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善き友人

 クロエの告白により兄がいると判明した。


 最初は意外だと思ったが、俺はもちろん、シスレイアにも兄弟はいる。ルルルッカだってヴィクトールだってナインにだっている。


 この世界では兄弟がいないほうが珍しいのだ。


「それでそのお兄様が憂いの原因だと言っていたが、どんな兄貴なんだ?」


「とても優しい兄上です。小動物を愛し、いつも本を読んでいるような」


「少し俺とキャラがかぶるな」


「左様でございますね。レオン様をワイルドにしたような感じです」


「なるほど、あまりクロエに似ていないのな」


「そうですね。私は母似、兄は父上似でございます」


「さぞ美しい母上なのだろうな」


 と言うとクロエはありがとうございます、と微笑んだ。


「兄妹仲はどうなんだ?」


「兄はとても良い人です。家族を愛し、私にも優しくしてくれました。私に武術の基本を教えてくれたのは兄にございます」


 と武術の型を取る。


「ならばその兄妹になにがあったんだ?」


「……直接なにかがあったわけではありません。むしろ私は今でも兄上を敬愛している。いえ、心配しています」


 実は、とクロエは続ける。


「――兄上は不名誉烙印を押されたのです」


「不名誉烙印?」


「はい」


「それはなんなんだ?」



「説明しよう」



 とうっ! と現れたのは、先ほど距離を取ったはずのルルルッカだった。


「不名誉烙印とはドオル族の戦士の儀式に失敗をしたものにほどこされる烙印だ」


「聞いていたのか」


「こそこそしていたので立ち聞きさせてもらった」


「それはいいが、どういうことなんだ? その戦士の儀式ってなんなんだ?」


「簡単に言えば戦士の勇気を試す儀式だ。毎回、微妙に変わる。我のときは短剣一本でゴブリンの巣にあるお宝を奪還する、だったかな」


「そいつは大変だ」


 クロエも同意する。


「私のときは両足に鎖と鉄球をはめ、湖に突き落とされる、です」


「……ドオル族って鬼なのか?」


「鬼の末裔と呼ばれています」


「クロエとルルルッカはその試練に打ち勝ったんだよな?」


「はい」


「うむ」


「しかし、クロエ兄は打ち勝てなかった」


「正確にはクロエの兄は途中で棄権をしたのだ」


「棄権?」


「そうだ。クロエの兄、ボークスは戦士の試験の最中に忽然と消えた。蒼き牝鹿を捕らえる試練を放棄し、この森を出ていったのだ。以来、ボークスの名は臆病者の代名詞となり、クロエの一族は後ろ指を指されるようになった」


「……そんな過去が」


「しかしクロエは数年後、自分が戦士の中の戦士であることを証明したぞ」


「まあ、私も森から出奔しましたが」


「もしかして兄上のことが原因なのか?」

「……それもひとつの理由にございます」


「兄が不名誉烙印の保持者ってことで居づらかったんだな」


「はい。ですが、それ以上に森の外を知りたかった。この森の外にどんな世界が広がっているか、知りたかったんです」


「なるほど。さらに森を出た兄も探したかった」


「……はい」


「その様子では見つかっていないんだな」


「……手がかりすら掴めていません」


「それでこの森に戻ってきてアンニュイになっていた、というわけだな」


「はい」


「俺はてっきりルルルッカの猛烈なモーションに嫌気が差していたのかと思った」


 ルルルッカを軽く見ると彼女は頬袋を膨らませる。


「婿殿、言っていいことと悪いことがあるぞ」


 その可愛い仕草に「ははは」と笑うとクロエも冗談に呼応する。


「さすがは軍師レオン様です。すべてを見透かしておりましたか」


 その言葉にルルルッカの眉は下がる。


「な、なんだと、ク、クロエ、そう思っていたのか?」


 あまりにも真剣な問いにクロエと俺は笑ってしまいそうになるが、クロエの目は笑っていないことに気が付く。


 やはり彼女はこの森に戻ってきて感傷的になっているようだ。


(……時間が解決してくれるか?)


 そう思ったがそれも難しいだろう。クロエが森を出てから十数年、時間はたっぷりとあった。


 きっとクロエにとって兄は特別な存在で、かけがえのない存在だったのだろう。

 そんな兄が戦士としての不名誉の烙印を押され、森を出たのだ。

 彼の名誉を取り戻すか、直接会うまでは心晴れることはなさそうだ。


(……つまり俺はなにもできないということか)


 自分の無力さを感じるが、心の声のあとには(――現時点では)と続く。

 現時点では彼女の役に立つことはできない。

 彼女の心の澱を取ってあげることはできない。

 しかしそれは未来永劫ではない。


 この遠征が終り、時間ができたら、軍の情報部を動かし、彼女の兄を探そうと思った。


 自分でもできる限り時間を作り、クロエの情報を集めようと思った。

 そんなふうに考えると、クロエが微笑んでいることに気が付く。

 なにがそんなにおかしいのだろう?

 彼女に直接尋ねると、彼女は思わぬことを口にする。


「……レオン様はとても優しいお方でございます」


 俺に言い訳も二の句も告げさせないメイド服の少女。


「レオン様は今、私を哀れんでくれています。同情してくれています」


 彼女は、しかし、と続ける。


「たいていの人は同情してくれます。哀れんでくれます。共感まではしてくれますが、そこまでです。行動してくれる人、一緒に悩んでくれる人は稀です」


「…………」


 しばし沈黙すると自分の感情を言葉を素直に伝える。


「当たり前じゃないか。君とは付き合いも長い。今後も俺の善き友人でいてくれるんだろう?」


「……善き友人」


 クロエはそうつぶやくと遠方にいるシスレイアを確認する。

 ふと寂しそうにこう漏らす。


「……おひいさまがいる限り、善き友人以上の関係にはなれなそうですね」


 その声は可聴範囲ギリギリだったので俺の耳には届かなかった。

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