1.少女の出会い
私は今、父ウェルノに連れられてこの辺りでは一番大きな町【スタ】に向かっています。
スタは私が住む国【アマリア王国】の国境近くにある町。
隣国【ガレドーヌ帝国】との交易中継点として栄える町と父に教えられました。
私の名前はメアル。
田舎の小さな村の村長の娘で、歳は今回の人生ではまだ7才。
今回と言ったのは、私には前世の記憶があるからなのです。
前世だけではない、その前も、その前の前も、何度も生まれ変わって、その全ての記憶を私は持っています。
もし全ての人が生まれ変わるのだったとして、何故私だけが以前の記憶を全て持って生まれ変わるのか、理由は今もわかっておりません。
変わらないのは記憶だけではありません。
青い瞳も水色がかったストレートの銀髪もいつも変わる事はありませんでした。
理由はわかりませんが、容姿はいつも同じ。
そして恐らく私の持つ能力や運命も……
私の考えでは、私と目と髪の色が一致する親の元に転生するのではないかと。
今回も母親が銀髪碧眼だったそうです。
産後の肥立ちが悪かったのか、母は私を生んで間もなく旅立ったと父より聞きました。
だから、今は父親と2人暮らし。
父は優しく、時に厳しく、そして愛情深く私を育ててくれています。
私の記憶については父にも誰にも言えない私だけの秘密。
荒唐無稽で誰にも信じて貰えないでしょうし、場合によっては不敬だと怒られてしまうでしょう。
怒られる程度ならマシで、罪に問われるかも知れない。
又は頭の可哀想な娘という事にされてしまうでしょう。
知りうる最古の記憶では今から400年程前、私はこの国の王女様でした。
けれども、その名前が問題で、この世界でその名を知らぬ者は居ないと思われるビックネームになってしまっています。
王女であった私も、今の私も、同じ私。
その不思議な感じを共感してくれる人も、理解くれる人も、信じてくれる人も居ないのです。
それを過去の、別の人生の経験から知っておりました。
何度も転生した影響なのか、私は年齢の割に言動がしっかりしていて村の大人達には大人びた子供と見られています。
だから、ませた子供、で済む話ならそう思わせておいた方が都合が良いのでした。
◇◇◇◇◇
今、私は父の操る馬2頭引きの荷馬車の荷台に乗っています。
今回、一緒に連れて来て貰ったのは外の世界を見たかったからです。
村から随分離れて舗装もされてない道を荷馬車がガタゴトと進んでいます。
こんな遠くまで来たのは生まれて初めて(今生で)です。
あまり背の高くはない草原で見晴らしは良く、一見のどかで平和な世界だと錯覚してしまいます。
私は村から出ずに一生を終える気はありませんでした。
何度も転生してきて、この国、アマリア王国に生きるのはもう何回目かですが、やはり外の世界を見たいと思うのです。
自分の記憶が正しいのかをこの目で確認したいのです。
だから何度も父に頼み込み、今回初めて連れていって貰えたのはとても嬉しい事でした。
昨日は珍しく興奮して寝付きが悪く、少し寝不足気味なのは7才ということを考えれば仕方がない事だと言えましょう。
今回の私が住んでいるのは、スタの町から北に歩いて1日程の【コバ】という名の小さな村。
北方に広がる大森林の際にある小さな村で、森の恩恵を受けて生活しています。
今回スタに向かっているのも、村長である父が村を代表して森の特産品を売りに行く為です。
馬車の荷台はキノコや薬草、鹿の革や干し肉などの商品を満載しています。
大きな町でそれらを売り、村の人々から頼まれた物を買って帰ります。
そして、スタで商品を売って帰って来ると村の男性たちは決まって酒盛りをするのです。
きっと、今回もスタでいっぱい酒を買ってくるでしょうね。
道中の安全も自分たちで確保しなければなりませんので当然、護衛役も同行しています。
今回の護衛当番は村の屈強な男達、ビルおじさん、ザックおじさん、ビンデおじさん、イルギスおじさんの4人。
私の幼馴染の父親達で、見た目は怖いけどとっても優しい人達なのです。
◇◇◇◇◇
日は高くて陽気も良く、荷馬車の振動が心地よいのでついお昼寝をしてしまいました。
こういう時は自分の体が子供であることを実感させられてしまいます。
寝不足だったことも原因ではありますが。
目が覚めた時は夕方近くでした。
