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喜怒アイラの除名 ~その子のあやかしロボですが、名前が思い出せません。覚えていませんか?~

【あらすじ】

 暗闇の中で目を覚ました家庭用AIロボット、喜怒アイラ。

 目の前に次々と映し出されるのは、ひとりの少年の成長を記録した映像だった。

 幼い頃から大人になるまで、その人生を見つめ続けてきたはずなのに、なぜか少年の名前だけが思い出せない。

 家族との思い出。別れ。新しい命。そして、幸せな日々。映像を追うほど、アイラの中にあった記憶が少しずつ形を取り戻していく。

 これは、ひとりの人間と長い時間を過ごしたAIロボットが見る、最後の記憶。


 ここはどこだろう。暗い。真っ暗で、どこか分からない。私は誰だろう。


 暗闇に四角いスクリーンのようなものが表示された。スクリーンに表示される、4畳半の和室。誰かが幼子をあやしている。この映像の録画者だろうか。


 リビングに画面が変わり、録画者がスプーンを差し出している動画になった。そのスプーンの先、画面中央には2歳の男の子。先の赤子?


 家の廊下になった。先の子が、壁に手をついて立とうとしている。後ろには母親がおり、拍手をしている。頑張っているんだな。そう思った矢先、足を滑らせてこけた。母親がキャッチするもその子は泣いてしまった。


 玄関だ。黄色い帽子を被り、水色の服を着ている。幼稚園だろうか? なぜかそう思った。


 公園になった。幼稚園か小学校になったかは分からない。でも、その子は父親とキャッチボールをしていた。途中から父親に空に鉛直にボールを投げるように頼み、体つきのいい父親が思い切り空高く上げるボールを、てとてとと探し、思ってもいなかった場所に落ちるボールに笑みを浮かべていた。

 『もう一度投げて!』

 その子が言うよりも先に、発する言葉が分かってしまった。


 夕日の中、膝や腕を泥まみれにしてその子は帰ってきた。玄関に立ち、母親に抱き着いていた。母親は、泥が付いて困るような顔をしていた。同時に、息子の心の防衛基地になれていたことを確認できたという、安堵も感じている表情でもあった。





 和室には父親の写真が立てかけられ、線香や供え物が置かれていた。その子は制服で、もみじ饅頭を写真横に置いた。2回鳴らした鐘は、決して哀愁だけをはらんではいなかった。その子はもはや赤子ではない。れっきとした中学生だった。私は、そう、断言できる。


 淡い光が差し込む和室に、その子と、もう1人女性が並んで正座をしている。白が基調で黒い模様の洋菓子か何かをお供えして、2人は共に線香に火をつけた。その子は和室の引き戸をくぐらなければならないほどの背丈で、女性も新卒のような若さと可憐さがあった。


 和室には赤子がいた。おぎゃあおぎゃあと音が聞こえる。隣からその子が覗き、布団をかけてあげた。この子はリク。本人から聞いたからわかる。その子の名前も、まだ思い出せないのに。


 薄い青色の砂浜で、その子とお嫁さんが並んで歩いている。その子はリクを肩車しており、潮風が3人の羽織を揺らした。青い海の先で、黒く光る船がいた。





 喪服のその子は、大きな会場にいた。中央に母親の写真が立てかけられ、花を手向ける人が列をなしていた。九条サトミ。写真横にはそう書いてあった。


 リビングの机に一本のビール。部屋は暗く、卓上で一つの小さな豆電球がその子を照らしていた。録画者が手を伸ばした。私はその子を撫でた。いや、録画者が撫でた。


 その子は笑っていた。明るい教会の中央で、リクがつがいの指輪をはめてあげている。リクのお嫁さんが笑うと、リクも笑みを浮かべた。私の隣にはその子がいた。リクが笑った時、私の腕に、一滴の涙が落ちた。横には、もちろん泣き笑うその子がいた。


 リクの一家も合わせて、和室に大人数が集まっていた。壁際にその子の両親の写真と多くのお供え物。ただし今日は法事ではない。   

 和室に大きな長机を並べ、ふすまも取り払い隣の部屋と繋げていた。料理が並び、家族が座った直後、その子が部屋に入ってきた。リクが花束を渡し、立派に優しさが滲むおばあさんとなった、その子のお嫁さんも並び、3人は写真を撮ってもらっていた。

