↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最新作】普通を演じる元天才子役は、隣室の美少女優等生に生活を管理される  作者: 優
第二章 初恋の人を、好きになるまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/61

第38話 今度は一人で勝たない


 翌朝。


 目覚まし時計が鳴るよりも早く、悠真は目を覚ました。


 カーテンの隙間から差し込む朝日が、薄暗い部屋の床を細長く照らしている。


 布団の中で瞬きを繰り返し、昨日の出来事を思い返す。


 球技大会で本気を出したこと。


 バスケ部の顧問に勧誘されたこと。


 二年生の女子から、テレビで見た気がすると言われたこと。


 そして、美咲に湿布を貼ってもらったこと。


『悠真くんだから、大切なの』


 あの言葉を思い出した瞬間、眠気が一気に消えた。


「……どういう意味だよ」


 悠真は仰向けのまま、左手で目元を覆う。


 言葉どおりの意味だと美咲は言った。


 だが、そのまま受け取るには、あまりにも期待させる言い方だった。


 天宮レイではなく、水瀬悠真だから大切。


 もし、それが自分の望んでいる意味だったら。


「俺は何を望んでるんだ……」


 呟いても、答えは返ってこない。


 代わりに、右肩から鈍い痛みが届いた。


 試しに腕をゆっくり上げてみる。


 昨日よりは軽い。日常生活に困るほどではないが、大きく回すと肩甲骨の近くが引きつった。


 この程度なら試合に出られる。


 そう判断しかけたところで、昨日の美咲の顔が脳裏に浮かぶ。


『次の試合は休んで』


 心配そうな瞳。


 約束を破れば、間違いなく怒られる。


 風邪のときとは違い、今回は学校を休めと言われているわけではない。肩の様子を見て、無理をしないようにと言われただけだ。


 なら、少しくらいは――。


 ピンポーン。


 玄関の呼び鈴が鳴った。


 時刻は午前六時四十分。


 この時間に来る人物は、一人しかいない。


「まさか……」


 悠真は布団から出ると、寝癖も直さずに玄関へ向かった。


 扉を開ける。


 そこには予想どおり、美咲が立っていた。


 すでに制服へ着替え、片手には弁当を二つ入れた袋を持っている。


「おはよう、悠真くん」


「おはよう。今日は早いな」


「肩を確認しようと思って」


「それでわざわざ?」


「悠真くんは、自分の都合がいいように判断するから」


 美咲はわずかに頬を膨らませる。


 完全に信用を失っているらしい。


「部屋、入る?」


「うん。お邪魔します」


 美咲は靴を脱ぎ、慣れた様子で部屋へ上がった。


 リビングに入ると、テーブルの上へ弁当の袋を置く。


「肩、どう?」


「昨日より楽になった」


「腕は上がる?」


「これくらいなら」


 悠真は右腕をゆっくり持ち上げる。


 肩の高さまでは問題ない。それ以上へ上げると、わずかに眉が動いた。


 美咲はその変化を見逃さなかった。


「今、痛かったでしょう」


「少し引っ張られただけ」


「それを痛いって言うんだよ」


「でも、試合には出られる」


「駄目」


「判断が早いな」


「また悪化したらどうするの?」


「そのときは休む」


「悪化してからじゃ遅いでしょう?」


 美咲は腰へ手を当て、悠真を見上げる。


 朝から随分と厳しい。


 ただ、その厳しさが心配から来ていると分かっているため、嫌な気持ちにはならなかった。


「じゃあ、痛くない範囲で出る」


「そんな器用なことができるの?」


「できるよ。昨日も全部一人でやったわけじゃないだろ」


「でも、試合になったら無理をするかもしれない」


「しない」


「信用できません」


「即答するなよ」


 悠真が苦笑すると、美咲はじっと右肩を見つめた。


「湿布、剥がれてない?」


「見てない」


「寝ている間にずれてるかもしれないね」


 そう言いながら、美咲が手を伸ばしてくる。


 悠真は反射的に一歩下がった。


「自分で確認する」


「背中でしょう?」


「鏡を使えば見える」


「今まで確認してなかったのに?」


「これからする」


 美咲は不思議そうに首を傾げた。


「どうして逃げるの?」


「逃げてない」


「昨日はちゃんと見せてくれたよね」


「昨日と今は違うだろ」


「何が違うの?」


 純粋に分からないらしい。


 悠真は目のやり場に困り、美咲から顔を逸らした。


