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【最新作】普通を演じる元天才子役は、隣室の美少女優等生に生活を管理される  作者: 優
第二章 初恋の人を、好きになるまで

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第33話 今の私も、本当の私

予約がうまくできていませんでした、、、



 美咲と悠真が体育館へ戻ると、女子バレーボールの練習試合は一時中断していた。


 美咲が突然いなくなったため、菜月たちが待っていてくれたらしい。


「美咲」


 菜月が駆け寄ってくる。


「大丈夫?」


「うん。ごめんね、勝手に抜けちゃって」


 美咲は笑顔を作ろうとした。


 けれど、すぐにやめた。


 悠真に言われた言葉を思い出したからだ。


 毎日、無理に笑う必要はない。


 悠真の前では無理をするな。


 今は菜月たちの前だが、それでも無理に完璧な自分を作る必要はないのかもしれない。


「まだ少し辛い」


 美咲は正直に答えた。


「高橋さんに言われたこと、気にしてる?」


「うん」


「無理に出なくてもいいよ」


 菜月は心配そうに眉尻を下げた。


「練習試合なんだから」


「ありがとう」


 美咲は自分の胸へ手を添えた。


 まだ少し痛む。


 昔の自分を知る人から、変わった今を否定された。


 その傷が、悠真の言葉だけですべて消えたわけではない。


 それでも、美咲はもう一度コートへ視線を向けた。


「でも、出たい」


「本当に?」


「うん」


 美咲は小さく頷いた。


「さっきのままでは終わりたくないから」


 菜月は美咲の表情を見つめたあと、安心したように微笑んだ。


「分かった。一緒にやろう」


「ありがとう」


 美咲は、少し離れた場所に立つ悠真へ顔を向けた。


 目が合う。


 悠真は何も言わなかった。


 ただ、背中を押すように小さく頷いた。


 美咲も頷き返す。


 そして自分の足で、コートへ戻った。


 ◇


「もう大丈夫なの?」


 相手コートにいた莉奈が尋ねた。


 表情には、僅かな気まずさが浮かんでいる。


 自分の言葉で美咲がいなくなったことに、今になって戸惑っているのかもしれない。


「うん」


 美咲はネット越しに莉奈を見た。


「さっきは、ごめんなさい」


 莉奈の眉が動く。


「どうして一ノ瀬さんが謝るの?」


「試合の途中で抜けたから」


「別に、それは……」


「でも、高橋さんに言われたことは、少し嫌だった」


 美咲は正直に告げた。


 声は僅かに震えていた。


 それでも、視線は逸らさない。


「昔の私は、人と話すのが苦手だった。運動もできなかったし、いつも一人で本を読んでた」


「私は、ただ驚いただけで――」


「うん。分かってる」


 美咲は相手の言葉を遮るように、静かに続けた。


「今の私が無理をしてるように見えることもあると思う」


 高校へ入ってから作るようになった笑顔。


 明るい声。


 誰にでも自分から話しかける姿。


 最初は、すべて意識して行っていた。


「笑顔も練習したよ」


 美咲は自分の口元へ指を添えた。


「鏡を見ながら、何度も」


 周囲の女子生徒たちが、静かに話を聞いている。


「運動も、毎日練習した。人と話すことも、何を言えばいいか家で考えてた」


「それなら、やっぱり作ってるんじゃないの?」


 莉奈が言う。


 美咲の胸が、また僅かに痛んだ。


 それでも、今度は俯かなかった。


「最初は、そうだったかもしれない」


 悠真の言葉を思い出す。


 努力して身につけたものは、もう美咲の一部だ。


「でも、今は違う」


 美咲は胸元で両手を握った。


「練習して笑えるようになった私も、運動ができるようになった私も、今の本当の私だから」


 莉奈は黙っている。


「昔と違うからって、今が嘘になるわけじゃない」


 美咲の声から、少しずつ震えが消えていく。


「昔の私は何もできなかったけど、それでも変わろうと思えた。だから、昔の私も嫌いじゃない」


「一ノ瀬さん……」


「高橋さんが今の私を好きじゃなくても、それは仕方ないと思う」


 美咲は少しだけ笑った。


 完璧に整えた笑顔ではない。


 不安と緊張を残した、僅かに震える笑みだった。


「でも、頑張ってきたことまで否定されたくない」


 莉奈の視線が、美咲から床へ落ちる。


「……ごめん」


 小さな声だった。


「そこまで嫌がると思わなかった」


「うん」


「昔と違いすぎて、本当に驚いたの。それで、少し意地悪な言い方をした」


 莉奈は気まずそうに自分の腕へ手を添えた。


「中学の頃、私も一ノ瀬さんに話しかけたことがあったんだよ」


