を出している。だから私は美空ちゃんとこいつが会ったとは思えないのだ」
そこで美空が視線を落とした。僕はその美空の頭を軽く撫でてやる。美空は少しこっちを見つめた後、擽ったそうに笑った。
かわいらしい全く自分に似つかない笑みだった。
「注文の商品をお持ちしました」
そんな時、僕らの元に湯気のたった料理が運び込まれた。運んで来たのは店員である彼である。
「僕の名前はサクト。この店のオーナーさ」
彼は聞いてもいないのに自分の名前を自己紹介した。僕は一回舌打ちをしてもう一度シャースに話しかける。
「で、シャース。君は一体何が目的で僕らに会いに来たんだ」
「意味などない。久しぶりに息子に会いに来たのだ」
「私には?」
美空が自分を指差すのを見てシャースが付け加えた。
「美空にもだ。だが実際の所私が美空を知ったのはごく最近であるしな」
「冗談きついですよお父様」
「そんなことはどうでもいい。で、一体僕に君は何を伝えようとしたんだ」
「伝えたいことなど腐るほどある。その中から一つ選ぶとしたら、貴様はなぜ自分が怪物なのかを分かっているのかということだ」
僕はプリンを食べながらシャースを睨んだ。
「僕が怪物であるということに理由はあるのか」
「ない、と言ったら嘘になってしまうな。まずそもそも貴様らは怪物の原理というものをきっと分かっていないだろう」
「怪物の原理、ですか」
美空が悩むように言う。僕はすぐに文句を吐いた。
「そんなの、正直僕は知りたいとは思わないけどね」
「知っていないと、貴様はきっとこれからも今と同じ日々を繰り返すことになるだろう。繰り返したいか?過去を」
「シャース、怪物というのは、僕は不幸中の幸いだと思っているのだが違うのか?」
シャースは首を傾げてこう言った。
「どういうことだ」
「怪物というものは、僕は現世に戻るための副作用だと思っているんだ。キボロメンチゼンの副作用と言ったら分かりやすいかな」
「貴様が言うことは一応正しいことだ。確かにキボロメンチゼンという薬は怪物の人生へ誘う効果を持つ」
僕を睨むシャースはステーキにナイフを刺したままこう言った。
「正しいことを言うならば、怪物はかつて英雄であった」
僕と美空は食事を止めてシャースを見つめた。
「人はよく言った。怪物は我々を残酷な運命から救う最期の手段であると。人間の姿をし、人間と同じ言葉を使い、人間には理解することが出来ない力を操る怪物はかつては最高の機械であった訳だ。それ故に怪物は金を持ち、権力を得た。我々の先祖はその時余裕を感じ、働くことに大量の賠償を人間達に払わせたのだ。人間達は自分の身を守るために、その賠償に従った。怪物を手から離すということは人類の絶滅を表していたのだ。怪物はそれを受け入れられる度にその賠償を拡大させて行った」
シャースは一度咳ばらいをしてまた続けた。
「そして怪物に払う賠償が初期の20倍となった時、事件は起きたのだ。その事件とは、サヤの両親がキボロメンチゼンを完成させたことだ」
「…」
「キボロメンチゼンは恐ろしい物だ。それを飲んだ物はおおざっぱに言うと怪物になる。実際は怪物よりも力を持った、化け物の登場だ。その上化け物は国家や政府の言うことをなんでも聞くのだ」
僕は唾を飲んだ。
「怪物はそれにて職を失った。食うものを失い、人生を失った。反乱を起こそうにも、政府には化け物がいる。よって、怪物は何もすることが出来なかったのだ」
シャースは目を閉じる。そして次に目を開けた時には彼の目は真っ赤に染まっていた。
「だが化け物が必要になるのも長い時間ではなかった。政府の人類は自身の安全が証明された時、化け物を手放したのだった。手放してはそいつらがどう暴れるかなんて分かったもんじゃないだろう。だから政府は化け物を怪物と同じ終身刑にみなしたのだ」
ふと美空の方を見ると、信じられないという風にシャースの話を聞いていた。
「この話が貴様にわかるか?化け物達は我々怪物とは異なり、必死に自身の命を政府に捧げた生物なのだ。その生物を政府は使い捨てた。私はそれを許すことは出来なかったのだ。檻の中で我々は作戦を組み、己の超次元的な能力を用いて我々は全員脱走した。政府にとって苦労したのは、怪物と人類の違いが付かない事だろう。怪物が本当の能力を発動した際は姿心共に化け物になるため分かりやすいが、発動さえしなければ我々は人類にしか見えなかった。血液反応などでも、我々の正体を見破ることは彼等には出来なかったのだ」
シャースはステーキを口に入れてこう言った。その間僕は手が固まって動くことが出来なかった。
「貴様を生み、私は長男を残した。それからはきっと貴様も知る通りだろう。私は政府の中で働いた。いつか必ず政府に復讐をする為に。人類にも優しい人はいたが、政府で働き貴様とサヤと出会うまでの約15年間、私の決意は緩むことはなかった。よってサヤが殺されたのを確認して、私は貴様にキボロメンチゼンを飲ましたのだ」
「お兄ちゃんにキボロメンチゼンを飲ます意味はあるのですか。お兄ちゃんは化け物になる必要は無いのに」
美空の質問にシャースは首を横に振って言った。
「キボロメンチゼンは無能力者を化け物にするだけの道具ではなかったのだ。確かに無能力者を化け物にするだけの薬でも高価に売ることは出来るだろう。しかしこの薬の製造者はまるで怪物を考慮したような薬を生成したのだ」
