1-4.地球へ
オベリスクとの接続 ケン
猿から提案されたのは、月降下船をオベリクスの甲板にくくりつけ、月面と同じ1/6Gで加減速して、地球まで運ぶというものだった。地球までかかる時間も問題ない。オベリクスにちゃんと固定できるのかが気になる。
「ゲートウェイから、月降下船を分離。」ローナが指示した。
「分離。」パトリックが操作した。俺は後席で二人を見ているだけだ。
「ゲートウェイと距離をとって、オベリクスへ。」
「オベリクスへ向かう。」
月降下船は自由に移動できるが本来、降下位置を合わせるためのものだ。重加速はできない。
「ゲートウェイを、月面に落とします。」ゲートウェイの近くに来ていた、ペンシルのコーネリアから通信が入った。猿達は、同じパイロットに担当させる事にしたらしい。
「そんな事する必要ないだろう!!」俺が吠えた。
「近所で核爆発を起こされても、困るのよね。」
「核爆発なんてしない!!」
「あら?本当にそうかしら?」
「え!?」
ローナを見ると、硬い表情で前を見続けるだけだった。
パトリックは無表情で操船を続けている。
俺が知らないだけ!?「なんであっちの方が、知ってるんだよ!」俺は再度吠えて、押し黙った。
ペンシルからマグネットアンカーが2本伸び、ゲートウェイに付いた。
ペンシルが向きを変え噴射。ゲートウェイが動いた。
「ゲートウェイが軌道を変更。新軌道は地球で計算してもらう。」ローナが伝えてきた。
「月面付近で、核を爆発させないでもらいたいわ。」コーネリアは、ペンシルを月降下船に近づけてきた。
月降下船を、オベリクスの2mまで接近させて停止させた。甲板に4人いて、マグネットアンカーを取り付けられた。
「月降下船にマグネットアンカーの取り付けを完了。オベリクスに接地させます。」通信は全てコーネリアからくる。
ガグンッ。軽いショックがあった。
「ワイヤで固定します。」
これらは本来、ペンシル用の作業なんだろうなぁ。
こっちは作業員が作業しているのをずっと眺めているだけだった。
「ここで自爆、なんてことはないんだよな?」俺がローナに聞いた。
「しない。ここでやっても空母一つだ。」パトリックが答えた。
「ステーションにも、しかけてあるのか?」もちろん核のことだ。
「俺達も知らない。」返事が固い。二人共、仕掛けてあると思ってるな?
「ジロも知らないのか。」
「・・・。」返事はない。そうか。
気まずい沈黙が続いた。
ペンシルと作業員が見えなくなった。「作業完了。地球へ向け加速します。」
結局、0.2Gで加速し続けることになっている。体が椅子に沈んだ。
月降下船がオベリクスの甲板に押し付けられているわけだ。
スラスターだけでこれだけの加速ができるのか。
「二人にやつあたりして、すまなかった。とてもイレギュラーな事態だと、理解している。許して欲しい」ローナとパトリックが振り返った。
「いえ、無理をお願いしているのは、こっちよ。」
「こちらこそ、巻き込んですまない。」
「悪いのは二人じゃないだろ。地球の人間には、この先も思いやられそうだ。」
「それは猿のセリフだろ。おまえも地球の人間だ。」
「そういえば、そうだな。」
三人で軽く笑った。しかし、この先の展開が楽観できないのは確かだ。
ほとんど動きまわれない船内で、俺達は外を監視しつつ、交代で寝て過ごした。
オベリスクは長時間0.2Gで加速し続けた。乗組員はサービス精神旺盛な事に、その間ずっと横方向に押し付けられていたはずだ。おかげで、速度はかなりのものになった。
一方、リラーマはL1に停止した。周りに多数の作業ポッドらしきものが、展開しているのがわかる。ドローンかもしれない。
途中でオベリクスは、向きをゆっくりと変え、減速、ステーションに対して停止した。
ステーションはゲートウェイより大きく、重力ブロックも4方向に延びるアームの先にある。
「固定を解除します。」再び、ペンシルのコーネリアから伝えられた。通話はとことん、彼女とだけに限定する気らしい。
「作業完了。オベリクスが離れるので、そちらはそのまま待機してください。」
モニタの中で、オベリクスが遠ざかって行った。
「とりあえず、ここでお別れ。ハヤカワさんに、個人的にお願いがあるんだけど。」コーネリアのペンシルは、まだ動いていない。
「何だ?」デートの誘いじゃないよな?
