第16夜
サーシャは袖の大分あまったレオンの革ジャケットを着ると、アレックスに連れられ倉庫に向かった。家に隣接するように建てられた錆びかけた倉庫だ。シャッターには小さな穴があちこちに空いており、穴からは春風と眩しい朝日が漏れていて、薄暗い倉庫内を照らす。
辺りは工具や銃などが散らかり放題で、工場のようなオイルと鉄粉の混ざった臭いがした。
物珍しらしそうに倉庫の中をあちこち眺めているサーシャにアレックスが「ほらよ」とこれまたサイズの合わなそうな大きなヘルメットを投げてよこす。落としそうに、なりながらもなんとか受けとる。大きさからして恐らくレオンのものと思われた。
続いてすぐに、バイクの大きなエンジン音がかかる。
ブルンッブルンッとアレックスは何度か吹かしてエンジンを温めていた。まるで興奮して今にも暴れ出しそうな
黒い雄牛のようだとサーシャは思った。
アメリカンの大きなバイクに合わない小柄なアレックスでは少しハンドルを切るのがキツそうにもみえる。そもそもジャッカルは身長が180㎝以上の大柄な白人向けに作られているのだ。
「なにぼっーとしてんだよ」
いつのまにか被っていたフルフェイスのヘルメット越しに、少しくぐもった声でアレックスが言った。さっさと乗れよ、と言わんばかりに顎で後ろの座席を差した。 サーシャは急いでヘルメットを被ると、アレックスの手を借りてなんとか後ろの席に上がり乗ることが出来た。
すぐ横の棚の下にあった、ボタンか何かを蹴り上げるとネズミの鳴き声のような、錆びきった歯車の回る音を立ててシャッターが上がっていく。
シャッターが上がるのを待たない内に勢いよくエンジンを吹かして、バイクが動きだす。「ふせろ」と言うアレックスの通りにサーシャも頭をふせる。ヘルメットがかすれるぎりぎりのところでシャッターをくぐり抜け、2人は王都に向かって出発した。
王都までは休憩所を経由して、2時間ほどで王宮が見えるところまでたどり着いた。近くの給油所に止まりガソリンを入れる。宮殿は給油所からもよく見えるほど高く大きかった。真っ白な城の外壁は闇夜に薄く光る月のように、太陽の光をその身にまとって反射し輝いていた。つい先ほど買ったミネルウォーターを、飲みながらサーシャは巨大で美しいそれに見とれていた。今にも、この手に持って傾けているビンがするりと手から落ちてしまいそうだった。それほどまでに意識を持っていかれる美しい城だった。
「綺麗、ミルクみたいに真っ白ね」
城は通称“ノイヴァ”と呼ばれている事をアレックスはサーシャに教える。“ノイヴァ”とは花嫁を意味する言葉だ。まるで神に誓いを立てる花嫁のよう純白で美しい事からその名がついたという。
「月の出る夜はもっと綺麗だぞ」
一瞬だが、横に並んだアレックスの表情がわずかに緩んだのをサーシャは見ていた。どうすればもっと笑ってくれるだろう。この顔をもっと長く見つめ続ける事が出来たなら、どんなにいいだろう。やっぱりエイベルみたいに笑っている時の彼の方がいいとサーシャは密かに思った。




