第38話 今度は一人で勝たない
翌朝。
目覚まし時計が鳴るよりも早く、悠真は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、薄暗い部屋の床を細長く照らしている。
布団の中で瞬きを繰り返し、昨日の出来事を思い返す。
球技大会で本気を出したこと。
バスケ部の顧問に勧誘されたこと。
二年生の女子から、テレビで見た気がすると言われたこと。
そして、美咲に湿布を貼ってもらったこと。
『悠真くんだから、大切なの』
あの言葉を思い出した瞬間、眠気が一気に消えた。
「……どういう意味だよ」
悠真は仰向けのまま、左手で目元を覆う。
言葉どおりの意味だと美咲は言った。
だが、そのまま受け取るには、あまりにも期待させる言い方だった。
天宮レイではなく、水瀬悠真だから大切。
もし、それが自分の望んでいる意味だったら。
「俺は何を望んでるんだ……」
呟いても、答えは返ってこない。
代わりに、右肩から鈍い痛みが届いた。
試しに腕をゆっくり上げてみる。
昨日よりは軽い。日常生活に困るほどではないが、大きく回すと肩甲骨の近くが引きつった。
この程度なら試合に出られる。
そう判断しかけたところで、昨日の美咲の顔が脳裏に浮かぶ。
『次の試合は休んで』
心配そうな瞳。
約束を破れば、間違いなく怒られる。
風邪のときとは違い、今回は学校を休めと言われているわけではない。肩の様子を見て、無理をしないようにと言われただけだ。
なら、少しくらいは――。
ピンポーン。
玄関の呼び鈴が鳴った。
時刻は午前六時四十分。
この時間に来る人物は、一人しかいない。
「まさか……」
悠真は布団から出ると、寝癖も直さずに玄関へ向かった。
扉を開ける。
そこには予想どおり、美咲が立っていた。
すでに制服へ着替え、片手には弁当を二つ入れた袋を持っている。
「おはよう、悠真くん」
「おはよう。今日は早いな」
「肩を確認しようと思って」
「それでわざわざ?」
「悠真くんは、自分の都合がいいように判断するから」
美咲はわずかに頬を膨らませる。
完全に信用を失っているらしい。
「部屋、入る?」
「うん。お邪魔します」
美咲は靴を脱ぎ、慣れた様子で部屋へ上がった。
リビングに入ると、テーブルの上へ弁当の袋を置く。
「肩、どう?」
「昨日より楽になった」
「腕は上がる?」
「これくらいなら」
悠真は右腕をゆっくり持ち上げる。
肩の高さまでは問題ない。それ以上へ上げると、わずかに眉が動いた。
美咲はその変化を見逃さなかった。
「今、痛かったでしょう」
「少し引っ張られただけ」
「それを痛いって言うんだよ」
「でも、試合には出られる」
「駄目」
「判断が早いな」
「また悪化したらどうするの?」
「そのときは休む」
「悪化してからじゃ遅いでしょう?」
美咲は腰へ手を当て、悠真を見上げる。
朝から随分と厳しい。
ただ、その厳しさが心配から来ていると分かっているため、嫌な気持ちにはならなかった。
「じゃあ、痛くない範囲で出る」
「そんな器用なことができるの?」
「できるよ。昨日も全部一人でやったわけじゃないだろ」
「でも、試合になったら無理をするかもしれない」
「しない」
「信用できません」
「即答するなよ」
悠真が苦笑すると、美咲はじっと右肩を見つめた。
「湿布、剥がれてない?」
「見てない」
「寝ている間にずれてるかもしれないね」
そう言いながら、美咲が手を伸ばしてくる。
悠真は反射的に一歩下がった。
「自分で確認する」
「背中でしょう?」
「鏡を使えば見える」
「今まで確認してなかったのに?」
「これからする」
美咲は不思議そうに首を傾げた。
「どうして逃げるの?」
「逃げてない」
「昨日はちゃんと見せてくれたよね」
「昨日と今は違うだろ」
「何が違うの?」
純粋に分からないらしい。
悠真は目のやり場に困り、美咲から顔を逸らした。
昨日、肌へ触れられた感覚。
背中にかかった息。
柔らかな何かが触れた瞬間。
それを朝から思い出してしまったなど、本人に言えるはずがない。
「とにかく、自分で見るから」