荷馬車の御者台にいる父は私が起きたのを気配で察知したのか、振り向きもせずに、もうじきスタに着くと教えてくれました。
辺りは相変わらず開けた草原で近くに川も見えてました。
馬車は草原に作られた道を進んでいます。
夕方になるにはまだ少し早く、日の光も徐々に赤くなっていくだろうという頃でしょうか。
馬車の向かう先に何かが見えてきました。
「父様、あそこがスタ?」
「ああ、そうだよ。外壁で覆われた大きな町だ」
父の教えてくれた通り、町は外周を高い防壁で覆われていて、町と言ってもかなりの大きさであることが遠くからでも分かります。
町の入り口に近づくにつれ日は落ち始め、町の出入り口の西門に着く頃にはすっかり夕日に照らされ壁は茜色に染まって綺麗でした。
門に近づくと、門の横に大きな何かがいる事に気付きました。
夕日に染まってそれは立膝の姿勢で静止しています。
<魔導巨兵だわ!>
「父様、巨人がいるわ」
「ああ、国境砦の巨兵だろう。何かあったのかな」
【魔導巨兵】、通称【巨兵】と呼ばれるそれは動き出す様な気配もなく、巨大な像の様にも見えます。
本来は操者が同化することで、動く巨大な戦士です。
ですが今は動力の魔力が無くなったのか、操者は同化していないようでした。
巨兵は、ゴーレムを進化させたもの。
そしてゴーレムは魔道士の魔法でコントロールで動く操り人形の事。
ゴーレムは自律行動できないので術者が魔術で操って動かします。
遠隔操作出来るのは利点ではあるけど、戦闘に用いるとなると、近接戦闘に精通していない魔道士では動きが素人同然でした。
更に戦闘では遠隔操作が逆に仇となり、後方よりの視界では状況判断が難しいという問題がありました。
その様な理由により、ゴーレムは強大な力を持ちながらも戦闘に不向きとされていました。
その問題を解消したのが魔導巨兵 、所謂 巨兵なのです。
戦闘に慣れた人間が同化することで、視覚の問題も戦闘スキルの問題も解決しました。
尚、巨兵が誕生したのは今から300年位前。
けれどその誕生の背景には、420年程前に突如、世界に訪れた危機という背景があって。
その事は今は割愛したいと思います。
私が巨兵を眺めながら、考え事をしているうちに、荷馬車は町の入り口まで辿り着いていました。
町に入るには、その前に入場検査を受けなければなりません。
巨兵が直ぐ近くにあるので、まじまじと観察してしまいます。
ロヨイやリカレイに話したら、きっと羨ましがるでしょうね。
ここまで近くで魔導巨兵を見るのはそれこそ300年ぶりかも知れません。
ただあの頃と比べてるとかなり進化しているみたいです。
<間近で見るとやはり大きて圧倒されそうだわ。90メタくらいあるかしら? あぁ、昨今の巨兵はボディと装甲が別なのね。これでしたらメンテナンスがし易いわ>
(※90メタ 地球でいう9m)
材質は私の知識では分かりませんでした。
装甲の一部は鋼の様です。
アマリア王国は魔道具開発が盛んで、他国より1歩も2歩も進んでいます。
魔道具がもたらす利益で国は栄え、大陸にある大小100以上の国々の中でも【6強国】の一国に数えられているのです。
その事に関しても思うところはありますが、今の私が言っても仕方がない事。
話を戻せば国が栄えているので独自の巨兵開発も盛んで、「だからアマリア王国軍の巨兵は強いんだ」と幼馴染のリカレイが熱く語っていたのを思い出しました。
そう言えば、リカレイは将来は騎士になりたいと語っていましたね。
<大きさに圧倒されてしまいましたが、冷静に見るとずんぐりむっくりで、あまり……カッコよくはないかも。可愛くも無いわ>
この子(巨兵)はあまり、スタイル良くありません。
装甲で身を包んでいるので、ゴツゴツしています。
もう少し丸み帯びているなら、少しは可愛らしくなるのかも知れません。
それに色も灰色に塗装されていて、まるで石の様。
流石に桃色とは言いませんが、濃紺や深緑だったら少しは違う感想を持ったかも知れません。
「やあ、タジンさん、珍しいモノがあるね」
父が門で入場検査をしている兵士さんに話しかけました。
父は何度もこの町に出入りしていますから、顔知り合いなのも頷けます。
「おおウェルノ殿。これは国境砦の巨兵ですよ。演習中のトラブルで動かなくなる前にここまでなんとか来たらしい。じきに国境砦から修理の者が来るでしょう」