 昨日、肌へ触れられた感覚。


 背中にかかった息。


 柔らかな何かが触れた瞬間。


 それを朝から思い出してしまったなど、本人に言えるはずがない。


「とにかく、自分で見るから」


「……もしかして、昨日のことを気にしてる?」


 美咲が小さな声で尋ねる。


「何のこと?」


「その……近づきすぎたこと」


「気にしてない」


「嘘。耳が赤いよ」


 指摘され、悠真はとっさに耳を手で隠した。


 その動作が、認めたのと同じ結果になってしまう。


 美咲は少し驚いたあと、口元を緩めた。


「本当に意識してたんだ」


「昨日、言っただろ」


「言ってくれたけど……改めて分かると、ちょっと嬉しい」


「何でだよ」


「私だけじゃなかったから」


 美咲も恥ずかしそうに頬を染める。


 それでも視線を逸らさず、悠真の部屋着の袖を指先で摘んだ。


「でも、怪我の確認は必要です」


「それとこれとは別か」


「別です」


「分かったから、笑うなよ」


「笑わないよ」


「昨日も同じこと言ってたな」


「昨日も笑わなかったでしょう?」


 悠真は観念し、Tシャツの襟元を少し広げて右肩を出す。


 完全に脱がなくても、湿布の上端くらいは見えた。


 美咲は背伸びをし、悠真の肩越しに覗き込む。


「少しだけ端が剥がれてる」


「貼り直すほど?」


「このくらいなら、上から押さえれば大丈夫」


 美咲の指が襟元から入り、湿布の端を撫でていく。


 直接肌へ触れたわけではない。


 それでも指の動きが近すぎて、悠真の呼吸が一瞬止まった。


「動かないで」


「……分かってる」


 美咲の顔も近い。


 少し顔を動かせば、頬が触れてしまいそうな距離だった。


 朝の光を受けた睫毛が、思っていたよりも長い。


 悠真が横顔を見ていると、美咲がふと顔を上げる。


 至近距離で目が合った。


「……何?」


「いや」


「また見てた?」


「肩を確認してる美咲を見てただけ」


「それを見てたって言うんだよ」


 美咲の頬が赤くなる。


 二人とも動けないまま、数秒が過ぎた。


 先に離れたのは美咲だった。


「だ、大丈夫そう。湿布は剥がれてないよ」


「そっか」


「でも、試合は無理しないこと」


「約束する」


「本当に?」


「美咲が心配するようなことはしない」


 悠真が答えると、美咲は少しだけ目を見開いた。


 その後、嬉しそうに目元を緩める。


「うん。約束だからね」


     ◇


 球技大会二日目。


 体育館へ入った悠真は、昨日とは明らかに違う視線を感じていた。


「あれが一組の水瀬だって」


「昨日の試合、見た?」


「バスケ部三人から逆転したらしいよ」


「帰宅部って本当?」


 擦れ違う生徒たちが、悠真を見ながら囁いている。


 できるだけ気にしないようにしているが、すべての声を無視することは難しかった。


「有名人だな、悠真」


 隣を歩く孝太郎が、にやにやと笑う。


「代わってほしい」


「俺が昨日の動きしたって、誰も信じないだろ」


「夢の中でやったことにすればいい」


「お前は朝から何を言ってるんだ」


 くだらない会話に付き合っていると、周囲の視線も少しだけ気にならなくなる。


 選手の集合場所へ向かうと、すでに進藤たちが集まっていた。


「おはよう。肩は?」


 進藤が最初に尋ねてくる。


「昨日よりはいい」


「出られそうか?」


「痛くない範囲なら」


「一ノ瀬の許可は?」


「どうして美咲の許可が必要なんだよ」


 答えてから、悠真は周囲を見る。


 近くにいた佐野たちが、一斉に口元を緩めていた。


「今、美咲って言ったな」


「学校では名字じゃなかったのか?」


「やっぱり付き合ってる?」


「違う。忘れろ」


「昨日も試合中に名前で呼ばれてたよな」


「忘れろって言ってるだろ」


 悠真が低い声で返すと、クラスメイトたちは楽しそうに笑った。


 昨日までなら、これほど大勢からからかわれることに苛立っていたかもしれない。


 だが今は、少し居心地が悪い程度だった。


「まあ、二人の関係はあとで聞くとして」


 進藤が話を戻す。


「準決勝の相手は二組だ。バスケ部は一人だけだけど、サッカー部が多い。体力と速攻が厄介だな」


「なら、最初から走り合わない方がいい」


 悠真は相手チームの様子を眺める。


 二組の生徒たちは、試合前から活発に動き回っている。身体能力は高そうだが、シュート練習を見る限り精度にはばらつきがあった。


