「生き延びる」という事
宿屋が高級娼館を紹介してるくらいなのだから、宿屋の主人は娼館の経営者とも面識があるのではないかと思い、早速宿屋に帰って訊いてみたところーー
「ボンネフェルト」
という名前が挙がった。
明らかにホワイト人の名前ではないし
マルセル人の名前としても耳馴染みの薄い名前らしい。
「バールス人なんじゃないですか?」
と訊くと
「どちらかと言えば、バールスに併合された故シーデーン王国風の名前だろうな。…なんだい?お嬢ちゃんは娼館で働きたいのかい?」
と言われたので
「シーデーン王国って、バールス王国に滅ぼされた国ですよね?」
と尋ね返すと
「そうだな。今ではバールス王国の一地方という事で落ち着いている。元々、宗教が同じ国同士だったから併合されても問題ないんだろ?
シーデーン王国を復興してバールスから独立するとかいう反乱分子も皆無らしく仲良く手を取り合って近隣国への侵略に勤しんでいるらしい。
マルセル王国民としては近隣国を侵略して国土拡大し続けるバールス王国の内政安定と繁栄は嬉しくないんだがね」
との事。
「それなのに、大将は、バールス人が経営する娼館を客に紹介して流行らせようとしてあげてるんですか?」
「近隣の店を紹介するサービスはどの店も対象なんだ。経営者が外国人の店だけ紹介しないようにして、それが相手にバレたら面倒な事になるだろう?
実際に外国人が経営者の店だけ紹介しないような事をしてた人達もいたけど、皆、不審な死に方をしてる。
そういうのを外国人達は『外国人を差別するからだ、天罰だ』などと言って悪意を隠そうともしない。
マルセル人が単に同じ国民同士で共存共栄を目指すのですら、バールス人をその枠に入れてやらなきゃ『差別だ』と攻撃されるくらい、この町のマルセル人はマルセル王国の庇護から見離されてるんだ。
『侵略者を排除するのは王族・貴族・騎士団の役目だ』と割り切る事にして、庶民は侵略者を刺激しないように生きるしか、殺されず無難に暮らす道はないんだよ」
「…うわぁ〜…。そりゃまた…」
「港町とか国境近隣の町なんかは物理的には中央から離れた位置にあるが、実際には国の要所だと思うんだがなぁ。
この国のお偉いさん達は何も分かってないんじゃないのかと本気で不安になるよ」
「…ホント不安になりますね」
「まぁ、『侵略者をここまで野放しにしてる』のを王族・貴族の大半が実情を知らないから、という可能性もあるにはある。
領主様が侵略者と結託して、現状を中央には隠蔽して、外国人を好き放題させてるのなら、中央が地方領主を粛清して建て直す可能性は残ってる。
だがな、中央の王族・貴族と腹を割って話し合うような仲の人間がこの町の庶民の中にいる筈がないだろ?
俺達庶民はこういった状況でできることなんてないんだ。ただ生き残れるようにと振る舞う以外はな」
「マルセル王国って大変なんですね…」
「いやいや、ホワイト王国も似たようなもんだって」
「そうなんですか?」
「ああ。お嬢ちゃんもホワイト王国に帰ったら港町の娼館の経営者の名前やらを調べてみるといい。
異教徒の世界観は特殊でな。『勇敢に戦って死ねば天国に行ける』と信じてるんだが、連中の『勇敢に戦う』には『他国の非武装の民間人を一方的に虐殺・略奪する』が含まれてるんだ。
我々には理解不能な価値観だよ。武器を持つ人間が武器を持たぬ人間を一方的に殺して略奪するように唆すような神様を信じるなんて、余りにもおかしいだろ。
だが、彼らはそういったおかしな価値観であるが故に進取的だし、何処にでも足を踏み入れて、何処ででものさばる。
それが彼らの神の御心に叶うと本気で信じているのだから、彼らは殺されるまで止まらない」
「…そんな人種がこの世界で密かに増殖中なのだと思うと…なんか、魔物よりも怖いです」
「だろう?…だが、怖がっていると相手の嗜虐心を刺激するからな。本気で生き延びようと思うなら何を見ても何を知っても動じない不動の心を持っておくしかないんだな。
細かい感情は全部捨てて『生き延びる』という事にだけ主軸を置くと、自分の力の全てがその目的に向かって形作られる。
お嬢ちゃんに『連れの男どもの女遊びに目を瞑れ』と言うのも、俺としてはお嬢ちゃんに『ちゃんと生き延びられるイイ女』になって欲しいからだよ。
小さな事でキャンキャン喚き立てて仲間割れを引き起こし、敵の付け込む隙を作り出すバカな女ってのは、どんなに見た目が良くても俺はゴメンだからな。
その手のバカ女が多い世の中だ。素直そうな可愛い子にはちゃんと現実を見て賢く生き延びて欲しいものだよ」
「善処します…」
宿屋の大将はただ金儲けが好きなオジサンかと思いきや…
案外色々考えてる人だったので驚いた。
金勘定も接客もできるので全く教育を受けてない訳ではないだろうと思ってはいたが、決してバカではない。
(ああ…。だけど、「識字率の高さ=国民の現実認識力の高さ」とは限らないんだ…)
地球世界は識字率も高く、知性的な人間も多かった筈なのに、人々の現実認識力は低かった…。
人々は自国が合法侵略され、名目上は独立国、実質は植民地のような状態にされても
「その現実を見て見ぬふりをして侵略者達の搾取を認識もせず責めもしない」
という方向の民族的自虐利他主義へ向かう傾向があった。
要は実質搾取者国・宗主国でありながら名目上はただの近隣国もしくは友好国というフリをしていた方が
「何の責任も義務も背負わずに搾取だけできる」
(ノブレスオブリージュ無き寄生虫搾取で甘い汁を啜れる)
環境が出来上がっていた。
だが、ある種の国々が特殊軍事工作でそういう事をやり放題だった背景には
「そういう事が起きている」
と事実を事実として認識する人間自体が
「被搾取者国で少数派だった」
事も理由としてあるのだろう。
現実から目を背けて
「友達のフリしたご主人様」
を
「良い人だ(良い国だ)」
と思い込み続ける欺瞞の先には自立性も独立性も全くない。
それは物事を見て聞いて捉える現実認識の枠組みにさえ自立性・独立性が無いという事。
「友達のフリしたご主人様に都合の良い物の捉え方を刷り込まれる」
という事。
波風立てずにいても自分も皆も生きられるなら…
欺瞞に耽っていた方が幸せでいられるのかも知れないが…
(私には「それが正しい」などとはどうしても思えなかったんだよな…)
と私は前世での自分の政治的姿勢を思い出した…。
火は、暖炉の中や釜戸の中で燃える分には善であり必要悪だ。
火は、それ以外の無防備な生活空間で燃える時にはまごう事なき悪だ。
火を同国民同士の団結や同民族同士の団結に擬えたとしても
「誰が、誰に対して、何処で」
という点を考慮しなければ
「暖炉や釜戸に用途以外のエネルギーを抑制される有用な善なる火」
と
「自由に無防備な生活空間を燃やし尽くす有害な悪しき火」
の区別はつかない。
素朴なこの世界は未だ
嘘と欺瞞にまみれきっていない。
生活も不便で人々の寿命も短い。
全てが潔い。
(だからこの世界は地球と違って未だに美しいんだな…)
と腑に落ちた…。