「へえ、こんなに間近で見たのは初めてだな」
「そうですね。我々の一生分の稼ぎでもこれの腕一本買うことができないんでしょうな」
「だろうなぁ」
父達にしてみれば、その構造や性能よりも価格が気になるのでしょうね。
確かにこれ1体の価格は人1人が一生遊んで暮らせる額より遥かに高いのは間違いありません。
「ところでウェルノ殿、後でどうです?」
タジンと呼ばれた兵士さんはジョッキに注がれたお酒を流し込むようなジェスチャーを父にしました。
飲みに誘っているのは一目瞭然です。
「嬉しい申し出なんだけど、今日は娘を連れて来ているんだよ」
「そのお嬢ちゃんが自慢の娘さんか、お嬢ちゃんお名前は?」
「え、その、こんにちは。メアリュです」
巨兵に見入っていたところを急に話しかけられて焦って噛んでしまい、検問の兵士さんに笑われてしまいました。
検問は当然と言えば当然ですが、問題無く町に入れて貰えました。
町に入ると、キャラバンの為に作られた駐車スペースには多くの馬車が並んでいて、多くの商人らしい人たちで賑わっています。
「父様これから売りに行くの?」
「いや、スタの市場は朝が早い分、閉まるのも早いから今からは無理だな」
父の話では朝早くに町を出発すれば、その日の夕方には出国検査、入国検査をパスして隣国の帝国側の町に着くのだそうです。
それは帝国からの場合も同様で、だから今駐車場に停まっているキャラバンは帝国側から来た商人さんと、明日帝国に向かう商人さん達。
私達は節約と防犯の為、宿に泊まらずこの馬車で交代で見張りをしながら一晩を過ごします。
天気もいいし、今の季節は暑くも寒くもないから風邪を引くも事もありません。
「皆、今日はお疲れ様、夕飯にしようか」
夕食も節約の為、出発前に用意したもの。
村の生活は決して豊かでは無いから贅沢は出来ません。
父はこういう時、ハメを外す人ではないので村人の信頼も厚いのです。
町の中で焚き火は禁止されているので、明かりは月明かりのみ。
この日は満月で月明かりでも十分明るく、皆で楽しく話しながら明日に備えたのでした。
◇◇◇◇◇
朝、私が目を覚ました時、まだ朝日の上がる前で辺りはまだく暗いのですが、空は明るくなり始めていました。
辺りを見回すと 父の姿は無く、ビルおじさん、イルギスおじさんの2人がいます。
因みに 留守番の2人は幼馴染たちの父親です。
ロヨイの父親がビルおじさんで、リカレイの父親がイルギスおじさん。
父はビンデおじさん、ザックおじさんを連れて、市場にいっている様です。
ビルおじさんの話では、いつも市場が始まる前に交渉に行くのだそうです。
納め先もいつも同じで、価格も大体相場で取引するので交渉といっても確認作業の様なもの。
競りに出さないので、早朝の必要は無いのだけど、今日中に村に帰る為との事でした。
話を聞いているうちに父が戻ってきました。
手には市場で買ってきただろう、朝食を持っています。
折角町まで来たのだからと、皆の朝食を買ってきてくれたのでした。
パンに野菜やお肉を挟んだもので、大人は片手で食べれるので市場で働く人々には人気のものと父が言っていました。
私には大きいので、両手でしっかり持って頂きましたとも。
かかっているソースは、過去の人生の記憶を含めても味わったことがない初めての味でとても美味しかったです。
朝食を済ますと父達は荷の引き渡し作業の為、荷台から馬を外し、馬を見る留守係が1人、残りで荷台を手押しで移動させ始めました。
町の中は 駐車場以外での馬や牛の通行が禁止されているので
手で押して運ばなければならないのです。
私は、父に頼んですこし散歩させて貰う事にしました。
父は渋りましたが、ここの場所は判るからと何とかお願いして、自由時間を貰ったのでした。
ようやく朝日が指し始め、朝だと実感できる時間帯になりました。
父との約束は、時刻を知らせる鐘が2回鳴ったら戻る事です。
たった今、鐘が1回鳴りましたので、時間にかなり余裕があります。(※鐘の間隔は、地球時間で換算すると2時間置きに鳴って、なる回数が増えていく。鐘1回が午前6時、鐘2回は午前8時、最終は鐘6回の午後4時となる)
私は一人で市場を見て回る事にしました。
