フィランダー視点:3
俺はヒューバート・ウィングフィールドと歳が同じで親交もある。
次兄がウィングフィールド公爵家や東部の情報を俺の元へ回すのは
「お前がヒューバート担当だ」
という意味だろう。
それによって今回は
「ウィングフィールド公爵邸の使用人が冒険者ギルドフェザーストン支部に人探しの依頼を出していた」
事が報告に上がってきた。
ウィングフィールド公爵家と言えば
「公爵家とは思えない程に使用人の給金が低い」
事が広く知られている。
そのウィングフィールド公爵邸の下級使用人が
「冒険者ギルドの依頼料を払える」
とは思えない。
不審に思い、依頼料の金の出所を探らせたところ…
「金は娼館の主人が払っている」
という事が分かった。
しかも
「行方不明の下女」
というのが
「ローズマリー」
だというのだからキナ臭く感じられる…。
庶子とは言えウィングフィールド家の血を引いているのだから…
いざウィングフィールド公爵家一門を処断する時になればローズマリーも連座になる可能性は高い。
(…まさか、公爵はローズマリーと密かに繋がっていて愛情を持ってる?「今のうちに逃しておいてやろう」としてウィングフィールド家の血を市井へと放逐したのか?)
と一瞬、公爵の父性愛かと思いそうになったのだが…
どうやら公爵はそんなマトモな人間ではなかったらしい。
ローズマリーは無賃無休で働かされていて、尚且つ同じ使用人のニックという男から娼館へ売り飛ばされそうになって出奔したのだという事情が明らかになった。
冒険者ギルドに依頼を出したリックはニックの息子だが…
どうやらニックがローズマリーを売ろうとした事を知らずにニックから金を借りてローズマリーを探しているらしい。
そしてリックがニックに借りた金こそが娼館の主人から出ている金なのだという…。
ローズマリーの人相描きを見る限り
「すぐに別の人買いに捕まって、やはり娼館へ売り飛ばされそうな少女だ」
と思った。
平民ではちょっと見ないような美少女。
薄茶色の髪は平民にも多い髪色だが
青紫の瞳の色はウィングフィールド公爵家の色…。
現公爵スチュアート・ウィングフィールドはと言うと
「そんな使用人は初めから存在していない」
だのと言い張っているのだとか。
何せ給金を支払った事がないのだ。
帳簿がローズマリーの存在否定の証拠になる。
流石にスチュアート・ウィングフィールドがクズだという事は客観的に明白になった。
俺の近侍であるダリウス・ウィティングとハリス・ウィットフォードも他人事ながら腹を立てていた。
「人間の心が有ったなら、せめて孤児院にでも入れてやれば良かったのにな…」
「確かに、認知してもらえずに孤児として放置されるなら孤児院に入ってた方が虐待や搾取も客観的に看破されやすい分マシだろうな」
「女性使用人が辞める前に産み捨てていった父親の分からない孤児、という位置付けで給金も休日も与えずに年中無休でこき使ってりゃ、そりゃ逃げるさ」
「娼婦も娼館の主人次第では悲惨な職場だが、衛生管理に力を入れてる娼館だったなら、案外無賃無休で下女をやってるよりマシな暮らしになれたんじゃないのか?」
ダリウスもハリスも貴族家令息だが父親が平民女性に産ませた庶子なのだ。
貴族家には庶子を存在しないものとして扱う家と、庶子をも有効活用しようとする家とがある。
ダリウス達は後者の家だからこそ認知されて王子の近侍として職を得られた。
ローズマリーは前者だからこそ出奔して行方不明になった。
「…まぁ、生きてさえいれば、誰かしらから見染められて幸せになれるんじゃないのか?公爵はクズだが、ちゃんと庶子に彼の唯一の武器である美貌を授けてたようだし」
俺が希望的観測を述べると
「随分と甘い見通しで物を仰るんですね」
とダリウスが嫌味っぽく眉を上げた。
後押しするように
「冒険者ギルドに上がった最新の報告では『見つからないし、死んだのだろう』という事になってますよ。
まぁ、冒険者ギルドも独立した裁量権を持つ組織ですから、上層の判断で『死んだ事にしておけ』となれば、書類上はそう処理されます。
生きてる可能性はゼロではありませんが…ローズマリー嬢はスキル授与式にも出てなかったのでスキル無しでしょうし…。
冒険者ギルドが保護する人材ではないですね。生きてる可能性はかなり低いと思いますよ」
ハリスまで責めるような視線を向けてきた。
(ウチの近侍は会った事もないローズマリーにやたら好意的だな…)
思わず
「…会った事もない相手に必要以上に好感持って感情移入するのは問題だと思うぞ?」
と指摘してやった。