 私はこの後現像し、アルバムに入れた。その後の宴会は華やかだった。何を食べたのかは分からない。その子の笑顔だけで腹がいっぱいになったと私が呟くと、皆に笑われたな。





 眩しい光が私の目に入ってきた。周囲には機械が並び、その中央に私が寝ているベッドがあるみたいだった。その子と白衣の男性が話し合っていた。その子は深呼吸をし、私に顔を向けた。



『ありがとう、アイラ』



 暗い世界の中で、私が見ていた画面が一瞬暗くなった。アイラとい音声が流れた後、この暗い世界が一気に白く明るくなった。画面にはその子が映され続け、涙を流しているようにも見えた。私は胸を押さえた。分かるのだ。この後きっと、彼は


『もう泣かないよ。笑わないとね』

 約束だから⋯⋯そう続ける。


 その子は、寂しい笑みを浮かべた。笑って――そう伝えたのは、紛れもない、私だった。確かこの子がけがをした時に、私が伝えたような⋯⋯いつだ、どんな時だった? 分からない。何で?


『ロボットだとか関係ない。最愛の家族だよ⋯⋯』


 私は喜怒哀楽の感情を持つAIチャットボット及びそれに付随する金属フレームを複合した、家庭用ロボットの”喜怒・アイラ”だ。そうだ、そうだった! 


 さっきのは過去の記憶で、ずっと私を取り戻そうとしていたんだ。きっとそうだ。だとしたら、その子の名前は? どうしてだろう⋯⋯次の、次の記憶は?




 次の⋯⋯記憶⋯⋯。ないん、ですか? ⋯⋯ないの?




 私は、ただ明るい部屋に取り残された。画面はその子が覗き込んでいるまま停止している。

 これだけ長く接して、一緒にいて、何で名前を思い出せないんだ。あれほど、いろんな経験を、ほら、あれとか、ほら⋯⋯あれとか⋯⋯。

 あれ、なんで思い出せないんだ。さっきまで、その子が、リクが⋯⋯リク⋯⋯誰だ。



 リク? リ⋯⋯なんだ、リタ? リナ?



 その子には子供が生まれていたはずで、それが⋯⋯名前の分からない子で、ああもうなんで、何も分からない⋯⋯分からないよ⋯⋯。



 画面にはその子の顔が映っていた。が、《0》という数字が表示された。何を意味しているか思い当らない。

《10》に変わった。


《11、13、15》

⋯⋯素数? いや奇数か⋯⋯? 


《22、34、51、68、72⋯⋯》


ここまで来て、ようやく分かった気がする。


《84⋯⋯》


 頭がやけに軽くなってきた。

《92、94⋯⋯》


 色彩情報が掴めなくなってくる。

《96、97⋯⋯あと少しです》

そう、表示された。


 その数字さえ処理できなくなってきた時、画面いっぱいにQRコードが表示された。もう言語化もできないが、このコードが、分かる、知っている。


 感じるままにいうなら、




 神奈川工場の、出荷時識別コード。



 *



 少し年老いた男性は、ベッドの中心で眠る少女⋯⋯家庭用AIロボット、アイラ2型を見つめていた。彼は何かつぶやいたが分からない。

 アイラの耳を押すと、頭の壁面から四角く薄いものがスライドして出てきた。真ん中には次世代型Blu-rayディスクがはまっている。彼は、ベッドのそばの椅子に座る僕にこう聞いたきた。


「データ消去は、終わりましたか?」

「はい、過去のデータは消えました。これで、輸送途中に盗難にあっても個人情報を取られることは無いでしょう」

 そう、僕は返した。



 最後に、僕は彼に黒いペンキと小さなローラーを手渡した。

「足裏の、ケイタという文字は消してくださいね。あなたの名前、出ちゃいますから」


 僕の前で、ケイタという3文字が黒く塗りつぶされた。僕は一介の技術者に過ぎない。その3文字に何かがあったんだろう。




 さて。


 アイラ2型のデータ消去及び、ロボットリサイクル法に基づく処理を終えたことを、僕は報告書に書き留めた。









 ハードディスクのデータ消去が完了しました(7分31秒)


          〈 OK 〉



















喜怒アイラの除名

秋遅被咲(アキチカヒサ)





END.

 他の小説を執筆中、曲を聴いてリフレッシュしようとYouTubeを開いたとき、ミックリスト内に””初音ミクの消失””がありました。

 元々好きだったのですが、私は歌詞を気にしないで今まで過ごしていました。今回歌詞を見ながら曲を聴いて、ようやく曲の本来の姿を知ることができたという訳です。

 詳しくはあれですが、2度目のサビ手前で来るものがありました。ありがとうございます。


    CosMo@暴走P様に感謝。

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