今生での私は国境近くに住む村娘。
でも一村娘では知り得ない知識を、過去の人生での記憶と共に私は持っています。
といってもそれは知識だけの事。
なまじ世界が広い事を知ってしまっているだけに、直にこの目で見たいと思ってしまうのです。
それに今回の私もきっと……
いや、それは今は考えないにしましょうか。
折角、自由時間を貰って市場に来ているのです。
楽しまないと損でしょう。
父からこの町の治安は良いと聞いています。
それは皮肉な事に、この地の特殊な事情により領主の成り手がいないからでした。
領主がいないので、この町は国の監督下の元、特別に自治を認められています。
だから町は自衛の為に【警護隊】という治安維持兼自衛組織を有しているのです。
尤も警護隊に警察権は無く、その辺りは国境砦の兵士さん達が担っていますが。
昨日、町の門で父と話していたタジンさんも警護隊の人。
父は当然それらの事を知っているので、私に自由時間をくれたのです。
治安が良くない町であれば、攫われてしまうかもしれず、それ以前にそもそも此処に連れてきて貰えなかったでしょう。
それにしても、私の何回か前の人生の時の記憶でスタの町の事は知っていましたが、その頃と情勢は変わっていないのですね。
この町に来たのも、100年ぶり。
昨日はわかりませんでしたが、町の中央広場の方に時計塔が見えます。
<時計塔は当時のまま……懐かしいわ>
懐かしい感じに戸惑いながら、私は市場に向かって歩き出しました。
◇◇◇◇◇
まだ朝早いのに市場は賑わっていました。
お腹は空いていないので、食べ物にあまり興味は無いのですが、それでも村ではお目にかかれない様々な食材や、屋台もいっぱい在り、目は楽しませてもらいました。
流石に全ての食材を私の前世達の記憶が知っている訳も無く、それらを知ることは新鮮でした。
キョロキョロしながら歩いていると私の前に誰かが立ち、私の行く手を遮ったのがわかりました。
見れば、いかにも意地悪そうな男の子が腕を組んで私の行く手を通せんぼしています。
脇を通ろうとすると、そのルートも塞いできました。
<ガキ大将の洗礼というイベントでしょうか?>
この町のボス(子供のだけど)に挨拶しないとならない仁義的なしきたりがあるのかもしれません。
などと考えていたら、いつの間にか子分だろう男の子達に包囲されていました。
周囲を見ると、周りの大人たちは忙しそうで、私達の事は子供のやることだからと見ているようです。
<さてどうしましょうか>
私は戦場を渡り歩いた人生の記憶も持っていますので、子供に囲まれた所で怖くありません。
ですが、7才のこの体で力比べをしても流石に多勢に無勢。
体を鍛えてこなかったのが災いしてしまいました。
「おまえ、見ない顔だな」
ガキ大将が私に話しかけてきました。
「…………」
初めてこの町にきたのだから当たり前ですが、教えてあげる義理もありません。
そう言えばガキ大将に絡まれるのは初めての経験です。
そう言えばついでに、この人生では魔法を使ってきませんでした。
使ってみようかしら、と、思いましたけど、制御を失敗して取り返しのつかない事態に陥っても困るので此処では止めておきましょうか。
「俺は、この町のボスのズイール様てんだ。お前の名前は?」
「どいて貰えないかしら」
私はズイールとやらの問いかけには答えずに、こちらの要望を強気に言ってみました。
挑発のつもりで、敢えて微笑んでも見せたのです。
怒って襲いかかってきたら、隙を突いて包囲網から脱出するつもりでした。
包囲攻撃は実は連携が難しく、足並みが揃わない点を突くのが常道なのです。
しかし私の思惑通りにはなりませんでした。
私の挑発にズイールさんは口をポカーンと開けたままこちらを黙って見つめています。
そして、顔が赤くなっていきました。
背筋に悪寒が走るのを感じました。
「お前、俺の彼女にーー」
「あんた達! よってたかって たった一人の女の子に下らない事してんじゃないよ!」
ズイールが何か悍しいことを口走りましたが、幸いにも最後まで聞かずに済みました。
背後から聞こえた威勢のいい女の子の怒声によって。
女の子の声でズイールさんや子分達は例外なく一瞬で青い顔になりました。
あまりの劇的な変化に器用な人達だと関心してしまいます。
「やべ、姉御に見つかった」