僕は頭を抱えながらこう言った。
「キボロメンチゼンはつまり怪物に更なる力を手に入れるための薬でもあったということか」
「そうだ。だがあの時私は貴様と私が薬を飲んで最期の世界に共に行くつもりだったのだ。最期の世界で、貴様とこの世界の本当の記憶を捜し求めるつもりだった」
「ま、待ってくれ。最期の世界って、どういうことだ?この世界は不思議で不可思議な世界じゃないのか?」
シャースは僕の瞳を視線で捕らえてこう言った。
「この世界には、三つの呼び方がある。一つは貴様やマカロンが好んで言う『不思議で不可思議な世界』だ。その他には、『幻想の世界』や『最期の世界』という言い方がある。そうだ、この世界は不思議や不可思議、矛盾に溢れている。そして幻想に過ぎないのだ。我々はこの世界にいるかぎり、実体を持たない。そして、この世界で死んだら前世に戻るや、人生をやり直すことが出来るなどという説があるが、本当にはこの世界は『最期の世界』なのだ。この世界で命を絶った者は、もうどこにも行かない。本当の最期の行き先は、空白の未知の世界だ」
「嘘、だろ?」
僕は椅子から立ち上がってシャースの首元を掴んだ。すぐに美空が止めに入り僕は荒い呼吸をしながらもう一度席に座る。そうして呟いた。
「なら、サヤは、サヤはどうなんだよ」
「もういない。いるとしたら、貴様の夢物語の中だ」
「それは、誰が知ってる?」
シャースは座ったまま僕を見た。僕はやけくそで呟いた。
「その事実は一体誰が知ってるんだ?」
「私と、この薬を作ったサヤの家族だけだろう」
僕の顔が引き攣った。
そこで僕の頭は締め付けられるように痛んだ。またフラッシュバックが起こるらしい。僕はあまりの痛みにその場にしゃがみ込んだ。
戻ってくる、記憶が。
このむさ苦しい記憶が。
それはサヤとの大切な思い出の一つだった。
今から私はずっとずっと遠くに行くんだ。
電車で会いに来てくれるって?
バカバカそんな距離じゃないよ。
永遠のように遠いんだ。
二度と会うことは出来ない。
生者にはここが通れなくて。
死者のみ行くことが出来るんだ。
だから君は生きている間はこの世界に来れないって訳。
こんなにもお別れは突然でちっぽけだけど。
君が君の願いを叶えてくれるなら、私は嬉しいな。
このメッセージはきっとイデアちゃんを通じて届いているだろうけど。
私は正直な所ずっと君といたかった。
君が過去を思い出して、過去の君ともう一度デートをしてみたかった。
でも私は昔は過去の君だけが好きだったけど、今ではこの世界の君も好きだよ。
君であれば、たとえどんな世界でも私は君を好きだったのかもしれないね。
こんな最期は私だっていやだけど、人の死は抗えぬものなんだよね。
だから、私は抗わない。
だから、私は振り返らない。
過去の鎖を振りほどき、きっとこれからを過ごして見せる。
君にとったら淋しいかもしれないね。
でも、必ず本当の敵を倒して物語の終焉をつかみ取って。
私はずっと現世で待ってるから。
君が全てを思い出すことを待ってるから。
それじゃあね。
大好き。
サヤより。
僕が全てを思い出しても。
君に会うことは出来ないんじゃないか。
僕が終焉を掴んでも。
君に会うことは出来ないんじゃないか。
君の笑顔が、目に映るんだ。
本当にバカだよ。
こんな世界、なくなってしまえば良いんだ。
そう、そうじゃないか。
残酷過ぎるこんな世界。
僕には必要ないから。
君との出会いの物語は。
―――もう、これでおしまいだ。
もしこれからも物語が続いていくのなら。
この物語はきっとずっと。
最悪の物語になっていくんじゃないかな。
「馬鹿な事を言わないで」
この最悪の物語は、素敵な事なんて何も無い。
消えてしまえ。
この世界も、僕の存在も。
「彼女はもうどこにもいないの?」
いないのかなあ。
そんなのは分からないさ。
僕には、何も分からない。
でも、シャースの言うことが本当ならば。
「シャースは嘘をつかないよ。彼の言うことは醜いながらこの世界の現実」
ならそうなんじゃないか。
サヤはもうどこにもいない。
そしてサヤをこの世界から消したのは…。
「君である、と言いたいのかな」
そうだ。
そうじゃないか。
サヤを殺したのは僕だろう?
「確かに君に違いないだろうね。でも本当にサヤちゃんはいなくなってしまったのかな」
もういないよ、サヤは。
サヤはもう、どこにもいない。
「いるでしょう、きっと、君の側に」
僕の側に、サヤが?
魂が僕に纏っているとでも言うのか?
「違うよ、君の胸の中に彼女はいる。そうだと思わないかな?」
僕の胸の中に、彼女が?
僕の心の中に、彼女が?
僕の記憶の中に、彼女が?
「欠けてる君の記憶の中に、きっとサヤちゃんはいる。だって、君はサヤちゃんのことを思っているじゃない。忘れないで、サヤちゃんを。貴方を愛しつづけたサヤちゃんを、見捨てないで、マフィン」
喫茶店の入口のドアが勢いよく開いた。
扉が開く音が鳴り響く。
僕と美空はそちらを見て、息を飲み込んだ。
そこには、僕を見て汗を流しながら笑うロングヘアのメイドリーダーが息を荒げながら立っていた。
「言ったでしょう、私は必ず貴方の味方だって。マカロン嬢の敵になっても、必ず貴方を信じて見せるから」
閲覧ありがとうございました。




