三話目 魔法少女は話を聞きたい
「……お待たせしました」
「こんにちは、緋乃芹香ちゃん。芹香ちゃんって呼んでもいいかな?」
「はい。そちらは、その」
「久遠美羽。美羽でいいよ」
助けてほしいという連絡を受けて、私はすぐさま動き出した。
魔法少女は年頃の女の子なのだ。当然、メンタルは傷つきやすい。ちょっとしたことで不満が爆発することもあるし、ちょっとした拍子に思ってたことがこぼれてしまうことだって、ある。
実際、あの後すぐに芹香ちゃんから忘れてほしい旨の連絡が来たけれど、私は実際に会って話をすることを強行した。
私の経験上、不満が漏れ出した時点で危険だと判断したからだね。
伊達に八年間も魔法少女やってないってこと。悲しいけれどね。
クリムセリアこと緋乃芹香ちゃんは結構近くに住んでることは魔法少女の活動範囲からわかってたから、お互いの家から近そうなカフェを選んで待ち合わせすることにした。
そこで、しっかりと話を聞かせてもらおうと思って。
いやあ、次の日が休日で良かった良かった。私はまた講義さぼることになっちゃったけれど、魔法少女活動の一環として認めてもらえるでしょ。切羽詰まった後輩の面倒見てるわけなんだから、うん。
「美羽さんは、その……」
「うーん、言いづらいよね。それじゃ、先に飲み物注文しちゃおっか。何飲む? 私ブレンドコーヒーね」
「えっ、そ、それじゃあぶどうジュースを……」
「いいね。店員さーん! 注文お願いしまーす!」
ちょうど近くに店員さんが来たので、呼びつけて注文をする。
まだ緊張している様子だから、まずは話しても大丈夫そうな雰囲気を感じてもらうところから始めないとかな。
しかし、表情豊かな子だなぁ。さっきからころころと表情が変わるや。
「芹香ちゃんは……十二歳?」
「あっ、そうです」
「だよねぇ。新進気鋭の魔法少女として、私の耳にもよく入ってきてるよ」
彼女の活動歴は半年程度だ。憧れのメッキが剥がれて、現実が露になってくる頃合いかな。
多分、怖くなっちゃったんだろうなって思ってる。自分に浴びせられてる過度な注目が。
……ほら、“新進気鋭の魔法少女”ってところで、表情が曇った。
それで、それがトリガーになっちゃった。
「……私、実は、そんな注目されるほど強くなくって」
「うん。聞かせてほしいな、芹香ちゃんの話」
「私、私、凄い不安で」
芹香ちゃんは今にも泣きだしそうなぐらいに顔をくしゃくしゃにしてしまって内心を吐き出してくれた。
本当はずっと誰かに聞いてほしかったんだろう苦しさや、苦悩を全部。
クリムセリア――芹香ちゃんとは、駆け出しの時にもそんなに深く関わったわけじゃないけれど、それでも全部話してしまうぐらい苦しかったんだ。
私は相槌を打ちながら、芹香ちゃんの話を全部聞いた。
うーん。一度国の人と話したほうがいいかな。今回の件、ちょっとどう考えても国側の対応に問題があると思う。十二歳の女の子を相手にしてるんだから、もっとケアを慎重にしてもらいたいよね。
いっそのこと、今回みたいな感じでメンター制を提案してみるとか? でもなぁ。上の方の魔法少女の子に負担がかかるのも良くないし……。
国の人としては、魔法少女専用アプリで交流してもらいたいって思ってるんだろうけれど、今回みたいに孤立しちゃってる状態だと苦しいもんね。
ペア制度……は近くに他の魔法少女がいないと大変か。ううん、なんかいい方法ないかなぁ。
まあ、今はそれらを考えるよりも、芹香ちゃんの事を励まそうか。
「――よく頑張ったね、芹香ちゃん。辛かったよね」
「……っ! そう、なんです。私、辛くって、怖くって、どうしようって、今まで誰にも言えなくって」
「うんうん。わかるよ。よく頑張ったね」
必死に我慢していた涙がぽろりと零れ落ちた。それをきっかけに、これまで抱えてきた何もかもが噴き出してしまったみたい。
そっと席を立って、側に寄り添ってから抱きしめてあげる。本当に辛かっただろうね。十二歳だよ? 中学生になったばかりの子が、人のためだってお役目をこなしてるんだ。辛くないはずがない。
「泣きな。いっぱい泣きな。今は、お姉さんが隠して上げられるから」
「うあ、うわあああああああああん!」
今は魔法少女じゃなくて、ただの女の子として。
それができなくて壊れてしまう子は、一人でも少ない方がいい。
「ぐすっ。ごめんなさい。服も、それに、目立っちゃって……」