そんな声が聞こえました。
どうやら、『姉御』とは背後の女の子の事でしょう。
皆 逃げるでも無く、ビシっと直立不動で固まっています。
よほど怖い様です。
蛇に睨まれたカエルという諺がピッタリの状況でした。
逃げれない程に怖いのでしたら、最初からイジメなんてしなければいいのにとも思いますが、同時に少しだけ男の子達が哀れに思えてきました。
「で、これは何? ズイール」
<あ、これは怖いわ。急速冷凍されていく感じ?>
私も素直にそう思いました。
静かに問うその声は絶対零度で空気を凍らせていくのです。
返答次第では、場にブリザードが吹き荒れるでしょう。
そうなれば、皆木っ端微塵のバラバラです。
「え、あ、 その、 これは」
ズイールさんも、しどろもどろでまともに答えられていません。
あまり宜しく無い返答です。
他の男の子達にも先程までの威勢はもう有りませんでした。
此処にいるのは怯える子羊達。
私は直接被害を受けた訳でも無く、何より余りに哀れですので助け舟を出すことにしました。
「町の事をいろいろ教えてくれていたのですよね?」
「え、 そ、 そうだ、これは人助けだ」
私の助け舟に縋る目でズイールさんは乗ってきました。
「そうだよ姉御」
「うん、姉御のいいつけ破った訳じゃないよ」
子分さん達も必死に姉御さんに訴えています。
「ありがとうございました」
私がペコリと頭を下げれば、「お、おう、わ、わからないことがあったら何時でも聞けよ」と言い残して、子分さん共々そそくさと去っていきました。
「イジメていた娘に助けられるなんて恥ずかし」
姉御さんは冷やかに呟きましたが、男の子達にこれ以上の追求はしないようです。
私は改めて姉御と呼ばれた女の子に向き合います。
「有難うございました。助かりました」
「いいって」
姉御さんは赤い髪に赤い瞳で少し吊り目。
意志が強そうなお姉さんでした。
私より5才は年上に見えます。
ひと目見てわかりましたが(一目見るまでもないですが)、この町の子供達のボスは彼女で間違い有りません。
なんというか、頼もしいオーラがあり、カリスマ性を感じます。
「ふーん、なるほどね。ズルのヤツそういうことか」
どうやら先程のガキ大将の男の子はズルって呼ばれている模様。
それにしても、そういうことか、とはどういう事でしょうか。
「私はメアルと言います」
「私はアン、よろしくメアル。で、この町は初めてかい?」
「はい、コバという村に住んでいます。今日は父に頼んで連れてきて貰いました」
「そんなに堅苦しくなくていいよ。親父さんとはぐれたのかい?」
「ええと、自由時間を貰ったので散歩していたのです」
「そっか、じゃあ変なのに絡まれて災難だったね」
「アンさんのおかげで助かりました」
「アンでいいよ。それよりメアルは気をつけたほうがいいな」
「え?」
「メアルみたいな可愛い女の子の一人歩きは危険って事。いくらこの町の治安がいい方と言ってもね」
「あり…がとう……アン」
私は恥ずかくなって、顔を赤くしてしまいました。
コバ村は近くに湧き水があって、水に困ってないので髪は腰まで伸ばしています。
ですが櫛で手入れしても無いし、肌だって手入れに気を使ってきませんでした。
そもそも鏡などという高価な物は無くて、桶に水を張って鏡の代わりにしているので、あまり細かい身だしなみのチェックはできません。
そして村の生活で、身だしなみは最低限しか必要有りませんでした。
村の生活は飢えてはいないものの豊かとは言えません。
だから服だって普通以下ですし、着れるだけ上等という生活だなのです。
客観的に見た私はみすぼらしい村娘に過ぎません。
どう見てもアンの方が綺麗だと思いました。
アンはキツイ感じを除けば、顔も整っているし、髪もショートながら綺麗に整っていました。
ただ服だけは少年みたいですが、アンの雰囲気にはよく似合っています。
「照れちゃって かわいいねえ」
「その、アンの方が私なんかより可愛いわ」
「それこそ無い無い。でもありがと」
私はアンと色々話し込んでしまい、さして見物出来ずに約束の時間になってしまったのでした。
「今度来たら案内するからさ、また来なよメアル」
「うん、ありがとうアン。またね」
話込んだのでだいぶ打ち解けて話せる様になりました。
