失恋と出会い
サイモンは騎士フィッシャー家の次男。
世継ぎの予備として育てられてきたが、長男が健康に育つ中、次男は家を出て自分の生きる道を模索しなければならない。
(普通、騎士の次男であれば、まずは同等の家に養子に行くのが最善。
それが駄目なら、武勇に自信があれば騎士団か貴族の私兵団を志望し、頭が良く事務仕事に長けていれば文官として王政府か大貴族に仕えるか、又は教会に入りそこで出世を目指す道もある。
しかしどの道を行くとも幹部は高位貴族の子弟しかなれない。
騎士の子供に出世はなく、一生下働きと決まっている。
幸か不幸か、もう道が決まっている僕があまり考えても仕方ないが)
フィッシャー家は武勇や忠義を誇る歴史ある騎士の家だが、手柄をアピールするのが下手であり、王国建立の際、功績ほどの所領は貰えなかった。
戦乱が収まった近年は乏しい領地からの税収に頼る貧乏暮らしである。
そんな中でも、父は、騎士は食わねど高楊枝とばかりに食費を削り、戦に備えて武具や馬に金を費やす。
空腹を訴えると騎士の子が腹が減ったなど見苦しいと鉄拳が飛んでくる。
サイモンは幼いときから兄とともに父に徹底的に鍛えられ、それとともに勉学にも励む。
彼は厳しい教育の生家に嫌気がさしていたが、父が友人であるリオール家へ養子に行くことを決めてくれたことは感謝していた。
リオール家もフィッシャー家と同様の貧乏騎士。そこの一人娘、アンナがサイモンの婚約者だ。
そこに婿入りしても、貧乏暮らしが変わるはずはない。
アンナの父はサイモンの父と同じく騎士のメンツを重んじる男であり、息が詰まるような家風も変わらない。
それでもサイモンは幼馴染のアンナと一緒になれることが嬉しかった。
(僕が手柄を立ててアンナに少しでも裕福な暮らしをさせてやろう)
そのためにサイモンは文武に必死で努力した。
そんな折、アンナの父が突然やってきて、父と話している。
家から父の大声が聞こえた。
「貴様がそんな奴とは思わなかった!
絶交だ!」
そしてアンナの父が悄然としながらやってきて、挨拶するサイモンと目も合わさずに去っていく。
その夜、サイモンは父からアンナとの婚約が破談となったこと、その理由は準男爵の次男を持参金付きで迎えるためだということを聞かされた。
サイモンの胸は、アンナとの別れの悲しさと彼女の本意なのかという思いでいっぱいであった。
数日後、下級貴族と騎士の子弟の学校で、サイモンは見知らぬ少年と手を繋ぐアンナを見る。
彼のプレゼントなのか、煌びやかなペンダントを身につけ頰を染めるアンナを見て、サイモンの恋心は一掃された。
課業を終え、帰宅しようとするサイモンに少女の声がかかる。
「サイモン、少し時間ある?」
「アンナ、僕と話すと新しい婚約者に怒られるよ。もう縁は切れたんだ。他人でいよう」
「物心つく頃からの婚約者じゃないの。そんな言い方をしなくてもいいんじゃない・・」
(自分から婚約破棄してよく言うよ)
サイモンの胸の内を無視して、アンナは彼の袖を取った。
「うちが貧しいのは知ってるわよね。
この学校でも普通は年に1,2着は女の子は服を買ってもらっているのに私は母や叔母のお下がりばかり。
もう貧乏は嫌なの。
サイモンも貧乏は嫌だと言っていたし、この気持ちはわかるでしょう」
そしてアンナは上目遣いでサイモンを見て言う。
「それに彼は準男爵の子供。
うまくすれば彼の実家の引きでうちも準男爵に上がれるかもしれない。
これからは食事も黒パンと野菜スープにチーズや肉もつけられる。
服も新調して、装飾品もつけられる。
貧乏な女の子と見下されることがなくなるのよ。
ねえ、賢いサイモンなら私の気持ちがわかるよね。
だから、学校でいらないことを言わないで。
幼馴染の一生のお願いよ」
(なるほど、何を言うかと思えば、一方的な婚約破棄が分かれば学校での立場が悪くなるのを恐れての口止めか。
僕が何も言わなくてもアンナと僕の婚約は周知のこと。
それがいきなり相手を変えれば、何が起こったかと疑うよ)
「わかったよ。
僕だって貧乏で持参金もないから養子を断られたなんて恥ずかしいことを言うはずはない。
じゃあ、これで僕たちの縁は切れたということで、もうお互いに話をするのはやめよう」
少し皮肉を込めたがアンナは全く気づかず、笑顔で返事した。
「わかってくれたのね!
さすがサイモン。
じゃあね」
そう言ってアンナは何の未練もなく、さっさと去っていく。
(相手は武芸も学問も僕よりも遥かに下の男じゃないか。
今まで僕が頑張って加増してもらうと言っていたのに全く信じてなかったんだ。
身分と金があれば女なんてすぐについていく。
クソッタレな貴族社会め、壊してやりたい!)