「守備を固めて、相手に外から打たせる。ボールを取っても急がずに運んで、進藤か佐野が空くまで待つ」


「昨日みたいに、お前が速攻するのは?」


「肩を使うから控える」


「……ちゃんと考えてるんだな」


「約束したから」


「一ノ瀬と?」


「まあ」


 進藤は何か言いたそうな顔をしたが、結局それ以上からかうことはなかった。


「分かった。無理はさせない。ただ、相手は昨日のお前を見てる。コートにいるだけでも守備が寄るはずだ」


「それを利用しよう」


「お前が囮になるのか?」


「一人で点を取る必要はないから」


 悠真の言葉を聞き、進藤は一瞬驚いたように目を見開く。


 その後、満足そうに笑った。


「昨日よりいい顔してるな」


「どういう意味?」


「別に」


     ◇


 準決勝が始まった。


 予想どおり、二組は試合開始直後から激しく走ってきた。


 ボールを奪うと全員が一気に前へ出る。


 だが、一組は悠真の指示どおり、無理にボールを追わずゴール付近へ戻った。


「固めろ!」


 進藤の声に合わせ、全員が中央へ寄る。


 二組の選手は中へ入れず、外側からシュートを放った。


 ボールがリングに当たり、外へ跳ねる。


「佐野!」


「分かってる!」


 佐野がリバウンドを取り、近くにいた悠真へ渡す。


 悠真は走らない。


 ゆっくりとドリブルしながら、味方が前へ進むのを待つ。


「水瀬を止めろ!」


 二組の選手が二人、悠真へ寄ってきた。


 昨日の試合を見ていたのだろう。


 シュートを警戒し、距離を詰めてくる。


 悠真は視線だけを左へ向けた。


 相手の意識が一瞬、左へ動く。


 その間に右側へ片手でパスを送った。


「進藤!」


「おう!」


 誰にも守られていない進藤がボールを受け、そのままゴール下へ入る。


 二点。


 最初の得点は一組だった。


「ナイスパス!」


 戻ってきた進藤と、軽く手を合わせる。


 続く攻撃でも、悠真は自分からシュートを打たなかった。


 ドリブルで相手を引きつけ、空いた味方へボールを送る。


 相手がパスを警戒して距離を取れば、今度は無理のない位置から自分でシュートを決めた。


「昨日と動きが違うぞ!」


 二組の選手が焦った声を上げる。


 昨日は、自分が点を取ることで試合を変えた。


 だが今日は違う。


 全員を使う。


 悠真が目立たなくなるわけではない。


 それでも、自分だけの力で勝とうとしなければ、身体への負担も減る。


 何より、他のクラスメイトたちが次第に自信を持ち始めていた。


「佐野、打て!」


「でも、俺――」


「大丈夫!」


 悠真の声に背中を押され、佐野がシュートを放つ。


 リングへ当たりながらも、ボールは内側へ落ちた。


「入った!」


「だから言っただろ」


「水瀬、俺、今日調子いいかも!」


「昨日も二本決めてるよ」


「じゃあ、俺にも才能が?」


「それはまだ分からない」


「そこはあるって言ってくれよ!」


 佐野の抗議に、周囲から笑い声が上がる。


 試合中だというのに、チームの雰囲気は明るかった。


 前半終了時点で、得点は十四対九。


 一組が五点リードしている。


 ベンチへ戻ると、美咲が観客席から身を乗り出した。


「水瀬くん、肩は大丈夫?」


「今のところ平気」


「痛くなったら、すぐ交代してね」


「分かってる」


「本当に無理しないでね」


「今朝から何回目だよ」


「悠真くんがちゃんと守るまで、何回でも言います」


 また名前で呼ばれ、近くにいたクラスメイトたちが反応する。


 美咲は少し遅れて気づき、口元へ手を当てた。


「あ……」


「もう隠さなくていいんじゃない?」


 悠真が半分冗談で言う。


「だ、駄目だよ。恥ずかしいもの」


「俺と名前で呼び合うのが?」


「そうじゃなくて!」


 美咲は慌てて首を振る。


「みんなの前だと、特別だって知られちゃうから……」


 そこまで言ってから、美咲が固まった。


 悠真も言葉を失う。


 周囲の空気が、数秒だけ静かになった。


「特別なんだ?」


 菜月が逃さず尋ねる。


「ち、違うの。特別な隣人という意味で!」


「親しい友達でもなく?」


「それも含まれてるけど……」


「好きな人ではなく?」


「菜月!」


 美咲は真っ赤な顔で立ち上がり、菜月の口を両手で塞ぐ。


「試合中に変なこと聞かないで!」


「むぐぐ……」


「あとでなら聞いていいみたいな言い方だな」


 悠真が笑うと、美咲が恨めしそうに睨んでくる。