アンは気さくで話をしていて気が楽でした。
<私の初めての女友達がアンで良かった>
再会を約束して私は荷馬車まで戻りました。
◇◇◇◇◇
馬の居る場所まで戻ると既に出発の準備が出来ていて、皆私の戻りを待っていました。
私が戻ると父は私を荷馬車に乗せ、出発の合図を出しました。
荷台にはお酒や、村では取れない塩、保存できる食材、家族のための衣類などが積んである様でした。
お酒はいつもの事なので何も言いません。
今回も村に着いたら早速酒盛り始める事でしょう。
飲みすぎない様にだけはしてほしいです。
スタの町に入る前、外壁門の所にいた巨兵はいつの間にか居なくなっていました。
その代わり、スタの警護隊のものと思わる巨兵が数体 並んでいます。
と言っても、昨日見た巨兵の半分くらいで40メタくらい(4m)の大きさ。
スタの警護隊が対【魔物】用として所有している巨兵だと父が教えてくれました。
木と鉄を組み合わせたボディの上に革や鉄の補強兼装甲を付けています。
割とスリムで昨日の巨兵よりはカッコいいと思いました。
訓練の為か武器は樫の棒を持っています。
棒の両端は金属で補強されている様です。
また、組分けの為でしょうか、頭は赤く塗装されているものと、青く塗装されているものが2体づつでした。
メインボディや骨格であるフレームの材質を木にしているのは軽量化の為でしょう。
一部金属ではあるけど装甲を外したり、四肢を外すなどのパーツ分けをすれば、荷馬車で運べそうです。
それに木なら修理や部品交換が安価で済むのかも知れません。
余談ですが町が自衛のためとは言え、大型巨兵を持つことは国に許可されません。
貴族である領主達ですら昨日見た様な軍用の大型巨兵を持つことは許されておりません。
強大な巨兵は王家と国家だけに許された力なのです。
だから、町は土木作業用の中型巨兵を改造して戦闘仕様にしているのです。
とは言え、中型巨兵ですら所持するには国家の許可が必要となり、国は反乱防止の為、国内にある全ての巨兵を管理しています。
もし無断所持がバレれば、貴族であれ国家に反逆の意志有りみなされ、法の元死罪が適用されます。
巨兵は強大な軍事力ですから当然の事でした。
スタの町が巨兵を持つ事を許されているのは、この地の領主になりたがる貴族がいないことに関係が有ります。
それに木の巨兵は魔物には力を発揮しますが、材質が木という致命的弱点があります。
ですから火矢や火炎魔法に弱く、国家の驚異になり得ないのです。
興味深く見ている私を見た父は「巨兵が好きなんて知らなかったよ。リカレイやヨロイの影響か?」と聞いてきました。
確かにあの2人はよく騎士になって巨兵で活躍するんだ、と私に話していました。
巨兵に乗って活躍し、いずれは聖女と契約を結ぶと。
騎士は聖女と契約を結び、聖騎士となるのが最上なのだと。
聖女の話は兎も角、私は二人に聞くまでも無く、巨兵に関してある程度の知識を持っています。
魔導巨兵の誕生に携わった、そんな人生の記憶も持っているのです。
当時、魔導巨兵の発想は画期的でした。
私は膠着している魔物の対策の打開策として巨兵の開発に生涯を費やし、試作品を完成させたました。
しかし、さあ量産化に向けた開発を始めようという所でタイムリミットが来たのでした。
志半ばで流行病にかかり、それはあまりにあっけない最後でした。
それが何十回か前の人生。
今から300年位前の事になるでしょうか。
それだけの月日が流れて、<巨兵は随分と進化したのね>と昨日思ったばかりなのです。
「ううん。ヨロイとチューハなら喜んだだろうから、せめて土産話に聞かせてあげようと思って」
私は思いを誤魔化し、父にそう答えておきました。
◇◇◇◇◇
帰路も順調です。
父に町で面白いことはあったかを聞かれ、アンと友達になった事を話しました。
父は驚き、初めての女友達が出来た事を私が嬉しそうにしていたからか、喜んでもくれました。
コバ村の幼馴染達は皆男の子だから、私は素直に嬉しいです。
夕暮れ時、もうじき暗くなってしまいます。
しかし村までにはもう少し距離がありました。
「日のある内には着かないね」
今、荷馬車は林道を進んでいます。
こんな場所で日が落ちたら嫌ね、と思って言ってしまった言葉でした。
私がそう父に言った時、異変が起こりました。