「……もしかして、昨日のことを気にしてる?」
美咲が小さな声で尋ねる。
「何のこと?」
「その……近づきすぎたこと」
「気にしてない」
「嘘。耳が赤いよ」
指摘され、悠真はとっさに耳を手で隠した。
その動作が、認めたのと同じ結果になってしまう。
美咲は少し驚いたあと、口元を緩めた。
「本当に意識してたんだ」
「昨日、言っただろ」
「言ってくれたけど……改めて分かると、ちょっと嬉しい」
「何でだよ」
「私だけじゃなかったから」
美咲も恥ずかしそうに頬を染める。
それでも視線を逸らさず、悠真の部屋着の袖を指先で摘んだ。
「でも、怪我の確認は必要です」
「それとこれとは別か」
「別です」
「分かったから、笑うなよ」
「笑わないよ」
「昨日も同じこと言ってたな」
「昨日も笑わなかったでしょう?」
悠真は観念し、Tシャツの襟元を少し広げて右肩を出す。
完全に脱がなくても、湿布の上端くらいは見えた。
美咲は背伸びをし、悠真の肩越しに覗き込む。
「少しだけ端が剥がれてる」
「貼り直すほど?」
「このくらいなら、上から押さえれば大丈夫」
美咲の指が襟元から入り、湿布の端を撫でていく。
直接肌へ触れたわけではない。
それでも指の動きが近すぎて、悠真の呼吸が一瞬止まった。
「動かないで」
「……分かってる」
美咲の顔も近い。
少し顔を動かせば、頬が触れてしまいそうな距離だった。
朝の光を受けた睫毛が、思っていたよりも長い。
悠真が横顔を見ていると、美咲がふと顔を上げる。
至近距離で目が合った。
「……何?」
「いや」
「また見てた?」
「肩を確認してる美咲を見てただけ」
「それを見てたって言うんだよ」
美咲の頬が赤くなる。
二人とも動けないまま、数秒が過ぎた。
先に離れたのは美咲だった。
「だ、大丈夫そう。湿布は剥がれてないよ」
「そっか」
「でも、試合は無理しないこと」
「約束する」
「本当に?」
「美咲が心配するようなことはしない」
悠真が答えると、美咲は少しだけ目を見開いた。
その後、嬉しそうに目元を緩める。
「うん。約束だからね」
◇
球技大会二日目。
体育館へ入った悠真は、昨日とは明らかに違う視線を感じていた。
「あれが一組の水瀬だって」
「昨日の試合、見た?」
「バスケ部三人から逆転したらしいよ」
「帰宅部って本当?」
擦れ違う生徒たちが、悠真を見ながら囁いている。
できるだけ気にしないようにしているが、すべての声を無視することは難しかった。
「有名人だな、悠真」
隣を歩く孝太郎が、にやにやと笑う。
「代わってほしい」
「俺が昨日の動きしたって、誰も信じないだろ」
「夢の中でやったことにすればいい」
「お前は朝から何を言ってるんだ」
くだらない会話に付き合っていると、周囲の視線も少しだけ気にならなくなる。
選手の集合場所へ向かうと、すでに進藤たちが集まっていた。
「おはよう。肩は?」
進藤が最初に尋ねてくる。
「昨日よりはいい」
「出られそうか?」
「痛くない範囲なら」
「一ノ瀬の許可は?」
「どうして美咲の許可が必要なんだよ」
答えてから、悠真は周囲を見る。
近くにいた佐野たちが、一斉に口元を緩めていた。
「今、美咲って言ったな」
「学校では名字じゃなかったのか?」
「やっぱり付き合ってる?」
「違う。忘れろ」
「昨日も試合中に名前で呼ばれてたよな」
「忘れろって言ってるだろ」
悠真が低い声で返すと、クラスメイトたちは楽しそうに笑った。
昨日までなら、これほど大勢からからかわれることに苛立っていたかもしれない。
だが今は、少し居心地が悪い程度だった。
「まあ、二人の関係はあとで聞くとして」
進藤が話を戻す。
「準決勝の相手は二組だ。バスケ部は一人だけだけど、サッカー部が多い。体力と速攻が厄介だな」
「なら、最初から走り合わない方がいい」
悠真は相手チームの様子を眺める。
二組の生徒たちは、試合前から活発に動き回っている。身体能力は高そうだが、シュート練習を見る限り精度にはばらつきがあった。
「守備を固めて、相手に外から打たせる。ボールを取っても急がずに運んで、進藤か佐野が空くまで待つ」