サイモンは幼馴染の裏切りに下水を浴びせられたような気持ちであった。
呆然と立つサイモンを、その後、相手の男が仲間を連れて囲む。
「アンナは俺の婚約者だ。
あんな可愛い子は貧乏騎士の次男にはもったいない。
もうお前は振られたんだ、いつまでも未練を残すな!
これは教訓だ」
そして顔や腹を殴られる。
サイモンは取り巻きはさておいて相手の男を集中的に殴り返し、自分もボロボロになったが、相手の顔面が腫れ上がるまでにやり返した。
相手の親が殴り込んでくるかもしれないと、サイモンはその顛末を家で話すと、珍しく父が褒めてくれた。
「それでこそフィッシャー家の息子。
よくぞ意地を見せた。
相手が誰でもこちらに正義があれば意地を立てろ。
相手の親が怒鳴り込んでくればわしが相手をしてやる」
(くそ、こんな一文にもならないこと、するんじゃなかった。
アンナに振られて、おかしくなっていたか)
サイモンは母に手当てされながら後悔した。
ある日、晩飯の足しにするべく、父と兄とともに狩に行ったサイモンが山中で獲物を探していると、商人の隊列が山賊に襲われているのを見つけた。
裕福そうな商人の服装と危ない様子を見て、サイモンは、父と兄に大声で呼びかけながら、すぐに山賊に斬りかかっていく。
護衛を斬り伏せ、商人を襲おうとしていた山賊は思わぬ横槍に驚くが、子供と見て侮ってサイモンに向かってきた。
しかし、その後に来たサイモンの父と兄に太刀打ちできずに全滅した。
父は山道では不安だろうと次の町まで商人を送っていくこととする。
「ありがとうございます。
旅先で少ないですが、これは気持ちばかりの御礼でございます」
町に着くと、商人は何度も礼を言うと、父に多額の金を渡そうとした。
「このようなものは不要。
民を助けるのは騎士にとって当然のことだ」
父がその申し出を一蹴すると、商人はますます感心したようであった。
「私はターナーと申します。
フィッシャー様、いずれ、この御礼はさせていただきます」
そう言って去っていく商人を見て、サイモンと兄はため息をついた。
「さっきの金があれば、しばらく夕飯に肉がついたのにな」
兄の呟きにサイモンも大きく頷いた。
それから一年後、大番役でフィッシャー家は王都の警備に赴くこととなった。
何故か父は兄だけでなくサイモンも連れていくという。
不思議であったが、初めての王都は今までに見たことのない賑わいで、サイモンは心躍らせ、あちこちの見物を楽しんだ。
ある晩、父は子供達に「出かけるぞ」と告げる。
金が無いので、用務以外は宿舎に籠りきりの父が珍しいことだと兄とサイモンは顔を見合わせた。
父が手紙を見ながら着いたところは、豪勢な商家。
そこに出てきたのは、あの時に助けたターナーであった。
「さあどうぞ」
通された部屋は豪華な調度品や絵画で飾られ、出てくる女中も美人ばかり。
もちろん料理はこれまで食べたことのない美味しさである。
サイモンは夢心地で飲み食べ、周囲を見つめた。
(僕もこんな生活がしたい!)
父も珍しく酒が回ったのか、その晩は泊めてもらうことになった。
父と兄が美人のお酌で酔い潰れる中、サイモンはターナーと話をした。
「ターナーさん、僕もこんな暮らしをしたいです。
商人になって儲けるにはどうすればいいでしょう」
「ハハハ、坊ちゃん、騎士の息子が商人になりたいとは珍しいですね。
商人の世界は身分は関係ありません。
ここでのし上がるには自分の才覚と度胸、それに運があるかです。
私は貧しい農民の次男でしたが、幼いころから商家に年季奉公に行き、日中は人一倍働き、夜は寝る時間を削って勉学に勤めました。
主人は私を認めて婿養子にしてもらい、その家の主人となることができました」
そこで言葉を切ったターナーは、サイモンの顔をじっと見る。
「ふむ、聡明な目をしている。
助けに来た時、あなたは私がお金を持っていそうで危ない状況であること、お父さん達が近くですぐに助けに来ることを勘案して、一人で斬り込んできましたね。
その計算と度胸は大切です。
本気で商人になりたいなら、何か自分の立ち位置を活かして有利なところを持つことです。
あなたの歳なら商家ではもう半人前として色々と仕込まれている。
今更騎士の息子が商家に入るわけにもいかない。
一方、あなたの父上は見事な誇りと武芸をお持ちだ。
自分の持っているものと成りたいものを考えて、将来を決めるといい」
(僕はターナーの商家で使ってもらおうと思ったが、そういう訳にはいかないらしい。
ならば僕なりの道で大商人を目指してやる)
とサイモンは決意した。