最初に気付いたのは私。
かすかな、悲鳴が聞こえ、そして災厄の気配を感じました。
自身、顔が青ざめていくのが判かりました。
私の様子の変化に父も気付きました。
「どうした?」
父の声は聞こえていたけどそれどころではありませんでした。
あの恐怖を振りまく異質な気配、忘れる事は出来ません。
生きたいという本能を諦めさせる圧倒的な捕食者。
あれは出会った者に死をもたらす死そのもの。
間違いようもない、【魔物】です。
悲鳴に混ざった唸り声からすると狼に【魔】が憑いたに違いありません。
<どうすれば、父様達では勝てないわ>
今の私に倒す力が有るのかわかりません。
しかし対峙したならば、やるしか無いのです。
魔物に有るのは飽くなき食欲のみ。
目に入った生物は仲間であれ食料としか思わない。
それが魔に憑かれた生物の特徴。
約420年前突如、世界に現れた魔物。
世界に生きる全ての生命に襲った災厄。
魔物の出現により、かつて人類は滅亡の危機に立たされました。
発生からたった数年で人類の版図は全盛期の10%程になってしまったのです。
生物に【魔】が憑くと、全ての能力が飛躍的に上がり、体も変異します。
そして、思考は食欲に塗りつぶされるのです。
不思議と人間をより好のみ、襲ってきます。
食料を得て体は肥大化していき、最大級で100メタ(10メートル)にまで達する個体もいます。
そして、魔物が何故発生したのか。そもそも魔とは何なのか、今なお不明なままなのです。
判っているのはこのままでは大変危険という事です。
生まれたばかりなら、体はまだ小さい筈です。
ですが、それでも村が襲われれば全滅を免れないでしょう。
もし私達がこの場を逃れらたとしても、放置するのは危険過ぎました。
スタの町に急いで戻り、退治を依頼するべきです。
私は必死で魔物のいる方角を探します。
「メアル どうした?」
荷馬車を止めて、父が再び私に問いました。
護衛のおじさんたちも全員私に視線を向けます。
「………魔物……」
私は呟くのが精一杯でした。
私の呟きに皆の表情が一変しました。
私の様子に冗談と取った者はいないようです。
魔物とは冗談で口に出していい言葉ではありません。
悲鳴はこの林の中からに間違いありません。
だとすれば村の人では無いと思いました。
冒険者でしょうか。
「悲鳴だ」
村一番の弓の腕を持つ狩人、イルギスおじさんも気付いたみたいです。
「どこだ」
皆 慌てて武器を構えます。
「くそ、こんな所で」
そう言いたい気持ちはよく分かります。
「村の誰かではないよな?」
「それは無いと思うぜ」
「では、冒険者か?」
「判らんが……」
「静かにしないと気づかれちゃうわ」
気休めでしょうが静かにするように促します。
幸いにも風は凪いでいるので、匂いに感づかれることは無いと信じたいです。
音を立てなければやり過ごす事が出来るかも知れません。
そう考えましたが、やはりその考えは甘いようでした。
何かが近づいてくる気配がします。
最悪を覚悟しなければならない様です
私は少しでも遠くを見る為、荷台の上でゆっくり立ち上がりました。
<今回は7才でなのね……ここで命を失うにしても、一矢報いたいわ>
久しぶりに使うので上手く発動すればいいのですが。
今生で試していなかったのが悔やまれます。
木々の間から赤く光る目が見えました。
ああ、私達を狙っています。
魔物の気配がどんどん濃厚になるのが判りました。
その圧倒的な気配に皆飲まれてしまいました。
そうなのです。
魔物と対峙する為には圧倒的な胆力が必要となるのです。
「矢を!」
私の声にイルギスおじさんの硬直が解けました。
魔物がゆっくり近づいてきます。
イルギスおじさんは魔物の眉間に向かって矢を放ちました。
「グルルルルル……」
魔物は歩みを止めません。
ついに魔物が木々の間から姿を表しました。
やはり狼に魔が憑いた魔物でした。
体は大型犬より二回りは大きく、既に狼のサイズとは言えません。
既に犠牲者がいる事は明白でした。
体は黒く変異し、牙は伸びて涎は垂れ流し。
私達を見て、美味しそうとでも思っているのでしょうか。
赤く光る目、爪は鋭く、毛が変異したのか角の様に硬質化して体の所々に生えています。
イルギスおじさんの放った矢は、しっかり眉間に刺さっていました。