「そうなの?」


「覚えてない?」


「ごめんなさい」


「やっぱり覚えてないんだ」


 莉奈は少し寂しそうに笑った。


「図書室で本を読んでたから、何を読んでるのって聞いた。でも、一ノ瀬さん、私の顔を見ただけで逃げちゃった」


 美咲は目を大きくした。


 記憶の奥を探る。


 中学一年生の頃。


 図書室で一人、本を読んでいた。


 誰かに話しかけられたことは覚えている。しかし怖くなり、本を抱えて逃げるように立ち去った。


「あのときの……」


「私も、人に無視されたみたいで嫌だった」


「ごめんなさい」


「今は分かってる。私が嫌いで逃げたわけじゃなかったんでしょう?」


「うん。人と話すのが怖かったの」


「分かってるつもりだった。でも、高校で楽しそうにしてるのを見たら、少しだけ腹が立った」


 莉奈は自嘲するように口元を歪めた。


「私には何も話してくれなかったのに、って」


 美咲は、ようやく莉奈の言葉の理由を理解した。


 莉奈もまた、昔のことを覚えていた。


 美咲を傷つけることだけが目的ではなかった。


「ごめんね、高橋さん」


「一ノ瀬さんが謝らなくてもいいよ。私も意地悪だったから」


 莉奈は美咲の目を見た。


「今度は逃げない?」


「逃げないよ」


「それなら、試合が終わったあとに少し話さない?」


 美咲は驚いたあと、柔らかく微笑んだ。


「うん。話したい」


 今度の笑顔は、自然に生まれたものだった。


 ◇


 練習試合が再開される。


 美咲の動きは、先ほどまでとは違っていた。


 迷いが消え、ボールだけを見ている。


 相手から強いサーブが飛んでくる。


 落下地点へ入り、腰を落とす。


「はい!」


 声を出し、両腕でボールを受け止めた。


 ボールは高く上がり、菜月の前へ落ちる。


「ナイス、美咲!」


 菜月が味方へトスを上げる。


 最後は別の女子が相手コートへ打ち返した。


 得点にはならなかった。


 それでも美咲は、きちんと自分の役割を果たせた。


「もう一本!」


 美咲は仲間へ声をかける。


 学校へ入学したばかりの頃なら、こんなに大きな声は出せなかった。


 けれど、今は違う。


 練習したから。


 何度も失敗したから。


 そのすべてが、今の美咲を作っている。


 悠真は男子側のベンチから、美咲の動きを見ていた。


 ボールを受けるたび、仲間へ声をかける。


 失点すれば悔しそうに唇を結び、それでも次の瞬間には顔を上げる。


「水瀬」


 進藤が隣へ座った。


「自分たちの試合も見ろ」


「見てる」


「今は一ノ瀬しか見てなかっただろ」


「女子の動きも参考になる」


「便利な言い訳だな」


 進藤は僅かに口元を緩めた。


「さっき、一ノ瀬を追いかけていったな」


「ああ」


「何があった?」


「俺から話すことじゃない」


「そうか」


 進藤はそれ以上聞かなかった。


「一ノ瀬、前より動きがよくなったな」


「ああ」


「お前が何か言ったのか?」


「少し話しただけだ」


「やっぱり、お前たちは似てるな」


 悠真が進藤を見る。


「どこが?」


「本気を隠してるところ」


「美咲は隠してない」


「隠してるだろ」


 進藤は女子側のコートへ視線を向けた。


「一ノ瀬は、誰に対しても同じように笑う。あれが全部本当なら、人間じゃない」


「言い方が悪いな」


「悪口じゃない」


 進藤は腕を組んだ。


「いつも他人のことを考えて、自分の気持ちは後回しにしてる。お前も似たようなものだ」


「俺は、そこまで人のことを考えてない」


「さっき、自分の練習を放り出して追いかけただろ」


「休憩中だった」


「また言い訳か」


 進藤は小さく笑い、立ち上がった。


「次、水瀬も入れ」


「今日は休めと言わなかったか?」


「五分だけだ。体調が悪くなったらすぐに外す」


「分かった」


「それと、一ノ瀬ばかり見てパスを見落とすなよ」


「見落とさない」


 悠真も立ち上がった。


 ◇


 男子側の試合が再開される。


 悠真は控えから入り、目立たない範囲で動いた。


 本気を出さなくても、味方の位置や相手の動きを見れば、必要な場所へ先回りできる。


 ボールを受け、孝太郎へパスを出す。


「佐伯、右!」


 悠真の声に、孝太郎が右側へ移動する。


 返されたボールを受け、そのままシュートを放った。


 リングへ当たり、ボールが中へ落ちる。


「入った!」


 孝太郎が嬉しそうに両手を上げた。


 悠真も僅かに笑う。


 ふと女子側を見る。


 練習試合を終えた美咲が、コートの端から悠真を見ていた。


 目が合う。


 彼女は嬉しそうに両手を叩いた。


「水瀬くん、頑張って!」


 体育館に、美咲の声が響く。


