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「こんにちは、千鶴ちゃん」
両手にたくさんの荷物を抱えて、佳菜子の後ろから信吾が現れた。
「こんにちは。お邪魔してます。うわぁ、イメージ通り!素敵なおじさん~!」
千鶴の機嫌はもう直ったらしい。それが祥太朗にはちょっとだけ面白くない。
「まぁまぁお2人さん、仲良く仲良くね。2人にいいもの買ってきたんだから!」
佳菜子はそう言って、信吾から紙袋を1つ受け取る。
「うふふ、ついでに買ってきちゃったのよね~」
紙袋の中には、簡易包装の箱と、丁寧に包装された箱が1つずつ。
「こっちはあたし達の分。こっちはあなた達の分」
簡易包装の方は食卓の端に置き、ピンクのリボンで飾り付けられた方を祥太朗と千鶴の真ん中に置く。
「開けてみて。気に入るといいけど」信吾が微笑む。
開けなくてもだいたい想像できた。だって、さっきまでそういう話をしてたんだから。
これって、アレだよな。千鶴に視線を向ける。
アレだね。それを受けて千鶴もニヤリと笑う。
千鶴に向けていた視線をピンクのリボンに移し、手をかけ、軽く引っ張って、止める。
「いや、お楽しみは取っておこう。これは夕飯食ってからにしようぜ。千鶴、大判焼きはクリームでいいんだよな?」
視線をピンクのリボンから、再び千鶴へ向ける。
「何の話?」佳菜子が首を傾げた。
「何言ってんの。クリームもあんこもどっちも!だって2組だよ?」
千鶴は祥太朗の顔の前でVサインを作って見せた。果たしてこれは『勝利のV』なのか、それとも『2つ』を示しているのか。はたまたその両方か。
「千鶴ちゃんまで、何の話よーぅ」
「いえいえ、こっちの話なんです。お気になさらず」
いつもなら深く追及する佳菜子だが、今日はよほど機嫌が良いのだろう、そうね、取っておこうかしら、と言って、食材の入った買い物袋を探した。
そこで、信吾がずっと買い物袋を持っていたことに気付く。袋自体はそう大きくはないが、中には牛乳や揚げ油等が詰まっているので重さは相当のはずだ。見ると、もう片方の手には米の入った袋も下げていた。
「やだ、信吾さん、下に置いても良かったのにー!重たかったでしょう?」
「僕なら大丈夫だよ。手伝ってもらっているから」
「手伝う?」千鶴が信吾の持つ買い物袋に近づく。
重さでピンと張っている袋の底から、かすかにカサカサ、カサカサと音がする。
千鶴はしゃがんで、その袋に手を近づける。ひゅうう、と風に触れた。
「風?どこから?」
信吾は何も言わずに笑みを浮かべていた。
「さーて、準備するかなぁー」佳菜子がエプロンをつけ、袖をまくった。
「あ、あたしもなんかお手伝いします!」千鶴も立ち上がる。
「あらー、ありがとー。あたし女の子と一緒にお料理するの、夢だったのよねー。今日は揚げ物だから助かっちゃう!」
「あ、じゃ、あたし衣つけますよ!」
女達はキャッキャと夕飯の仕度を始めた。
男連中は、そそくさとリビングのソファへと移動することにした。
「父さん、さっきの手伝ってってのは、やっぱり魔法なんだろ?何に手伝ってもらってたんだ?」
3人掛けのソファの真ん中に身を沈めた祥太朗は、どこに座ろうかと迷っている信吾に そのソファから90度の位置に配置された一人用のソファを指差した。
ありがとう、と言って、信吾も身を沈める。
「風だよ。道中からずっと手伝ってもらってたんだ。家までついて来てもらったんだよ」
「風か。結納金運んだ時もそうだったの?」
「そうだよ。人の形だと、持ち歩ける重さにも限界があるみたいでね」
「そりゃあ、米10㎏に牛乳2本と揚げ油だろ。それにまだ色々入ってるんだろうし……。あれ?たしか、紙袋も持ってたよな。それくらい母さん持ってやりゃあいいのに」
「いいんだ。僕なら平気だから」
「父さんは過保護なんだよ」
そうかな、と言って信吾は笑った。
「なぁ、俺にも出来るかな。そういうの」
祥太朗は身体を少し起こして、信吾をじっと見つめた。
「出来るよ。君が、敬意と感謝の気持ちを持ち続けていれば」
「敬意と、感謝、か……」
「水も、風も、この世にあるものはすべて、勝手に僕らが使っていいものじゃない。勝手に使えるのは自分の身体くらいさ。それ以外は、一歩引いて力を借りるんだ。普段から心がけていれば、きっと、いままで以上に魔法はうまく扱えるようになる。でもね……」
そこまで言って、信吾は軽く目を閉じた。しばし無言になる。
静かになったリビングへ、楽しそうな女達の声が聞こえてくる。
「おばさん、イカも揚げるんですね。イカって結構油跳ねません?」
千鶴は丁寧にパン粉をはたき、皿の上に出来上がったイカリングを並べた。それを佳菜子が菜箸でつまんで油の中へ入れていく。
「それがねー、ぜんぜん跳ねないのよね。いままで一度もないのよ。油がいいのかしらー」
イカが鍋の中に放り込まれる度、パン、パン、と油がはじける音がする。音だけ聞けばだいぶ跳ねてるように感じられるのだが。
「本当だ!音の割には案外大丈夫なんですね。どこのメーカーの油ですか?」
「父さん、もしかして……」
目を瞑ったままの信吾に、声をかける。信吾は左目だけを開けて、祥太朗を見た。
「だって、僕は過保護だからね」と言って微笑む。
まるでウィンクをされているみたいで、祥太朗はどきりとした。