しかし、脳にまで達しなかったようです。
恐らく、骨までも達していないでしょう。
魔物は林道に出ると、私達の目の前に対峙しました。
魔物の威圧感に飲まれてしまうかと思いましたが、意外と平気でした。。
少なくとも頭は冷静です。
冷静だからだろうか、オカシイ、と感じました。
魔物ならとっくに襲いかかっている筈です。
しかし、戸惑っているのか、唸るだけ。
とは言え下手に動けば飛びかかってきそうです。
大人たちも弓を構えているものの、矢を放てずにいました。
矢を放てば今度こそ、間違いなく魔物は襲ってくるでしょう。
馬は怯えきって、今更逃げ出すことは叶わないし、もし全力疾走で走らせても逃げ切れない事もわかっています。
これ以上は皆が危険です。
今となっては矢を射る訳にはいきません。
魔物には食欲しか無く、本来なら躊躇すること無く襲って来た筈です。
理由はわかりません。
でも、今は襲って来なくても、こちらから仕掛ければ、攻撃者を優先的に仕留めようとはするでしょう。
魔物は、かすかに残った知能なのか、弱いものを最後に残す傾向があります。
順当にいけば、大人→馬→私の順で殺そうとするでしょう。
私は覚悟を決めます。
勝機は一瞬。
私の力の発動が早いか、魔物の牙が早いか。
私が動こうとしたまさにその時
「動くな」
静かで、でも有無を言わせない圧倒的に力強い言葉が背後から掛けられました。
私を始め、皆その言葉に動けなくなりました。
私達の荷馬車の背後から誰かが近づいてくる足音を聞こえました。
姿を表したのは歳にして15才くらいの少年でした。
もうすぐ日が暮れます。
林道はすでに暗くなり始めていました。
私から見えるのは少年の後ろ姿。
恐らく黒い髪で髪はボサボサ、身長は平均よりは高いでしょうか。
手には見たことのない剣を持っています。
いえ、知っているあの武器を。
何故か分からない、名前も分からない、でも反りの入ったあの片刃の剣を私は知っていると思いました。
こんな緊迫した状況下で何故私はあの少年を観察しているのでしょう。
少年からは気負いは感じません。
こともあろうか少年はそのまま魔物に向かって歩いていきます。
危ない!
と叫びたかったのですが、声が出せませんでした。
それは大人達も同じ様で皆無言。
そして少年は魔物の間合いに無造作に入りました。
それは一瞬の事。
飛びかかる魔物と、一瞬の剣の煌き。
私は瞬きすること無くその一連の状況を見ていました。
何が起こったのか考える暇もありません。
今私の目に映っているのは、宙を舞う魔物の首です。
首は地に落ち転りました。
でも魔物は死んでいませんでした。
赤く光る目は未だに輝きを失っていないのです。
魔物は首を落とされた事を理解していないのか、瞳に映る、馬を喰らおうとして何度も牙を立てようとしていました。
ただしその牙がこちらに届くことはもうありませんが。
やがて、魔物の目から光が徐々に失われていって、やがて動くかなくなりました。
改めて少年の方を見れば、立ち止まってこちらを見ていました。
少年の隣には 四肢を切断された魔物の胴体が転がっています。
いつの間に斬ったのでしょう?
あの一瞬の煌きのうちでしょうか。
少年は武器についた血を拭うこと無く武器を鞘に仕舞いました。
仕舞う際にキラリと煌いたので血など着いていないのも知れません。
ドサ
音に気を取られ周囲を見れば、大人たちが緊張から開放されたのか、ようやく腰を抜かすことができるレベルまで恐怖が収まった様でした。
私もペタリと座り込んでしまいました。
あまりの恐怖と疲労で声を出すことすら出来きません。
少年が近づいてきました。
「無事でなにより」
「あ、ありがとうございます。貴方様は命の恩人です。何とお礼をしたらいいか」
皆、立ち直れないでいたのでいち早く復帰できた私が少年にお礼を言いました。
「いや、礼はいいさ。それよりも君は随意と大人びているな」
少年はそう言いながら、腰に下げたランタンに明かりを灯しだしました。
それは、魔導石に溜め込んだ魔力を使って光を灯す魔法のランタンでした。
安いものではありません。
村の全財産でも買えないでしょう。
明かりに灯された少年は笑っていました。
私もまた、引きつった笑顔で彼の笑顔に応えたのでした。
続く




