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第一話:桜色のノイズと生徒会長のアカウント

 桜の野郎が街中のセクターで一斉に同時起動フルリブートをかけやがったせいで、神戸のストリートはどこを向いても、目に悪いピンク色のテクスチャで埋め尽くされていた。

 春。それは一年の中で最も空気の電波が悪く、誰もが新しい環境っていう名の不慣れなパッチ適用に右往左往する、最悪に気怠い季節だ。


 あのクソ熱い相坂トンネルでの大乱闘から、気づけば少し時間が流れていた。 


  あの時、究極の禁忌である『朱雀』の時間回帰(死に戻り)を発動させ、自分のタイムラインを強制リセットしてから、もう丸二年が経つ。


「……やりたかないねー、ホンマによー。俺の脳内OS、三年生っていう最高学年のドメインにアップデートされただけで容量オーバー起こしかけてんのによ……」


 俺は生徒会室の、一番座り心地のいい革張りの椅子(元は保憲のシートだった場所)に深く身を沈め、炭酸の抜けたコーラをすすりながら、網膜の前に浮かぶ「生徒会・最高管理者アドミン画面」を睨みつけていた。


 そう。あのオムライス大好き元会長・賀茂保憲がこの学園ドメインを卒業していった結果、奴は自分の最高管理者権限(生徒会長の座)を、こともあろうに俺のシステムへと強制移譲(押し付け)していきやがったんだ。


「晴明先輩、また現実逃避ログアウトしようとしてますね。会長室のデスクワーク、まだ今日の処理パケットが半分も終わっていませんよ」


 呆れたような、だけど鈴の鳴るような声を響かせて生徒会室にログインしてきたのは、二年生に進級し、俺の直下で【副会長】のアカウントを付与された土御門 有世つちみかどありよだ。有世は小綺麗にブレザーを着こなした女子生徒のテクスチャのまま、新学期特有の膨大な書類のログを机にドンと置いた。女の子の副会長にここまでしっかり詰め寄られたら、会長(俺)は完全に形無しだわ。


「有世、お前が会長リブートしてくれよ。俺はただ、誰も俺の回線にアクセスしてこない、究極の怠惰ドメインを構築したいだけんだわ」


「無理に決まっているでしょう。……それより晴明先輩、下(一階)のロータリー、見ましたか? 今年も何も知らない新一年生達の新しいトラフィックが一斉に流入してきて、システムが完全にオーバーフローしかけてますよ」


 有世が窓の外をアゴでしゃくる。

 そこには、真新しい制服に身を包んだ新一年生たちが、期待と不安のノイズを撒き散らしながら歩いていた。かつての俺たちのように、この学園の裏側にどんなバグ(闇)が潜んでいるかも知らずに、楽しげに自撮り棒を掲げている。


 コンコン、と静かなノイズを立てて、ドアが開いた。


「晴明、有世。新入生のクラブ勧誘エリアの巡回警備ログ、生徒会の見回り(風紀委員)を使って配置完了したで」


入ってきたのは、同じく三年生になった、生徒会総務にして源家の次期当主――博雅ひろまさだ。博雅の背後からは、いつものように戦闘用コートの袖を翻した道満どうまんが、あざとく首を覗かせてログインしてくる。


「お疲れ、晴明! 会長さんになって最初の春やね! ほら、これご褒美。おばちゃんから預かってきた特製苺タルトのパッチ、同期(共有)したるわ!」


「道満……頼むから、これ以上俺のシステムに糖分のリソースを追加するな。頭が熱暴走しそうだわ……」


俺が頭を抱えてコーラをすする中、博雅が窓の外の桜を見つめながら、ふっと寂しそうな音声ログを漏らした。


「……なぁ、晴明。シュン兄がいなくなってから、もう結構経つんだな」


「……あぁ、そうやな、博雅」


俺の記憶セクターに、あの最強のストッパーだった酒呑童子――シュン兄の不敵な笑顔がフラッシュバックする。シュン兄が消えたこの世界線は、静かに、だけど確実に歪みを広げていた。


「……なぁ、晴明、博雅。あんたら、知っとる?」


道満がタルトの箱を開けながら、シュンさんという大きな存在を失った夜のストリートの噂話を口にするように、急に声を低くした。


「この学園ドメインさ……シュンさんが消えてから、ずっと眠っていた古いローカルバグが、新一年生の流入をトリガーにして強制起動リブートし始めてるらしいねん。……どこにでもある、普通の学園七不思議の噂やねんけどな」


「――ッ!?」


道満のそのパケットが部屋のトラフィックに流れ込んだ瞬間、俺、博雅、あるいは有世の脳裏に、ぞくっとするような冷たい不気味さが走り抜けた。

シュン兄という絶対的な壁が消えた世界の歪みは、今度は俺たちの足元――この学園ドメインの、どこにでもあるありふれた七不思議を依り代にして、本物のバグ(怪異)をレンダリング(発生)させようとしていやがったんだ。


「……やりたかないねー、ホンマによー! 春のラブコメパッチだと思ってログインしたら、今度は学園の怪談デバッグ(強制ミッション)かよ……!」


俺はポケットの中で五芒星のジッポを冷たく弄りながら、これから始まる新しいストリートのトラブルに、心底気怠いため息を、桜色の夜空へと向けて吐き出した。

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