フィランダー視点:4
東部の社会事情に関する報告書を読むと頭が痛い…。
港町に異邦人が不法滞在するスラムが形成されるのは東部に限らずだが…
東部は規模が違う。
娼館の経営、賭場の経営、違法薬物の密輸と流通、海賊団・盗賊団・強盗団との癒着・連携…。
かなり組織的に動いている。
「…なんで、こうなるまで放置してたんだ。馬鹿なのか?ーーと言っても仕方ないのか?ファーディナンド兄上が暗部の総督に就任したのは2年前で、東部へ陰を送り込んで情報収集し出したのがその頃だし…」
頭が痛い。
「第二王子殿下の前任者がホワイトフィールド公爵ですから…。北部の領地運営と兼任だったし、随分と手抜きしてたみたいですよ?ってか、領地運営の方も手抜きか。…あの人、愛人囲って平和ボケしてるらしいし」
ハリスが何気にホワイトフィールド公爵を貶した。
因みにホワイトフィールド公爵夫人は王妹。
俺からすると父の妹。叔母だ。
ホワイトフィールド公爵はその夫なので叔父に当たる。
元暗部の近侍は情報を仕入れるツテには困らないようで、ダリウスも
「北部は北部で問題がありますよ。と言っても、本格的に困るのは現役世代ではなく次世代の方でしょうね。ラファティー・ホワイトフィールド公子は春に婚約者を婚約破棄していた大馬鹿らしいです」
と寝耳に水の醜聞を聞かせてくれた。
ラファティーは俺の従兄弟だが、滅多に顔を合わせないので四大公爵家の公子の中ではヒューバートが同じ歳だけあって一番近しい。
ハリスが
「えっ?何?その話、知らない。詳しく聞かせて」
とダリウスの話に食いついたので
俺も便乗して
「何か余程の事があって婚約破棄した、とかなのか?」
と素朴な疑問を呈した。
「いいえ。余程の事があっての婚約破棄だというのなら、ラファティー公子が馬鹿呼ばわりされる事はありませんよ」
ダリウスが言うには
「単に浮気ですね。それこそ婚約者がいるくせに他の女性を好きになって婚約者を蔑ろにして懸想相手を優遇する。
しかも、その相手が婚約者の妹だというのだから女の方も大した腹黒ですよ」
だそうだ。
「へぇ〜。ドロドロの修羅場とか有りそうで面白そう」
本気で愉しげなハリスに対して、俺とダリウスは顰蹙の目を向けた…。
「公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約破棄なら、公式に発表されて然るべきな筈だが?」
俺は首を傾げる。
「それはですね。婚約破棄はしたものの、それを発表する前に『公子を誑かした侯爵家次女が【魅惑】スキル持ちだ』と発覚したためですよ」
「メイクピース侯爵家。やるな。精神干渉系スキルを授かったら王家に届け出する義務があるのをまさか知らないのか?」
下手すれば国家叛逆罪だ。
「まぁ、平民なら知らないんでしょうが…。四大公爵家と婚姻関係を結ぼうという侯爵家が知らない筈はないでしょう。立派な国家叛逆未遂ですよ」
「だよな」
「要は、『公子が長女から次女に鞍替えしようとしたのはスキルのせいだろう』という判断になった訳だな?」
「そうです。なので婚約破棄したもののヨリを戻す可能性もある。なので届け出は一時保留となってるのだと」
「うわっ北部ヤバい。んで、その【魅惑】スキル持ちのお嬢ちゃんはどうなったの?まさか無罪放免?」
ハリスがニヤニヤしながらツッコむと
「そのまさかだから北部はヤバいんだよ。それこそ『【魅惑】スキル持ちがやらかした不祥事を揉み消して庇う』という行動自体が『【魅惑】スキル持ちの魅惑にかかってる』みたいで気持ち悪いだろうが」
とダリウスは溜息を吐いた。
「野放しにしてて大丈夫だとの判断か?」
俺としても北部に不信感を持ちそうになる。
「…ええ。しかも、王立学院へ通わせるとかで、既に王都入りさせてますね。メイクピース侯爵家の次女。アンゼリカという名前ですが、王都入りして早速冒険者登録して冒険者ギルドに出入りしてるらしいです」
(物騒なスキル持ちのくせに可愛い名前だな…)
「令嬢が冒険者登録というのも珍しいな。【魅惑】スキルの他に戦闘系の武芸スキルとか持ってたりするのか?」
と尋ねると
「いいえ、武芸スキルも技芸スキルも無いですね。そもそもコモンスキルが生える程、職業訓練を受けた経歴も持ちません。
彼女の場合はスキル授与式で【恩寵】スキル【魅惑】スキルと二つスキルを授かっています」
だそうだ。
「神様がいるのかは知らんが、随分とアンジーには大盤振る舞いなんだな?」
ハリスが急にアンゼリカを愛称で呼び出した。
「アンジーって誰だ?」
一応ツッコミを入れると
「アンゼリカだからアンジーで良いかと」
と想定通りの答えが返ってきた。
「「………」」