 悠真の胸が僅かに高鳴った。


 次の攻撃。


 相手からボールを奪った進藤が、前を走る悠真へパスを出す。


 進路には、相手が一人。


 普通を演じるなら、味方が来るまで待つべきだった。


 けれど、美咲が見ている。


 一度だけなら。


 悠真は速度を上げた。


 相手の直前で身体を切り返し、横を抜く。


 ゴール下へ踏み込み、ボールをリングへ置くように放った。


 シュートが決まる。


「水瀬!」


 孝太郎が驚いた声を上げる。


「今の、何だよ!」


「たまたま上手くいった」


「また偶然か?」


「そういうこともある」


 悠真は何でもない顔で自陣へ戻る。


 進藤だけが、分かっているように小さく笑っていた。


 美咲は胸元で両手を握り、誰より嬉しそうに笑っていた。


 その表情を見て、悠真ももう一度だけ、自然に口元を緩めた。


 ◇


 練習試合が終わったあと。


 美咲は莉奈と話すため、体育館に残った。


「先に帰ってもいいよ」


 美咲が悠真へ言う。


「待ってる」


「でも、少し時間がかかるかもしれないよ?」


「一緒に帰るんだろ」


 美咲の瞳が僅かに大きくなる。


 そのあと、嬉しそうに目元を緩めた。


「うん。一緒に帰りたい」


「なら、待ってるる」


 悠真は壁際のベンチへ座った。


 美咲は莉奈のもとへ向かいかけ、途中で振り返る。


「悠真くん」


 周囲に聞こえないよう、小さな声で名前を呼ぶ。


「何だ?」


「さっきは、ありがとう」


「何の話だ?」


「追いかけてきてくれたこと」


「一人で泣かれると困るからな」


「抱きしめてくれたことも」


「周りに聞かれるぞ」


「誰も近くにいないよ」


 美咲は悪戯っぽく笑った。


「今夜、もう一回してほしいって言ったら?」


「理由による」


「理由がないと駄目?」


「泣いてないだろ」


「嬉しいときでも、抱きしめてほしいと思うことはあるよ」


 美咲は恥ずかしそうに頬を赤くした。


「駄目?」


 悠真はすぐには答えなかった。


「帰ってから考える」


「本当に考えてくれる?」


「ああ」


「約束?」


「約束はしない」


「でも、楽しみにしてるね」


 美咲は嬉しそうに笑い、莉奈のもとへ向かった。


 ◇


 その夜。


 夕食を終えたあと、美咲は帰る準備をしていた。


 悠真は洗った弁当箱とタオルを渡す。


「綺麗に洗えてるね」


「洗濯も、もう覚えた」


「次は一人でできそう?」


「ああ」


「少し寂しいかも」


「なぜ?」


「私が洗濯を教える理由がなくなるから」


「理由がなくても来ればいいだろ」


「来てもいいの?」


「毎日来てるのに、今さら聞くのか?」


「確認したかったの」


 美咲は弁当箱とタオルを胸元へ抱いた。


「用事がなくても、悠真くんの部屋に来ていい?」


「ああ」


「夕食を作らない日も?」


「構わない」


「ただ一緒にいたいだけでも?」


 悠真は美咲の顔を見る。


 不安そうに返事を待っている。


「ああ」


 悠真は迷わず答えた。


「来ればいい」


 美咲の口元に、柔らかな笑みが浮かんだ。


「ありがとう」


「それと」


 悠真は少し迷い、美咲の前へ一歩近づいた。


「昼の話」


「昼?」


「もう一度、抱きしめてほしいと言っただろ」


 美咲の頬が赤くなる。


「覚えてたの?」


「ああ」


「してくれる?」


「理由は?」


「今日、頑張ったご褒美」


「誰への?」


「私への」


 美咲は弁当箱とタオルを脇の棚へ置いた。


 両手を少しだけ広げ、恥ずかしそうに悠真を見上げる。


「……お願いします」


 悠真は美咲の背中へ腕を回した。


 ゆっくりと、自分の胸元へ抱き寄せる。


 昼よりも、少しだけ強く。


 美咲も悠真の背中へ両腕を回した。


「悠真くん」


「何だ?」


「私、重くない?」


「何も持ち上げてない」


「そういう意味じゃなくて」


 美咲は悠真の胸へ頬を寄せた。


「毎日ご飯を作ったり、部屋に来たり、心配したりするの。重くない?」


「重くない」


「本当に?」


「ああ」


 悠真の腕へ、僅かに力が入る。


「むしろ、いなくなるほうが困る」


 美咲は目を閉じた。


「嬉しい」


 その声は、僅かに震えていた。


「私も、悠真くんがいなくなると困るよ」


 二人はしばらく、互いの体温を確かめるように抱きしめ合っていた。


 学校では、まだ友人。


 マンションでは、大切な隣人。


 しかし二人の距離は、すでにその言葉だけでは説明できないほど近づき始めていた。

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