1-6.退去
退去 ジロ
「決まりですか。」俺がカールに聞いた。
「そうだ。」
オベリスクが接近中だ。3時間後にステーションを放棄する。
「グチを言ってもしょもない、準備にかかれ。」
カールに睨まれた。そりゃ皆、不満だろう。いつも明るいジョリイも沈んだ表情だ。
「リストのものは積み終わってる。あとは私物だけよ。」
「そうか。じゃ、すぐ終わるな。始めてくれ。」カールは事務的に言った。
オベリスクが前回と同じ位置で止まった。俺はジョリィとエアロック手前で、スペーススーツで待機している。
「こちら猿のコーネリアス。メッセージを届けたいので、会見を希望します。」
何!?俺はジョリィと顔を合わせた。
「どうする?」俺はインカムで、カールに話かけた。
「メッセージだけなら通信ですむ。危険を犯す必要はない。」
「それを承知の上での申し入れだろ。あっちも同じだ。」
「危険な事を、あえてって事?」ジョリィが聞いてきた。
「そうだ。それだけの意味があるはずだ。」
「どんな?」
「会って聞いてみるさ。」
「待て、許可しないぞ。」カールが急いで言ってきた。
「ジロ・シラセさん、B・スパイダーで来る気はありませんか。私もペンシルで出ます。」
コーネリアスからご指名だ!!俺とジョリィは顔を合わせた。
「行ってくる!」エアロックへ向いたところで、ジョリィに捕まえられた。
「大丈夫なの?」
「こっちの覚悟しだいだろ。」
ジョリィが俺をじっと見た。おもむろにインカムを操作して。
「行かせてあげて。」
「気を付けて行ってこい。」カールは呆れてるんだろうな。
「無事に戻って。」ジョリィが手を離してくれた。
「もちろん。」俺はエアロックに入った。「こちらジロ。コーネリアス、どこで会えばいい?」
「オベリスクとステーションの中間で。」
ペンシルが射程に入ったところで、ペンシルが横向きになった。
「マグネットアンカーをつけたいから、横に向けて。」コーネリアスから通信が入った。
相手が腹を見せているんだ、こっちも負けてられない。転回してペンシルに対して停止した。
コーネリアスがアンカーから伸びたワイヤーを伝って"降りて"きた。
「わざわざ来てくれてありがとう。」コーネリアスが顔をライトアップしてから告げてきた。
今回は猿語が聞こえてこない。口パクから遅れて通訳機の声が聞こえてくる。
「腹見せをしてくる相手から、逃げ出さなくてよかった。」
「・・・。」コーネリアスがとまどったようだった。表現が悪かったかな。
「それで、わざわざこんな所で伝えたい事はなんだ?」
「私達は本当に、切実にあなた達と仲良くしたいの。」
「は?」そんな内容?俺はもっと重要な事だと思っていた。
戸惑う俺をよそに、コーネリアスが続けた。
「私達は当初、惑星プロキシマbをめざしていたの。」
「!」
プロキシマbは、太陽系に最も近い恒星「プロキシマ・ケンタウリ」にある地球型の惑星だ。猿は別の星からそこを、めざしていたということか。
「もうすぐ到着という所で、地球に知的生命体がいる事がわかったの。地球は生命にあふれていて、プロキシマbとは比較にならなかった。それに、このあたりには他に知的生物はいなさそうじゃない?ぜひ仲良くなりたい。だからここまで来たのよ。」
「・・・。別にやりようはなかったのか。強引すぎる。」
「いろいろ制約があるのよ。火星をお勧めされたけど、寒すぎる。」
火星を?知らなかった。
「仲良くしたいという割には、俺達をステーションから退去させるのか。」
「月の共同開発、恒星間航行技術等の提供を断って、核ミサイルを撃ってくる人達の近所には住めないわ。」
俺は頭をかかえたくなった。こっちは、いろいろ撥ねつけていたらしい。
コーネリアスが月を見上げた。俺も一緒に見上げた。リラーマが手前にある。
「リラーマは今、最も脆弱な状態なの。あそこには、たくさんの人が住んでいるわ。核のないロケットが当たるだけでも、大惨事になる。」
コーネリアスが俺に向き直った。
「しばらく、ステーションから退去してください。」
イヤと言っても、しかたないんだろうな。
「しばらくって、どれくらい?」
「私には、わからない。」
「そうか。」俺はうなだれた。
「別のお願いがあります。」
俺は顔をあげた。「何だ?」
「ステーションを、破壊しないでください。」
「それは、こっちのセリフだろう!!」
「我々はそのつもりはありません。使用可能なうちに戻れるように計らいます。」
「本当か。」
「皆さんを、地球に押し込める気はありません。」
「俺達は交流するのか。」
「しないで済ませられる?」
「無理だろうな。」即答した。
「私の代では無理かもしれないけど、地球の観光地をあちこち見たいわ。シブヤで待ち合わせも、してみたいわね。」
俺は苦笑した。ケンの冗談を理解したらしい。
「ケンが、そっちの観光地に行く約束をしていたな。」
「こっちの観光地は、これから作るんだけどね。」
二人はだまった。双方が繁栄できれば、それに越した事はないんだろう。
「再度、伝えます。我々は本当に、あなた達と仲良くしたいんです。」
「うん、言いたい事はわかった。」
「ここへ来て良かった。では、しばらくさようなら。」
コーネリアスは、ペンシルへ"昇って"行った。
俺もコクピットへ戻った。ステーションへ向かってメインスラスタを吹かしてから反転した。
ペンシルの後部が光って、遠ざかって行った。
「ジロ~。よかったぁ。」ジョリィから熱烈な抱擁を受けた。
「そんな心配する事なかっただろ。」
「うん。大役お疲れ様。」
「ただいま。」インカムでカールに話かけた。
「後でこらしめてやるからな。今は休憩しろ。ジョリィはそのまま待機。予定時刻に降下船に乗り込む。」
「了解。」エアロック前の二人がハモった。
俺が最後に降下船へ、乗り込んだ。
「席について体を固定しろ。」カールが、席から振り返って言った。
「了解。」
「すごく揺れるからね。」ジョリィが、首をひねって言ってきた。
「わかってるよ。」大気圏を揺れなしで降りるなんて、猿にもできないだろう。
「準備完了。」
「降下船を、ステーションから切り離す。」カールが言いながら操作を開始した。
ガコンと音がした。
「ステーションから離脱、降下軌道に入る。」
これでしばらく宇宙とおわかれだ。でも、俺はきっと又くる。
その時は、猿と握手できるようになっていれば、良いのだが。
降下船が地表へと向かった。