おまけの後日談その2 後編
王妃教育は放課後、学園の教室を借り行っているので、私は今日もいつもの教室を目指して人気のない廊下を一人歩いていた。
その途中。
「きゃっ、むぐぐ!?」
(な、なに!?)
にゅっと伸びてきた腕に絡み取られて私は空き教室へと引き摺りこまれた。それも口を塞がれ声も出せない。
(何事!? まさか学園内に不審者が?)
刃物を持っているかもしれないのでまずは下手に抵抗するべきではない。そう判断してもがくのをやめると不審者の力が緩んだので、その隙を突いて腕の中から逃れようとしたのだけれど。
「ダレル様!?」
バッと身を離して振り向くとそこにいたのは無言のダレル様だった。一瞬は顔を見てほっとしたのだけれど。
「………………」
(なにかしら、この重たい雰囲気……)
ダレル様の迫力に負け一歩二歩と後退して、すぐに壁に背がつき逃げ場を失う。
「あの、どうなさいました?」
もしかして昨日あんな風に逃げ出したから怒ってらっしゃる?
それとも、なんだか気まずくて、今日は朝から顔を合わせないようにしていたことがバレている?
だとしたら、悪いのは私だと申し訳ない気持ちになった。
「先程……」
「え?」
「オスカーとなにを話していたんだ?」
「み、見ていたのですか?」
話の内容を聞かれていたなら恥ずかしいと冷や汗が流れたのだけれど。
「……見たくて目撃したのではない。偶然視界に入ってきたのだ」
ムスッとしてはいるものの、このご様子だと話は聞こえていなかったようでほっとした。
「前々から思っていたが、お前たちは少々距離が近すぎはしないか?」
「えっと……」
「あんなに顔を近づけて……無防備過ぎる」
耳を貸せとオスカーに言われて内緒話をしていた時の事を言っているのだろうか。
ダレル様はバツが悪そうな顔をしながらも、思っている気持ちを隠さず零す。
「それと……今朝から避けられているようで、寂しかった」
「ダレル様……」
少し前のダレル様ならこんな風に気持ちを吐露してくださらなかっただろう。そして私はそんなダレル様の気持ちが分からなくてオロオロするだけだったはず。
(ダレル様は私に気持ちを隠さず伝えてくれるようになったんだもの。私だって)
「心配させてごめんなさい。これからは気を付けます」
自分では分からないけれど、確かにオスカーといる時は気楽だし他の人より距離が近いと言われればそうかもしれない。
それに、逃げてばかりじゃなくて、ダレル様を不安にさせないようもっと上手に愛情表現ができるようになりたい……
「そうか……俺もいきなり問い詰めるような事をしてすまなかった」
「いいえ! でも、これだけは分かってください。私が想っているのはダレル様です」
顔を見上げると、ダレル様と間近で見つめ合った。
いつもと変わらないようでその目はまだどこか不安の色を浮かべている気がして、私はこんなにダレル様が大好きで一筋だというのに、歯痒い気持ちになってしまう。
(もう、二度とあの時のようにお互いすれ違うのは嫌だわ)
『いいか、ここぞって時に使ってみろよ』
先程のオスカーの言葉がふと蘇る。
私は少し迷った後、覚悟を決めて言葉を口にした。
「ダレル様」
「ん?」
「私と一緒に、夜明けのコーヒーを飲んでいただけませんか?」
これのどこが愛の言葉なのか私には分からなかったのだけど。
「……………………はっ?」
珍しく固まり言葉を詰まらせたダレル様が目を泳がせる。
「なにを言ってっ」
「ダメですか?」
「ダ、ダメではない……しかし……(婚姻、せめて卒業までは……待たなくてもいいのか? いや、そんなわけないっ)」
ダレル様は私に触れようか触れまいか迷う様に手を出しては引っ込めている。
「????」
(一緒にコーヒーを飲むだけで、なんでこんなに動揺なさっているのかしら)
今までお茶なんて何度も二人で飲んでいるのに。
「……念のため確認するが、なぜ突然そんなことを?」
ダレル様は困惑しているようだった。少なくとも私の伝えたかった想いは少しも伝わっていない。
(やっぱり、オスカーにからかわれただけだったんだわ)
一言で二人の仲を深められるなんて真に受けた私がバカだったのだ。
やっぱりこういう事は自分の言葉で伝えないとだめね。たとえ口下手でも素直に言葉を尽くさなくては。
「私……ダレル様を不安にさせたくなくて、私の気持ちが少しでも伝わればいいのにと思って……好きなんです、ダレル様だけです、私はっ」
どうか伝わってほしいと思った。けれど、最後まで言い終わる前に突然唇を奪われた。
(な、に?)
