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魔法使いとコーヒーを  作者: 宇部松清
最終章 魔法使いとコーヒーを

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「何それ!おじいちゃんちょっと可愛いー!」

 4人掛けの食卓に向かい合わせで座った千鶴が、麦茶を片手に興奮している。

 信吾と佳菜子は夕飯の買い出しがてら16年振りのデートに行ってくると言って(言ったのはもちろん佳菜子だ)、出て行った。

 『合わせたい人がいる』このフレーズで父のことだと瞬時に察した千鶴は、うきうきと手土産まで持参し、やって来た。

 しかし、タッチの差で父の姿を拝むことは叶わず、お楽しみはしばしのお預けとなった。

「可愛くねぇよ!俺死ぬかと思ったんだぜ?」

「あははー、ごめんごめん。でもさ、一件落着なんじゃないの?おじさんも戻ってきてくれたんだしさ。で、おじさんって結局どこにいたの?」

「……カップ」祥太朗は麦茶を一口飲む。

「え?」

「母さんのコーヒーカップになってた」

「えぇー?」



「カップぅ?」

 16年振りに家族水入らずで4人掛けの食卓に着く。佳菜子の真向かいの席は祥太朗の指定席だったが、その座は信吾に返上することにした。祥太朗はその隣に座っている。

「そう、佳菜子のカップにね」

 信吾は16年振りに自分のカップで、佳菜子が淹れた薄めのコーヒーを飲む。ゆっくりと、味わいながら。

「最初は、少し遠いところにいたんだ。あまり近いと、祥太朗が気配で怖がるかもしれないと思って」

 食卓の上に置かれた白いカップからはほかほかと湯気が上がっている。信吾は両手を温めるかのように、そのカップに手を添えている。

「でもある日、佳菜子が洗い物をしている時に、佳菜子のカップがわずかに欠けているのを見て……」

 見た……。母さんの目を通して見たのだろう。

「佳菜子はどうやら気付いていないようで、そのまま片付けてしまったんだけど、このままだと飲む時に唇を切ってしまうかもしれないし、洗う時だって危ない。その頃には君も洗い物を手伝ったりしていたからね」

「信吾さんたら過保護よねー」佳菜子が茶化す。

「だから、僕がカップになることにしたんだ」



「じゃあおばさんは、知らずにそのカップを使い続けてたってこと?」

「ところがそうでもないんだよなぁ、これがさ」



「なーんだよ、母さん、こんなに近くにいたのに気付かなかったのかよ。妻の勘ってのも案外役に立たねぇな」佳菜子と信吾のちょうど中間くらいの濃さのコーヒーを啜りながら、祥太朗は笑った。

「ちょっと待ってよ。アンタ母さん舐めんじゃないわよ。あたしが1回でも、母さんのカップ使うこと許可したことある?」

「えっ?」

 祥太朗は驚いた。

 そう言われると、たしかに。この間も結局カップは取り替えたのだ。

「気付いてたのかい?」

 信吾も驚いたようだった。こんな表情はなかなかレアである。

「大事な大事なカップが欠けたのよ?気付かない方がどうかしてるわよ。第一、こんなに見えすぎる目をくれたのは誰よぅ」

 佳菜子は口をとがらせ、ノベルティのマグカップで濃いコーヒーを一口飲んだ。

「そうか、僕が作ったんだった」

「父さんもいま気付いたのかよ!」

「……ってまぁ、言ってみたけど、自信はなかったのよ。見間違いだったかもしれないって。でも、もしかしたらって思ったら、やっぱり人には使わせたくないじゃない?祥ちゃんだって、信吾さんとチューしたくないでしょう?」

 佳菜子が祥太朗に向けてウィンクをする。

 それは……嫌だ。

 祥太朗が言うより先に「たとえ息子でも、佳菜子以外は、僕が嫌だ」真顔できっぱりと信吾が言った。

 父さん……決める時は決めるじゃねぇか。



「ででで出たー!おじさんの天然発言ー!息子に対しても容赦なーい!」

 千鶴が叫ぶ。なんでこいつはこんなに嬉しそうなんだよ。

「まぁ、そんなわけで、自信がないながらも、もしかしたらって気持ちでカップを使い続けてたらしいんだよな。でも父さん人型になっちゃったからさ、当然、そのカップももうないわけよ」

「じゃあデートがてら新しいペアカップ買ってくるんじゃない?」

「なんでだよ。父さんのはまだ無事なんだから、母さんのだけでいいだろ?」

「わかってなーい!女心ぜんっぜんわかってなーい!ペアだからいいんじゃーん!同じの使いたいじゃーん!」

 そう叫ぶと、食卓に両手を突いて身を乗り出し、顔を祥太朗にぐっと近づけた。急な接近に胸が高鳴る。これは、アレか?キスすればいいのか?でも、このタイミングで?

 あれやこれやと考えていると、千鶴がにんまりと笑った。

「賭けようか。あたしはペアカップを買ってくる方に賭ける」

「えっ……。の、乗った……」

 あっぶねー、あと一歩で脈絡もなくキスするところだった…。

「でも、何を賭けるんだ?」

「そうだなー、来週一週間、下校時の大判焼きなんてどう?」

「安っ!そんなんでいいのかよ」

 大判焼きなんて、1個100円もしない。

「じゃあ何がよかったのよ。あたしだってそんなに持ってないんだから!」

「持ってないって……、自信ないのかよ!」

「んー、一応ね、い・ち・お・う」千鶴は椅子に座りなおした。

「……でさ、これから祥太朗はどうすんの?」急に千鶴のトーンが下がる。

「どうするって、何がだよ」

 お互いのコップが空になっていることに気付き、麦茶を取りに冷蔵庫に向かう。

「魔法の練習するの?おじさんに習って」

 それぞれのコップになみなみと麦茶を注ぐ。

「んー、どうかな。のんびりやるよ。千鶴もいつか、舟に乗りたいだろ?」

「乗せてくれるの?」千鶴の顔がぱぁっと明るくなる。

「何年かかるかわかんねぇけど。それでもいいなら」

「ねぇ、じゃあさ、身体の一部を使って指輪を作るってやつは?」

「うーん、それって俺でも出来んのかな。なんかすっげー難しそう。……ん?……指輪って……」

 千鶴はニヤニヤしながら祥太朗を見つめている。

 それって結婚指輪の話だろ!

「そそそそそれは、もっともっと先だよ!まだまだ先!」

 両手を顔の前で振りながら、祥太朗は言った。もちろん赤面のオプション付きで。

「えー、あたし、おばあちゃんになっちゃうじゃん!」千鶴は口をとがらせる。

「そーよぉ!あんまり待たせたら、逃げられちゃうかもよ~」

 勢いよくリビングのドアを開けて、佳菜子と信吾が入ってきた。聞いてたのかよ!

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