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魔法使いとコーヒーを  作者: 宇部松清
第7章 夢の中へ夢の中へ

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2

 ――もっと敬意を。感謝の気持ちを――

 夢の中で、誰かがそう言っていた。

 部屋着のままで、祥太朗は森の中を歩いている。裸足なのに、足の裏も痛くはなかった。

 祥太朗を先導しているのはネズミだった。時折、止まっては後ろを振り向き、祥太朗がちゃんとついてきているか確認している。

「こいつ、一体どこへ連れていくんだ?」

 結構な距離を歩いたと思うが、なかなか森を抜けられないでいる。

 おい、ネズミ、と声をかけようとしたが、その瞬間にネズミは大きな牛に変わっていた。

「あれ?さっきまで……」しかし、これは夢だ。夢なら何でもありだろう。

 牛はゆっくり、ゆっくりと歩いた。もっと早くてもいいんだけどなぁ。このままだと、目的地に着く前に朝が来ちゃうんじゃねぇの?夢の中なのに欠伸が出た。

 またしばらく歩いて2回目の欠伸をしたところで、また先導している動物が変化した。次は虎である。

「ははーん、さては干支だな、こりゃ」

 目の前に虎がいるというのにちっとも怖くはなかった。どうせネズミや牛のように先導するだけだと思ったし、第一、これは夢の中なのだから。

 祥太朗の読み通り、虎は襲い掛かってくることもなく、静かに前を歩くのみだった。そして次はウサギ。これは可愛かった。

「まてよ、子丑寅卯の次って……辰……。てことは……」

 顔を上げるとそこには大きな竜がいた。竜はヘビのようにとぐろを巻いて、祥太朗の方をじっと見つめている。

「うぉっ、なんだよ。お前は先導してくれないのかよ」

 しばらくの間、祥太朗と竜は見つめあったまま微動だにしなかった。想像上の生き物である竜は、祥太朗の夢だからか、漫画やゲームで見たようなヴィジュアルで、やはりそれなりに恐ろしかったが、不思議と怖くない。

「わかった。父さんだろ」

 竜の目が少し光ったような気がした。ワニのような口がゆっくりと開いて、鋭い牙がちらりと見える。喉の奥から生暖かい風が吹いてくる。その風に交ざって低い男の声がした。

 ――恐ろしいかい――

「ヨユー。ぜんぜんヨユーだよ。怖くねぇよ、父さんなんだろ」

 ――よくわかったね、祥太朗――

「なぁ、別に怖くはないけどさぁ、でかすぎてしゃべりづらいし、人間の姿になってくれよ。俺、父さんの顔見たいしさ」

 ――人間の姿か。わかった――

 目の前にいた大きな竜はもやもやと白い霧になり、周りの空気と混ざって見えなくなってしまった。父は一体どこから出てくるんだろうと辺りを見回す。

 右の耳元でふぅっと生暖かい風が吹いた。

「父さん?」

 振り向くが、誰もいない。どうしてこうもったいぶるんだよ。そしてなんで無駄にホラーな演出なんだよ!

 今度は左の耳元で、声がした。

 ――祥太朗、ごめんね。時間が来たようだ。驚かさないようにとなじみのある順番で形を変えたのが失敗だったみたいだ――

「気ぃ遣ってくれたのはありがたいけどさー、やっぱり牛だろ?今回の敗因はさー」

 ――たぶん。人の夢がこんなに短いものだとは。また明日、連れてくるから――

 ――もっと、敬意を。感謝の気持ちを――

「ちょ、ちょっと父さん!」

 声のする方へ手を伸ばし、走り出したところで、けたたましいアラームが鳴る。それに連動して、佳菜子が部屋に飛び込んでくる。いつもの朝だ。


 朝食はトーストが2枚と目玉焼き。レタスとトマトときゅうりのサラダ。それから根菜たっぷりの豆乳スープ。そして最近は牛乳の代わりにコーヒーが定番になりつつある。

「で?父さんの顔は見れたの?」

「それが、いいところでアラーム鳴っちゃったんだよなぁ」

「でも、さすが父さんね。ビビりの祥ちゃんのために干支で攻めていくなんて」

「でもそのせいで時間なくなったんだぜ。それってどうなの?」

 ビビりについては特に触れないことにした。否定しても肯定してもどうせからかわれる。

「んー、そういううっかりなところも父さんらしいわー」

「まぁ、昨日の話の感じからするとたしかに……」

 佳菜子は濃いコーヒーをゆっくりと啜っている。あんなに苦いコーヒーなのに、飲んでいる当人はとても美味しそうだ。

「でも、今日また連れてくって言ってたんでしょ。いいなー、母さんも行きたーい。父さんによろしく言っといてね」

「んー、まぁでもただの夢だって線もぬぐいきれないからさ、あんまり期待すんなよ」

 最後の一口を飲み干し、祥太朗は席を立った。通学カバンと弁当を持ち、家を出る。

 今日は千鶴と会えるだろうか。明日からは時間を合わせようかな。待ち合わせるとしたらどこだ?わかりやすいのはやっぱりコンビニかな。どっちが遅くなっても立ち読みして待てるしな。

 そんなことを考えながら、通学路を歩く。自転車でも良かったが、千鶴は徒歩通学なので、運よく会えた時のために歩いて行くことにした。どうせ大した距離でもないのだ。

 しかし、結局、千鶴に会うことはなく、学校に着いてしまった。まぁいいか、教室で会えるだろ。

 教室に入ると、千鶴はまだ来ていなかった。珍しいこともあるもんだ。

 自分の席に着いて、鞄を机の横についているフックに引っかける。頬杖をついて、見たばかりの夢を思い出す。

 あれは本当に父さんだったのだろうか。それともただの夢だったのか。俺をどこへ連れて行こうとしていたのか。また今夜、会えるんだろうか……。今日は早目に寝るかなぁ。授業中の居眠りも我慢だな、こりゃ。

 そういえば、夢から覚める前、父さんなんか言ってたよな。何て言ってたっけ。ここまで出かかってんだよなー。マジなんだっけ。なんかすっげぇ大事なことだったような気がすんだよなぁー。

「おっはよ、祥太朗!またぼーっとしてんの?」

 後ろから千鶴の声がした。

「おお?おはよ。遅かったな、珍しいじゃん」上半身を捻って後ろを向く。

「いやー、昨日興奮しすぎたのか寝坊しちゃったみたいでさー」

「父さんの力、半端ねぇな。俺なんて夢にまで出てきちゃったよ」

「えー?マジで?顔どんなだった?やっぱイケメンー?」

「いや、顔は……、後でな。もうホームルーム始まるぞ」

「あらら、ほんとだ。じゃあ、後でね」

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