「昨日みたいに、お前が速攻するのは?」
「肩を使うから控える」
「……ちゃんと考えてるんだな」
「約束したから」
「一ノ瀬と?」
「まあ」
進藤は何か言いたそうな顔をしたが、結局それ以上からかうことはなかった。
「分かった。無理はさせない。ただ、相手は昨日のお前を見てる。コートにいるだけでも守備が寄るはずだ」
「それを利用しよう」
「お前が囮になるのか?」
「一人で点を取る必要はないから」
悠真の言葉を聞き、進藤は一瞬驚いたように目を見開く。
その後、満足そうに笑った。
「昨日よりいい顔してるな」
「どういう意味?」
「別に」
◇
準決勝が始まった。
予想どおり、二組は試合開始直後から激しく走ってきた。
ボールを奪うと全員が一気に前へ出る。
だが、一組は悠真の指示どおり、無理にボールを追わずゴール付近へ戻った。
「固めろ!」
進藤の声に合わせ、全員が中央へ寄る。
二組の選手は中へ入れず、外側からシュートを放った。
ボールがリングに当たり、外へ跳ねる。
「佐野!」
「分かってる!」
佐野がリバウンドを取り、近くにいた悠真へ渡す。
悠真は走らない。
ゆっくりとドリブルしながら、味方が前へ進むのを待つ。
「水瀬を止めろ!」
二組の選手が二人、悠真へ寄ってきた。
昨日の試合を見ていたのだろう。
シュートを警戒し、距離を詰めてくる。
悠真は視線だけを左へ向けた。
相手の意識が一瞬、左へ動く。
その間に右側へ片手でパスを送った。
「進藤!」
「おう!」
誰にも守られていない進藤がボールを受け、そのままゴール下へ入る。
二点。
最初の得点は一組だった。
「ナイスパス!」
戻ってきた進藤と、軽く手を合わせる。
続く攻撃でも、悠真は自分からシュートを打たなかった。
ドリブルで相手を引きつけ、空いた味方へボールを送る。
相手がパスを警戒して距離を取れば、今度は無理のない位置から自分でシュートを決めた。
「昨日と動きが違うぞ!」
二組の選手が焦った声を上げる。
昨日は、自分が点を取ることで試合を変えた。
だが今日は違う。
全員を使う。
悠真が目立たなくなるわけではない。
それでも、自分だけの力で勝とうとしなければ、身体への負担も減る。
何より、他のクラスメイトたちが次第に自信を持ち始めていた。
「佐野、打て!」
「でも、俺――」
「大丈夫!」
悠真の声に背中を押され、佐野がシュートを放つ。
リングへ当たりながらも、ボールは内側へ落ちた。
「入った!」
「だから言っただろ」
「水瀬、俺、今日調子いいかも!」
「昨日も二本決めてるよ」
「じゃあ、俺にも才能が?」
「それはまだ分からない」
「そこはあるって言ってくれよ!」
佐野の抗議に、周囲から笑い声が上がる。
試合中だというのに、チームの雰囲気は明るかった。
前半終了時点で、得点は十四対九。
一組が五点リードしている。
ベンチへ戻ると、美咲が観客席から身を乗り出した。
「水瀬くん、肩は大丈夫?」
「今のところ平気」
「痛くなったら、すぐ交代してね」
「分かってる」
「本当に無理しないでね」
「今朝から何回目だよ」
「悠真くんがちゃんと守るまで、何回でも言います」
また名前で呼ばれ、近くにいたクラスメイトたちが反応する。
美咲は少し遅れて気づき、口元へ手を当てた。
「あ……」
「もう隠さなくていいんじゃない?」
悠真が半分冗談で言う。
「だ、駄目だよ。恥ずかしいもの」
「俺と名前で呼び合うのが?」
「そうじゃなくて!」
美咲は慌てて首を振る。
「みんなの前だと、特別だって知られちゃうから……」
そこまで言ってから、美咲が固まった。
悠真も言葉を失う。
周囲の空気が、数秒だけ静かになった。
「特別なんだ?」
菜月が逃さず尋ねる。
「ち、違うの。特別な隣人という意味で!」
「親しい友達でもなく?」
「それも含まれてるけど……」
「好きな人ではなく?」
「菜月!」
美咲は真っ赤な顔で立ち上がり、菜月の口を両手で塞ぐ。
「試合中に変なこと聞かないで!」
「むぐぐ……」
「あとでなら聞いていいみたいな言い方だな」
悠真が笑うと、美咲が恨めしそうに睨んでくる。
