命懸けの殊勲
サイモンの裏表なく働く姿は、徐々に公爵家の人々からの信用を得る。
サイモンの直属上司である公爵軍の小隊長は、サイモンの働きぶりを認めて、使い走りから徐々に重要な仕事を与えるようになる。
ある激しい雨の夜、当主の命で王都屋敷への急な使いが必要となった。
団長から指示を受けた小隊長は、営舎に戻ると麾下の隊員を見渡し、「誰か俺についてくる奴がいるか?」
と尋ねた。
小隊長は馬術の名手、前の見えない雨の夜、馬を飛ばすのについていくのは至難の業。
日頃は大口を叩く爵位持ちや譜代の部下は目を伏せる。
そんな中、サイモンは手を挙げた。
馬小屋泊まりを生かして、夜の乗馬には慣れている。
小隊長はニヤリと笑い、サイモンに語りかける。
「オレに着いて来られなければ置いていくぞ。
賊が出れば足止めをしろ。
いいな」
「はい!」
新参者が出しゃばるとは、と他の隊員が睨みつける中、サイモンは胸を張って小隊長の後に続く。
そして王都まで夜の道を飛ばし、途中で少数と見て襲ってきた山賊を斬り伏せ、武芸に優れたところを示した。
任務を果たして屋敷に帰還後、小隊長の報告を受けた団長は、士官が集まる中で、サイモンを呼ぶ。
「サイモン・フィッシャー、よくやったな。
見習い士官達はサイモンを見倣え」
そして褒美に高級銘酒を与える。
サイモンはそれを小隊の宴会に提供するが、一部の隊員の嫉妬は避けられない。
成り上がり、おべっか使い、ゴマスリ男などなどサイモンへの執拗な陰口、更に嫌がらせが見えないところで行われる。
サイモンは陰口は聞かぬふりをし、嫌がらせにはされたことを公言するなど毅然として対応した。
「陰湿な嫌がらせなど騎士がすることではない!
恥を知れ!」
小隊長の怒りを買い、表立った嫌がらせはなくなるが、目立つサイモンへの反感は残る。
「出る杭は打たれるが、出過ぎた柱はもう打てない。更に功績を上げてやるさ」
サイモンには夢の実現のため、人の評判など気に留めなかった。
執事の下で事務を司る執事補佐は、人手不足に困り果てていた。
「領地の管理、税の計算、公共施設の修理、王政府とのやりとり、領政を扱う行政府にはいくらでも仕事はあります。
なのに、武官ばかりに人が取られ、文官には回されないとはどういうことですか!」
国家創成から守成期に入っているが、まだ武官が優位な体制は変わっていない。
武官として使い物にならない者を文官にするというのがどの家でも通例である。
執事補佐の怒りに、執事はあることを思い出す。
「見習い士官のサイモンという男、算術も筆記も抜群の成績だったはず。
アイツを使ってみろ」
執事補佐は宿舎に行くが、サイモンを見つけられない。
仲間の嫌がらせでサイモンはいまだに馬小屋住まいである。
(貧乏騎士出身とはいえ士官待遇が馬小屋とはどういうことだ?)
執事補佐は驚きながら、馬小屋で馬の世話をするサイモンを見つけた。
「フィッシャー見習い士官だな。
こんなことは馬番にやらせろ。
行政府の手伝いをしてくれ」
サイモンは文句を言わずに着いていく。
頼まれた仕事は全て受けるのが、今の彼のモットーだ。
執事補佐は、ほとんどの騎士が文字を書くのもできないことを知っている。
(文字が書けて、四則計算ができれば上出来だ)
大して期待もせずに、サイモンに簡単な公文書の作成や少額金の計算をやらせてみるが、なんなく作成するのを見て感心した。
(これは掘り出し物かもしれん)
執事補佐は、小隊長にサイモンを借りるために掛け合いに行き、小隊への補給を特別に手厚くすることでそれに成功する。
そうしてサイモンは二足の草鞋を履くこととなり、午前中は小隊で、午後からは行政府で働く。
行政府でもその精励ぶりは群を抜いていた。
執事補佐の報告を受けて、執事もサイモンに注目し色々と業務をやらせてみる。
貴族の家にありがちだが、ペッグ家では武偏重であり、事務仕事は軽視され優秀な文官は少ない。
実務ならば教育を受けた平民を雇えばいいが、王政府や他家への使いや領民の統治は騎士以上でなければできない。
(もう武力の世ではないと言うのに、剣や槍が上手く使える奴ばかり集めてどうするのだ。
この公爵領をどう運営していくのか、領民の管理や金の流れを把握できなければやっていけないのだぞ)
公爵家の家臣のツートップは軍団長と執事であるが、名門伯爵家の庶子である団長の方が発言権が強い。
男爵家の三男から能力で昇進した執事はこの現状に不満であった。
そんな執事にとって、使える部下は一人でも欲しい。
(この男、本格的に自分の下に置きたい)
しかし、武芸にも優れるサイモンを軍から引き抜こうとしても軍団長は頷かなかった。
「奴は軍にも必要。
軍の任務の合間に時間があれば奴を使うことを認めよう」
そう言われて、執事は不満ながら頷き、サイモンへの仕事を増やしていく。
サイモンはますます多忙となった。
そんなある日、サイモンは領地からの税の徴収と城への輸送に出向く。
