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魔法使いとコーヒーを  作者: 宇部松清
第6章 いだいなる天然の魔法使い

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「は?」オジサンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「えっ?」驚いたのは佳菜子も同様だった。

 自信満々でそう言い放った魔法使いは、期待した反応ではなかったことに疑問を持った。

「あれ、なんか違ったかな。ああそうか、これか」

 そう言って、持参していた小さな風呂敷包みを自分の前に置いた。

「こちらは結納金です。お納めください」

「は?」オジサンはもはやそれしか言えないのだった。

「えっ?」そしてそれは佳菜子もまた同じであったらしい。

 しばし無言の時が流れた。幸いなのは、魔法使いが「沈黙は金、雄弁は銀」という言葉を知っていたことである。彼は、さらにたたみ掛けることはせず、オジサンの返答をじっと待つことにしたのだった。

 オジサンがやっと我に返り、あわててその場に正座をする。段差があるために魔法使いを多少見下ろす形になった。

「ええと、あの、いきなりのお話で、私としても、なんとも……」

 こんなに丁寧に話すオジサンは初めてだわ、と佳菜子は思った。

「それに、私は佳菜子の父ではありません。親戚といってもほとんど血のつながりもないような者なのです。佳菜子があなたと一緒になりたいというのなら、特に引き止めたりもしません。ましてやこのような結納金なんて……うんん?お、おおっとぉ」

 オジサンは魔法使いの前に置かれた小さな風呂敷包みを持ちあげようとしたが、予想していたよりだいぶ重かったのだろう、バランスを崩し、前につんのめった。

「これ……中身は……?」オジサンは体勢を立て直しながら、魔法使いに問う。

「ああ、これは……」魔法使いはそう言いながら包みを解いた。

 そこにはまさに金色に輝く塊。つまり、金塊があった。佳菜子の握りこぶしくらいの大きさの物が2つあったが、何せ、金だ。重さは相当であろう。たしか、魔法使いはあれを片手で持っていたはずだが……。

「すみません、お金に換えてから来てもよかったのですが、一刻も早くご挨拶に上がりたくて。必要ないものだったのでしょうか」

 さっきはいらないそぶりを見せていたオジサンだったが、さすがに目がくらんだと見えて、「いやいや、これは結構なものをありがとうございます。佳菜子を幸せにしてやってください。あ、そうだ。寿司!寿司でも取りましょうか」早口でそう言うと、金塊を包み直し、今度は気合を入れて持ちあげた。

「寿司?生魚の料理ですね。いえ僕は、佳菜子がいればいいのです。佳菜子の料理の方が好きです。結婚の承諾がいただけたのなら、これで失礼致します」

 魔法使いはすっと立ち上がり、オジサンに丁寧にお辞儀をすると、佳菜子の手を取ってドアノブに手をかけた。

「お、オジサン、いままでありがとうございました」

 佳菜子は最後にそう言って、魔法使いと共にオジサンの家を後にした。


 魔法使いと佳菜子は、来たときと同じように、しばらくは手を繋いで歩いた。

「名前、聞かれなかったね」佳菜子が言う。

「うん。ちょっと残念だったな。とてもいい名前なのに」魔法使いが笑う。

「いろいろびっくりしたわよ。いきなり『娘さんをください』なんだもの。どこで覚えたの?あれ」

「ちょっと前に、頼まれごとをしたんだ。その時にね」

「頼まれごと?」そろそろいいかと、佳菜子はサングラスを外した。

「結婚を許してもらうために、お義父さんの家に通いづめてる男の人がいたんだ。僕が見たところ、お義父さんの方でも彼を認めてはいるものの、娘が可愛くてなかなか手放せないでいるみたいだったんだよ。それでちょっとすねちゃったのかな、庭の桜の花が咲くまでは嫁にやらんってね、言ったみたいなんだ。その庭の桜はもう何年も花をつけてはいなかったのに」

「それで、咲かせたの?」

「いいや、もう、あの木は花を咲かせる力がないみたいだったんだ。だから、その男の人に頼まれた時も、本物の花は咲かせられないって言ったよ」

 魔法使いと言えど、全能ではない。だから佳菜子の目だって治すことはできなかったのだ。

「だから、僕が桜の花になった。偽物の桜で良ければって。ただし、結婚の承諾をいただけたら、必ず本当のことを話すようにって約束した。彼はそれでもいいと言って、玄関の戸を開けて、お義父さんに桜を見せながら、きちんと正座をして……」

「娘さんをくださいって言ったってわけね」

「そう、そして『結納金』というのも渡してた。『金』というくらいだから、『金塊』のことなんだろうって思ったんだけど、いまの時代は金塊よりお金の方が使いやすかったかな。やっぱり換金してくればよかったね」魔法使いはやはり勘違いしていたようだった。

「まぁ、まだ気になるところはあるけど、それで、どうなったの?」

「結果から言うと、結婚は許してもらえたよ。ただ、僕が元に戻ったときはとても悲しそうだった。やっぱりこの木はもう咲かないのか、ってがっかりしていたよ。亡くなった奥さんが大好きな木だったんだって」

 そのお義父さんの顔を思い出したのだろう、そう話す魔法使いの顔も悲しそうだった。

「そうだったのね……。あと、あの金塊はどこから?」

「え?ああ、あれはね、閉山した金山から少しもらったんだ。もう誰も採掘しないみたいだったから」

 魔法使いはまた少し微笑んで「これで、本当に僕のお嫁さんになってくれたかな」と言った。



 佳菜子が話し終えると、時刻はすでに22時を回っていた。念のため、千鶴の家に電話をかける。留守電につながったところをみると、両親はまだ帰宅していないようだった。一応、これから帰宅すること、祥太朗とその母に送ってもらう旨を残しておいた。

 外に出ると、さすがに冷える。千鶴はまだ興奮気味であったが、風の冷たさで少しクールダウンしてほしいと祥太朗は思った。

 祥太朗と千鶴が並んで歩き、佳菜子はその後ろに続いた。こんなに控えめなのも珍しい。一応、気を遣ってくれたのだろうか。

「とても素敵だったね、おじさん。あたしキュンキュンし過ぎて倒れるかと思っちゃった」

「うん、俺も倒れるかと思った」「え?祥太朗も?」「千鶴がだよ!」

 流れるような会話を佳菜子はニヤニヤしながら聞いていた。

 その後は他愛もない話をしながら千鶴の家へと向かった。

 家に着いても、部屋に灯りはなく、両親の車もなかった。どちらも残業のようだった。

女の子なんだから戸締りはしっかりするように、とやけに保護者然とした佳菜子に元気よく返事をし、千鶴は家の中へ入った。

「さーて、コンビニでも寄りつつ、帰りましょーか」

 今度は佳菜子が祥太朗の隣を歩いた。腕まで組もうとしたので、それは丁重にお断りした。


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