「誰のせいだと思ってるの?」
「菜月じゃない?」
「悠真くんのせいでもあるの!」
「また名前」
「もう!」
美咲の顔がさらに赤くなる。
その様子を見ていたクラスメイトたちが笑い出し、張りつめていた空気が和らいだ。
そんな中、進藤が悠真の隣へ腰を下ろす。
「お前、肩より別のところが重症なんじゃないか?」
「どこだよ」
「頭か心臓」
「余計なお世話だ」
「自覚するまで長そうだな」
進藤は呆れたように言い、スポーツドリンクへ口をつけた。
◇
後半が始まって三分。
二組は守備の形を変えてきた。
悠真だけに二人をつけるのをやめ、それぞれが一組の選手へ密着する。
パスコースが消え、一組の得点が止まった。
逆に二組は速攻を立て続けに成功させ、得点を重ねていく。
残り四分。
十七対十八。
一組はついに逆転された。
「水瀬!」
進藤からパスが飛んでくる。
悠真が受け取った瞬間、目の前へバスケ部員が立った。
「今度は好きにさせない」
相手が低く腰を落とす。
左右への反応も速い。
悠真が無理に抜こうとすれば、右肩への負担は避けられない。
試合に勝つだけなら、方法はある。
ここから本気で動けばいい。
肩の痛みを無視し、相手を抜いて自分で点を取る。
だが、それでは昨日と同じだった。
自分一人で流れを変え、周りに期待され、さらに無理をする。
「悠真!」
美咲の声が聞こえた。
反射的に観客席を見る。
美咲は心配そうに胸の前で手を握っている。
それでも「頑張って」とも、「決めて」とも言わなかった。
無理をしてほしくない。
その気持ちが、表情だけで伝わってくる。
悠真は小さく息を吐いた。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、呟く。
そして、自分で抜くのをやめた。
「進藤!」
悠真はボールを進藤へ戻す。
そのまま自分はゴールとは逆方向へ走った。
「逃がすか!」
マークについていた相手が追ってくる。
悠真はコートの端まで移動し、進藤から離れた。
相手もつられて動く。
中央に、わずかな空間が生まれた。
「佐野、今だ!」
「おう!」
佐野がその空間へ走り込む。
進藤のパスを受け、そのままシュート。
ボールはリングの手前へ当たった。
「くそっ!」
外れたボールへ、全員の視線が集中する。
その瞬間、悠真が叫んだ。
「木村、右!」
「え?」
ゴールの右側で、木村という男子が完全に空いていた。
跳ねたボールが、偶然ではなく、悠真の予測どおり木村の前へ落ちる。
木村は慌てて両手で受け取った。
「打て!」
「無理だって!」
「入る!」
悠真の声に押され、木村は目をつぶりそうになりながらボールを放った。
バックボードへ当たる。
リングの上で一度跳ねる。
そして、内側へ落ちた。
十九対十八。
再逆転。
「入った……」
木村が呆然と自分の両手を見る。
「俺が入れた?」
「決めたぞ、木村!」
進藤が木村の背中を強く叩く。
「痛っ! でも入った!」
木村の顔に、満面の笑みが広がる。
悠真は守備へ戻りながら、その姿を見ていた。
自分が決めたわけではない。
それでも昨日のどの得点より、胸の奥が温かくなる気がした。
残り三分。
二組も簡単には諦めない。
サッカー部の生徒が持ち前の脚力で一組の守備を振り切り、再び二点を取る。
十九対二十。
また一点差で追う展開。
一組の攻撃。
進藤が中へ入ろうとするが、二人に囲まれて止められる。
「水瀬!」
苦しい体勢から出されたボールを、悠真が受け取った。
残り時間は少ない。
目の前には、先ほどのバスケ部員。
今度はパスコースまで塞がれている。
「もう、お前が来るしかないだろ」
相手の口元に笑みが浮かぶ。
「肩、痛めてるんだって?」
悠真の眉がわずかに動いた。
「誰から聞いた?」
「見れば分かる。昨日より右腕を上げてない」
気づかれていた。
「なら、左へ抜くのも分かるよな」
「ああ。止める」
相手がさらに腰を落とす。
左側を警戒しながら、右への道をわずかに空けている。
悠真が右へ動けば、肩の痛みで思うようにシュートできないと考えているのだろう。