「誰のせいだと思ってるの?」


「菜月じゃない?」


「悠真くんのせいでもあるの!」


「また名前」


「もう!」


 美咲の顔がさらに赤くなる。


 その様子を見ていたクラスメイトたちが笑い出し、張りつめていた空気が和らいだ。


 そんな中、進藤が悠真の隣へ腰を下ろす。


「お前、肩より別のところが重症なんじゃないか?」


「どこだよ」


「頭か心臓」


「余計なお世話だ」


「自覚するまで長そうだな」


 進藤は呆れたように言い、スポーツドリンクへ口をつけた。


     ◇


 後半が始まって三分。


 二組は守備の形を変えてきた。


 悠真だけに二人をつけるのをやめ、それぞれが一組の選手へ密着する。


 パスコースが消え、一組の得点が止まった。


 逆に二組は速攻を立て続けに成功させ、得点を重ねていく。


 残り四分。


 十七対十八。


 一組はついに逆転された。


「水瀬!」


 進藤からパスが飛んでくる。


 悠真が受け取った瞬間、目の前へバスケ部員が立った。


「今度は好きにさせない」


 相手が低く腰を落とす。


 左右への反応も速い。


 悠真が無理に抜こうとすれば、右肩への負担は避けられない。


 試合に勝つだけなら、方法はある。


 ここから本気で動けばいい。


 肩の痛みを無視し、相手を抜いて自分で点を取る。


 だが、それでは昨日と同じだった。


 自分一人で流れを変え、周りに期待され、さらに無理をする。


「悠真!」


 美咲の声が聞こえた。


 反射的に観客席を見る。


 美咲は心配そうに胸の前で手を握っている。


 それでも「頑張って」とも、「決めて」とも言わなかった。


 無理をしてほしくない。


 その気持ちが、表情だけで伝わってくる。


 悠真は小さく息を吐いた。


「……大丈夫」


 誰に言うでもなく、呟く。


 そして、自分で抜くのをやめた。


「進藤!」


 悠真はボールを進藤へ戻す。


 そのまま自分はゴールとは逆方向へ走った。


「逃がすか!」


 マークについていた相手が追ってくる。


 悠真はコートの端まで移動し、進藤から離れた。


 相手もつられて動く。


 中央に、わずかな空間が生まれた。


「佐野、今だ!」


「おう!」


 佐野がその空間へ走り込む。


 進藤のパスを受け、そのままシュート。


 ボールはリングの手前へ当たった。


「くそっ!」


 外れたボールへ、全員の視線が集中する。


 その瞬間、悠真が叫んだ。


「木村、右!」


「え?」


 ゴールの右側で、木村という男子が完全に空いていた。


 跳ねたボールが、偶然ではなく、悠真の予測どおり木村の前へ落ちる。


 木村は慌てて両手で受け取った。


「打て!」


「無理だって!」


「入る!」


 悠真の声に押され、木村は目をつぶりそうになりながらボールを放った。


 バックボードへ当たる。


 リングの上で一度跳ねる。


 そして、内側へ落ちた。


 十九対十八。


 再逆転。


「入った……」


 木村が呆然と自分の両手を見る。


「俺が入れた?」


「決めたぞ、木村!」


 進藤が木村の背中を強く叩く。


「痛っ! でも入った!」


 木村の顔に、満面の笑みが広がる。


 悠真は守備へ戻りながら、その姿を見ていた。


 自分が決めたわけではない。


 それでも昨日のどの得点より、胸の奥が温かくなる気がした。


 残り三分。


 二組も簡単には諦めない。


 サッカー部の生徒が持ち前の脚力で一組の守備を振り切り、再び二点を取る。


 十九対二十。


 また一点差で追う展開。


 一組の攻撃。


 進藤が中へ入ろうとするが、二人に囲まれて止められる。


「水瀬!」


 苦しい体勢から出されたボールを、悠真が受け取った。


 残り時間は少ない。


 目の前には、先ほどのバスケ部員。


 今度はパスコースまで塞がれている。


「もう、お前が来るしかないだろ」


 相手の口元に笑みが浮かぶ。


「肩、痛めてるんだって?」


 悠真の眉がわずかに動いた。


「誰から聞いた?」


「見れば分かる。昨日より右腕を上げてない」


 気づかれていた。


「なら、左へ抜くのも分かるよな」


「ああ。止める」


 相手がさらに腰を落とす。


 左側を警戒しながら、右への道をわずかに空けている。


 悠真が右へ動けば、肩の痛みで思うようにシュートできないと考えているのだろう。


 正しい判断だった。


 ただし――悠真が一人で決めるつもりなら。