「お子さんには、私達の事を良く言って欲しいの。」
あちらは関係改善を、楽観していないらしい。無理もないか。
「この後の展開にもよるけど、リラーマ観光を勧めるようにするよ。」
「そうね。私の子が案内するかもね。では私も一旦、後退します。」
ペンシルが退がっていった。
ステーションへの帰還 ケン
「方向転換開始。」ローナが指示した。
「方向転換開始。」パトリックが操作した。
「ステーションへ向かって。」
「了解。」
B・スパイダーが近づいてきた。「お帰りなさい。」ジロだ。
護衛位置につく為そのまますれ違った。
月降下船がステーションの目前まできた。
「停止。」
「停止します。」
スパイダーが近づいてきた。「お帰り。」セント・バーナードのヨーゼフだ。
「月降下船を放棄します。各自、荷物を持って。」
俺達は体の前後に荷物を付けた。船内を減圧、エアロック内外のドアを開放し、俺から外に出た。
「全員退去完了。ステーションへ向かって。」
俺達はスーツを微速でステーションに向かわせ始めた。
「月降下船を撤去する。」ヨーゼフからの通信に、俺は振り返った。
スパイダーが両足で月降下船をつかみ、メインエンジンをふかして放った。
大気圏で燃え尽きるだろう。もったいないが、近くにあると危ないと判断された。
俺はステーションに入った。
「ケン~。」ステーションの内側で、いきなり抱きしめられ・・いや、ベアハッグされた。
「ジョリィ、もう少し力を弱めて。」彼女は白いピレネーで、俺達を可愛がってくれる肝っ玉母さんだ。ただ、力加減がイマイチわかってない。
「だって、もう会えないかと思ったー。」
「後がつかえるから、ここをどかないと。」
「うん、又後でね。」
俺はスーツの前後に荷物をかかえたまま、奥に進んだ。
「パトリック~。」後ろから、次の犠牲者の名前が聞こえてきた。
ちなみに、彼女はエアロックでの待機要員で、スパイダー乗りの5番手だ。
荷物をはずしていると、パトリックがやってきた。
「いゃあ、熱烈な歓迎を受けたな。」にやけている。
お互い協力して、普段着に着替えた。荷物類を適当に押し込んで、コントロールルームに降りた。
コントロールルームには、ドーベルマンのカールがモニターを睨んでいた。スパイダー2機、ペンシル、オベリクスそしてリラーマと多数表示されている。
「よくきたな。」モニタを睨んだまま、声をかけられた。見た目は怖いが情に厚い人だ。
「疲れているだろうが、ケンはジロをパトリックはヨーゼフのサポートを頼む。」
「了解。」ハモッた。席についたところで、ローナが降りてきた。
「どんな状況?」
「オベリクス1、ペンシルに動きはない。スパイダー2機は所定位置にて、戦闘体制で待機中。」
「リラーマは?」
「L1で停止したままだ。あれは居座る気だな。」
「もうあそこから、ずっと動かないってことか?」俺は望遠でリラーマを映しているモニタを見た。
「そうだ。どうやら、ミラーを展開するらしい。」
「ミラー?」
「スペース・コロニー内に、太陽光を入れる為のものだ。想像図で見たことあるだろ。」
「宇宙船から、コロニーへ改装中ってことか。」
「そうだ。」にがにがしそうに答えた。
「どっちからも、何もないのね?」ローナが重ねてたずねた。
「ペンシルが後退を告げてからは何も。いや、オベリクス2が動いた。」
モニタにオベリクス2を大映しにした。
「リラーマへ戻るようだな。」こっちに噴射光が見えるってことは、そうだろう。
俺達がオベリクス2に見入っていると、通信が入った。
「こちら、ペンシルのコーネリア。ステーション、聞こえますか。」
「良好だ。」カールが、早口に硬い口調で答えた。
「核ミサイルの廃棄をお願いします。廃棄が確認されない場合、24時間後に破壊します。」
「要求には応えられない。」
「交渉は上部としてください。個人的には退去をおすすめします。」
ペンシルが後退し、十分離れたところで、オベリクス1に回収された。
オベリクス1が向きを変え、リラーマに向け加速を始めた。
「ジロ、ヨーゼフ、戻れ。」モニタから目を離していないが、ほっとした様子だ。
カールがやっと振り返った。「改めて、皆無事で良かった。」
「ありがとう。」俺達は口々に感謝を口にしながら、ハグしあった。