本来ならば、徴収役の文官と護衛役に数人の武官が必要であるが、貴族出身の士官は文官の手伝い仕事など馬鹿にして嫌がった。
人手不足で、仕方なくサイモンは一人で双方を兼ね、護送兵と人夫を連れて行く。
現地ではテキパキと規定通りの税かを確認して、サイモンは帰路に着く。
その帰り道、大規模な山賊の襲撃を受ける。
税の輸送は彼らにとって絶好の稼ぎ時。
手薄な輸送隊を狙って襲撃し、公爵領でも毎年相当の被害を被っていた。
「山賊が多ければ荷を渡しても構わない。我らの仕事は戦場で戦うこと。
青い血が山賊など相手に死ぬのは愚か者だ」
武官はそう公言し、山賊相手に命を賭けて戦えるかと逃走を恥としなかった。
しかし、出世を目指すサイモンの考えは違う。
(あーあ、運がなかったな。
しかし、ここで逃げれば以後の昇進に響くことは確実。
ここで忠誠を見せねばならん)
サイモンが襲撃してきた賊を遠目で見ると、5名の護衛兵に敵はおおよそ20人。4倍である。
「奴らが来るまでまだ時間がある。
人夫達は荷物を高台に運べ。
そして後方に下がって、枯れ木を集めて火をかけ、この粉末を入れてくれ。
護衛兵は固まって防御に徹しろ。
僕が攻撃する。
安心しろ、僕は団長からも褒められた腕前。
賊如き、すぐに打ち果たしてやる。
そして、これは前払いの褒美だ。
勝てば僕のポケットマネーでもっと払ってやる」
逃げ腰の人夫と兵になけなしの金を懐から出して、握らせる。
金とサイモンはできる男だと噂が彼らを踏み止まらせた。
人夫は荷を高台に運び、一目散に逃げていく。
サイモンは荷車の周りに木の枝や岩をバリケードのように張らせる。
少数だと侮った山賊は、高台を囲んで登ってきた。
護衛兵は弓矢と投石で対抗する。
高所という地の利は強く、数名の山賊は倒れる。
荷を奪おうとする山賊と護衛兵がバリケードの内外で攻防している間に、サイモンは機敏に動いて賊を数名斬り倒す。
その頃、逃げ出した人夫が火をつけて、赤い煙が上がる。
襲撃にあったという合図であり、これを見れば公爵軍が駆けつけることとなっている。
(救援が来るが、それまで保つかどうか)
「こいつら逃げようとしないぞ!
早く倒せ!」
煙を見た山賊のボスが怒鳴る。
焦る山賊をサイモンは不意を見て倒していくが、護衛兵も傷ついてきた。
「おい、お前達もどうせ農家から食えなくて兵隊になったのだろう。俺たちも同じだ。
この税も農民を絞り上げたもの。
それをめぐって貧農同士が貴族のために殺し合うなど馬鹿馬鹿しい。
クソ貴族のために命をかける義理はないだろう。
道を開けるからさっさと逃げろ」
手こずった山賊のボスがうまく口車に乗せる。
それを聞いた護衛兵は顔を見合わせ、逃げ出した。
「おい若いの。
お前もここまで頑張れば役目は果たしただろう。
この税はお前のものじゃないのに命を賭けるか?
命あっての物種というぜ」
ボスが子供に言い聞かせるように話しかける。
(バカを言え!
公爵家のものはいずれぼくが頂く。
これはぼくのものと同然だ!)
サイモンは返事をせずに短剣を投げる。
それは油断していたボスの眉間に突き刺さり、男は倒れた。
「この野郎!よくもボスを。
もう許さねえぞ!」
残るのは6人。
周りを取り囲まれたサイモンは必死で剣を振るうが、疲れは限界に来ていた。
致命傷は防ぐも、あちこちを斬られ、多量に流血する。
(ここまでか。
所詮、夢は夢だったか。
騎士の次男坊らしい虚しい最期だ。
もう一度ターナー先生の家の食事を食べたかった)
その時に蹄の音がした。
「サイモン、大丈夫か!」
山賊が逃げていく様子と、小隊長の声をサイモンは聞きながら意識を失った。
サイモンが命を賭けて税を守り抜いたことは屋敷で話題となる。
あの山賊はこれまでにも何度も襲撃をかけており、
サイモンの前に襲われた者のうち2人は抵抗する前に殺され、3人は逃げ出していた。
「あれぐらいの税は公爵家にすればはした金。
それと引き換えに山賊相手に命を賭けるとは、サイモンという男、思ったよりも愚かだな。
まあ、貧乏騎士なら山賊と同等か。
我々が命を賭けるのは大戦場でこそだ」
若手士官の同輩からは嘲笑われる。
しかし、上層部は、山賊から逃げ出す風潮を苦々しく思っており、命懸けで戦ったサイモンを高く評価した。
当主の執務室に団長と執事がやって来て、サイモンのことを話す。
「なるほど。
若手家臣の手本となるように褒美をやってくれということか。
その若者、できるのか」
当主の質問に団長が答える。
「文武とも優秀。
素質以上に向上心が並ではありません。
鍛えれば更に伸びるでしょう。
将来の公爵家の幹部にもなり得ます」
ペラペラと当主は人事記録を見る。
「出身は貧乏騎士だが、武勇の誉れ高い生家か。
譜代か爵位があれば引き上げも容易いが。
しかし、譜代の者もポストを約束されていると考え、たるんでおる。
いい刺激になるかもな。
良かろう。
わしの側近団に入れてやろう」
当主側近は出世の登竜門。
命懸けの代償に、サイモンはそこに入ることができた。