第6話 春の国 咲谷夕月
「あやめちゃんっ!あやめちゃーんっ!!」
ある静かな草原の中、少女の泣きそうな声が響き渡った。
その少女は櫻といった。
櫻の従者であるあやめは先程、父だと思われる人物によって誘拐されていった。
そんな櫻の前に現れたのは咲谷夕月だった。
「ゆうげつさま…」
夕月は一応櫻の婚約者だ。しかし、櫻が拒絶しているため雲行きは怪しい。
「櫻」
「なんで、ここにいるんですか?」
こんな草原に来る必要なんてない。仕組まれた可能性がある。
もしかしたらあやめの父親はあやめを通して櫻を殺そうとしているのかもしれない。
「質問に答えられるほどの権限は君にない」
「あります!はるのかみのいもうとです。力をもってるのは、ほんとは櫻なんです!」
「信じられないといつも言っているだろう。風吹様も要らぬものを押し付けるとは酷い」
世の中にはこういう人が多い。春の国の人間でさえこうなのだから、一般人は納得するわけがなかろう。
でも、世の中はそれ以上に残酷だ。
風吹も五朝も残酷だ。
それでも五朝を好きになれたのは命令でもなんでもない。櫻は五朝のことを陰ながら思っている。あやめだってそれを知っている。
残酷な人間は良心で動く人間よりたくさんいる。それは櫻が一番知っていた。櫻が見てきた大人たちはほとんど残酷な人間だったからだ。
残酷な人間がいるから戦争がおこる。空き巣がいる。誘拐犯もいる。
全部全部、残酷な人間によって起こされている。
ニュースなんで見ても残酷な人間が残酷なことをして捕まっていくだけだ。面白くもなんともない。
最初からわかっていた。
「権力は関係ないだろう。都合が悪くなると黙る。櫻の本性だ」
咲谷夕月は残酷側の人間だ。
「よびすてはだめ…よびすて、していいのごちょうにいさまだけ」
でも逆らってはいけない。
「……」
彼は現代の春の国一の名門・咲谷狼月の一人息子だからだ。
(どうやってきりぬける?)
夕月を敵に回してはいけない。
でも、多分掌で転がされている。
(それなら…)
「ごめんなさい、ゆうげつさま。よびすてでもいいです。そのかわり、さくらもゆうげつさまのこと、よびすてでもいいですか?」
それなら予想外な言葉を口にする。
「……」
夕月は特に何も言わず、ただじっと見つめた。
「しょうぶをしましょう。さくらがかったら、こんやくはなしにしてください」
「俺が勝ったら即結婚だ」
なぜ、そんなことをかけるのだろうか。
夕月は櫻のことをどうでもいいと思っているのに。
否が応でも勝たなければならない。
「おうけいたします」
* * *
『お兄様、今度は私が花冠を作るね』
そう言って⬛︎⬛︎⬛︎は無邪気に笑った。
『ああ』
『ねえ、春の神様はどんな方なの?』
『少年だな。父親も生きているが、力はもう受け渡しの儀式をしたらしい』
少年はいまと変わらぬ口調で言う。
『あれ、娘婿、じゃなかった?』
『ああ、そうだったな。では母親が先代か』
『前に会った時、いなかったよ、お母さん』
『母親はもういないらしい』
『私とお兄様みたいに?』
『……』
酷だと思った。現代の春の神と、次代の冬の神と⬛︎が異父兄妹だと明かすのは。
『お兄様、お母様はどんな人だったの?』
だから、思った通りのことを言うことにした。
『普段は優しくて温厚、だけど厳しい時は厳しい。メリハリのある人だ』
『へえ』
これは⬛︎がいなくなる半年前、⬛︎が3歳、次代の冬の神が7歳の頃の話だ。
* * *
冬の神・凍宮白城は従者・雪谷冷寒から出してもらって随分と経ったティーカップを持った。
「……」
中の茶はすでに冷めきっている。
過去のことを思い出し、ティーカップの隣に置いてあるスコーンを取る気にもなれない。
なぜだか何をする気もおきず、ティーカップの中の茶を揺らしていた。
従者も何も言わない。
静かな部屋の中でニュースの音だけが聞こえる。
「白城様、冷寒様、いらっしゃいますか?」
冬の国管理委員会の副委員長・渡邊の声だ。
「どうした、渡邊」
冷寒が声をかける。
「お客様がいらっしゃいました。花舞櫻様です」
花舞櫻、春の神として裏で活動している。⬛︎⬛︎⬛︎だ。
ーギィ
ドアが開くと、そこには白城に似た小娘がいた。
その娘は凛とした声で
「はなまいさくら、です」
と言った。