俺もダリウスもハリスの女癖が微妙に心配になった…。
「んで?【恩寵】スキルってのはどんなスキル?それも精神干渉系スキル?」
ハリスがアンゼリカへの興味津々といった体で訊くと
「文献によると『異常に運が良くなる』スキルという事だ。生き物の精神に作用するというよりは確率を捻じ曲げて【恩寵】スキル持ちに都合の良い事態が頻発するというのが過去の事例を研究した者達の判断だな」
とダリウスは説明した。
「…それってある意味で王家が欲しい能力なんじゃね?」
ズケズケ物申すハリスの言葉は、今回は的を射ている。
「…確かに。国家の安泰には社会情勢の安定のみならず『国王が天運に恵まれる』『王家が神の祝福を得ている』などといった超自然的要素が更に必要と言われているからな。
【恩寵】スキル持ちを上手く王家に取り込めれば、王家も危なげなく国家安泰に尽くせるだろう」
俺もその案が可能なら検討しないでもない。
ーーが
「ですが、アンゼリカ・メイクピースは姉の婚約者に粉をかけるような少女です。人間性の面で問題があり過ぎると思います」
ダリウスはアンゼリカの人間性を全く信用しない。
「だよな。…なかなか世の中は上手くいかないもんだ…」
(確かに、前科持ちで罰も受けてないとなると人格矯正による人格改善は期待できないな…)
一方でハリスは
「…女の子って恋愛経験を積む事で精神的に成長していく面もあるんじゃないですかね?期待はゼロじゃないでしょう?」
と言って、アンゼリカへの期待を示す。
「…いいや。王家に嫁ぐ場合には処女性が問題になる。姉の婚約者に手を出す女が冒険者登録して男性比率九割の環境に身を置いているなら、とっくに純潔を失って股の緩い淫乱に成り下がっていてもおかしくない」
ダリウスはシビアな現実を指摘。
「…処女膜って再生できないの?」
「さぁ?」
「できないだろ?流石に」
「そう言えば、エアリーマスに【治癒】スキル持ちが現れたんじゃないかって、南部常駐の陰達が報告してきてるって話だったよな?」
「…まさか『【治癒】スキル持ちに頼んでアンゼリカ・メイクピースの処女膜を再生させ王家に嫁がせよう』とか、そういう事考えてないだろうな…」
俺は嫌な予感を感じて身を震わせた…。
「正妃は無理でも側妃には捩じ込めるんじゃないですか?」
「…侯爵家令嬢だから身分的には問題ないが、【魅惑】スキルで男を誑かして取っ替え引っ替えしてるアバズレなんて、俺も嫌だし、兄上達も嫌だと思うぞ…」
嫌なものは嫌だ。
「【恩寵】スキルを取り込むためですよ!頑張って!」
と言われても頑張りたくない…。
「…ダリウス…。ちょっとコイツ黙らせてくれ…」
「了解です…」
「………(うぐっ)」
ハリスが静かにさせられた事で少し落ち着いて考える事が出来る。
「…そのうちウィングフィールド公爵家を筆頭に東部貴族の多くを粛正する事になるが、そうなるとバールス系移民・シーデーン人らとは全面対決になる。
連中は祖国の支援で動いてる事を隠す気配が無いし、我が国に入り込んでる敵勢力と対決する事になればバールスは国ぐるみで攻めて来るだろうな。
バールスとの戦争を控えている状態で北部のような問題が起きていれば我が国の団結にヒビが入るし士気に関わってくる。
戦争には勝つと想定して物事を進める事になるが、既存の東部貴族を廃した後に東部を新たに治めさせる貴族が必要になる。
戦争で武勲を上げた者には平民でも叙爵させて東部の領地を与える事になるが、武闘派の成り上がりだけに東部を治めさせる訳にはいかない。
ちゃんと頭脳を使って政治を行えて、武闘派の成り上がりらをも統率出来る人材を貴族家の三男以下や庶子から見つけておくべきだろうな…」
と思わず考えが言葉として口から漏れていた…。
「フィランダー様、真面目過ぎ…」
とハリスが呟いたが
ダリウスは
「王立学院の教師陣から在学生及び卒業生の名簿と内申書写しを取り寄せ出来ますよ」
と人材発見の部分に答えをくれた。
ダリウスも大概真面目だ。
「粛正のタイミングは先ずは生粋の東部貴族からになるんですよね?」
ハリスも気になってはいるようだ。
「バールス系貴族との婚姻によって乗っ取られてる貴族家や、そっくりさんによる成りすましで背乗りされてる貴族家は、粛正すればすぐさまバールス国との戦争に繋がる。
なので先に生粋の東部貴族が粛正される事になる。
売国奴のフリをしている侵略者よりも売国奴を先に粛正しておくのは、戦端が開かれてから売国奴を粛正しようとすれば敵国との戦争と並行して内乱鎮圧を行わなければならなくなるからだ」
俺が答えると
「…やっぱ、【恩寵】スキル、必要だと思いますよ?」
とハリスはアンゼリカ推し発言を再び口にした…。