「進藤!」


 悠真はボールを床へ強く当てた。


 相手の股下を通り、背後へ転がっていく。


「なっ――」


 相手が振り返る。


 その先へ走り込んだ進藤が、ボールを拾った。


 ゴールまでは一直線。


「行け!」


 進藤が跳ぶ。


 相手選手も後ろから追いつき、腕を伸ばした。


 二人の身体が空中でぶつかる。


 進藤の手から離れたボールが、バックボードへ当たった。


 高く跳ねる。


 リングへ触れ、外側へ落ちかける。


「入れ!」


 佐野の叫び。


 ボールがリングの上を半周する。


 そして――内側へ落ちた。


 同時に笛が鳴る。


「ファウル! バスケットカウント!」


 二十一対二十。


 さらにフリースローが一本。


 一組の応援席から、大歓声が上がった。


「進藤!」


 悠真が駆け寄る。


 床へ倒れた進藤は、痛そうに腰を押さえながらも笑っていた。


「ナイスパス、水瀬」


「立てるか?」


「ああ。このくらい平気だ」


 差し出された悠真の左手を掴み、進藤が起き上がる。


「最後は、お前が来ると思ったんだけどな」


「来てほしかった?」


「いや」


 進藤は首を横へ振る。


「今日のお前なら、パスを出すと思ってた」


 信じられていた。


 自分が一人で決めることではなく、仲間を選ぶことを。


 その信頼は、悠真がこれまで恐れていた期待とは違った。


 重くのしかかるのではなく、背中を押してくれる。


「絶対に決めろよ」


「誰に言ってる」


 進藤はフリースローラインへ立つ。


 大きく息を吐き、ボールを放った。


 綺麗な弧を描き、リングを通過する。


 二十二対二十。


 残り一分八秒。


 最後まで気の抜けない攻防が続いた。


 二組のシュートが一本決まり、同点。


 残り二十秒で、一組の攻撃となる。


 ボールを持つ悠真へ、相手の視線が集まった。


 自分で行くか。


 誰かへ託すか。


 その迷いを、相手も読もうとしている。


 悠真は時間を確認した。


 残り十秒。


 進藤には二人がついている。


 佐野と木村も守られている。


 パスを出せる相手はいない。


 なら、今回は自分の番だ。


 悠真は左手でドリブルし、相手の正面へ踏み込む。


「来い!」


 目の前の選手が腕を広げる。


 悠真は身体を右へ傾けた。


 肩に痛みが走る。


 それでも無理に突っ込まず、すぐ左へ戻る。


 一瞬だけ相手の重心が崩れた。


 悠真はその場で跳んだ。


 右腕を大きく使わない、左手だけの片手投げ。


 普段なら選ばない、不安定なシュートだった。


 ボールが悠真の手を離れる。


 試合終了の笛。


 誰も動かず、その行方を見つめている。


 ボールはバックボードへ当たり、リングへ落ちた。


 一度、大きく跳ねる。


 外へ落ちると思われた、その瞬間。


 リングの内側へ吸い込まれた。


 二十四対二十二。


 一組の勝利だった。


「勝った!」


「決勝だ!」


 クラスメイトたちが一斉に悠真へ駆け寄る。


 進藤に背中を叩かれ、佐野と木村には左右から肩を組まれた。


「水瀬、最後は自分で決めたな!」


「仕方なくだよ」


「左手で入れるのはおかしいだろ!」


「たまたま」


「昨日から、たまたまが多すぎる!」


 笑い声に包まれながら、悠真は観客席を見る。


 美咲が立ち上がっていた。


 勝利を喜びながらも、その目は悠真の右肩を見ている。


 悠真は大丈夫だと伝えるため、小さく左手を上げた。


 美咲は安堵したように息を吐き、胸の前へ手を置く。


 しかし、すぐに人差し指を立て、悠真へ向けた。


 その唇が動く。


 ――あとで、確認するからね。


「……やっぱり見るのか」


 悠真が苦笑する。


「何が?」


 進藤に尋ねられ、悠真は首を横に振った。


「何でもない」


 決勝進出。


 それは嬉しい。


 だが、一組の次の対戦相手は、今までのどのクラスよりも強かった。


 決勝の相手は五組。


 男子バスケットボール部の一年生エース。


 そして進藤が中学時代、一度も勝てなかった相手――相沢拓海がいるクラスだった。

読んでくださってありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、

★評価やブックマークで応援していただけると更新の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。