いつもの優しい口付けとは違う性急でどこか荒々しさを感じる行為に頭の中が真っ白になる。
角度を変え何度も口付けられるのをされるがまま受け入れ互いの息が乱れた頃、ふと我に返ったように唇を離したダレル様と間近で視線がぶつかった。
「…………」
「…………」
学園の空き教室でこんな……イケナイことをしているような背徳感に心臓がドキドキして壊れてしまいそう。
(でも……イヤじゃない……)
上手く言い表せない初めての気持ちに戸惑いながらも、ダレル様に触れられた指先をきゅっと握り返し、私は続きを受け入れるように瞳を閉じたのだけれど。
「っ」
ダレル様の唇が降りてきたのは、期待していた所ではなく指先だった。
「震えている」
言われて気が付く。怖いわけじゃないのに私の指先は小刻みに震えていた。
「……さっきの台詞、オスカーの入れ知恵だな」
「えっ」
思わずギクリとしてしまう。そんな私の反応を見てダレル様は確信したようで、困った顔で笑みを浮かべた。
「そんな気はした。それなのに、歯止めが利かず……怖がらせて悪かった」
ダレル様に申し訳なさそうな顔をさせてしまった。
最初の台詞はオスカーの入れ知恵と言われればそうだけれど、後から言った言葉は嘘じゃないのに。
「怖くなかったですわ!」
思わず大きな声を出してしまいダレル様が驚いた顔をしたけれど、私は気にせず言葉を続けた。
「それに、オスカーに相談したのは事実ですけど……もっとダレル様と想いが通じ合える関係になりたいって思ったのは私の気持ちです」
「エリーザ……」
「結局……ダレル様をドキドキさせるつもりが、また私のほうがドキドキさせられてしまいましたけど」
恥ずかしくなって俯くと、クスッと笑う声が聞こえた。
「なにを言うんだ。いつだってエリーザにはドキドキさせられている」
本当かしら。ダレル様はあまり感情が表に出ないから良く分からないわ。
伺う様に見上げたダレル様の表情は、やはりいつもと変わらない。真っ赤になっているであろう私とは違って。
「すまない。王妃教育をサボらせてしまったな」
「え……あっ!」
気が付けば先生との約束の時間はとっくに過ぎている。
「大変。あの先生、時間に厳しい方なのに」
「大丈夫だ、俺からも口添えをしておこう」
だから今日ぐらい休んだらどうだと言われたけれど、私は迷わず「ダメです」と答えた。
「王妃教育はダレル様との将来に必要な事。サボるなんてできませんわ」
「そうか……ありがとう。俺との将来のためにお前はいつもがんばってくれているんだな」
「はい」
ダレル様に認めてもらえたのが嬉しくて私は笑顔で頷くと、今日もがんばってきますと教室を後にしようとしたのだけれど。
「エリーザ」
呼び止められて振り返る。
「……近い将来、共に夜明けのコーヒーを飲もう」
「はい!」
ダレル様と朝焼けの空を見ながら飲むコーヒーは美味しそう。そう思いながら素直に頷いた私を見てダレル様が笑みを浮かべる。
「約束だ」
「????」
その笑みがなぜだかちょっぴり意味深だった理由と夜明けのコーヒーの暗喩の意味を私が知ったのは、まだ少し先のお話。
最後まで読んでいただきありがとうございました(*^^*)
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