第八章 プロローグ
ひ、久しぶりに…
~???~
「はぁはぁはあ……」
激しい吐息がしんしんと降りしきる雪の中、繰り出され続けていた。雪の重さに負けない草木の間を潜り抜けて、火照る身体を、足を前へと突き進ませる。
…背後から、積もった雪が崩れ落ちる音がする。そして、獣の音も。
『しつこい!』
人ではなく、狐の耳を揺らし、逃げ回っていた女は雪を盛大にまき散らしながら反転する。
そして…
『ホワイト・サンダー』
イメージ相応の魔力が尾から流れ出し、白雷の形をとる。女がかざすと同時に白雷ははじけ散った。
『ちっ…!』
白雷が途中にある草木を燃やしながら追跡者へと当たる。しかし、その肉を焼くことなく、光はその皮の上だけを流れていき、地面へと流された。
女は再び駆け出す。その目には涙が浮かんでいる。自身が出せる最高火力を無効化された。炎も水も、草木も駄目。切り札の雷も駄目となると、心が折れてしまう。
あいつは何故か分からないが、私を狙ってくる。そこまで執着がある魔物に遭遇したことがないゆえに。興味もそそられるが、捕まれば肉片と骨が混じった残骸になる。
(お母さんの馬鹿!!)
心の中でそう思うが、母がやってくるはずがなかった。
これは試練。私を生み育てた母は、優しくも厳しかった。…あの時もそうだった。レベルが99になったあの試練の時、LPが二桁を切り、意識を手放しかけても、母の気配はしなかった。それまで鍛え育まれた『不屈』が私を繋ぎとめていなかったら、死んでいた。結局、覚えてないほどにがむしゃらにやって、全てを灰にし、試練をクリアしたんだよね。
その時に手に入れたエクストラは働く気配がない。まるで、その時ではないと言わんばかりだし。
『きゃっ!!』
意識が内面に向いていたせいだろう。違う魔物を『気配察知』で感じとれていたのに、反応が遅れた。飛んできた羽をギリギリのところで回避する。頭は、追跡者の気配が近づいたことで鳴り響く警鐘で一杯だ。私は走ることしかできない。涙をぬぐい、木々を盾にし、羽を躱して逃げる。
しばらくもしない内に、タカ型の魔物が雪を振り払い、飛んできた。そびえ立つ木々の上空を支配し、私と追跡者の両方へと攻撃をばらまいてきた。
先の尖った氷の礫を、土の刃で叩き落として…
チッ!
『!!』
更に乱入者がやってくる。首狩りウサギの蹴りが鋭く私の首を掠めて、血が数滴あふれ出た。
咄嗟に気を練り込んで、私は拳を突き出していた。
ドゴッ!
ジャァァア!
『ひえっ!』
木と激しくぶつかったウサギの腹から大量の血が流れる。ウサギの怒りの声と、飛んできた針のような爪に驚き、咄嗟に私はしゃがみ込む。…爪がウサギの心臓を貫通した。しかし、ウサギは残された命で私に迫まってきている。
『私じゃないって!…どこから!?』
道連れにしようとしてくるウサギ型を再度、吹き飛ばし、拳を振り切った瞬間にもう一発撃ってきた爪の主を探さないと。
時間がない。背後でのタカ型と追跡者の戦闘は終わった。決定打を持たないタカ型に対し、追跡者は魔法を行使して、地上へと引きずり降ろしていた。私が使うのと同等の強力な炎が乱舞し、あっけなくタカ型の羽を焼いて飛べなくしている。
今はタカ型の切り札である羽の付け根にある四本の棘付き触手を全て、重荷がのしかかっているかのように地面に貼り付け、身体の七割ほど占める咢でほぼ丸ごとかみ砕いていた。咀嚼する度に、歯と骨がすれる音と折れる音、肉が潰れる音が響き、想像するだけでゾッとする。
『やっと見つけた!そこっ!』
『気配察知』を使っても反応がなかった爪の主を見つけた。魔法の連打と爪がぶつかり合い、相殺し、爆ぜさせる。私の視界には、片手に十本の指を円形に、前後合わせて四十本の指を持つ、やけに細長い体躯と熊の頭をした魔物が見えている。爪を弾丸のように飛ばしながらも、その再生力を持って腕を再び振る頃には再生しているようだ。
走り続けている。…指を多く持つ魔物は追いかけてきた。かなり速い。追跡者は障害物を薙ぎ払い、強引に間を詰めてきているが、こいつは器用に避けている。それでいて、こっちを見失っていないどころか詰めてきている。
さらに、この指が多い魔物も理解しているのだろう。あの追跡者に敵対するのは不味い。私と追跡者が重なった時だけ、爪を飛ばさない。誘導したいところだが、一歩間違えば、追跡者に追いつかれる。
『…』
選択する。とっとと、この厄介な魔物を倒す。
白雷を用意する。それを拳と足に纏わせ、高速攻撃を敢行した。
『はぁっ!!』
バチバチバチバチ!!