正しい判断だった。
ただし――悠真が一人で決めるつもりなら。
「進藤!」
悠真はボールを床へ強く当てた。
相手の股下を通り、背後へ転がっていく。
「なっ――」
相手が振り返る。
その先へ走り込んだ進藤が、ボールを拾った。
ゴールまでは一直線。
「行け!」
進藤が跳ぶ。
相手選手も後ろから追いつき、腕を伸ばした。
二人の身体が空中でぶつかる。
進藤の手から離れたボールが、バックボードへ当たった。
高く跳ねる。
リングへ触れ、外側へ落ちかける。
「入れ!」
佐野の叫び。
ボールがリングの上を半周する。
そして――内側へ落ちた。
同時に笛が鳴る。
「ファウル! バスケットカウント!」
二十一対二十。
さらにフリースローが一本。
一組の応援席から、大歓声が上がった。
「進藤!」
悠真が駆け寄る。
床へ倒れた進藤は、痛そうに腰を押さえながらも笑っていた。
「ナイスパス、水瀬」
「立てるか?」
「ああ。このくらい平気だ」
差し出された悠真の左手を掴み、進藤が起き上がる。
「最後は、お前が来ると思ったんだけどな」
「来てほしかった?」
「いや」
進藤は首を横へ振る。
「今日のお前なら、パスを出すと思ってた」
信じられていた。
自分が一人で決めることではなく、仲間を選ぶことを。
その信頼は、悠真がこれまで恐れていた期待とは違った。
重くのしかかるのではなく、背中を押してくれる。
「絶対に決めろよ」
「誰に言ってる」
進藤はフリースローラインへ立つ。
大きく息を吐き、ボールを放った。
綺麗な弧を描き、リングを通過する。
二十二対二十。
残り一分八秒。
最後まで気の抜けない攻防が続いた。
二組のシュートが一本決まり、同点。
残り二十秒で、一組の攻撃となる。
ボールを持つ悠真へ、相手の視線が集まった。
自分で行くか。
誰かへ託すか。
その迷いを、相手も読もうとしている。
悠真は時間を確認した。
残り十秒。
進藤には二人がついている。
佐野と木村も守られている。
パスを出せる相手はいない。
なら、今回は自分の番だ。
悠真は左手でドリブルし、相手の正面へ踏み込む。
「来い!」
目の前の選手が腕を広げる。
悠真は身体を右へ傾けた。
肩に痛みが走る。
それでも無理に突っ込まず、すぐ左へ戻る。
一瞬だけ相手の重心が崩れた。
悠真はその場で跳んだ。
右腕を大きく使わない、左手だけの片手投げ。
普段なら選ばない、不安定なシュートだった。
ボールが悠真の手を離れる。
試合終了の笛。
誰も動かず、その行方を見つめている。
ボールはバックボードへ当たり、リングへ落ちた。
一度、大きく跳ねる。
外へ落ちると思われた、その瞬間。
リングの内側へ吸い込まれた。
二十四対二十二。
一組の勝利だった。
「勝った!」
「決勝だ!」
クラスメイトたちが一斉に悠真へ駆け寄る。
進藤に背中を叩かれ、佐野と木村には左右から肩を組まれた。
「水瀬、最後は自分で決めたな!」
「仕方なくだよ」
「左手で入れるのはおかしいだろ!」
「たまたま」
「昨日から、たまたまが多すぎる!」
笑い声に包まれながら、悠真は観客席を見る。
美咲が立ち上がっていた。
勝利を喜びながらも、その目は悠真の右肩を見ている。
悠真は大丈夫だと伝えるため、小さく左手を上げた。
美咲は安堵したように息を吐き、胸の前へ手を置く。
しかし、すぐに人差し指を立て、悠真へ向けた。
その唇が動く。
――あとで、確認するからね。
「……やっぱり見るのか」
悠真が苦笑する。
「何が?」
進藤に尋ねられ、悠真は首を横に振った。
「何でもない」
決勝進出。
それは嬉しい。
だが、一組の次の対戦相手は、今までのどのクラスよりも強かった。
決勝の相手は五組。
男子バスケットボール部の一年生エース。
そして進藤が中学時代、一度も勝てなかった相手――相沢拓海がいるクラスだった。
読んでくださってありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★評価やブックマークで応援していただけると更新の励みになります!