「…確かに。俺達は『陰』としては未熟でした。どうしても義憤や殺気などの強い感情が漏れ出てしまって、監視対象らに気付かれる事がありました。
まぁ、だからこそ『陰』として生きる事を諦めて王子のお付きになった訳です」
「近侍としては優秀だとは思うが、よく知りもしない女に簡単に好意を持つのは、それだけ騙されやすいという事でもあるんだ。気をつけて欲しい」
「…わかりました」
「気をつけます」
「まぁ、ハニートラップ的な問題で一番気をつけるべきは『人心分断へ至る』ということだ。
『ハニートラップは情報を抜くのが目的の筈だ』という思い込みのせいで、情報に興味がなさそうな異性に対して『ハニートラップではない』と判断してしまい、警戒せずに好意を持つとする。
『懇意の女性がいるのに他の女性に心を寄せる』場合には、それだけで既存の人間関係に人心分断を引き起こす事になる。
そういった『味方が味方じゃなくなる』ような事態を引き起こす裏切りを先におかす時点で、敵を利する方向へと向かっているんだ。
よく知りもしない相手に対して美化したり勝手に共感したりするのが『恋』という一種の精神異常状態なんだろうが…。
直接的に政治に関わらなくても権力にほど近い所に居る以上、我々は『その相手に好意を持つと自分の人間関係にどんな変化が起こるか?』を先ず念頭においてから相手への感情を自分で決めるべきだろう」
俺がそう指摘すると
「…ああ、そういうのは…。フィランダー様は、そうなんでしょうね」
とハリスが頷いた。
「いやいや、お前らは今でこそ爵位無しだが、王城に出入りする近侍だ。
俺も学院卒業すれば国軍総帥のポジションに就かされる。
俺に仕えるお前らもそのうち叙爵対象になるだろう。
惚れっぽかったり性的に放埒だと困ることになるぞ」
「…フィランダー様の言う事は正論だと思いますが『その相手に好意を持てば自分の人間関係にどんな変化が起こるか?』を先ず念頭においてから相手への感情を自分で決めるとなると…。
『ストライクゾーンど真ん中の相手に恋しそうになる』っていう自然な恋愛感情自体を抑制しなきゃならなくなります。
それだと人生、つまらないでしょう…」
ダリウスが暗い顔でボヤいた。
「そうだぞ?人生はつまらないものだ。効率化や合理化を目指すと特にな。
だが、それが一番安全ではある。
『一寸先は闇』みたいな行き先の分からない恋という激情に身を任せて誰かを傷つけたり大事な絆が絶たれたりすれば結局困るのは自分自身だ。
そうならないように『付き合う相手は選ぶ』『好感を向ける相手も選ぶ』しかないんだよ」
自分で言いながらも
(刺激忌避の保守精神姿勢は本当につまらないんだよな…)
と俺は心底理解できてる。
「フィランダー様の結婚は確実に政略結婚になるでしょうから、そういう見方はフィランダー様がする分には正解ですよね」
ハリスは他人事のように決めつけようとしている。
「…お前らも政略結婚やら政略目的の交友関係が今後当たり前になるかも知れないだろ?今のうちに心得くらい身につけておけ。
政略結婚が当たり前の貴族社会の落とし穴としては『政略結婚だから夫婦の間に愛も信頼も必要ない』と勘違いする馬鹿が湧く点だ。
そういう輩は平気で人心分断を引き起こしてしまう。
本来なら寧ろ逆だ。『政略結婚だからこそ信頼関係が必要で団結が必要』なんだ。
政略結婚の相手に全てを曝け出せないなら持て余す下半身の欲は娼館で晴らすしかないだろう。
ローズマリー嬢がいかに美人だろうが、『付き合っても得にならない素人の異性』へ向ける感情など『無関心』か『職務上の事務的関心』で済ますべきだ」
俺がローズマリーのような美人に対する心得を切実に説くと
「無理です」
「うん、俺も無理」
と二人が即断して首を横に振った…。
「いやぁ〜。モテませんよ。そういう堅苦しい考え方だと」
ハリスが肩をすくめる。
ダリウスの方もニヒルな笑顔で
「『恋もしてはいけない』とか、そういう自己去勢が必要なら叙爵なんてお断りですよ」
と言いフゥーッと鼻から息を吐いた。
有能なんだが…
コイツらはやっぱり俺と違って本物の若者。
女が絡むと馬鹿になる…。
「…お前ら、余程、給金をウィングフィールド公爵家レベルに落とされたいらしいな」
と俺が低い声で脅す事でようやく
「「短慮でした!スミマセン!」」
と大人しくなった。
陰に向かない性格の二人だが、情報収集は得意。
今後も世話になるつもりだが…
どうも美人が絡むと感情的になるようなので
「美人に関する情報は微妙に信用してはならない」
と、改めて思った…。