キュゥ!
『可愛い鳴き声ねぇ!』
本能で躱し切った魔物に対し、再度、掌を突き出した。
『消し飛んで!』
ドゴォォォオン!!
一気に解放された力が閃光をまき散らし、魔物を焼き尽くす。その周辺にあった雪を全て蒸発させ、木々が燃え盛る。
周囲ごと焼き払った魔物の息が途絶えたことを確認し…追跡者が目と鼻の先まで追いついている。タカ型の触手を抑えるのに使っていた魔法の射程圏内が近い。
『なんで、こいつには効かないの!』
白雷を飛ばしつつ、走り出す。勝てる手段を思いつくまで、肉になる訳にはいかない。
いつの間にか、外れてしまった下着とボロボロの上着を着直しながらも白雷を纏って足を止めない。
まだまだ、始まったばかりだから。試練は続く。
~夕方~
『ここどこ?』
しつこいストーカーが入ってこれない洞穴に逃げこんだけど、途方にくれる。逃げるのに夢中で、正確な場所が分からない。一応、戻れる手段もあるが…非常に面倒。
汗だくになって気持ち悪くなった服を脱ぎ、『アイテムボックス』から炭を取り出し火をつける。風の通しをよくする魔道具を設置し、熱を強くして温度を確保する。それでようやく、周りの肌寒さに気づき、毛布を引っ張り出して、身にまとった。
『んん…どうしよう…お腹が空いた…』
『アイテムボックス』から干し肉と調合した水薬を取り出し、口に運ぶ。緊張から一時的に解放されたおかげか、戦闘中に感じなかった味覚が戻ってきている。干し肉は塩気が聞いていて塩辛いし、水薬は、効果を上げるために混ぜた薬草の苦味が強烈で、美味しいとは言えない。
それでも、食べる。食事に文句を言っている暇はないのだ。どうにかして、追跡者を討伐する方法を考え、実行するには体力がいる。手と口が動き続けた。
『お母さんの馬鹿…』
母親の愚痴が出てくる。母親として娘を心配する気持ちはないのだろうか。
(物語の母って、優しいのに…お母さんは戦いばかりだった…)
気づけば、炭が大分燃えつきて灰に変わっていた。そこへ炭を加えて熱を繋げる。下がり始めていた温かさが戻り始め、脱ぎ捨てられた衣服に目がいく。特製の洗剤を水魔法で作った渦に加え、衣服を投げ入れた。渦をグルグルを回転させながら、衣服がしっかり洗浄されているか、ぼんやりと見つめる。
(これもそう。しっかりできるまで覚えさせられた。時間はほぼ無限にあるって言って…)
戦闘に必要な技術、魔法に必要なイメージ、そして、サバイバル技術。私は、母の才能を引き継ぎ、何でもできるようになった。いや、できるようにさせられた。小さいころからの仕込みは今でも役に立っているあたり、有難い。でも、苦手なことも一通りできるようになるまで、何年もかけてやるあたり、狂気染みている。
いくら、高レベルになってほとんど歳を取らない種族だからといっても。
(はぁ、どうしよう。追跡者のスタミナ、MP切れを狙ってみたけど、ここに逃げこむまで追いかけてきたし、魔法をそんなに使ってきてない…はぁ、まだ周辺でじっとしている…私だけをずっと狙い続けるって、どんな趣味してるんだろう?)