いっぱい泣いて、少しは落ち着けたかな。
胸を貸していたから、私の胸元は芹香ちゃんの涙と鼻水でぐっちょり濡れてる。それを気にすることができるぐらいには、周りが見れるようになったみたい。
「気にしなくていいよ。こう見えて大学生なんだから、お姉さん」
「えっ……? でも、その、失礼なんですけれど……」
「背が小さいって? 言ってくれるねぇ。言っておくけれど、お酒が飲める年齢なんだからね私は」
「ええっ!」
少しショックを受けてる感じだ。うん、まあ芹香ちゃんが椅子に座ってようやく私の胸の位置に頭が来る感じだしね。お姉さんって感じはまあしないよね、うん。
「それで、芹香ちゃんはどうしたい?」
「どうしたい、ですか」
「そう、どうしたい? 辞める、ってのは一つの手段だと思うよ」
自分の席に戻って、いつの間にか来てたコーヒーの香りを味わいながら、私は尋ねる。
何を辞めるのか。主語はいれてないけれど、何なのかは伝わるはず。
実際、芹香ちゃんは少し俯いて考えこんでしまった。
「辞めたいって思うなら、私の方からも口添えしてあげる。年季ばっかりあるからね。私からの口添えがあれば、それなりの確率で辞められるはずだよ」
実際のところはどうかはわからないので、これは憶測だけれど。
今彼女に必要なのは、道を選ぶことだ。残酷な事だけれど、選ぶのだけは自分でやらないといけない。
なら、私にできるのは、選んだ道の先を見せてあげることだ。
辞めたいならやめてもいい。いつでも辞められる。
でも、もしも辞めたくないのなら、その先も見せてあげないといけない。
「辞めたくは、ないのかな」
「――はい」
確かな実感がこもった声だった。
じっくり考えて、考えて考えて考えた末に出した答えだったんだと思う。
「さっきまで、辛くて、苦しくて、そういう事ばっかり頭にあったんです。でも、美羽さんを見てて、思い出したこともあるんです」
「思い出したことって?」
「私が、何に憧れたのかを」
芹香ちゃんの顔がこちらを向いた。その眼には、確かな希望の光が満ちている。
「私は、最初は私だって、誰かを助けたくて、誰かの力になりたくてなろうと決めたんです。今の、美羽さんが私にしてくれたように」
……ああ、確かにこの子には魔法少女の素質がある。きちんと、心の底に。
少しだけ、安心した。
「……その先は苦しいよ? 思ってる以上に、楽じゃない」
「でも、美羽さんはずっと続けてらしてるんですよね。えーっと……」
「八年間。それが、私が続けてる年数だよ」
「八っ……! わ、私もそのぐらい――」
それ以上口にすると、自分を縛る呪いになってしまいそうだったので、そっと手の平を正面に突き出して制止させる。その後、そっと人差し指を私の唇に沿えて、少し黙っていて欲しいとも伝える。
伝わったのか伝わっていないのか。芹香ちゃんは、少しだけぽかんとした表情だ。
「芹香ちゃん。強くなりたいって思う?」
目をまん丸くして、驚いた顔を見せてくれる。
ほんっとうに表情豊かな子だなぁ。嘘がつけない子って、こんな感じなのかな。
「強く、なれるんですか……?」
「んー、それはわからない。でも、できる可能性を教えてあげることはできる」
確実ではない。でも、可能性はある。
だから私は聞く。どうする? って。答えが分かりきっている問いを投げかけなきゃいけない。
そして、答えはこう返ってくる。
「教えてください。私にできることなら、なんでもやります!」
「そこまで意気込まれちゃったら、付き合わないわけにもいかないよね。この後ってどのぐらい時間使える?」
「こ、この後ですか? えーと、門限は夜の六時までです」
今の時間を確認する。ちょうどお昼だから、往復時間考えても三時間は向こうで時間を使えるかな。
よし、それじゃあ行きますか。
「よし、そうとわかればさっさと飲み物飲んでしまおうか」
「どこか行くんですか?」
「うん。最近の子は知らないのかな?」
私の世代は結構使ってたものって聞いてたけれど。今の子は忙しすぎるのかな?
まあ、時代もあるのかもね。もしくは、説明を読み飛ばしているのかも。
私も人から聞いた話で、実際に使ったことはないし。これまで困ったことがなかったから。
「訓練場、国主体で私たちのために貸し出してくれてる場所があるんだよ」
そこなら、魔法少女の力を振るう練習が大っぴらにできるからね。