手は防具の修復へと移っていた。短い夏だけに現れるトカゲ型と赤いドラゴンを仕留めて作ったプロテクターは、自身のエンチャントによって傷んでしまっている。何百回とも繰り返した分解作業を行い、酷い損傷がある部品を予備に変えていく。
十年以上狩り続けた結果、大量にストックがある。加工に必要なスキルもレベルがいつの間にか高くなり、ほとんど意識を割かずとも、一定の質で作れてしまう。
『上着は…駄目かなぁ』
防寒の機能を備え、打撃を軽減してくれるベストを洗浄し終えた水の水球から取り出してまじまじと見つめる。返り血や自分の血が染み込み、お世辞にも綺麗とは言えない代物と化しているし、激しい戦闘の結果、かなり傷を受けて本来持っていた機能の大半を失っている。
いくつかは作っている。しかし、その一つをこんなに早く使い潰してしまった。…前途多難だ。
『はぁ、籠っていたい…』
そんなことをしても解決しない。試練の期間はそれが為されるまでだ。
ついついネガティブな考えが湧きあがってしまう。こんな状態じゃ、駄目だ。
時間は沢山ある。『追いつめて、追いつめられる』ように、試す時間も幸いなことにまだまだある。
『今日は眠ってしまおうかな』
切らしてはいけない魔道具の動作の確認と洗った衣服を簡易で作った物干し台に干して、炭についた火を消した。
寝袋に入り、私は眠りへと入っていった。
~魔の森・連邦寄り~
「ふぅ、これで終わりでしてよ。」
振るわれた剣から光の刃が形成され、使い手の身長と同等の太さの首を切り捨てた。
周りでも至る所で、そんな光景が見られた。人が相手しているのは、十倍以上の体格を持つ竜たちだ。首の太さだけではない。強さもこの世界でほぼ最上級である赤ランク。ここにいる聖女を含めた猛者でも下手をすれば死ぬ。
されど、そのような死の気配はしない。苦戦こそしているものの、何年、いや何十年も相手している者がいるのだ、もしへまをするような者ならば、とっくに魔の森と亜人族に殺されている。
「どういう風の吹き回しなんだ?聖女は聖女でもヴァセリアンが派遣される予定じゃなかったはずだ。」
「それがですね、ラミーさんが、ごねたんですよ。」
「私の下僕の言う通り、そういうことですわ。」
「ラミー、ラミー?ああ、ミネンラミン様のことか。あの人、調子がいい時はいいんだが、悪い時は部屋の外に一歩も出てこない…なるほど、それで戦闘狂が代打で来た訳か。」
ミネンラミン…という名の聖女の話はよく上がる。一癖二癖ある聖女たちだが…教皇の次に強いとされ、上級人族に一番近い女性だ。見た目は三十代で、三人の既に独立した子供がいる。夫も強く、Lv110に到達、こちらは連邦軍の上から四番目の地位である幕僚を務めている。人望も厚く、この男も共闘することがあるので、よく知っていた。
ちなみに子供の内、一人は四十代で親と同じ幕僚であり、軍団長へ昇格も近いとされている。
「こちらの報告書は読んだのか?」
「ええ、当然。ドラゴン討伐は順調に終わっているそうですわね?でも、魔物の動きが慌ただしくなったとか。原因は分かりましたか?」
「さっぱりだ。今分かっていることといえば…テイマーの意思疎通によると、パートナーから恐怖を感じるそうだ。ヴァセリアン様も分かっていると思うが、ドラゴンに追われて逃げ出すような魔物はここら辺にはほとんどいない。それに、龍と他の魔物は双方向に不干渉だ。だとすると…」
「強者が生まれたのでしょうね。楽しみですわ。」
「おいおい…その推測は合っているとも、間違っているかもしれない。聞いたことあるだろう、古の魔族の話は。」
ヴァセリアンのうっとりとした表情が、怪訝な顔に切り替わる。
「それも当然ですわ。…教皇様から教えられた近年の歴史を覚えていますもの。ともかく…運が良いですわね。亜人たちと休戦中で、こちらに戦力を振ることができますわ。」
「連邦軍の連中も動きだしているだろうなぁ。」
「教皇様に報告が届いていますから、確実に動いていますよ。」
「こうなることなら、野蛮人には来るように伝えておくべきでしたわ。」
ヴァセリアンは心の底から残念だと思う。あの野蛮人たちでも楽しめるイベントが来るとは思っていなかった。それと同時に、嬉しさも。がみがみ言い合うあれはいないが、その分、戦える。そう思うと、剣についつい手がいってしまう。
「会ってみたいですわね。」
「古の魔族にか?」
「ええ。どんな血の色と力を持っているのでしょう。想像しただけでゾクゾクしますわ。」
「「……」」
冒険者の男と聖女のお目付け役は恍惚した表情を浮かべるヴァセリアンから一歩引く。彼女も聖女。頭のネジが一本、いや二本、三本抜けて落ちた戦闘狂の一人。それを認識させられる言動だ。
やる気に満ちた聖女の斬撃および破壊音と悲鳴と断末魔がしばらくした後に、魔の森で響くのであった。
Q:なんちゃってQ&Aを始めます。
A:うむ。
Q:主人公たちが居ないんですけど…一応舞台は離れてないですよね?
A:そうだな。護とメイアたちがいるのも魔の森だ。…距離と選択の関係上、物語は八章から時間がやや経つことになる。具体的には八章が冬真っ只中で、九章は春先の話だ。ただ、雪はまだまだ降るような環境でもある。
次回からは、その冬の間にあったことをいくつかピックアップした後にプロローグの時系列に戻るといった流れになるだろう。
Q:なるほど。ちなみに、最初の彼女は…
A:魔編だ。シンプルだろ?
Q:…(Aめ…)
大雑把な内容としては、レベルアップ(ヒロイン)+αを予定しております。




